OASIS分裂

Liam Gallagher - scotsman - 2009/10/26

オリジナルの記事はこちらから。↓
http://news.scotsman.com/celebrities/Interview-Liam-Gallagher-musician-.5761962.jp

10年前のリアム・ギャラガーなら、どういう反応をしただろう。2009年、OASISのことは話題に出さないと釘を刺された上でインタビューを受けるのだと聞かされたなら。結局のところ、1990年代のブリットポップを定義づけ、リアム・ギャラガーの存在を世間に轟かせたバンド、OASISとはそういうバンドなのだ。

そして結成から18年だった現在、そのバンドはもうない。今年の8月28日、パリで行う予定だったギグ直前に、リアムはノエル相手にこれまでにないような激しい喧嘩をし、ギグはキャンセルされた。その2時間後、バンドのウェブサイトにノエルから公式発表が出される。

「ちょっと悲しいけど何よりほっとしている。今夜俺はOASISをやめる...(中略)....リアムとはこれ以上一日たりとも一緒にはやっていけない」。

それ以来、ギャラガー兄弟が次にどのような一歩を踏み出すのかを知るヒントや説明はほとんど成されていない。

今日、私はリアムの住むハムステッドにあるパブで一杯やりつつ、リアムと話している。もちろんOASISのことやノエルのこと、分裂騒動については何も聞かないという条件付きだ。それなら何のためにインタビューをするのかって?答えは、リアムのアパレルブランドPretty Greenだ。

最近ではマーク・ロンソンによるカバーで再び脚光を浴びたThe Jamの楽曲にちなんでつけられたPretty Greenは、6月に旗揚げされ、男性向けの帽子、Tシャツ、スカーフといった幅広い分野のカジュアルウェアを取り扱っている。シルクやカシミヤといったさらに質の高い素材、デザインからなるプレミアムラインが今月末にリリースされ、クルーズやエディンバラ、グラスゴーで取り扱われる予定だ。

リアムへどのようにインタビューを行えばよいのか。これは難しい問題だ。37歳で3人の子供を持つ父親でもある彼が、どのような日常生活を送っているのかがまず想像できない。世間での彼のイメージはあまりに現実味がなく、その虚像を守ることは不可能のように思えた。

ノエルは弟のことをかつて次のように表現した。

「失礼で、傲慢で、威圧的で、しかも怠け者だ。あんなに怒ってばかりいるやつも珍しい。まるで世界というスープにフォークで立ち向かおうとしているみたいだ」。

しかしこれだけは言えるだろう。アパレルブランドの宣伝をするとなったら、これまでのようなロックスターな振る舞いは受け入れられないのだ。

心配は無用だった。パブThe Garden Gateの薄暗い角に私と向かい合うように座ったリアムの顔に笑顔は無かった。インタビューの最中も口元に微笑みがよぎることは一度としてなかったが、それでも彼はフレンドリーで、丁寧で、親切で、時に思いやりすらみせた。冗談を交え、逆に私に質問をするが、それでも笑顔を見せようとしない彼を前に、これまでに笑ったことはあるのだろうかと疑問に感じるほどだった。彼は正真正銘の大人で、兄のいう短気な子供じみた面や、メディアが書き連ねた手の施しようの無いトラブルメーカーの要素は微塵も感じられなかった。

「俺には子供がいるんだ。それでちょっとアクセルを緩めるようになったのさ」。このように、リアムは説明した。

「確かに前より落ち着いてる。そういう風に自分が変わるのを恐がるやつは多いけど....」

喧嘩をふっかけるようにあごを前に突き出しぶつぶつとつぶやくと、うるさげに手を振る。

「俺は変わったんだ。良い方向にな」。

間近で見る彼はやっぱりハンサムで、ステージで見るよりも小さかった。くつろいだ様子で、顔色も良い。最近では、早起きをしてハムステッド・ヒースを走り、子供の送り迎えもするという。しかし、たぶん何よりも驚きなのは、このインタビューをミネラルウォーター片手に受けているということではないだろうか。Pretty Greenのパーカーとジーンズに身を包み、髪を短くカットした彼はスタイリッシュな男性だった。しかし、リアムが洋服に興味を持っていたのは今に限ったことではない。

「俺には音楽と同じくらい大事なんだよ」。水をぐいっと飲んで、彼は言う。

「良い曲を書いたとしても、見た目が間抜けじゃあな、この二つは切り離せないぜ、だろ?音楽を聴いてこう思ったバンドならいくらでもいるぜ、『おいおい、これでこいつらのルックスが良かったらよ、良かったら俺達おしまいだぜ』ってさ。それでTVで連中の姿を見て『助かった、こいつらダセえ』。見た目が良くて音楽の才能まであったら何でも出来るよな」。

OASISを批判する意見には、一つの音楽的スタイルに固執しすぎだというものがある。The Stone Rosesやポール・ウェラー、The Beatlesといったアーティスト達に囚われるあまり、時代に応じて変化、進歩することを拒絶しているというのだ。

リアムの作る洋服を批判するにも、そっくりそのまま同じ論法が使えるかもしれない。音楽へのアプローチ同様、リアムは自分の好みを知っているし、知っているものを好きになるのだ。

15年前にOASISに夢中になった若者達は、バケツ帽子にパーカー、クラークスのワラビーシューズを身につけ、バンドを真似したものだが、今では違う。スキニージーンズ、スキニーシャツ、スキニータイ、そしてポインテッドトゥシューズを追う彼らは、リアム言うところの「ビョーキ」な美学を持ち、パーカー、バケツ帽といった90年代要素の強いものに迎合することを嫌う。

それにも関わらずPretty Greenの売れ行きは順調だ。パーカーを含むいくつかの商品は瞬時に完売となった。ファンの期待の高さから、ウェブサイトは公開直後に混線状態となり、プレミアムラインはクルーズのバイイング・ディレクターであるマーティン・レイシーから高い評価を得ている。「あらかたの期待を超えたファンタスティックなコレクション」。

「Pretty Greenは市場に新しい風を吹き込んだ。デザインから細部の構成に至るまでクオリティンの面では、どの大手ブランドとも対等に勝負ができるレベルにある。これまでの有名人によるコラボレーションとは違い、世潮に流されることなく存在を主張し続けることだろう」。

リアムはファッション業界にはあまりいない人物だ。本人曰く、前妻パッツィと一緒に一度だけファッションショーに出演したことがあるそうだ。

「危うくつまみ出されそうになったぜ。俺向きじゃねえな。シャンパンがぶ飲みしてダベるんだろ?ただの服じゃねえか、なあ、結局はそうだろ」。

彼には、人の目をひきつける力がある。話すときもジェスチャーは大きく、席を立って歩き回り、時には熱くなって飛び跳ねることすらある。その日履いていたポニースキンのシューズに話を向けると、突然立ち上がり、片足をテーブルの上に力強く置くと、抱擁を求めるように私に両腕を差し出した。ハグを受けれるものなら受けてみろ、そうでなければさらなる褒め言葉を求めているかのように。

「イヴサンローランだよ」。全ての子音にアクセントを置いて、誇らしげに言った。

「最高だよな。これを履いて子供達を学校に連れて行った時の周りの反応を見せてやりたいぜ。『お前のパパ、フリントストーンズの靴履いてるのかよ!』ってさ」。

私は、スコットランドについて彼に質問してみた。グラスゴーのKing Tut's Wah Wah HutでOASISを見て感銘を受けたCreation Recordsの共同経営者アラン・マッギーと、1993年に契約を結んだ地だ。

「スコットランドはマジ最高だぜ、大好きだ」。リアムは前かがみになっった。

「観客の盛り上がりは一番だ。みんないつでもクールだし、酒の飲み方ってのを心得ている。俺ほどじゃねえけどさ、でも.....良い連中だよ。マーズ・バーはそこまで馴染めねえけどな」。揚げマーズ・バーが嫌いなのか頭をいらだたしげに振ると、リアムは近くのテーブルでチップスを食べていたマネージャーを指差した。

「スティーヴ、あそこじゃ何を酒のつまみにするんだっけ、チーズか?何だった?変なのがわんさかあったよな、チップスとかチーズ付きでグレイビーのかかったやつとか、なあ?」。

口の中をチップスで一杯にして、肩をすくめるスティーヴから私に目を戻したリアムは、まるでこの国のおかしな食生活の原因は私であるかのように、疑うような視線を送ってきた。

背後にある房つきのランプシェイドにとんとんと頭を当てている。大きく足を広げて座り、ハエを狙って叩く動作も心ここにあらずという様子だ。彼にとって、名声とは何なのだろうか。あなたはブリティッシュミュージック界の顔でしょう。リアムは眉間に深くしわを寄せた。

「有名かどうかなんて俺には意味ねえよ。結局は、TVとかに登場するかどうかってことだろ。俺はバンドに...」。

そこで彼はふと黙り込み、すぐに訂正をした。

「俺はこれまでバンドで音楽を作ってきた。それだけのことさ。名声を追い求めるやつなんてビョーキだぜ」。

短期的な見通しとしては、「Pretty Greenに全力を注ぐ。家でのんびりして、しばらく音楽からは離れる。そして1月後くらいから何かを始めるよ、様子を見ながらな。OASISじゃない、他の何かを。でも今は少し音楽はお休みするよ。どんなに時間が経っても、俺はOASISがなくなったことを寂しく思うだろう。俺のものだったんだからな、わかるだろ?俺自身だったんだから。でも結局は単に看板でしかない。俺は今でも俺だし、今からでも何かを始めることはできる。俺の中に音楽はある。それを無駄にすることはしないけど、しばらくは俺達みんなで様子を見つつやって行くよ。ひでえもんになるかもしれねえけど、やってみなきゃわかんねえだろ」。

音楽業界での具体的な計画はこれ以上聞くことは叶わなかったが、新しい年に戻ってくることを、そしてその時は「OASISではなく」、ソロでもないことを、リアムは繰り返し強調した。

「OASISから完全に離れることが良いことなんだよ。ソロはやりたくない。俺には向かねえからな。バンドをやりたいんだ。でも今の時代何でもできるからな。何をやるかな。でもロックンロールであることは間違いないさ」。

新しい境地を開拓するチャンスはあるのだろうか。

「もちろんさ。でも今すぐに始めるよりは、少し世間から離れた方がいいと思うんだよ。軽いことじゃねえだろ、OASISってさ、少し寝かせてみんなにこの状況に慣れてもらって、もちろん俺達も慣れる必要がある。でもいづれにしてもファッキンクールな何かを作り出すと思うぜ。一夜漬けのクソみてえなのは出さない」。

もともとリアムが開けっ広げな性格であることを考えても、ここまで話に抑制を効かしていることに私は感心していた。スティーヴが近くにいなかったら、もっと突っ込んだ話が出来るのではないだろうか。できたとしても、3年間喧嘩し続けている兄への辛辣な言葉が出てくるだけなのか。二人の仲は昔から一瞬即発なものだったが、今では話すことすら滅多にないという。OASIS分裂の前には、ツアー中の移動は別々になり、ステージの上で会うのみとなった。緊張関係、なんてものではない。

「いちおうの礼儀で、Pretty Greenの服をいくつかあいつにあげたんだ。そしたらあいつはそれを受け取ったんだ」。リアムの声音には怒りが滲み出ていた。

「ムカついたね、俺の顔に投げ返すべきだろ、話もしねえ仲なのによ。なのに受け取りやがった、それできっとゴミ箱にでも突っ込んだんだろうさ」。

苛立った様子で口をつぐむ。自分の中でねじを巻いているのだ。そして再び話し始める。

「彼女が出かけている間にでも家で着けたりしているかもしれない。でも帰ってきたら脱ぐのさ、なんせ尻にひかれてるからな」。

そう言うとふてくされたようにリアムは拳を突き上げると、親指を下に向けた。

しかしこの愚痴を除いては、この分裂騒動に関しての話題にも落ち着いた様子で話し、考えを切り替えるのには全然時間を要しなかったと答えた。今は引越しの最中で忙しく、子供達は夏休みが終わって学校に戻り、愛するマンチェスター・シティも順調に勝ち上がり、「気分を和らげて」くれるのだそうだ。もし将来について悩み苦しんでいたとしても、彼はその不安を外には出さないのだろう。

たぶん、生傷は触れるにはまだ早く、リアムはまだ変化を十分には受け入れておらず、これからのことについて決断を下すには至らないのかもしれない。20年近く経って突如離婚するカップルのように、OASISの旅は全てを費やしてきた旅だった。だから、私は将来を尋ねられても曖昧な答えしか返すことの出来ないリアムを責めることはできなかった。

長い目で見た時、Pretty Greenは彼の生活の中心となっていくのだろうか。リアムの答えは揺るぎなかった。

「No」。

そしてすぐに付け加える。

「なるかな。うん、でも音楽みたいにってこと。音楽と洋服が中心だよ、それは間違いない」。

Liam Gallagher - Daily Mail - 2009/10/12

オリジナルの記事はこちら。リアムの写真も見ることができます。↓
http://www.dailymail.co.uk/home/moslive/article-1219006/Im-gutted-Liam-Gallagher-Oasis-split-style-gave-drugs.html

「いやいやいやいや」。目をぐるりと回しながら、リアム・ギャラガーは吠える。

「何を着けた方がいいかをかみさんに聞くくらいなら、荷造りして実家に帰った方がましだぜ」。

「自分に似合う洋服は自分でわかっているし、今んとこそれで間に合ってるんだ。何を着けるかは誰も指図はできない。俺は着けたい服を着ける」。

私が、デザイナーというよりもラガーと殴り合いの方面で著名なOASISのフロントマンに、アパレルブランドPretty Greenは妻ニコル・アップルトンから影響を受けている部分もあるのかと尋ねた答えがこれだ。つまり、全く受けていないらしい。

「でも俺もニコルのファッションには口出ししないよ」。そう、リアムは続ける。

「俺のところにやってきて似合ってるか聞いてきたら『最高』って言う。でももし『あの服にしたらどうだ?』とか『あっちの方がいいよ』なんてことを言ったら、途端に女性は食ってかかってくるんだ。そうなったら勝つのは無理、絶対に」。

Pretty Greenのコンセプトは「繊細さ」だと、リアムは未だに南部に侵食されぬマンチェスター訛りで説明した。

「でっけえストライプみたいな、派手さやけばさは求めていない。あくまでクラシックなんだ。トレンチコートにパーカー、デザートブーツ、最高級のカシミ ヤ。男らしさも求めてない。良い服を作りたいだけさ。ファッションと言うよりスタイルっていうかな。俺の好みで作るし、流行は追わない。俺はファッション をやってるわけじゃない。つまり女の子なら女の子らしい、野郎は野郎らしい服を着けるべきだと俺は思うんだよ。見ろよあのポインテッドトゥのシューズ。あ りゃどうみても女の子向けだろ。スキニージーンズも好きじゃない。ちょっと絞ってるくらいなら許せるけど、女に見られたいのか男に見られたいのかはっきり しろっての」。

「ああいうのに猛反発してる連中もたくさんいるんだよな」。

そう言うと、リアムは人工(だと思いたい)豹皮のシューズを履いた足をどすんとテーブルの上に置いた。

「そういう人達がいてくれて嬉しいし、誇りに思うよ。断然支持するね」。

リアムはまるで花火のようだ。導火紙に火をつけるとあっという間に全ての事柄に対して熱弁をふるい始める。そこで勢いに乗ってマイケル・ジャクソンのことを話題に出してみた。

「天才だよ、間違いない。俺の好みの音楽じゃないけどな。Jackson Fiveにいた頃は好きだったけどその後はちょっとどうでもいい仕事ばっかりしていたから。でもそうもなるだろ?裏庭に遊園地を作ったら誰でも頭がおかし くなるさ。俺の庭には何本かの木と物置小屋しかないから、こうやって落ち着いていられるわけ」。

37年前、バーニッジでウィリアム・ジョン・ポール・ギャラガーとして生を受けたリアムは、決して大金持ちになることを期待された子供ではなかった。少な くとも彼の担任教師にとっては。喧嘩が原因で15歳で学校を退学になってからは、フェンスをクレオソート処理する仕事につき、洋服を買うお金ほしさに、く すねてきたStone IslandやCalvin Kleinの商品を路上で売りさばいたりしていた。

彼の兄であるポール・ギャラガーは、著書「From Childhood To Oasis」の中で、「リアムは、私のヘアスタイリングジェルやデオドラント、アフターシェーヴローションを使っていた。彼は、自分が完璧になるまで決し て外に出ようとはしなかった」と、当時のリアムの様子を振り返っている。

「洋服が本当に好きだったから、そのために金を貯めたんだ。口座を作って、Patrickのトラックスーツとか、Lacoste、Levi's、 Dunlop Green Flashの服も買った。見たことあると思うぜ、Mainroadの時に俺達が着けていたあの服さ」。

「ワーキング・クラスならではだよな。1週間働きづくした後の週末にちょっと見栄えするものを着て、ロックスターになる、わかるだろ。クールになるんだ。 大事なのはそのスタイルだよ。ファッションは一時のもの。スタイルは一生ものだ。そいつのクラスの問題さ。ずっと昔から続いていること。何を身に着けるか が大切なんだ」。

「俺にはスタイルが大事なんだ、しっかりとしたスタイルがね。正直言うと、こうやってPretty Greenのことでインタビューを受けるのはちょっと緊張するんだよな、だってよ、洋服とかそういうことについて聞かれても俺には答えられねえし。でもど うやったら格好良くなれるか良い気分でいられるかは知っている。俺にはそれで十分。どっちつかずは嫌だ。俺は着たいものを着るんだ」。

この大言壮語ぶりがポール・マッギガンの目に留まり、リアムはRainというバンドに誘われる。持って生まれたフロントマンとしての気質で、Rainが彼 のバンドとなるのにそう長い時間は要さなかった。兄のノエルをバンドに招き、OASISと名前を変え、1994年1stアルバム「Definitely Maybe」で念願のデビューを果たす。それから22枚のシングルをリリースし、OASISは次々と歴史を塗り替えてきたのだ。

8月にノエルがバンドを脱退してから、現在リアムは代わりとなるギタリストを探している最中だ。

しかし、リアムが紙面を賑わせてきたのは単にOASISのフロントマンだったからだけではない。

スコーンを巡った騒ぎを起こしてキャセイ・パシフィック航空からは永久追放され、オーストラリアでは暴行容疑で起訴され、ドイツでは喧嘩が原因で逮捕され、ロンドンのグルーチョクラブでポール・ガスコンシンと揉み合いになり、相手の顔に消火器を噴射している。

だから1週間前、濃霧がたちこめる早朝の写真撮影で、リアムが出来上がった写真を一枚も見ようとせずさっさと家に帰ってしまい、その後のインタビューをキャンセルした時も、私は全く驚かなかった。例によって昨夜は大変だったんだろう。そう思っただけだ。

しかし、私はとんでもない勘違いをしていた。

今日、いつものリアム節でまくしたてているリアムは、待ち合わせ場所であるハムステッド・ヒースの端っこにあるパブに時間通り姿を現した。ジーンズに、 Pretty Greenのパーカー、そしてイヴ・サン・ローランのシューズ。私がビールをすすめたにも関わらず、水をボトルで注文したのには思わず面食らってしまっ た。

「先週はさ」と、私から目を反らしてリアムは話し始めた。

「とても調子が悪かったんだ。俺は家に戻ったばかりで、子供は学校が始まって。だからインタビューを受ける気分じゃなかったんだよ、ベストの状態じゃない時にはな、わかるよな?ちゃんとした気持ちでやりたかったんだ」。

もう騒ぎは起こさないのだろうか?

「もうこれはやめたよ(そう言ってコカインを吸う真似をしてみせた)、昨年の11月にな。これからはたまに酒を飲むくらいさ。でも一生やめるわけじゃない。今は休憩しているんだ」。

「これは覚えていてほしいんだよ、俺はこの20年間コカインをやってきた。コカインだけじゃなく色んなものをな。それで散々楽しい思いをしてきたから ちょっと休もうかなって感じなんだ。子供と上手くいかないんだよなあれやると。やった次の日、目を覚まして子供の宿題を手伝ったりフットボールのシューズ を見て回ったり。心ここにあらずでさ、ひでえ気分なんだ」。

ハムステッド・ヒース周辺で毎朝10マイルを走りぬく姿が目撃されているリアム。彼は私が想像していたほどロックンロールではなかった。

「ああいうのも大好きなんだよ」。

「髪型を整えるのも。いつもきれいにしているし、たまには顔の保湿もする。だって3週間もパブに居座っていると肌も乾いちまうだろ?」。

「良い香りをさせていたいし格好良く見られたい。クリスチャン・ディオールはよく使ってるよ、あとあれも好きだな、ヴィクトリアシークレットのベリーセクシーフォーヒム。でも1つ使い終わると他のを使い出すんだ」。

リアムは現在、妻ニコル・アップルトンと8歳になる息子ジーンと一緒に暮らしている。彼には、前妻パッツィ・ケンジットとの間に10歳になる息子レノンもいる。

2人とも同じ学校に通っているが、ハムステッドで両親と一緒に暮らすジーンとは違い、レノンはパッツィとリアムの家を行ったり来たりの生活だ。さらにレノンの上には、リサ・モーリッシュとの間に11歳になる女の子モリーがいる。

「俺って趣味がないんだよ」と、リアム。

「人と会ってつるむくらいでさ。人間が好きなんだ。それに父親でいることも好き。家族は世界で一番大切な存在。子供ってのはたいしたもんだぜ。オムツ交換 はずっと俺がやったんだ、ずっとな。電球の交換はできねえけど他の分野で取り返すのさ。毎朝子供達と一緒に起きて、学校に連れて行く。頭がすっきりする よ。大好きだね」。

私立?それとも公立?

「私立。俺が必死こいて働いてるんだから、子供達も他の銀行家やブローカーの子供と同じように通う権利があるだろう」。

リアム自身の学校生活は比べようも無いくらいつまらないものだったという。

「俺が学校に通っていた頃は、喧嘩をしてハンマーで頭を殴られたりそんな感じさ。街にいるフードをかぶった子供達を見ると、かつての俺を思い出すよ、道端でたむろってろくなこともせず......俺の方が良い服着けてたけどな」。

「兄弟全員、教会に連れていかれたもんだよ、俺達3人ともな。おふくろが繕ってくれたジャンパーを着けて。おふくろはキリストの血と肉を受けて家に帰り親父にぼこぼこにされたのさ。それで俺が10歳の時に俺達は家を出たんだ」。

「でもな、その後から聖体拝領は拒否されたんだ。『お前にはできない、離婚したのだから』ってな。つまり、家にとどまって毎日のように蹴りを入れられて、 そうすれば聖体拝領してあげよう、そうじゃなければここから出て行けってことなんだ、あいつらはそう言いやがったんだよ」。

情熱にあふれるリアムは、自身の生き方の指針として、ジョージ・ハリスンやジョン・レノン(「世界一クールなおたく」)、ブライアン・ジョーンズ、ポール・ウェラーを挙げた。世界一スタイリッシュでないロックスターは?彼の兄、ノエルだ。

「あいつはリズ・ハーレーの息子みてえな格好をしてる」。昨年の結婚式にノエルを招待せず、12ヶ月はまともな会話をしていないというリアムは、そう表現した。

「成金趣味に走ってるだろ。カーディガンとかそういったのばっか着やがって。まだ話をしていた頃にPretty Greenの服をあげたんだけど、気に入ったとはとても思えないね。俺の友達がバックステージで着けているのを見て、あいつは『何でお前が着けてるん だ』。友達は『お前にゃ着けれないからだよ』って答えたのさ。あいつに何がわかるっていうんだ?みんなあいつのファションセンスを過大評価しすぎだぞ」。

ここで、私はOASISが分裂した今のリアムの心境を聞きたくてしょうがなかったのだが、その話題は事前に禁止されていた。

このインタビューを行う前の週に、広告担当からその話題には触れぬよう、1度ではく、4度念を押されている。

そして今日はというと、リアムの親友であり、運転手、Pretty Greenのパートナーであるスティーブ・アレンが私の右後ろに座りインタビューを監視している。ぶっちゃけ話をするに適した環境では決して、ない。とりあえず、私は質問をせっせと続けているのだ。

椅子の背にもたれかかり、リアムは深いため息をつき、口を開いた。

「俺も話したくてしょうがねえんだけどできねえんだよ。時間が足りないんだ。18年間もOASISでやってきて、この状況について考えるにはさ。まだ1ヶ 月しか経っていないし、俺もちゃんとこのことを受け止める必要がある。ここで俺が話すことはこれからの俺の音楽人生にも大きく影響するからな。でも残念だ よ。俺はOASISが大好きだ。心の準備ができたら俺の方の話を聞かせてやるよ。OASISが分裂したこと自体はそこまでショックじゃない。でもみんな俺 達のことを色々言ってるからな」。

「たぶんこういうことを言うだろうな、OASISを潰したのは俺達OASIS自身だって。OASISは長続きしないと言った連中?続いたじゃねえか。しか も結局俺達を超えたのは俺達自身以外誰もいない。OASISを分裂させたのは俺達で、あら捜しをしてきた連中じゃない。俺はそのことを心から誇りに思う よ」。

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リアムのアパレルブランドPretty Greenは、モッズの影響を受けたスマートカジュアルウェアだ。これまで高級志向でこのコンセプトを貫くブランドはなかったのではないだろうか。

「だから俺達が作ったんだよ」。

「最高のものにしたかった、だって冗談半分でやっても意味ねえだろ?俺に似合わないものは作らない。それに、誰も買わなかったとしても、最低でも俺のワードローブはできたわけだから別にいいんだ」。

「着ることで格好良くなれて気分も良くなるようなものを、最高級の生地最高の質で、作りたかった。金が目的じゃない。みんなに買ってくれと押しつけること はしないさ。ただ気に入ってくれる人達、俺に話しかけてきてどこでその服は買えるのか聞いてきたみんなのために、俺は本気で取り組んでいるのさ。俺は洋服 が好きだし音楽が好きだ。だから気に入ったら買ってくれ。金が無いなら貯めて買え。昔の俺みたいにな」。

Pretty Greenのブラック・コレクションは、10月末よりセルフリッジズ、クルーズ、フランネルズ、その他大手販売店にて入手可能だ。

Liam Gallagher - The Times - 2009/10/08

オリジナルの記事はこちらから。↓
http://www.timesonline.co.uk/tol/life_and_style/men/article6864909.ece

OASISが消滅した今、リアム・ギャラガーは新たな計画に着手している。それは単なるファッションではない。

2009年8月28日、パリのバックステージ。OASISのギグが始まる前のことだ。ノエルとリアムのギャラガー兄弟が盛大な喧嘩を繰り広げた。伝えられ るところによると、ノエルがリアムのギター(リアムの妻ニコルからのプレゼント)を壊したそうだ。ギグはキャンセルになった。

これは事件だ。しかし、そう驚くような事件でもない。結局のところ、ここ20年で最高の英国バンド。その中で唯一残るオリジナルメンバーであるギャラガー 兄弟は、よちよち歩きの頃から喧嘩ばかりしていたのだから。兄弟喧嘩は2人のDNAに刻み込まれている。しかし、今回の喧嘩はノエルの我慢の限界を超えて いた。その後ほどなくして、彼はThe Beatles以来のビッグバンドOASISを脱退することを公式に発表した。

「みんな好きなように書いたり言ったりするだろうが、これ以上1日たりともリアムと一緒にはやっていけない」。

OASISの中でたった一人のギャラガーとなったリアムは、あの喧嘩やバンドの将来について口を閉ざしてきた。あたかもOASISはこれからも活動するこ とを思わせる沈黙だ。OASISのリードシンガー、音楽界のカリスマであり、名曲を作り出すのはノエルであるにも関わらずファンからの熱い叫びを一身に集 めるリアムが、バンドを率いていくのだと。

「OASISは終わりだ」。

一度はキャンセルとなった今回のインタビューで、リアム・ギャラガーはそう話した。彼の粗暴な振る舞いと手に負えないキャラクターを耳学問で知っていた私 は、インタビューも楽しいものではなく新たな情報も得られないだろうと考えていた。如何なることがあろうとも、いくら強制しようとも、ノエルの脱退やバン ドのこれからについて、つまりバンドに関することは何も話さないだろうと踏んでいた。インタビューの焦点は洋服に絞られた。ファッションへ傾ける情熱、特 に、一部報道ではノエル脱退の原因だとも言われる、最近立ち上げた自身のアパレルブランドPretty Greenについてだ。

それ以外にも、ファンやジャーナリスト達が懸念する質問にもどうにかこうにか答えてもらっている。インタビューが終わった今、巷で流れているリアムの評判 をそのまま受け止めるのは正しくないのではないかという思いが私の中にはある。まずは、OASISファンが最も知りたがっている答えから始めてみよう。

リアム:俺達はいつだって楽しんできた。(目を悪戯っぽく輝かせて)俺は、いつだって楽しんでいたよ。だからきついと思ったことは一度も無い。俺はツアー を喜んでやっていたから、終わる時にはいつもがっかりしていた。わかるだろ、(物憂げに一呼吸おいて)、最高だったんだよ。でも家に帰って、かみさんや子 供達の元に戻らなきゃならない。永遠に続くものなんてないんだ。でも「ああ、ったく、もううんざりだ、ツアーやめてえ」と思ったことは一度もないね。

最後の言葉は、ノエルへの当てつけだろうか。

OASISはあなたのバンドですよね。(Pretty Greenの2009秋冬コレクションを指して)これがあなたのソロプロジェクトと言ってかまわないんでしょうか?(「ソロプロジェクト」という言葉を使った時、私は緊張を覚えていた。何がリアムの逆鱗に触れるかわからない)。

リアム:そうだな、OASISはやらねえよ。もうみんなわかってると思うけど。だからそういうこと。

本心からそう思います?

リアム:ああ思うぜ。疑いようもないね。残念だけどこれも人生さ。俺達は良い仕事をしてきたと思う。OASISは.....誰も.....俺達が OASISを終わらせたんだ。誰かが終わらせたんじゃない。とても.....言ってみりゃ.....クールだったね(皮肉に満ち溢れた様子で彼はそう表現 した)。次はどういう音楽活動をしようか考えているところ、全ては俺の気持ち次第だ。

去年の11月、ツアーの途中、L.A.のプールサイドでセキュリティのスティーヴ・アレンと共に、Pretty Greenは考案された。

ここに再びリアムの言葉を紹介しよう。

リアム:洋服について話してたんだよな、特に靴について。俺は靴にはちょっとこだわりがあってね。そこで後にPretty Greenとなるアイディアが出て.....現実になったわけ。それでPretty Greenという名前を書いてみたんだ、Paul Smithのロゴみたいな感じでさ。でもそれだと何かダサかったから、今度は円状に書いてみた。それで今に至るんだ。

今思えば単なる偶然ではなかったかもしれないが、ノエルがソロになることを考えているという噂が流れはじめたのも昨年の11月だ。リアムとスティーヴは プールサイドでロゴを考え、アパレルブランドを立ち上げることを決めた。そして今月、リアム監修の下、ノッティンガムを拠点とするメンズウェア・デザイ ナー、ニック・ホランドが創作したPretty Green初となる完全コレクションが発表される。コレクションが完成するまでに、リアムは19もの試作Tシャツを没にしたという。

OASISの楽曲のように、「Rubber Soul」のアルバムカバーを想起させるPretty Greenのロゴには、随所にThe Beatlesの影響が感じられる。リアムが「レノン」と呼ぶマジョレット・ハットや、通称「The Fool On The Hill」のメルトンコート。そして襟なしのレザージャケット。

リアム:The Beatlesが無理やり着けさせられてたジャケットを覚えてる?自分で洋服を選ぶ前の、ブライアン・エプスタインが着けさせていた時のさ。ああいうのを 考えて、襟とかそういうのを取っ払った。そしたら俺の好みの形になったわけ。みんなはこういうのを好きじゃないかも知れないけど、別にどうでもいいさ。

でも、誰も好きにならなければそれはそれで困るでしょう。でもこれは本気で取り組んでいるプロジェクトなんですね。片手間ではないと。みんなに洋服を買ってもらって、Pretty Greenをビジネスとして軌道に乗せようとしていると。

リアム:うん、でも俺のPretty Greenへの取り組み方は、音楽に対するのと同じなんだ。嫌がってるものを押しつけることはできない。好きでも嫌いでもいい。みんなが買ってくれなかったらどうしようって夜な夜な泣いたりはしないんだからさ。

お金は有り余っているわけですし、特に儲けに走らなくてもいいわけだ。

リアム:言いたいことはわかるよ。でも俺はみんなに押しつけようとは思ってないんだ。みんなが(腕を広げてみせて)「これだよ」と思うようなものを作れた らいいなと思ってさ。買うかどうかはみんなに任せるよ、わかるだろ?そう、だから無理強いはしない。これが最高のメンズウェアコレクションだって表明した いんだ。一番良いのはジャケットだな。伸縮性があってしなやかな最高級のピー・コート。英国製のウールから出来ていて、美しいコードナンバー。ピーター・ セラーズの好みを想像しながら作ったんだ。クリミア・カットのメルトンも良いぜ。D&Gの最新コレクションよりも高くなくてしかも魅力的だ。

今季のコレクションは黒と白を基調としているが、来春はもっと色調を増やす予定だと話す。リアムの話したジェケットの次に私が気に入ったシーアイランド綿 /カシミア混紡のニットウェアが、頭角を現すのはその時期ということになるだろう。リンゴ風、ドノヴァン風味なペイズリー・ナール・カフタンやレノンの帽 子など他のアイテムは、私には少しリアムすぎる、つまりフォーマルすぎる。Pretty Greenを立ち上げるにあたって、リアムが何より目指したものはトップクラス、つまりシンプルでかつ上質なブランドなのだ。

デザート・ブーツに関して、リアムは目利きである。

「クラークスのやつはちょっと先が尖りすぎなんだよな、いつも思うことなんだけど」と、リアム。

「スクエアトゥをもう一度復活させたかったんだ。こういうブラックと」。

そう言って、彼は、私との間にあるコーヒー・テーブルの上に置かれたブーツを指した。

「ダーク・ブラウン、それとキャメルで。でもキャメルについてはまだ満足していないんだ。ちょっと色が強すぎるな」。

ゆくゆくは、Pretty Greenのショップを開き、「最高の」家具、芸術品など、彼の愛する全てのものをそろえたいらしい。

「俺達は、ファッキンビッグになるぜ!」。

今のところ、リアムの興味はファッションに向いているようだ。

「Pretty Greenに並ぶものはいない」と、リアム。これがポストOASISの計画なのだろうか。彼は現在37歳。ミック・ジャガーみたく60代まで腰を振り続け る気がないのなら、確かにこのプロジェクトが彼の第二のロックンロールになるのかもしれない。と、私が話すと、リアムも乗っかってきた。

「腰を振るなんてありえねえな!この18年間、俺は何1つとして振らずにやってきたんだぜ!」。

「一度好きになったら、とことんやり続けるんだ。洋服も音楽も俺にとっては全く同じことさ。だから死ぬまで音楽を続けるし、このプロジェクトも死ぬまで続ける。できることならね」。

リアムは自分の洋服を愛している。ノースウェスト・ロンドンのケンティッシュ・タウンにあるスタジオ。ここは、リアムはPretty Greenのルックブックを完成させた場所だ。彼は、Pretty GreenのグリーンのパーカーにStone Rosesのバッジを付け、足元はこれもPretty Greenのブラック・デザートブーツ、そして「友達が作った」というジーンズを着けていた。

彼は、子供の頃から洋服に興味があったそうだ。

「13、14の頃からだな。その前からかもしれない。かっこ良くみられたいだろ。女の子にもモテたいしさ、わかるだろ?あの頃はトラックスーツにはまって た。昔はブレイクダンスをしてたからさ、だから、そうだな、セルジオ・タッキーニとかそういうのが好きだった。良かったぜ」。

ブレイクダンサーらしい格好をしていたということ?

リアム:そんなふざけた格好はしねえよ。トラックスーツを着けてただけさ。

あなたがエレクトロな一面を持っているとは思いませんでした。

リアム:まあな、最初にはまった音楽はそういうのだったんだよ。ギャングスター・ラップが流行る前の、エレクトロミュージックな。ジーナ・アーミテージっ て名前の女の子、可愛かったけどもう死んじまったんだ、その子と一緒に出かけてさ、ちょっとコカを吸って良い気分になりながらぶらぶらして、街でブレイク ダンスたりしてたんだ。金がほしくて。

上手かった?

リアム:彼女ほどじゃないさ。あの子は上手かったよ。

「ブレイクダンサー:リアム・ギャラガー」という衝撃の事実に慄きつつ、私はさらに質問を続けた。スティーヴから事前に情報をもらったのだ。

リアム、ショッピングは好き?(実は、スティーヴのぼやきも聞かせてもらった。ドイツのあるホテルが、リアムの靴が詰められたバッグを紛失するという致命的ミスを犯してからというもの、彼はシューズ・バッグを常に持ち歩かなくてはならなかったらしい)。

リアム:ああ。洋服が好きなんだよ。部屋の中でじっとしてられねえんだ。ノエルはいつもホテルの部屋にこもってたぜ。一体何をしてんのか俺には理解できねえ、たぶん女装したりしてたんじゃねえの。でも俺には無理だ。荷造りして、ショップ巡りさ。

お馴染み、リアムのノエルいじりだ。ノエルに限らないことだが、彼は人を怒らせるのが好きだ。同業者である他のバンド、プレス、政治家、何でも。ハムステッドにある新しい自宅について尋ねると、自分のワードローブが妻ニコルのそれより広いことを嬉しげに話した。

彼女はそのことをどう思ってるの?

「だんまりさ!」。

そこまで言って、リアムはペースを落とした。

「冗談だよ。俺達2人に十分なスペースはあるさ」。

しかし、F-ワードを誘発してしまったら、誰も彼を止められない。

ファッションに強く興味を持つ男性は女性的である傾向があることには、気づいている?

リアム:それでもいいさ。俺には女性的なところがある、それは間違いねえな。でも俺はファッション・デザイナーじゃねえ。(不愉快そうに)ファッションの そういう面には興味ねえんだ。ただ好きな洋服を作りたいだけ。ファッキンファッションショーに出てくる俺の姿なんて見たくねえだろ。

一回も出た事はない?

リアム:何年か前にあるけどさ、馬鹿みてえだったぜ。あいつら、くだらねえことばかりしゃべってるしよ。中身がねえんだよな。現実味がないぜ。

ファッションの世界には魅力的な女性が大勢いますよね。

リアム:ああいうのが好みならな。ああいうガリガリがタイプならな。

OK。つまりあなたは自らをファッション人ではなく、あくまで音楽人として見ているわけだ。

リアム:俺は俺、リアム・ギャラガーでしかないよ。ミュージシャンで、俺と同じ考えを持つ人向けの洋服を作っているってことさ。

どうやって?

リアム:さあな。適当なことは言いたくない。もう少し考えたいんだ。でもこの2つに対して情熱を持っている、わかるよな、でも別に...世界を救おうとかそんなんじゃない。癌を治すわけでもない。そんな重いもんじゃなくて。

つまり、大げさに宣伝するつもりはないと。

リアム:そう、誇大広告するもりはない。俺自身に関してもそうだ。

大切なことですね。

リアム:俺にとってはね。そういう姿勢は大切だよ。

自分は誤解されていると思います?

リアム:ああ。途方もなく。

どういう点で?

リアム:別に、いいんだけどさ。周りにどう思われようがかまわねえ。俺にとって大切な人たちがわかってくれてれば、それでいい。

ふむ、次は何について話しましょうか。すでに色んなことについて突っ込んで聞いてきたわけですが。

リアム:俺が曲を書く時みてえだな。歌詞がすぐに終わっちまうんだよ。そんでしばらく考えて「くそ、2番があるのに、1番で全部言いたいことを言っちまった」ってな。

では、今日はこれで終わりますか?

リアム:そうだな、28分間。ほら、ファッキンパーフェクトだ!

そう言って、リアムは私の背中を叩く。ディクタフォンの電源を切り、「それじゃ」と立ち去ろうとしたその時。ここで確認しておくが、これは彼がノエルとの 間で揉めて揉めて揉めまくった後に行われたインタビューだ。広報担当からは、そのことには触れぬよう強く申し付けられていたのに、リアムは私が本当に聞き たがっていることを理解していた。

そして、リアムはノエルについて、あの夜の喧嘩について話し始めた。あの日の出来事を語るために、彼には時間が必要だった。OASISの墓石に、腹立ち紛 れに取り返しのつかない言葉を刻むわけにはいかなかった。舞い上がった埃が一旦収まるまで待っていたのだ。とにかく、全てを悪く考える必要はない。なぜな ら「ノエルはノエルで、俺は俺でやりたいことがやれる」。私は再び録音ボタンを押す。

リアム:みんなはあいつのレコードを買うこともできるし、俺達のレコードを買うこともできる。だからみんな幸せだろ。

時が経てば、ノエルとの関係は変わってくると思う?音楽やマネジメントに関してだけではなく。

リアム:もちろん!もちろんだよ!まあ、長い時間はかかるだろうけど、でも、誰にもわからないさ。

リアム・ギャラガー。彼には恐ろしげなところがあるし、喧嘩好きでもあることは間違いない。しかし同時に、生真面目な面があり、繊細で感激屋。そして彼の 顔にふとよぎるのは、傍らにいない兄を寂しく思う弟の表情だった。さらに言えば、クールなアパレルブランドのプロデューサーでもある。彼の姿を捉えられる ものは、誰もいない。

OASIS Split - Telegraph - 2009/08/29

オリジナルの記事はこちら。↓
http://blogs.telegraph.co.uk/culture/neilmccormick/100002791/oasis-split-its-a-family-affair/

2,3週間前だっただろうか。私は、ノエル・ギャラガーに会って話をした。マンチェスター出身の昔からの友人が彼に仕掛けようとした、文字には出来ない類 のいたずらを面白おかしく話したノエルは、信じられないというような顔をして腹立ちまぎれにオチをつけた。「言いたいことは3つある。俺は42歳だ。2人 の子供がいる....しかも俺はファッキンリッチなんだよ!」。

それが、たぶん、OASISの墓に刻まれる言葉となるかもしれない。ノエルは、ロックンロール界の良心の一人だ。いまやデビューして20年となる OASISの崩れゆく堤防に足を突っ込み、弟リアムとの関係を一瞬即発のところでどうにか切り抜けてきた彼は、ついにこの3つのことに行き着いたのかもし れない。42歳。2人の子供。十分な資産。つまるところは、OASISが人々にとってどのような存在であれ、当のチーフにとってはもはやしがみつくほどの ものではないということだ。

ギャラガー兄弟の片割れがOASISから出て行こうとしたことはこれまでにもあったが、今回は、本当に最後なのだと感じさせる何かがある。OASISの終 焉は、罵声ではなく謝罪の言葉と共に訪れた。パリのSeine Festivalに出演する予定だったOASISだったが、ステージに彼らの姿が現れることはなく、代わりにスクリーン上にメッセージが流れたのだった。 「メンバー同士で揉め事が起こったため、OASISのギグはキャンセルになりました」。

間際でキャンセルする言い訳としては仕様もなさすぎて、納得がいかなかったファンも多いだろう。私が思うに、13ヶ月のツアー中、滅多に話もせず、インタ ビューやブログ、twitterを通してのけなし合いが唯一のコミュニケーション手段となっていた二人の間で、ついに面と向かって言葉が交わされ、すぐに 殴り合いとなり、ノエルは限界を感じたのではないか。

後に、ノエルは脱退声明を出した。

「少し悲しいが、何よりほっとしてる。俺は今夜OASISをやめる。みんな好きなように書いたり言ったりするだろうが、もうこれ以上一日たりともリアムとはやっていけない。パリ、コンスタンツ、ミランのチケットを買ってくれたみんなには悪く思ってる」。

そういうことだ。あと3つのギグを終わらせれば、OASISはツアーを完遂できたのだし、好きなだけ休暇をとることもできた。彼らにはその選択肢があった はずだ。実際のところ、二人を取り巻く者なら誰しも今回の事件は想定の範囲内だった。二人の関係は対策を打つべきところまで悪化していたにも関わらず、彼 らはツアー最終地のミランまで続けなければならなかった。しかし、それすらできなくなったのだ。ノエルの表現を借りれば、「1日たりとも」続けることは出 来なかった。なぜならもはやロックンロールがどうこうというレベルではない、家族の問題と化しているのだから。

リアムが一体何を言ったのか。私達の元にはまだ伝わってきていない。きっと、バンド活動に関するどうしようもないことを口走ったのだろう。以前にも、リア ムはノエル抜きでOASISのギグを行っている。今週表紙を飾ったNMEのインタビューでは、「俺に任せてくれるなら、6ヶ月のオフを取った後スタジオに 戻ってレコードを作りたい。そのために俺はOASISにいるんだ。5年間も暇して遊ぶためじゃねえんだよ。俺達はもう昔のように若くはなれない。だから さっさと音楽を作ろうぜ。俺はやる気だ。準備は出来ている。アルバムも明日には作れちまうほどさ」。作曲家としては遅咲きのリアムだが、最近のアルバムで は収録される曲も増えてきており、新曲も「余るほど」あるという。しかしソロアルバムは作りたくないらしい。「興味ねえもん...俺はOASISの一員な んだ。バンドをやるのが好きなんだよ」。自身の曲については、「クラシックな感じさ。今流行の音じゃない。いつでも書けるよ。20年経っても30年経って も書けるかもしれないし。もう1曲も書けねえかもわかんねえ、わかる?」。

それに対してはこうとしか答えられない。うーん、いや、よくわからない、と。

我々も知っての通り、リアムには少しおかしいところがあるが、それが人を惹きつけてやまない象徴的なフロントマンとして1つの魅力になっていた。一緒にバ ンドをやるのは難しいこと確実だが、それだから彼ほど興味深い人間はいないのだ。ギャラガー兄弟は、外見は似ていても中身は全く異なる。生まれてからずっ と家族の中で違う役割を担ってきたのだから、兄弟とはそういうものなのだろう。兄のノエル・ギャラガーには思慮分別がある。ノエルという人間、つまり賢 く、機知に富み、驚くほど謙虚で気の利く彼について、私が心底不思議なのは、弟のことを全く理解しようとせず邪険に扱うところだ。最近では、リアムのこと を「失礼だし、態度はでかいし、人を脅すし、怠け者だ。あんなにいつも怒ってるやつも珍しい。世界に向かって歯向かってばかりいる」と、言い表した。実に 面白い表現である。しかし、実際リアムに会ってみればわかるが、彼はどこまでもチャーミングで話しやすい人物だ。リアムがどれだけ手に余る人物か聞いた話 は数知れず、ことノエルが相手となると彼の態度はどこまでも反抗的で無礼になるけれど、私の目から見れば、愛してもらいたい、認めてもらいたいというリア ムの本音としか思えなかった。かまってもらえない時、わざと好き勝手に行動してみせる。どんな家族でも経験したことはあると思う。自身が立ち上げたアパレ ルブランドPretty Greenに関して、リアムは「立ち上げて仕事に関わることができて嬉しいよ、わかるだろ、お高くとまったパーカー*に 蔑みの目で見られて舌打ちされることなくね」と話し、また「あいつが俺の作った服を着てるところを見たいんだ。色々くれてやったんだぜ。でもわかってる、 どうせ全部ゴミ箱に捨てるんだろうさ」と、鼻息も荒く付け加えている。「あいつ」とは誰なのか言うまでもないだろう。いい年になったからといって、二人が 幾度となく演じてみせる子供じみたやり取りをやめる理由にはならない。

*訳注 特撮テレビ番組サンダーバードに登場する運転手パーカーのこと。リアム曰く、ノエルにそっくり。

同じくNMEのインタビューで、リアムはノエルのことを「たぶんあいつには、やりたいことをやらせる必要があるんだろう。それで幸せだとは思えないけど さ」と、話した。ライターのレオニー・クーパーは、そう話すリアムの声に懸念の色、そして優しさすら感じて驚いたと話している。ノエルはソロアルバムを作 るべきかと尋ねると、リアムは「それで幸せならな、うん、それであいつが幸せなら」と、話したという。それをインタビュアーではなく、ノエルに直接言えた なら、事態は変わっていたのではないかと思えてならない。

OASISの終焉は、音楽界にとってそう大きな損失ではない。イギリスで一、二を争うビッグバンドではあるけれど、彼らの時代は90年代ブリットポップの 波に乗ってやってきて消えていったのだから。それに音楽的な角度から見ても、それ以後は無駄な時間を費やしてきていたのだから。OASISはいくつかの歌 えるシングルを出し、その中で時に見られる強く光を放つ楽曲によって、彼らを勢いづいてきた。しかし、ブリティッシュロックを復活させたあの2枚のアルバ ムを超えることはできなかった。おなじみのコードと声が続く15曲近い楽曲では、大衆の支持を勝ち取り続けることはできなかった。時代を定義するバンド、 OASIS。彼らには、誰にも負けない楽曲があり、生き方がある。必要なものはそれだけだ。

私は、今年7月のウェンブリー・スタジアムで、OASISのギグを見ている。その素晴らしさ。余計な手を加えずに演奏されるヒットソングに合わせて合唱を やめなかったオーディエンス。アンコールで、ノエルは「Don't Look Back In Anger」を演奏したが、彼自身は歌うに及ばず、大合唱をする7万人にあわせてギターをかき鳴らすだけだった。世界一のカラオケセッションだ。会場で感 じる高揚感は右に出るものがないほど特別なもので、もし二度とあの轟きを聴く事ができないのだとすれば、それは悲しいことだ。

しかしである。彼らの歴史は一筋縄にはいかない。バンドをやめることはできても、家族をやめることが果たしてできるのだろうか?

Alan McGee - ZANI - 2009/08/29

今は0時半過ぎ。ノエル・ギャラガーの脱退からOASISの解散へと、メディアはゆっくりと移行していますね。

マッギー:OASISはストーンズみたいなんだよな。たぶんこれまで長いことやってきたから、解散を口にする日なんて来ないと本人達も思っていたはずだ。 でも俺達が生きるこの時代は、意識の変化があるものなのさ、本人達がそれを認識してようがしまいが、大したことには思えなくともね。個々人が、やりたくな いことをやらなくとも構わない時代。好きじゃないことを無理にやっても馬鹿を見るだけなんだ、他の人間は金のためじゃなく好きだからという理由でやってる んだから。それは電気技師からロックンロールスターまでみんな同じ。世界で意識の変化が起こって、物事が逸れていっている。俺達は80年代、90年代に生 きてきた。OASISを1つにまとめあげていた時代だね。あの時代、俺達は意識を呼び起こそうとしていた。結局、楽しめないやつが出てきた時、バンドは解 散する。OASISも一緒だろうね。上手く行かないと思ったらプラグを抜くだろう。

OASISは本来見切りをつける時期より長く活動したと思います?それとも、まだ続ける意味はあった?

マッギー:OASISはマーキュリー・アワードのトップ10レコードを獲得しても良かったと思うんだよな。Glasvegasはとるだろうがね。 OASISの最新アルバムは、「Morning Glory」以来の会心作だったと思う。「Be Here Now」も好きだよ。

「D'you Know What I Mean?」は大好きです。それに「Don't Go Away」は、The Jamの「Fly」と共にこれまでで最高のラブソングの1つですよね。

マッギー:素晴らしい曲さ、でも今後5年、彼らがバンドとして活動せず、スタジアムツアーをやらなくても驚きはしないね。とりあえず今は長い冷却期間に 入っている。数年前にノエルがマンチェスターでアコースティックギグをしただろう、1万7千人のマンキュニアンが「Don't Look Back In Anger」を大合唱だ、それで全てがわかるだろうし、ノエル自身も自分の力を確認したはずだ。リアムも同じく力を持っている、だから二人とも自分の力で 音楽を続けられるんだ。今はそういう時代、OASISが分裂し、マイケル・ジャクソンが死ぬ。この二つはつながっていないけれど、時代が変わりつつあるこ との象徴なんだよ。

リアムは今後何をすると思います?

マッギー:二人とも偉大なスターになると思う、心からそう思うよ。リアムはリアムらしく、ノエルはノエルらしくね。君はどう思う?

私はノエルはコラボレーションを中心に仕事をすると思います。GoldieやThe Chemical Brothersと一緒にした時のように。リアムは落ち着いて考えるために旅行などをして、しばらくゆっくりするのではと。

マッギー:リアムは本当にすぐ興奮するからね。今夜、友達がパリのフェスに行っていたんだけど、その彼女から電話がかかってきて、OASISが解散したと 聞いたんだ。本当に?って聞き返したよ。ウェブサイトを見たらもう公式に発表されたみたいだね。個人的にはがっかりしている。だって俺の好きなバンドの1 つがなくなってしまうんだから。OASISがなくなって良いことはあるかって?あるさ、Glasvegasが世界一ビッグなバンドになる道ができたこと、 彼らはOASISのスピリットを受け継ぐ正統な後継者だ。OASIS以来、唯一魂と情熱を持ち合わせたバンド。The JamやThe Smith、OASISがそうだったようにね。

ノエル脱退のニュースを聞いた時、ジョン・F・ケネディの死と同じくらい衝撃を受けたと?

マッギー:もちろんさ、そうじゃなかったら0時30分なんて時間からインタビューを受けたりしないよ。衝撃だね、マイケル・ジャクソンの死くらいに。でもZANIとこのインタビューができて嬉しいよ。

ありがとうございます。育て親として、やはり彼らのことは自分の子供のように思っています?

マッギー:なあ、俺は思い出に浸るタイプじゃないんだ。でも彼らの一連の作品は本当に良いよ。

息子を失くしたような気持ち?

マッギー:もちろん悲しい、でも納得はできる。仕事でも人間関係でも変化は訪れるものだからね。終わる時が来たら、終わるんだ。

リアムとノエルはまた話をするようになるでしょうか?

マッギー:しばらくはないだろう、でもいつかはするさ、あの二人は愛し合ってるから。

OASISのキャリアを総括する曲と言えば?

マッギー:「D'you Know What I Mean」。

ありがとうございました。
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