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「The Vortexとボーンヘッド」
バノックバーンといえば、スコットランド人にとっては歴史的に受難の地であることを差し置いても愛国心を喚起せずにはいられない場所だ。この日2009年11月14日、イングランドとスコットランドの対立を象徴するスターリングシャーは、南に住む隣人との戦いの地ではなかった。
タータン・アームス・バーに通じるMcQ'sと呼ばれる会場には、地元の者達が数百人集まっていた。レコード会社との契約はなくとも、純粋に音楽を愛する5人のマンキュニアン達の姿を見るために駆けつけたのだ。
マンチェスターの音楽は、今でもスコットランドでは深く愛されている。1990年、Glasgow Greenで行われたThe Stone Rosesのギグ、1996年、Loch Lomondで行われたOASISのギグ、そして1993年にKing Tut's Wah Wah Hutで行われたギグに関しては言うまでもなく、ロックの歴史に残る重要なイベントを目撃した幸運なファン達の心に永遠に生き続けるだろう。
それらの事件を誰よりも間近で目撃していた男、それがVortexのギタリスト、ポール"ボーンヘッド"アーサーだ。OASISのステージでリズムギターを弾いていたのは彼なのだから。
世界中で2000万枚を売り上げたアルバム3部作をレコーディングしたのと同じリズムギターを、ボーンヘッドは会場へと運び入れている。彼が今属しているバンドVortexに、ローディなどは雇われていない。そして、足手まといになる連中もいない。
今夜のThe Vortexの音は、いつもより軽く聴こえるかもしれない。バッキング・ヴォーカルであるジャクリーン"ジャックス"ギルバートが、この冬に行われるツアーに参加できなくなったのだ。ボーンヘッドは、彼女のことを「バンドのサウンドに華を添えてくれ、Primal Screamのアルバム「Screamadelica」でのデニス・ジョンソンを思い起こさせる」と、話した。
ボーンヘッドと、Vortexのベーシスト、ニック・レプトンは、Primal Screamのアルバム「XTRMNTR」を、バンドのベンチマークとして定めている。ボーンヘッドは、The VortexはPrimal Screamの「パーティバイブ」を再構成するバンドで、彼らの多様性に満ちた音楽を崇拝していると話す。
「バラッドも書ければ、Country GirlやKill All Hippiesみたいな曲も書ける。次に何をするのか想像がつかないだろ。あのビートサンプルとリズムに乗ったギター。Vortexはそういう方向に行けると思うんだ」。
さらに、Primal Screamと同様にGlasvegasも気に入っていることを明かし、メンターであるアラン・マッギーに関しても言及した。
「彼はジャッジさ。あらゆるバンドにジャッジを下す。これまでマッギーが出したレコードを見ればわかるだろ、『このバンドは来る』と言えばその通りになる。大きく外すことはない」。
そうであれば、アラン・マッギーが「The Vortexが12月にマンチェスターでギグをする時には、1000人のファンが集まる」と予測し、すでにThe Vortexを期待の星として推しているのもうなずけることだ。
「The Stone Rosesみたいにさ、口コミなんだよ。俺はマンチェスターの音楽をずっと信じてきた。The Vortexは大きくなる」。
アラン・マッギーの音楽への嗅覚を信じきっているボーンヘッドだが、彼が発掘したバンドでも1つだけ気に入らないものがあるという。
「レコードについて1つ言わせろよ。The Grantsってバンドいるだろ?あれは最悪、クズだね」。
OASISを見つけた男がいつでも正しいとは限らないようだ。しかし、The Vortexについていえば、アラン・マッギーは次のように述べている。
「The Vortexは、OASISよりもPrimal Screamに近い。OASISよりもHappy Mondaysに近い。その音楽性に、OASISのアティテュードが備わっている」。
確かにステージではそういう姿勢を見せるかもしれないが、The Vortexの面々は非常に紳士的だ。ギグが終わるや否やバックステージに逃げ込み自己耽溺に浸るのではなく、ファン達と一晩中語り明かすことを選ぶ。ロックンロールを体現したいと強く望みながらも、ギグの前にステーキパイやチップス、野菜類を食べてる姿を目撃されたりするのだ.....。
デザイナーブランドを身に着け、ジャガーを乗りこなすボーンヘッドだが、彼は地に足のついた人生を送っている。過去20年で最大のバンドOASISのメンバーとして世界を飛び回ったことは一度ではないけれど、バンドにとって何が一番大事なのかを彼は知っている。
「リオ・デ・ジャネイロや、シドニー、ニューヨーク、色んな場所に行ったよ。でも『一番どこが好き?』と言われると、グラスゴーなんだ。なぜって?人間性。盛り上がり。情熱。彼らは全てを持ってる。会場の大きさは関係ない。昨夜バスゲイトでギグをしたら、みんな前の方まで踊りにきたんだぜ。すごい盛り上がりだった。楽しんでたのさ」。
ボーンヘッドのことを話す時、OASISのことに触れないわけにはいかない。彼は、ノエル・ギャラガーが加入するより前からメンバーだったのだし、アルバム3部作でウォールオブサウンドをつくりあげる大きな役割を担ったのも彼だ。前のバンドについての話題は避けたほうがいいという私の意向は、一蹴された。というのは、The Vortexのフロントマンであるマイク・プライスが、サウンドチェックをするボーンヘッドに向かって「Supersonic!」だの「Live Forever!」だのおかしな野次を飛ばし出したのだ。
しかし、彼はOASISと過ごした時代を懐かしく振り返る。彼らが成し遂げたことを心から誇りに思っているようだ。
「俺達は本当に、本当に恵まれていたんだよ。King Tut'sでギグをやったら、偶然アラン・マッギーが現れて『気に入った。最高だ。レコード契約を結ばないか?』だぜ。俺達はしかるべき時にしかるべき場所にいた。それだけさ。ある意味、俺達は幸運に恵まれていただけなんだ」。
その夜、マッギーが列車に乗り遅れていなかったら、OASISはどうなっていたのだろうか?
「デモはあったけど、配り歩いてはなかったからな。どうなってたか誰にもわからない。レコード会社に配ってたのかな?それにも飽きてやらなくなったかも。わからないよ」。
では、ボーンヘッドが今The Vortexに必要と感じていることは何なのだろう。デジタル化が進んだ16年後の今、レコード契約を掴むためにすべきこととは?
「最近は全然違うんだよな。MySpaceにFacebook。インターネットがある。方法はたくさんあるんだ。レコード会社も昔とは違う。俺達は何千万枚もレコードを売ったけど、今はレコードが売れない時代なんだ。レコード会社はもうそこまで力がない、だからわかんないな。できることを一つ一つやるしかないさ」。
山のようにレコードを売りチケット完売のツアーをしたOASISから、契約はないもののハングリー精神に富み、野心あふれるVortexへ。ボーンヘッドはなぜ再びバンドを組みギグをする道に戻ったのだろう。
「俺は、テリー・クリスチャンと一緒にBBC Manchesterでラジオ番組をやってたんだ。テリーが辞めて、2人の女の子と続けることになったんだけど、その子たちが、Vortexのベーシスト、ニックと友達でね。そうやってニックと知り合ったわけ。やつに『マンチェスターでギグをするんだ。俺達の前にDJしないか?』と誘われて、『わかった、何曲かやってやるよ、お前達の音楽が気に入ったから』と、受けたんだ。それから、Vortexのギグに俺が2曲参加するようになってね、それがとても楽しかったんだよ。バンドに入りたかったんだけど、とてもじゃないが頼めなかったし彼らの方からも言ってこなかったんで、実質加入ってことにしたのさ。人生要領よく生きないとな」。
ボーンヘッドとニックは、もっぱら自分のことを話し、他のメンバーのことまで干渉しない。私は、フロントマンのマイクに、ツアーを楽しんでいるかたずねてみた。控えめな彼は、インタビューに不慣れな様子だったが、話したいことがありそうだったのだ。
「俺はインタビューは受けないけどさ。でも、クリス・マーティンはクソだし、Coldplayもクズバンドだな」。
なるほど。アラン・マッギーが、彼好みの「女々しいバンド」にVortexをなぞらえないのは、こういう態度が原因かもしれない。
UK史上最大のギグとなった1996年のネブワースが終わって、ボーンヘッドはその後の「小さな」会場続きのツアーをどのように楽しんだのだろうか?
「ツアーをする意味に絡んでくるよな。会場の大きさや土地勘なんかは関係ない。ギグを一緒に楽しむファンとバンドのやる気が大事なんだよ。今のバンドではそのことを心に留めてるんだ。会場のサイズはどうでもいい。俺にとって大切なのは、情熱と固い決意さ。この二つはどこであろうと通用する。だから今のところは、小さな会場でギグを続けて次につなげていくつもりだよ」。
この言葉を聞くと、ボーンヘッドはVortexに信じられる何かを見つけているようだ。この数ヶ月、彼は文字通り「一心不乱」に、道を切り開いてきた。
「俺は、OASISとしてネブワースをやったんだぜ。頭の先からつま先までOASIS一色、それで出世したんだ。わざわざ進んでバンドに入ろうとは思わないね。もう十分わかってるから。そこをおしてやつらは、俺をやる気に、つまり、俺が座り込んでいた椅子を取り上げて、OASISのレコードをレコーディングしたのと同じギターをつかませた。一本取られたよ。それでVortexができた。だから俺は今ここにいるんだ。シンプルだろ。バンドを探す気にはなれなかったんだ。その間もちょっとしたことをして、それなりに楽しんではいたけど夢中にはなれなかった。でもVortexは良かったんだ。家から出てギターを弾きたいと思わせてくれた。しつこいようだけど楽しんではいたんだぜ。好きなことをやってさ。でも深入りはできなかった。そこにあいつらが現れて火をつけてくれたんだ」。
ベテランのボーンヘッドが加わったことで、Vortexは本格的なツアー日程を組む決断をする。
「2週間のヨーロッパツアーから戻ったばかりでさ。最高だったぜ。プレスやプロモーション抜きでも会場は満席だ。1日休みでまたギグを続けて、客の反応は最高だしさ。来年、ちょっと休みを取るだろ、そしたらロンドンとかマンチェスター、バーミンガムといった場所よりは、グラスゴー、エディンバラ、ダンディみたいなところに集中したいね。あとスコットランドでもやりたいな、ベルファストにダブリン、そしてまたヨーロッパに戻るんだ。スコットランドのファンはわかってるんだよな。どうしてだかわからないけど、これまでもこれからも楽しみ方をわかってるんだ」。
次にギグをするトーントンのファンはどう?スコットランド人のように盛り上がれると思う?
「トーントンってスイスの地名だと思ってたんだよ(実際はイギリスの地名)。だからわざわざスーツケースに荷造りしてパスポートまで引っ張り出しちまった」。
OASISの前身バンドThe Rainで、リアム・ギャラガーと共に曲を書いていたボーンヘッドだが、The Vortexでは曲作りに参加しているのだろうか。
「曲は全部俺が書いてるんだけど、クレジットはThe Vortexの連中が持ってて.....ってのは冗談で、曲は他のメンバーが書いてるんだ。ドラマーのショーンに、リードギターのマズ。2人が曲を書いて俺が入って音を分厚くする。俺がこのバンドにいる理由は、そこにあるのさ」。
ツアーをしながら曲を披露すると同時に、バンドはアルバムのレコーディング作業にも取り掛かっている。しかし、バンドメンバーのほとんどはいまだに正社員として仕事に就いているのだ(ショーンは、アイスクリーム工場で日勤をしている)。
「アルバムは作ってるよ。まだ全然形になってないけど。マネージャーもプロデューサーもいないし、レコード契約も結んでないんだ。俺達はマンチェスター出身のただのインディーズバンド。俺の経歴のことはもう忘れてくれよ。俺達はマンチェスター出身のインディーズバンドなんだ。ヨーロッパツアーをして、UKツアーをして、それで得た金をアルバムに注ぎ込む。セルフプロデュースして、クリスマスか正月明けくらいまでには、アルバムを出したい。以上。結局、自分達でやることになるさ」。
マンチェスターのギターバンドがアルバムを出す時、音楽界が注目することは間違いないだろう。彼らは、自らのバンドをこれまでのマンチェスター系譜のバンドとは一線を引いているのだ。ボーンヘッドに尋ねてみる。なぜ、マンチェスターは絶えず素晴らしい音楽を生み出すのだろうか。
「ワーキングクラスの街だからだよ。リバプールが近くにあり、30マイル海を進めばそこはダブリンだ。アイルランドとケルトの血をひいてるってことは、生まれた時から情熱を胸に秘めてるってこと。ハングリー精神があるし俺達なりの労働意欲がある。雇われ労働であくせく週5日間9時5時で道を掘り起こして、金曜日には何が何でもパーティに繰り出すっていうさ。俺はアイルランドの家系で、週5日働いても、金持ち連中みたいに金曜の夜に遊びほうけるだけの金がない。そうなるとギターを手に取るだろ。だからみんなギターかバンジョーかピアノか、つまり楽器が演奏できるのさ。自分で音楽を作って自分でビールを作る。これなら金はいらねえだろ。これがケルトの血。だからマンチェスターやリバプールは最高のバンドを生み出してきた。みんなアイルランドの血をひいてる。ジョニー・マーにリアム・ギャラガー。みんなワーキングクラスだ。毎日必死に働いて金曜日に『俺は好き放題する権利がある』と言って、ギターを弾きビールを飲むのさ」。
それらの都市が、一流のフットボール選手を輩出する理由もそこにあるのだろうか。
「貧乏から抜け出す道なんだよ。これまた、アイルランドさ。ロイ・キーン。情熱的っていうんであいつを超える男なんていないだろ?アイルランド人のフットボーラーで、情熱が欠けてるやつを挙げてみろよ。いないだろ。そういうもんなんだ。アイルランド出身なら、ワーキングクラスなら、フットボーラーになるかポップスターになるか道を掘り起こすかのどれか1つ。それだけ。何にでも必死になって取り組むっていうね。ギターかフットボールか、いずれか1つ。それに情熱。そして飢えに渇きだな。俺もそうだった。音楽とフットボールがあって、フットボールはあんまりだったけど、ギターはそれなりにできたからそれで食っていこうと思ってた。ギグジーはフットボールが上手かったんだけど、膝を壊してね」。
ボーンヘッドの人生哲学に賛同するかと、マイクに向かって尋ねると、彼は何か言いたいことがありそうだった。
「Coldplayはクソ。クリス・マーティンはクズ」。
.......。さて、ボーンヘッドは、ワーキングクラスのバンドは道路の穴掘りから抜け出すために努力をするのだと強調していた。しかし、一度成功を収めると、栄光に溺れ、かつての情熱や渇望を忘れてしまうのではないだろうか。
「俺は大金を稼いだけど、今でも失業手当で暮らしてるやつやアイスクリーム工場で9時5時労働してるやつと一緒にステーキパイを食ってるぜ。ビッグになりたいとか金持ちになりたいとは思ってない。俺は俺だからな。ああ、確かに俺は昔大金を稼いださ。その通り。でもそれを自慢したりはしない。プラダやグッチを着けても、人の顔にそれをこすりつけたりはしない」。
では、その毛皮の襟がついたダークブラウンのレザージャケットはグッチ?似合ってますよ。
「着けたいなら貸してやるよ。金ができても俺は変わらなかった。変わる人間が多いけど、俺達はColdplayじゃないんだ。クリス・マーティンじゃないのさ。クリス・マーティンは100万ポンド稼いでポップスターと結婚した。俺は違う。かみさんは幼ななじみだしな」。
何度目の登場だろう。クリス・マーティン。ボーンヘッドといいThe Vortexのメンバーといい、クリス・マーティンのような人物に反発心を抱いているようだ。元OASISのメンバーは、Coldplayが今後もなれないようなビッグで良質なバンドのメンバーとなり、世界を救う道には進まなかった。
「今朝も運転しながら楽しみでしょうがなかったんだよ。バンドメンバーを迎えながらギグに向かってさ。バンドってのは、最高にクールな連中と一緒に最高にクールな音楽を作るところなんだ。『俺はあんな成金になるつもりはなかった』とぼやくつもりはないしルーツに戻るふりをしてるわけでもない。俺は俺で、何にも変わっちゃいないんだ」。
The Vortexが、クリス・マーティンやColdplayのことを気に入っていないという印象を持ったと私が話すと、ショーンがボーンヘッドにColdplayの話を振った。
「1stアルバムは名作だな。マジな話。Coldplayの1stアルバムは、ジェフ・バックリーだ。ギターはどうかって?本当に素晴らしいよ。クリス・マーティンはどうでもいいさ。ああいうアルバムに参加できたら誇りに思うね。だって全くジェフ・バックリーだろ。名作だよ。最高のアルバムだ」。
他のメンバーはボーンヘッドに賛成しないようだ。音楽を批評する時のThe Vortexには遠慮の欠片も見当たらない。「俺は嫌いだな」と言うニックに、「クリス・マーティンはファッキン間抜け野郎だ」と言うショーン。Coldplayを巡るディスカッションは活発に続いたが、結局ボーンヘッドが折れることはなかった。その彼もColdplayの最近の作品は好きではないという。
「変わっちまったよな。今の作品はどうしようもない。俺は好きじゃないね。1stアルバム?あれは好きだよ。クリス・マーティンはそうでもないけど、あのアルバムは大好き」。
それでもショーンはボーンヘッドが自分の好みを貫く姿勢を見逃せないようだ。人好きのする彼がヒートアップする話題の1つがColdplayということらしい。
「連中には1曲だけ良い曲がある。『Yellow』って曲さ。あれはまあまあだな。Coldplayは他に良いバンドがいないから出てこれたバンドさ。1994年にデビューしてたら今のようにはなれなかったはずだ」。
これは結構良い点を突いている。というのも1994年に衝撃的なデビューを果たしたOASISは、Blur、Pulp、Radioheadといったライバル達や、同郷のStone Rosesとすら相手にする必要があったのだ。ボーンヘッドによると、ベーシストのニックはマニを彷彿とさせるところがあり、「自分の意見をおし通そうとするのもその影響さ」ということだ。ニックにマニと比較されてどうかと尋ねると、心から満足げな顔をした彼は次のように答えた。
「マニの失敗作ってところだな、うん」。
マニの誕生日パーティにメンバーそろって行く予定と話したボーンヘッド。マニは性根を入れ替えているらしい。
「彼はもう酒は飲まないんだ。今度の日曜が誕生日でさ、みんなで行くつもりだよ」。
マンチェスターにあるBeat ClubでNorthern Soulのファン向けにDJをしているというマニ。ニックもボーンヘッドもその手の音楽はあまり好きではないという。
「俺はそんなに好きじゃないな。聴きはするけどそこまで夢中になれない」。
Stone Rosesを1990年のSpike Islandで体験しているボーンヘッド。ギグジーと一緒にジャクソン・ポロック風にペイントを施した車、通称「ボーン・モバイル」で会場へ向かった彼は、当時マンチェスターの頂点だったバンドの姿を目にしている。
その悪名高い車をeBayで売りに出したらどうかと提案したが、当の昔に150ポンドのために潰してしまったという。「Definitely Maybe」のアートワークですら、eBayなら - 現時点で - 260ポンドで売られているのに!ボーンヘッドは笑って、今でもあのアートワークに映っているピンクフラミンゴは保管しており、装飾された窓枠も新しい家に取り付けたのだと話した。
The Vortexは、メンバー同士とても仲が良い。マニの誕生日といい、マンチェスターの音楽仲間のつながりは強いようだと私が話すと、ボーンヘッドはうなずき、マンチェスター出身の音楽の偉人達があまりに普通に日常生活を送っているため、時々それが不思議でならなくなる時もあるのだと話してくれた。つい先日も、ガソリンスタンドで給油をしていると、隣で至って普通にジョニー・マーが同じく給油をしていたという。本人にとっては日常に過ぎないのだろうが、他の客達はとても驚いた様子だったとか。ボーンヘッドにとっても、ジョニー・マーは今でも会うと感激してしまうほどの人物なのだ。
ボーンヘッドの行く先をファンが興味を示していることを伝えると、彼は当然とふんぞり返ることはせず丁寧にお礼を述べた。さらに、リアム・ギャラガーについて、セレブリティの地位を得た今でもファンに対して真摯な態度で接していると話を向けた。
「Definitely Maybe」のアートワークに登場しているメンバー達は、元気でやっているのだろうか?ボーンヘッドによれば、ギグジーは地元でとても幸せに暮らしており、今の人生に満足しているという。また、トニー・マッキャロルとは、今でも仲良くしているそうだ。そして、そのトニーが1995年にバンドをクビになった時は、とても悲しんだのだと打ち明けてくれた。
今でも、OASISは最初の3枚のアルバムが名作だと考えているボーンヘッド。自身とギグジーが離れた後のOASISをどう思っていたのだろうか?
「OASISはもうバンドじゃなくなってた。あえて言えばギャングかな。それでも素晴らしいことに変わりはなかったよ。俺は今でも彼らの一番のファンさ、いや、ファンだったが正しいのかな」。
プレスでも伝えられているように、バンドの分裂が伝えられているOASIS。インタビューを開始してから初めて、私たちは、ギャラガー兄弟の話題に入ることにした。まず、リアム・ギャラガーの新バンドについて話し始めた時、今でもリアムから「兄貴」と呼ばれるボーンヘッドは、とんでもない発言をぶちかました。
「電話を待ってるんだ。リアムならかけてくると思う。俺が必要だよ。これまでの経緯から考えればかけてくると思うな、でもどうかな?今俺はThe Vortexのメンバーだ。本気でやってるから、メンバーである限り、もし声がかかっても応えられない。俺はVortexとやっていくよ」。
リアム・ギャラガーは、2010年の初めには新バンドでニューアルバムのレコーディングを開始すると話しているが、本当に電話がかかってくるのかは知る由もない。もし現実にコールがあったとして、それでもボーンヘッドがVortexへの忠誠を守るなら、私は彼の誠実さに尊敬の意を示そう。
私が言いたいのは、バンドをやめて15年になるリズムギタリストが再びバンドの一員になり積極的に活動するなど誰が考えただろうということだ。首尾よく行けば、私達は2010年に元OASISのメンバー達によるアルバムが3枚は望めるというわけか.....。
夜は始まったばかりだ。Vortexがステージに上がり、インタビューを受けないフロントマンが座を仕切る。ボーンヘッドは慣れた様子で落ち着き払い、ニックは能力に見合うだけの自信を持って堂々と立ち、ショーンは自分の演奏に没頭し、マズはサングラスの向こう側で幸せそうに、寡黙なソングライター然としている。ボーンヘッドは「やつはそんなんじゃない」と話していたが。
スコットランドのファン達の心を満たして家に送り届けたVortexは、次なる目的地トーントンへと向かうため荷造りを始める。次にこのバンドをスコットランドで見る時は、さらにビッグになっているだろう。ボーンヘッドとその妻ケイトが、クリス・マーティンとグウィネス・パルトロウのような生活を送らない限り、私はVortexの将来を信じている。
彼らより前に出て来た輝けるホープ達と同じように、彼らもまたロックンロールのvortex(渦流)に消費されてしまわないよう、素晴らしいギターミュージックに希望を託そうじゃないか。ボーンヘッドの言葉を借りれば、「もう十分分かってるから」。ボーンヘッドがいる限り、彼らが渦潮に流されることはない。今回のインタビューで私はその確信を得たのだった。
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「The Vortexとボーンヘッド」
バノックバーンといえば、スコットランド人にとっては歴史的に受難の地であることを差し置いても愛国心を喚起せずにはいられない場所だ。この日2009年11月14日、イングランドとスコットランドの対立を象徴するスターリングシャーは、南に住む隣人との戦いの地ではなかった。
タータン・アームス・バーに通じるMcQ'sと呼ばれる会場には、地元の者達が数百人集まっていた。レコード会社との契約はなくとも、純粋に音楽を愛する5人のマンキュニアン達の姿を見るために駆けつけたのだ。
マンチェスターの音楽は、今でもスコットランドでは深く愛されている。1990年、Glasgow Greenで行われたThe Stone Rosesのギグ、1996年、Loch Lomondで行われたOASISのギグ、そして1993年にKing Tut's Wah Wah Hutで行われたギグに関しては言うまでもなく、ロックの歴史に残る重要なイベントを目撃した幸運なファン達の心に永遠に生き続けるだろう。
それらの事件を誰よりも間近で目撃していた男、それがVortexのギタリスト、ポール"ボーンヘッド"アーサーだ。OASISのステージでリズムギターを弾いていたのは彼なのだから。
世界中で2000万枚を売り上げたアルバム3部作をレコーディングしたのと同じリズムギターを、ボーンヘッドは会場へと運び入れている。彼が今属しているバンドVortexに、ローディなどは雇われていない。そして、足手まといになる連中もいない。
今夜のThe Vortexの音は、いつもより軽く聴こえるかもしれない。バッキング・ヴォーカルであるジャクリーン"ジャックス"ギルバートが、この冬に行われるツアーに参加できなくなったのだ。ボーンヘッドは、彼女のことを「バンドのサウンドに華を添えてくれ、Primal Screamのアルバム「Screamadelica」でのデニス・ジョンソンを思い起こさせる」と、話した。
ボーンヘッドと、Vortexのベーシスト、ニック・レプトンは、Primal Screamのアルバム「XTRMNTR」を、バンドのベンチマークとして定めている。ボーンヘッドは、The VortexはPrimal Screamの「パーティバイブ」を再構成するバンドで、彼らの多様性に満ちた音楽を崇拝していると話す。
「バラッドも書ければ、Country GirlやKill All Hippiesみたいな曲も書ける。次に何をするのか想像がつかないだろ。あのビートサンプルとリズムに乗ったギター。Vortexはそういう方向に行けると思うんだ」。
さらに、Primal Screamと同様にGlasvegasも気に入っていることを明かし、メンターであるアラン・マッギーに関しても言及した。
「彼はジャッジさ。あらゆるバンドにジャッジを下す。これまでマッギーが出したレコードを見ればわかるだろ、『このバンドは来る』と言えばその通りになる。大きく外すことはない」。
そうであれば、アラン・マッギーが「The Vortexが12月にマンチェスターでギグをする時には、1000人のファンが集まる」と予測し、すでにThe Vortexを期待の星として推しているのもうなずけることだ。
「The Stone Rosesみたいにさ、口コミなんだよ。俺はマンチェスターの音楽をずっと信じてきた。The Vortexは大きくなる」。
アラン・マッギーの音楽への嗅覚を信じきっているボーンヘッドだが、彼が発掘したバンドでも1つだけ気に入らないものがあるという。
「レコードについて1つ言わせろよ。The Grantsってバンドいるだろ?あれは最悪、クズだね」。
OASISを見つけた男がいつでも正しいとは限らないようだ。しかし、The Vortexについていえば、アラン・マッギーは次のように述べている。
「The Vortexは、OASISよりもPrimal Screamに近い。OASISよりもHappy Mondaysに近い。その音楽性に、OASISのアティテュードが備わっている」。
確かにステージではそういう姿勢を見せるかもしれないが、The Vortexの面々は非常に紳士的だ。ギグが終わるや否やバックステージに逃げ込み自己耽溺に浸るのではなく、ファン達と一晩中語り明かすことを選ぶ。ロックンロールを体現したいと強く望みながらも、ギグの前にステーキパイやチップス、野菜類を食べてる姿を目撃されたりするのだ.....。
デザイナーブランドを身に着け、ジャガーを乗りこなすボーンヘッドだが、彼は地に足のついた人生を送っている。過去20年で最大のバンドOASISのメンバーとして世界を飛び回ったことは一度ではないけれど、バンドにとって何が一番大事なのかを彼は知っている。
「リオ・デ・ジャネイロや、シドニー、ニューヨーク、色んな場所に行ったよ。でも『一番どこが好き?』と言われると、グラスゴーなんだ。なぜって?人間性。盛り上がり。情熱。彼らは全てを持ってる。会場の大きさは関係ない。昨夜バスゲイトでギグをしたら、みんな前の方まで踊りにきたんだぜ。すごい盛り上がりだった。楽しんでたのさ」。
ボーンヘッドのことを話す時、OASISのことに触れないわけにはいかない。彼は、ノエル・ギャラガーが加入するより前からメンバーだったのだし、アルバム3部作でウォールオブサウンドをつくりあげる大きな役割を担ったのも彼だ。前のバンドについての話題は避けたほうがいいという私の意向は、一蹴された。というのは、The Vortexのフロントマンであるマイク・プライスが、サウンドチェックをするボーンヘッドに向かって「Supersonic!」だの「Live Forever!」だのおかしな野次を飛ばし出したのだ。
しかし、彼はOASISと過ごした時代を懐かしく振り返る。彼らが成し遂げたことを心から誇りに思っているようだ。
「俺達は本当に、本当に恵まれていたんだよ。King Tut'sでギグをやったら、偶然アラン・マッギーが現れて『気に入った。最高だ。レコード契約を結ばないか?』だぜ。俺達はしかるべき時にしかるべき場所にいた。それだけさ。ある意味、俺達は幸運に恵まれていただけなんだ」。
その夜、マッギーが列車に乗り遅れていなかったら、OASISはどうなっていたのだろうか?
「デモはあったけど、配り歩いてはなかったからな。どうなってたか誰にもわからない。レコード会社に配ってたのかな?それにも飽きてやらなくなったかも。わからないよ」。
では、ボーンヘッドが今The Vortexに必要と感じていることは何なのだろう。デジタル化が進んだ16年後の今、レコード契約を掴むためにすべきこととは?
「最近は全然違うんだよな。MySpaceにFacebook。インターネットがある。方法はたくさんあるんだ。レコード会社も昔とは違う。俺達は何千万枚もレコードを売ったけど、今はレコードが売れない時代なんだ。レコード会社はもうそこまで力がない、だからわかんないな。できることを一つ一つやるしかないさ」。
山のようにレコードを売りチケット完売のツアーをしたOASISから、契約はないもののハングリー精神に富み、野心あふれるVortexへ。ボーンヘッドはなぜ再びバンドを組みギグをする道に戻ったのだろう。
「俺は、テリー・クリスチャンと一緒にBBC Manchesterでラジオ番組をやってたんだ。テリーが辞めて、2人の女の子と続けることになったんだけど、その子たちが、Vortexのベーシスト、ニックと友達でね。そうやってニックと知り合ったわけ。やつに『マンチェスターでギグをするんだ。俺達の前にDJしないか?』と誘われて、『わかった、何曲かやってやるよ、お前達の音楽が気に入ったから』と、受けたんだ。それから、Vortexのギグに俺が2曲参加するようになってね、それがとても楽しかったんだよ。バンドに入りたかったんだけど、とてもじゃないが頼めなかったし彼らの方からも言ってこなかったんで、実質加入ってことにしたのさ。人生要領よく生きないとな」。
ボーンヘッドとニックは、もっぱら自分のことを話し、他のメンバーのことまで干渉しない。私は、フロントマンのマイクに、ツアーを楽しんでいるかたずねてみた。控えめな彼は、インタビューに不慣れな様子だったが、話したいことがありそうだったのだ。
「俺はインタビューは受けないけどさ。でも、クリス・マーティンはクソだし、Coldplayもクズバンドだな」。
なるほど。アラン・マッギーが、彼好みの「女々しいバンド」にVortexをなぞらえないのは、こういう態度が原因かもしれない。
UK史上最大のギグとなった1996年のネブワースが終わって、ボーンヘッドはその後の「小さな」会場続きのツアーをどのように楽しんだのだろうか?
「ツアーをする意味に絡んでくるよな。会場の大きさや土地勘なんかは関係ない。ギグを一緒に楽しむファンとバンドのやる気が大事なんだよ。今のバンドではそのことを心に留めてるんだ。会場のサイズはどうでもいい。俺にとって大切なのは、情熱と固い決意さ。この二つはどこであろうと通用する。だから今のところは、小さな会場でギグを続けて次につなげていくつもりだよ」。
この言葉を聞くと、ボーンヘッドはVortexに信じられる何かを見つけているようだ。この数ヶ月、彼は文字通り「一心不乱」に、道を切り開いてきた。
「俺は、OASISとしてネブワースをやったんだぜ。頭の先からつま先までOASIS一色、それで出世したんだ。わざわざ進んでバンドに入ろうとは思わないね。もう十分わかってるから。そこをおしてやつらは、俺をやる気に、つまり、俺が座り込んでいた椅子を取り上げて、OASISのレコードをレコーディングしたのと同じギターをつかませた。一本取られたよ。それでVortexができた。だから俺は今ここにいるんだ。シンプルだろ。バンドを探す気にはなれなかったんだ。その間もちょっとしたことをして、それなりに楽しんではいたけど夢中にはなれなかった。でもVortexは良かったんだ。家から出てギターを弾きたいと思わせてくれた。しつこいようだけど楽しんではいたんだぜ。好きなことをやってさ。でも深入りはできなかった。そこにあいつらが現れて火をつけてくれたんだ」。
ベテランのボーンヘッドが加わったことで、Vortexは本格的なツアー日程を組む決断をする。
「2週間のヨーロッパツアーから戻ったばかりでさ。最高だったぜ。プレスやプロモーション抜きでも会場は満席だ。1日休みでまたギグを続けて、客の反応は最高だしさ。来年、ちょっと休みを取るだろ、そしたらロンドンとかマンチェスター、バーミンガムといった場所よりは、グラスゴー、エディンバラ、ダンディみたいなところに集中したいね。あとスコットランドでもやりたいな、ベルファストにダブリン、そしてまたヨーロッパに戻るんだ。スコットランドのファンはわかってるんだよな。どうしてだかわからないけど、これまでもこれからも楽しみ方をわかってるんだ」。
次にギグをするトーントンのファンはどう?スコットランド人のように盛り上がれると思う?
「トーントンってスイスの地名だと思ってたんだよ(実際はイギリスの地名)。だからわざわざスーツケースに荷造りしてパスポートまで引っ張り出しちまった」。
OASISの前身バンドThe Rainで、リアム・ギャラガーと共に曲を書いていたボーンヘッドだが、The Vortexでは曲作りに参加しているのだろうか。
「曲は全部俺が書いてるんだけど、クレジットはThe Vortexの連中が持ってて.....ってのは冗談で、曲は他のメンバーが書いてるんだ。ドラマーのショーンに、リードギターのマズ。2人が曲を書いて俺が入って音を分厚くする。俺がこのバンドにいる理由は、そこにあるのさ」。
ツアーをしながら曲を披露すると同時に、バンドはアルバムのレコーディング作業にも取り掛かっている。しかし、バンドメンバーのほとんどはいまだに正社員として仕事に就いているのだ(ショーンは、アイスクリーム工場で日勤をしている)。
「アルバムは作ってるよ。まだ全然形になってないけど。マネージャーもプロデューサーもいないし、レコード契約も結んでないんだ。俺達はマンチェスター出身のただのインディーズバンド。俺の経歴のことはもう忘れてくれよ。俺達はマンチェスター出身のインディーズバンドなんだ。ヨーロッパツアーをして、UKツアーをして、それで得た金をアルバムに注ぎ込む。セルフプロデュースして、クリスマスか正月明けくらいまでには、アルバムを出したい。以上。結局、自分達でやることになるさ」。
マンチェスターのギターバンドがアルバムを出す時、音楽界が注目することは間違いないだろう。彼らは、自らのバンドをこれまでのマンチェスター系譜のバンドとは一線を引いているのだ。ボーンヘッドに尋ねてみる。なぜ、マンチェスターは絶えず素晴らしい音楽を生み出すのだろうか。
「ワーキングクラスの街だからだよ。リバプールが近くにあり、30マイル海を進めばそこはダブリンだ。アイルランドとケルトの血をひいてるってことは、生まれた時から情熱を胸に秘めてるってこと。ハングリー精神があるし俺達なりの労働意欲がある。雇われ労働であくせく週5日間9時5時で道を掘り起こして、金曜日には何が何でもパーティに繰り出すっていうさ。俺はアイルランドの家系で、週5日働いても、金持ち連中みたいに金曜の夜に遊びほうけるだけの金がない。そうなるとギターを手に取るだろ。だからみんなギターかバンジョーかピアノか、つまり楽器が演奏できるのさ。自分で音楽を作って自分でビールを作る。これなら金はいらねえだろ。これがケルトの血。だからマンチェスターやリバプールは最高のバンドを生み出してきた。みんなアイルランドの血をひいてる。ジョニー・マーにリアム・ギャラガー。みんなワーキングクラスだ。毎日必死に働いて金曜日に『俺は好き放題する権利がある』と言って、ギターを弾きビールを飲むのさ」。
それらの都市が、一流のフットボール選手を輩出する理由もそこにあるのだろうか。
「貧乏から抜け出す道なんだよ。これまた、アイルランドさ。ロイ・キーン。情熱的っていうんであいつを超える男なんていないだろ?アイルランド人のフットボーラーで、情熱が欠けてるやつを挙げてみろよ。いないだろ。そういうもんなんだ。アイルランド出身なら、ワーキングクラスなら、フットボーラーになるかポップスターになるか道を掘り起こすかのどれか1つ。それだけ。何にでも必死になって取り組むっていうね。ギターかフットボールか、いずれか1つ。それに情熱。そして飢えに渇きだな。俺もそうだった。音楽とフットボールがあって、フットボールはあんまりだったけど、ギターはそれなりにできたからそれで食っていこうと思ってた。ギグジーはフットボールが上手かったんだけど、膝を壊してね」。
ボーンヘッドの人生哲学に賛同するかと、マイクに向かって尋ねると、彼は何か言いたいことがありそうだった。
「Coldplayはクソ。クリス・マーティンはクズ」。
.......。さて、ボーンヘッドは、ワーキングクラスのバンドは道路の穴掘りから抜け出すために努力をするのだと強調していた。しかし、一度成功を収めると、栄光に溺れ、かつての情熱や渇望を忘れてしまうのではないだろうか。
「俺は大金を稼いだけど、今でも失業手当で暮らしてるやつやアイスクリーム工場で9時5時労働してるやつと一緒にステーキパイを食ってるぜ。ビッグになりたいとか金持ちになりたいとは思ってない。俺は俺だからな。ああ、確かに俺は昔大金を稼いださ。その通り。でもそれを自慢したりはしない。プラダやグッチを着けても、人の顔にそれをこすりつけたりはしない」。
では、その毛皮の襟がついたダークブラウンのレザージャケットはグッチ?似合ってますよ。
「着けたいなら貸してやるよ。金ができても俺は変わらなかった。変わる人間が多いけど、俺達はColdplayじゃないんだ。クリス・マーティンじゃないのさ。クリス・マーティンは100万ポンド稼いでポップスターと結婚した。俺は違う。かみさんは幼ななじみだしな」。
何度目の登場だろう。クリス・マーティン。ボーンヘッドといいThe Vortexのメンバーといい、クリス・マーティンのような人物に反発心を抱いているようだ。元OASISのメンバーは、Coldplayが今後もなれないようなビッグで良質なバンドのメンバーとなり、世界を救う道には進まなかった。
「今朝も運転しながら楽しみでしょうがなかったんだよ。バンドメンバーを迎えながらギグに向かってさ。バンドってのは、最高にクールな連中と一緒に最高にクールな音楽を作るところなんだ。『俺はあんな成金になるつもりはなかった』とぼやくつもりはないしルーツに戻るふりをしてるわけでもない。俺は俺で、何にも変わっちゃいないんだ」。
The Vortexが、クリス・マーティンやColdplayのことを気に入っていないという印象を持ったと私が話すと、ショーンがボーンヘッドにColdplayの話を振った。
「1stアルバムは名作だな。マジな話。Coldplayの1stアルバムは、ジェフ・バックリーだ。ギターはどうかって?本当に素晴らしいよ。クリス・マーティンはどうでもいいさ。ああいうアルバムに参加できたら誇りに思うね。だって全くジェフ・バックリーだろ。名作だよ。最高のアルバムだ」。
他のメンバーはボーンヘッドに賛成しないようだ。音楽を批評する時のThe Vortexには遠慮の欠片も見当たらない。「俺は嫌いだな」と言うニックに、「クリス・マーティンはファッキン間抜け野郎だ」と言うショーン。Coldplayを巡るディスカッションは活発に続いたが、結局ボーンヘッドが折れることはなかった。その彼もColdplayの最近の作品は好きではないという。
「変わっちまったよな。今の作品はどうしようもない。俺は好きじゃないね。1stアルバム?あれは好きだよ。クリス・マーティンはそうでもないけど、あのアルバムは大好き」。
それでもショーンはボーンヘッドが自分の好みを貫く姿勢を見逃せないようだ。人好きのする彼がヒートアップする話題の1つがColdplayということらしい。
「連中には1曲だけ良い曲がある。『Yellow』って曲さ。あれはまあまあだな。Coldplayは他に良いバンドがいないから出てこれたバンドさ。1994年にデビューしてたら今のようにはなれなかったはずだ」。
これは結構良い点を突いている。というのも1994年に衝撃的なデビューを果たしたOASISは、Blur、Pulp、Radioheadといったライバル達や、同郷のStone Rosesとすら相手にする必要があったのだ。ボーンヘッドによると、ベーシストのニックはマニを彷彿とさせるところがあり、「自分の意見をおし通そうとするのもその影響さ」ということだ。ニックにマニと比較されてどうかと尋ねると、心から満足げな顔をした彼は次のように答えた。
「マニの失敗作ってところだな、うん」。
マニの誕生日パーティにメンバーそろって行く予定と話したボーンヘッド。マニは性根を入れ替えているらしい。
「彼はもう酒は飲まないんだ。今度の日曜が誕生日でさ、みんなで行くつもりだよ」。
マンチェスターにあるBeat ClubでNorthern Soulのファン向けにDJをしているというマニ。ニックもボーンヘッドもその手の音楽はあまり好きではないという。
「俺はそんなに好きじゃないな。聴きはするけどそこまで夢中になれない」。
Stone Rosesを1990年のSpike Islandで体験しているボーンヘッド。ギグジーと一緒にジャクソン・ポロック風にペイントを施した車、通称「ボーン・モバイル」で会場へ向かった彼は、当時マンチェスターの頂点だったバンドの姿を目にしている。
その悪名高い車をeBayで売りに出したらどうかと提案したが、当の昔に150ポンドのために潰してしまったという。「Definitely Maybe」のアートワークですら、eBayなら - 現時点で - 260ポンドで売られているのに!ボーンヘッドは笑って、今でもあのアートワークに映っているピンクフラミンゴは保管しており、装飾された窓枠も新しい家に取り付けたのだと話した。
The Vortexは、メンバー同士とても仲が良い。マニの誕生日といい、マンチェスターの音楽仲間のつながりは強いようだと私が話すと、ボーンヘッドはうなずき、マンチェスター出身の音楽の偉人達があまりに普通に日常生活を送っているため、時々それが不思議でならなくなる時もあるのだと話してくれた。つい先日も、ガソリンスタンドで給油をしていると、隣で至って普通にジョニー・マーが同じく給油をしていたという。本人にとっては日常に過ぎないのだろうが、他の客達はとても驚いた様子だったとか。ボーンヘッドにとっても、ジョニー・マーは今でも会うと感激してしまうほどの人物なのだ。
ボーンヘッドの行く先をファンが興味を示していることを伝えると、彼は当然とふんぞり返ることはせず丁寧にお礼を述べた。さらに、リアム・ギャラガーについて、セレブリティの地位を得た今でもファンに対して真摯な態度で接していると話を向けた。
「Definitely Maybe」のアートワークに登場しているメンバー達は、元気でやっているのだろうか?ボーンヘッドによれば、ギグジーは地元でとても幸せに暮らしており、今の人生に満足しているという。また、トニー・マッキャロルとは、今でも仲良くしているそうだ。そして、そのトニーが1995年にバンドをクビになった時は、とても悲しんだのだと打ち明けてくれた。
今でも、OASISは最初の3枚のアルバムが名作だと考えているボーンヘッド。自身とギグジーが離れた後のOASISをどう思っていたのだろうか?
「OASISはもうバンドじゃなくなってた。あえて言えばギャングかな。それでも素晴らしいことに変わりはなかったよ。俺は今でも彼らの一番のファンさ、いや、ファンだったが正しいのかな」。
プレスでも伝えられているように、バンドの分裂が伝えられているOASIS。インタビューを開始してから初めて、私たちは、ギャラガー兄弟の話題に入ることにした。まず、リアム・ギャラガーの新バンドについて話し始めた時、今でもリアムから「兄貴」と呼ばれるボーンヘッドは、とんでもない発言をぶちかました。
「電話を待ってるんだ。リアムならかけてくると思う。俺が必要だよ。これまでの経緯から考えればかけてくると思うな、でもどうかな?今俺はThe Vortexのメンバーだ。本気でやってるから、メンバーである限り、もし声がかかっても応えられない。俺はVortexとやっていくよ」。
リアム・ギャラガーは、2010年の初めには新バンドでニューアルバムのレコーディングを開始すると話しているが、本当に電話がかかってくるのかは知る由もない。もし現実にコールがあったとして、それでもボーンヘッドがVortexへの忠誠を守るなら、私は彼の誠実さに尊敬の意を示そう。
私が言いたいのは、バンドをやめて15年になるリズムギタリストが再びバンドの一員になり積極的に活動するなど誰が考えただろうということだ。首尾よく行けば、私達は2010年に元OASISのメンバー達によるアルバムが3枚は望めるというわけか.....。
夜は始まったばかりだ。Vortexがステージに上がり、インタビューを受けないフロントマンが座を仕切る。ボーンヘッドは慣れた様子で落ち着き払い、ニックは能力に見合うだけの自信を持って堂々と立ち、ショーンは自分の演奏に没頭し、マズはサングラスの向こう側で幸せそうに、寡黙なソングライター然としている。ボーンヘッドは「やつはそんなんじゃない」と話していたが。
スコットランドのファン達の心を満たして家に送り届けたVortexは、次なる目的地トーントンへと向かうため荷造りを始める。次にこのバンドをスコットランドで見る時は、さらにビッグになっているだろう。ボーンヘッドとその妻ケイトが、クリス・マーティンとグウィネス・パルトロウのような生活を送らない限り、私はVortexの将来を信じている。
彼らより前に出て来た輝けるホープ達と同じように、彼らもまたロックンロールのvortex(渦流)に消費されてしまわないよう、素晴らしいギターミュージックに希望を託そうじゃないか。ボーンヘッドの言葉を借りれば、「もう十分分かってるから」。ボーンヘッドがいる限り、彼らが渦潮に流されることはない。今回のインタビューで私はその確信を得たのだった。