標準OASIS学

UKロックバンド、OASISのブログです

ドラッグ

Noel Gallagher - Big Issue - 1999/01/04

ネブワースのギグ、シングル「Wanderwall」の後に発表されたOASISの3ndアルバム、「Be Here Now」は、期待はずれの作品だった。紛れもなく一つの「イベント」ではあったものの、ハイプと過度の期待はバンドを低迷させることになる。長いギター・ソロとオーバーダブを必要以上に多用したアルバムは、以前のような輝きを持っておらず、大衆のバンドに対する考えをゆっくりと変え始めることになった。ノエルはOASISを失敗へと導くことになったのだ。弟リアムは夫婦生活の破綻と共に、昔ながらのロックスターのような自滅的状態の中でもがいているように見えたし、飲酒問題と絡んで起こした飛行機での事件は、タブロイドの表紙を飾る格好の材料となった。だが、ノエルはドラッグをやめたと公言し、首相官邸でトニー・ブレアのもとに馳せ参じたことを心から悔やんでいた。彼は、分別あるロック界の良心へと成長しようとしているのだろうか。それともただ単にポップ・スターに中年の危機がおとずれただけのことなのか。

若者文化の歴史をひもといた時、90年代はどんな風に書かれていると思います?OASISはどこに位置づけされるのでしょうか?

ノエル:90年代が、ただ1つの出来事で語れるはずがないんだよな。音楽はいつだって文化の最先端にあるわけだけど、俺は、音楽がこれまでみたいに大きなインパクトを持ってるとは思わない。今は、コンピュータ・ゲームやらドラッグやら他の要素があふれてるだろ。若者文化を代表するようなイコンになりたい。誰だってそう思うさ。俺達は若者文化における象徴的な場面を頭に思い浮かべている。ネブワース、メインロード、スコットランドで行われたギグ。でも、OASISがあらゆる人々にとって人生の全てを占める存在であるわけがないんだ。若者文化はなくなっちゃいない。細かく分断されただけなんだよ。だから、音楽の一時代を築くようなムーブメントが起こることはもうないんだろうな。50年代のプレスリー、60年代におけるマリファナとビートルズ、70年代におけるコカインとレッド・ツェッペリン、80年代におけるデュラン・デュランとシンセサイザー。90年代なら、ストーンローゼス、エクスタシーとか.....色々あるけどさ。

ダンス・ミュージックは新しいロックンロールだと思いますか?

ノエル:音楽はただの音楽だよ。みんなダンス・ミュージックは一番モダンで進んでる音楽だと思ってるけど、Prodigyを見りゃわかるだろ、やつらの音楽はここ10年変わってない。1989年には、ロックンロールの終わりだの何だの騒がれていたけど、そう言ってた当の本人達は今じゃ外に出てライブやったりしてるんだぜ。で、ちょっとだけダンスミュージックを取り入れてる連中と、俺達みたいにストレートにロックをやってる連中が入り混じってる状態が今ってわけだ。

でもあなたもダンスミュージックに手を出してるような....

ノエル:俺個人ではね。バンドとしてはやってないよ。

そう?ジャングル(ダンスミュージックの一種)を取り入れたニューアルバムが聴けたりするのでしょうか?

ノエル:俺がジャングルに行かない限り、それはないね。リアムをラスタファリアンみたく歌わせるのは難しいだろうな。エレクトリック・ミュージックは好きなんだ。敵対心も持ってないし、だからといって信者ってわけでもない。Chemical Brothersとやったいくつかの作品はとても誇りに思ってるしね。

OASISのコピーバンドについてどう思います?

ノエル:昔の曲ばかりやってるよな。

いえ、私はOcean Colour SceneとCastのことを言ったつもりだったんですが。


ノエル:ああ.....(笑う)。あいつらの悪口は言うべきじゃないな、何人かは友達だから。君が俺を焚きつけてると思うと、おもしろいね。「ノエル・ロック」を批評する批評家、だけど人が何かやったのを、後から後ろ指さして批判するのは簡単だよな。

OASISのカバー・グループを見たことがありますか?それについてはどうですか?面白い?それとも嬉しく思います?


ノエル:両方だね。俺はNo Way Sisしかみたことがないんだけどさ。The Forumでね。完売だったよ。連中は、食っていくために必死なんだ。空き巣をやって稼いでるわけじゃない。どん底の生活でくすぶってるわけじゃなく、いろんな国をまわって大学でプレイしてるんだ。20年後に振り返ってみたらいつの間にかたっぷり金を儲けてたことに気付くんだろうな。OASISをビートルズのコピーバンドって言う奴もいるけど、それはまた別の話さ....。

1年前、労働党が政権を執り、一気に英国に希望の光が満ち、ブレアは史上初のロックンロール首相ともてはやされましたよね。それが今では、彼を非難する人が多くなっています。あなたもその中の1人ですか?


ノエル:というよりも、どんな時もブレアは保守党よりマシだと思うな。だけど、NHSや学校にどうやって金を出してるのかというと、ひとり親の家から巻き上げてるんだぜ、そんなのみたら「ちょっと待てよ、一体何が起きてるんだ?」って思うだろ。言ってる意味分かる?首相官邸に行ったのは、俺の「education, education, education」(トニー・ブレアが、労働党が政権を取った時の演説で、絶叫した言葉「いまイギリスには三つの問題がある。それは、Education、education and education!」より)の一環だったんだよ。話は変わるが、アラン・マッギーが音楽産業の死について長々しゃべってるよな、誰もアルバムを売らないだの....アルバムが売れたことなんてなかっただろ、OASIS以外はな。俺達はとても大きな期待をかけられてるんだ。レコード会社のボスのコカイン中毒をなあなあにするために、成功の基本形を欲しがってるんだよな。A&Rの奴は必要以上に金を出して、バンドの影は薄くなるばかりだ。OASIS一晩で出てきたバンドのように見えるだろう。だけど、俺達はあの2ndアルバムを作るためにハードワークをたくさんこなしてきたんだ。たくさんの若いバンドは、ひどい目に遭ってるよ。彼らは進化する時間を与えられないんだ。音楽業界ってのはおかしなところさ。レコード会社は大手銀行みたいなもので、ぶったまげるくらいの大量の金を持っていて、俺達はそいつらにレコードを渡すんだ。ほかにもやり取りは少しはあるけど、俺はそこらへんには興味ないんでね。俺はただレコードを作るだけさ。みんな、若者はもうレコードを買ったりギグに行ったりしないと言う。だけど、若者がみんなそろって1つのものに興味を示すわけがないだろ。そうは思えないな。多分若者の数自体減ってるんだろう。

90年代後半は、エイズの問題や終身雇用制度の撤廃などがありましたが、そういうプレッシャーが若者にとって厳しい状況を作っていると思いますか?


ノエル:終身雇用なんてそもそも実現されたことがないだろ。だけど、おれが16だった頃は、今ほど酷くはなかったね。ドラッグを簡単に手に入る時ほど、ドラッグ・カルチャーにハマりやすい状況はないんだ。スポーツ、音楽、教育に大した金は投資されていない。公共住宅に住んでる若者は、兄貴がぴかぴかの車に乗って、腕に女をぶら下げてるのを見て、それをクールだと思うんだ。ロール・モデルを見つけることが難しくなってるのさ。60年代に若者だった奴らは、90年代の連中は堅物だとか言う。そういう奴らこそ堅物だな。くだらねえ奴らだよ。

自分が時代のスポークスマンであることに対して、どう感じます?

ノエル:それが心地いいってことはないね。俺は自分について話すが、それがいけねえんだよな。どうして俺にマイクを向けるんだ?自分の発言が原因で、数え切れないくらい叩かれてるんだぜ。ビッグマウスなんだよな。

あなたが以前言った「マンチェスターの何軒かの家でやった」空き巣行為の発言がきっかけで、警察の空き巣調査班が事後調査をしてますよね、、、。


ノエル:正直になって責任を取ろうとしただけさ。何軒か空き巣はやったよ。それでドラマのヒロインみたいにデビューしたら、リポーターが「過去の自慢話」を聞かせてと言ってくるんだ、仕方ねえだろ。やったことを誇りには思ってない。正当化するわけじゃないけど、ワーキングクラスの人間らしくしなきゃならないっていうプレッシャーがあるんだよ。自分で自分の首を絞めて立場が悪くなると、他のレポーターがやってきてさらに言ってくる。「あなたの言い分を記事にしてほしい?」とね。「いいや、全然」さ。それで、俺は6週間国を離れざるをえなくなる。いいか、俺はこういう流れで、国を離れたことが何度もあるんだ。ナイトクラブから戻ってくるたびに......

「ドラッグは紅茶を飲むようなものだ」という発言についてですが。


ノエル:社会のことを少しでも知ってる奴なら誰でもその通りだって言うさ、OK、ドラッグは紅茶を飲むのと一緒ってのは少し大げさに聞こえるだろうが、だけど実際はマジでそれに近いんだよ。俺がそれを実行してるとは言ってないぞ。俺はやってない。でもみんな隠れてやってんだよ。病院やコミュニティセンターを建てたり

今はドラッグをやってないんですか?


ノエル:俺はこの9週間、どんな種類のドラッグにも触ってない。誰かが有り金全部リハビリに費やすのなんて見たくないんだ。それをやってる連中を非難してるわけじゃないぞ。俺とかみさんはドラッグを長い間やってた。もう十分だってくらいやって、飽きたのさ。はっきりと心に決めたんだ。ある場所を離れる時は危機を脱出する必要があることに気づいたってわけで.....そうだな...つまり、俺はだめになったりしなかったってこと。今も同じ友達と付き合ってるし、そいつらといっしょに食事に行くとするだろ。そいつらが毎分ごとにトイレに行って、分かるだろ(ドラッグを吸う音を立てる)。俺は、それがちょっとみすぼらしいって思う。煙草をやめた途端にそこら中咳払いしながら歩き回るようなバカにはなりたくないんだ。でも、かなり調子がよくなったよ。

これから何か計画はありますか?

ノエル:ただ気楽に、家で時間を過ごしてるよ。これが1年前だったら「汝はロックンロールスターらしくふるまえ」と考えてただろうね、でも今じゃそんなの退屈だと思うよ。

あなたは30代を迎えて、今では常識的になりましたか?

ノエル:俺はいつだって16歳のままでバンドをやっていたいんだ。人間だから年は取るかもしれないけど老いぼれていくわけじゃないだろう。分かるよな。

Noel Gallagher - Guardian - 2008/12/06 pt1

オリジナルの記事はこちら。↓
http://www.guardian.co.uk/music/2008/dec/06/noel-gallagher-oasis

ノエル・ギャラガー:41にもなって、すすんでドラッグ漬けになるやつがどこにいる?

かつてロールス・ロイスに毛皮のコート、連夜のパーティという日々を送っていた彼。今では子供の前では煙草を吸わないという心遣いのある父親になっている。
サイモン・ハッテンストーンは、変貌したノエルの姿を見た。

ノエル・ギャラガーが指を折りながら、世界最高のバンドを10並べ、OASISがそのどこに入るのかを考えている。

「ビートルズ、ストーンズ、ザ・フー、セックス・ピストルズ、キンクス、ジャム、スミス、ストーン・ローゼズ、ビー・ジーズ」。そこで彼は止まった。

「OASISはスミスより上の7番目だな、俺達の方がよくやってる」。

これがみなさんお馴染みのノエル・ギャラガーだ。口の達者なマンキュニアン。

他のロックスターたちが理路整然とした文章を一つ言い終える間に、彼は天下国家を論じてみせる。同業のミュージシャン達を切り捨て、理に適ったことを話す と同時にバカげた、そして攻撃的ともとれる言葉を口にし、そしてマンチェスター・シティ・フットボール・クラブの128年の歴史をも語る。

その彼は今、なぜOASISが他のバンドとは一線を画するのかを説明していた。

「みんなColdplayが好きだ、でも愛してはいない。みんなU2が好きだが愛してはいない。でもOASISはみんなに愛されてるんだ。そういうことさ。音楽を超えてる」。

彼の言葉は的を得ている。ギグを見れば納得せざるを得ない。しかし、OASISを卑怯なコピーバンドと位置付け、同じ曲を100通りにアレンジし、ビート ルズからアイディアを盗まない時には、自らの曲をネタにしているとして、OASISに我慢ならない人々が大勢いることも事実だ。

アバディーン。11月の寒々とした午後。すでに外は暗くなっている。テレビでは、破産のニュースが並び天気以上に荒涼とした気分にさせてくれる。景気が後 退してることはは、誰の目から見ても明らかだ。ノエルはサッチャー政権により大量解雇が行われた当時の子供時代を思い出すと話した。

「70年代は、マンチェスターの冬とも言える時代で、そこに住むアイリッシュ・コミュニティが結束を固めた時代なんだ。IRAがバーミンガムやマンチェス ターでテロを起こしていたからさ。日雇い労働者たちが起こしたストライキを覚えてるだろう、あれが全てを表してる。暴力にあふれた時代だった。家でもフッ トボールの試合でも」。

彼の運が上向きになり始めたのは90年代に入ってからだった。ポップ・グループにさえ政治的な要素が絡み始め、OASISには労働党だった。

これ以上正反対の組み合わせもあったものじゃない。

ジーンズに汚い言葉を並べるOASISと、スーツに洗練されたアクセントの労働党。どちらもサッチャーイズムと灰色のメージャー政権の時代の影響を受けて大きくなったことは共通していた。

どちらも、彼らなりの方法で、中身のない個人崇拝、思想崇拝に反抗しようとしていた。ギャラガー兄弟にとって、社会とは、職安に通う友人達であり、どんなことでも楽しみを見つけようとする友人達であり、バーで酒を飲みドラッグを吸う友人達であり、それが全てだった。

彼らのファーストアルバム「Definitely Maybe」では、その力が爆ぜる音が聴こえる。「Rock N Roll Star」の中に。彼らは、知りもしないロックンロールスターになった気分を歌っているわけではない。それと同じくらいに最高の気分を歌っているのだ。

今でもノエルの中で一番の曲である「Live Forever」では、若さゆえの無敵さが歌われる。この曲は、自ら命を絶ったカート・コバーンをフロントマンとしたバンド、ニルヴァーナへの返答だという。

「I Hate Myself And I Want To Dieという曲を聴いて思ったんだ。俺には合わない。誰もが天才と呼び、世界中の金を独り占めにしながら家でヘロインやってこんなことを言うアメリカの ロックスターなんて俺には受け入れられない。どうして死にたいなんて思うんだ?」。

「Live Forever」によって、OASISは初のシングルチャートTop10入りを果たす。がさつなロックと酒交じりの楽観主義のユニークな融合。

ファーストアルバムが成功を目指す者の手で作り出されたアルバムだったのに対し、セカンドの「(What's The Story) Morning Glory?」は、ロックンロールの満足感に満ちていた。

有名なバラッド「Wonderwall」や「Don't Look Back In Anger」には、すでに物悲しさが感じられる。始まったばかりだというのに、まるですでにノスタルジアに浸っているかのように。

これら2曲が流れると、人々は肩を組んでライターを揺らし歌い、90年代のアンセムの代名詞となる。どちらも典型的なOASISソングで、感情にはひしと 訴えてくるものの、その歌詞は全く意味不明なのだ(Wonderwallとは何なのか、サリーとは誰なのか、そして「怒りと共に振り返って」いるのは一体 誰なのか)。

ノエルは、自分の歌詞の意味がわからないことはよくあることだが、ほとんどは簡単なのだと話す。「より良いこと」への切望を表しているのだと。

彼の中で、強く残っている幼少時代の記憶がある。父親と一緒に毎週配給をもらって回り、そこで同じようにやってきた友達と落ち合うことだ。

「それがマギー・サッチャーの時代だったんだよ。みんな父親と一緒に配給をもらいに回ってた」。

その気になれば、学校でもっと上手くやっていくこともできたと話すノエル。彼は15歳の時に、階段の上から小麦粉の袋を落とし、偶然にもそれが教師に直撃したため退学となっているのだ。

母親のペギーは学校で給食を作っており、父親のトミーは、日雇い労働者だった。

「典型的な大酒飲みのアイリッシュさ。いつもノミ屋の元にいていつも何かで賭けをして、飲むと暴力を振るうんだ」。ノエルが17の時だった。ペギーは子供達を連れ、トミーから逃げることを決心したのだ。

20代前半、ノエルはマンチェスターのバンド、インスパイラル・カーペッツのローディとして働く。

「すげえ仕事だったぜ!最高さ。ドラムキットを組み立てて300ポンド稼いだんだ・・・そして世界中を見て回って、全く、あれ以上良い仕事もないよな」。

それが、彼が真剣に曲を書き始めたきっかけだった。

ある夜、ノエルは家に電話をし、ペギーに弟のリアムは何をしているのか尋ねる。そしてリアムがバンドを始めたことを知る。

ノエルは信じなかった。

「俺はあいつと長いこと一緒の部屋だったんだぜ、俺がアコースティックギターを弾いていても、そこに座ってあいつは『ファッキン変人野郎』と言ってばかりだったのに、それがなんだ、ある日突然シンガーかよ」。

帰国すると、ノエルはRainという名のついたバンドを見に行き、「クソみてえな名前」だと言い、自作の曲をいくつかバンドに与えた。バンドはOASIS と名前を変え、ノエルがメンバーに加わる。そしてノエルは再びギターを覚えなおすことになった-- 彼はそれまでステージに立ったことがなかったのだ。

「そしていきなり、俺はポール・マッカートニーになったのさ。『いいか、お前はこれ、お前はそれ、俺はこれを弾く。お前はこの歌詞をこういう風に歌って、で、退場だ』」。

今年の初め、Q MagazineとHMVが共同で、過去50年で、英国発の名作50枚を投票で選ぶという企画を開催し、「Definitely Maybe」と「Morning Glory」で、OASISが1,2位を独占した。

OASISが15年も続いていることが驚きだ。ノエル自身は、OASISは一発屋で終わると思っていた。「Definitely Maybe」で、彼は全てやり遂げたと感じていたのだ。それなのにこの通り、オリジナルメンバーはリアムとノエルだけとなり、どちらも現在の落ち着いた生 活を享受し、彼らを取り巻く世界は変わってもバンドは変わらずそこにある。

それよりさらに驚きなのは、バンドがこれまでと同じくらいの知名度を保ち(前作もこれまで通りアルバムチャート1位を獲得している)、さらに新しいファンが増え続けていることである。

どうしてこんなことが可能なのだろう?

ギャラガー兄弟が知っていたことは、やると決めたら頂点まで極めることだった。彼らはその通り実行してみせる。

1997年には、労働党が政権を握り、OASISは世界一のバンドとなっていた。

「Morning Glory」は世界中で2200万枚を売り上げ、イギリス国内だけでも400万枚以上のセールスを挙げた。作り上げられたBlurとのライバル対決、フォトグラファーへの殴打事件、兄弟喧嘩、解散の危機。バンドはいつでもタブロイド紙の一面を賑わした。

ノエルにたずねてみる。

もし私が10年前にインタビューをしていたら、どんな感じだったでしょうね。

「そこら中にハンガーがかかってて・・・ヤバいあれこれが進行中なところに出くわしただろうな」。

コカインの山をよけながら入ってこなきゃならなかったってこと?

「山なんかじゃないさ、違う。小さな塊だよ。居合わせたクルーは全員マンチェスター出身で、一人一人通路脇に崩れ落ちていくんだ。今はそういうんじゃなくてもっとプロで周りを固めてる」。

「何もかもがあまりに早すぎた、ネブワースの時だって何が起こってるのか本当に把握してるやつはいなかったんだぜ。普通、ネブワースでギグと言ったら、成 功の頂点なわけだ。みんな最高のギグを見せてきただろう。でも俺達と言ったら酔っぱらってたんだもんな。今のOASISはそういうくそったれな間抜けども と群れちゃあいないのさ」。

「ドラッグは好きだったよ。でももうああいうことはできないんだ、みんな30後半、40前半になってるからな。俺なんて41だぞ。もっと若くに死んでても おかしくなかったとみんなに言われるよ。ふん、俺が死ぬわけないさ、ただロックスターの成れの果てになりかけただけだ。41にもなって誰がドラッグにはま ろうなんて思う?」。

1990年代中頃、ノエルはロンドンの郊外にある、スーパーノヴァ・ハイツへと引っ越す。

「プリムローズ・ヒルに住んでいた時、俺は門戸解放のポリシーを貫いてたんだ。俺は長いこと失業手当で暮らしていた。それがロンドンに引っ越してこんなに でかい家に住むことになって、そう、これだよ、今夢を実現したんだと思ったもんさ。昔から憧れていたヒーロー達を招待したんだ、ジョージ・ベストも含めて さ。俺は何かを勝ち取ったんだ、他では得られないものをね。自分の住所を公開してこう言った。『俺の元に集まれ』。そしたら大勢やってきた、最高だろ、警 察沙汰になったよ」。

労働党の政権となってから間もなく、ノエルはダウニングストリートへと招待される。トニー・ブレアは臆面も無く、ポップ・グループの新しい波や、クール・ブリタニアとして知られることになるデザイナー達に声をかけた。

「アラン・マッギーが労働党とコネがあってね、それでこう言ってきた。『君に会いたがってるよ』。俺は『まあな、もちろん会いたいだろうさ、俺に会いたくないやつなんているのか?』。その時俺はまだ、1994年から始まった快楽に酔っていたんだ」。

彼はブレアを支持したことに引け目を感じたことはあったのだろうか?

「ほとんど俺達の片思いみたいなもんだったからな、あんな連中どうでもいいさ」。

彼らはみな我を忘れていた。ブレアは自らをケネディだと思い、OASISは自らをビートルズだと思っていた。バンドがクリエイション・レコードと契約した 時、ノエルはマッギーに向かってこう話している。チョコレート・ブラウンのロールス・ロイスを買う金が稼ぐことができたら、それ以上は何も望まない、と。

「Morning Glory」の成功の後、マッギーはノエルにチョコレート・ブラウンのロールス・ロイスを買い与え、そしてOASISが、それに乗ってダウニング・ストリートに現れたのだ。

もちろん現れた。

「象徴的なことだったんだよ。マッギーはかつてグラスゴーの鉄道で働いていた。俺はかつてマンチェスターの建築会社で働いていた。だから俺達全員ロールス・ロイスに乗って向かったのさ。昔の仕事をやめてたったの4,5年しかたってなかったんだ」。

ノエルは、話すのが上手い。彼は今でも、当時の異常さを生き生きと再現することができる。

「おかしな連中がたくさんいたよ。ピアス・モーガン、ペット・ショップ・ボーイズ、ロス・ケンプ、レニー・ヘンリー・・・ちっともクールじゃなかった」。

その後ずっと、彼はダウニングストリートの招待を受けたことはバンドにとってプラスだったのかどうか質問され続けることになる。

しかしノエルにとっては、その日一日の予定の一つに過ぎなかったようだ。

「ダウニングストリートが済んだら、誰かの家、そして誰かの家、それでまた誰かの家に行って、朝の7時に俺の家に戻って、テレビのニュースでダウニングストリートが放送されてるのを見たんだ」。

結局は、ノエル曰く「労働党は権力を持ったことで腐敗し」たものの、彼はそのことで彼らをけなすつもりはないと言う。

「国内でのブレアの功績は、イラクや大量破壊兵器のせいで覆い隠されてしまった。でも最低賃金制を成立させた、それだけでもよくやったと思うよ」。

ノエルが、保守党に投票することはない。

もし労働党が、富裕層の税金を上げる政策を取ったとしても、労働党を支持しますか?

「ああ、当然だろ」。

そこで私は、70年代、所得税が98%まで上げられたことを受けて、多くのスターが国を離れたことを話してみた。

「税金のために国を逃れるなんてことしても後ろめたいだけだろう。でもなあ、1ポンド稼いでも98ペンスとられるなんて、おかしいよなあ」。

どれくらいなら受け入れられる?

「うーん、40%は払うかな。わからない、50%くらい?」。

ノエルは1ポンド中50ペンスまでなら払うらしい。

成功はあなたを変えたでしょうか?

「ここでNoと答えるやつはアホだぜ」。

ファンから崇拝される対象となっても、うぬぼれずに済むことは可能でしょうか?

「そうだなあ、俺はならなかったぜ。でも服からおかしくなっていったな。サングラスを着けるようになってたぶんファーコートも着てたし、そういうことが世界一ビッグなバンドにいるためには必要不可欠なんだと思ってた。でも違う、うぬぼれてはなかった」。

また頭がどうにかなることもなかったという。

「そういう風になるのはソロ・アーティストだけさ。ロビー・ウィリアムズとかジョージ・マイケル。ソロの場合、全ての責任が自分にかぶさってくる。でも俺の場合はそうじゃない」。

これまでで一番浪費だったと思う買い物は?

「ジャガー・マーク2。モース警部(英国のミステリードラマに登場する警察官)の車さ、あれには--11万ポンドかかったな。免許証も持ってないし、教習所にも通ったことがない。ガレージにしまってあるんだ」。

今も持ってるの?

「ああ持ってるぜ。9マイルしか走ってない。門から家に至るまでに1/4マイルあるだろ、それで行ったり来たりさ。息子が大きくなったらにあげるんだ」。

アナイスがほしがったらどうします?

「でかいジャガーなんかほしがらないさ。あれは男向けの車だ。絶対にね」。

Noel Gallagher - Guardian - 2008/12/06 pt2

その後、私はノエルのガールフレンド、サラ・マクドナルドに会い、ノエルが「名声」についての質問にどう答えたかを伝えてみた。

すると彼女は「本当とは思えない」と答えたのだ。

「私には当時は嫌なやつになりかけてたと話してくれるわ、一緒に働いていた人達に対して意地悪になってたってね。みんなドラッグをやってない今の彼の方がずっと良いと言うんだけど、それはそうでしょう。つまり、誰だってコカインを山のようにやれば・・・」。

とうとう、ノエルにも、この終わりのない浮かれ騒ぎが手に負えないことになってくる。

彼は覚えている。1998年の大規模ツアーを終えて帰国したその時のことを。

「荷物をおろした時、家の中にはたくさんの人がいた。ワールドカップが放送されていた、最後の一吸いのことも覚えてるよ。はっきりと思ったんだ。まともな生活に戻りたいってね」。

「もう十分だと思った。マンチェスターのリハーサルルームから出てきて、どん底から頂点まではるばるやってきた。金もあるし、でかい家もある。あとやり残 したことと言えば、プライベートジェットを買って池に墜落させることくらいだ。それで終わりさ。その夜ベッドに向かって、それ以来コカインはやってな い」。

「もちろん、誰も俺がコカインをやめてまともな生活に戻ることを望んじゃいなかった。なんせそいつらがいるのは他の誰でもなく俺の家なんだからな。だから まずは1週間と決めて始めたんだ、それが2週間になり、ゆっくりだけど確実に俺の中でこういう考えが生まれてきた。俺はこいつらのことを何も知らない。自 分が結婚した女性が誰か知ってるかさえ怪しかった。少しずつ目が覚め始めたのさ。一体、こいつら誰なんだ?彼女は知ってる。ケイト・モス。新聞でもよく見 るし、ロックバンドとばかりつるもうとするんだ、だからここにいないはずがない。でもあとの連中はテレビで見たことがある以外なんの接点もないぞって ね」。

「こんな感じだよ、よし、この家を売り払うだろ、田舎に引っ越そう、そしたらそいつらも付いて来やがった、それで、そう、それじゃ意味がない。だから俺は 家に閉じこもった、ずっと、みんなが失せるのを待っていた。一人ずつ消えていった。次にしたことは、そうだな、離婚しよう、こんなのバカげてる。それで終 わりさ。解放された気分だったよ」。

我々は、リアムのロッカールームで話をしていた。リアムはバンドの中でも唯一自分のロッカールームを持っている。というのも彼の弾くギターや、ウォーミングアップの声出しが他のメンバーの気に障るかららしい。

部屋の隅にはアコースティック・ギターがおいてあるだけで、部屋はロックンロール以外何もなかった。リアムの持ち物がテーブルの上に置かれている。

ヴォルヴィック7本、グリーンガム3パック、ブルーガム3パック、フルーツスカッシュに蜂蜜。

成功したことでリアムは変わった?

「しょっちゅう酔っぱらってばかりいたね。一日4,5時間は酔ってた。しらふな時を見たことがない。あいつが『自分は身に余る評価をされてる』と思ってた かどうかは知らねえが、でも全てをぶっ壊すことにばかり力を注いでた、少なくとも俺はそう思ってたよ。たとえばアメリカでのツアーをばっくれてみたり な」。

OASISを一つの逸話で語るとするならば、それだろう。「Be Here Now」がUSチャートを駆け上り、大規模ツアーとともに彼らはアメリカを征服しようとしていた。
その矢先、リアムが前妻パッツィ・ケンジットから電話で呼び出され、家を探すために空港から家へ舞い戻ることを選んだのだ。

ノエルは自分一人でできるとツアーを続行、バンドはプレスに向かって悪態を吐き、アメリカは「OASISは好みじゃない」とはねつけた。

世界を手の内にいれながら、OASISは絶好の機会をふいにした。

「U2でたとえればエッジがでてきてこう言うようなもんだったのさ。『ところで、ボノは今夜ここにこないが心配するな、俺一人でやってやる』」。

ノエルが、U2を比較の対象として挙げる回数の多さには驚かされるが、納得のいくことでもある。U2が長年、音楽のプロフェッショナルとしてやってきたのに対し、かつてのOASISは騒動を撒き散らしてばかりいたのだから。

「みんなが俺達を愛してやまないのは、アメリカに行って予想通りのことをやらかしてきたからだ。ちょっとばかし飲みすぎて間違ったことを言ってきた。それにアメリカで決して成功しないってことも愛される秘訣だな。だから今も舞い戻ってはしつこく頑張ってるのさ」。

忌まわしきアメリカツアーで、ノエルが学んだことはもう一つあった。それまで彼は、自分こそがバンドの頭脳でありエンジンであり、おおげさなもみあげをした不平不満ばかりの弟はただの付属物でしかないと思っていた。

しかしそのツアーで、代わりにヴォーカルをとったノエルは、すぐに気づく。

ほとんどのファンは、リアムを見るためにやってきているのだということを。

そのツアー後、兄弟関係はどうなったのだろうか。

「変わらないよ」と、ノエル。

「俺は、座り込んで息巻いてリアムのことを詩にするような男じゃないんだ。耳の辺りを一発殴って『間抜け』と言ってやって、もう終わったことはひきずらないのさ」。

彼らは友人のような関係だったのだろうか?そう尋ねると、ノエルは判然としない態度を見せた。

「たとえばツアーをやってない時、1年会わなかったとしても俺もあいつも別に気にしないんだ。危ないのはリハーサルルームで一緒に曲を作る時の方さ。でも リアムは俺を大笑いさせることのできる数少ない人間でもあるんだ。ユーモアのセンスがないやつだってリアムと一緒なら笑えるぜ。あいつの言葉使いからして ウケるんだよな。俺とやつの間だけで理解できることもあるし・・・」。

お互いの才能を意識しあっていたこともあります?

「こういうのはいかにも新聞記者が好きそうな見方だよな。『そう、リアムはいつだってノエルになりたがっている、というのもノエルには才能があるし曲を書 けるからだ。一方ノエルもリアムになりたがっている。リアムならあらゆるスーパーモデルとヤりたい放題だからだ』。そうさ、俺達はいつも意識しあってると 書きたきゃ書けばいい・・・俺にそう思いこませるには、催眠術をかける必要があるけどな」。

つまり、彼は、リアムは生まれつき運が良かっただけと言いたいらしい。

「俺はリアムに嫉妬はしない。でも俺が理解できないのは、どうしてステージに乱入した時襲うのは俺で、リアムじゃないのかってことだ」。

2,3ヶ月前、カナダの「ファン」が、ステージ上でノエルを押し倒し肋骨3本を折る重傷を負っているのだ。

「ステージにビンが投げ込まれたら、あいつに当たり損ねて俺の後頭部に当たる。俺が言いたいのは、あいつはいつもツいていて、俺はいつもツいてない。俺は何かを手に入れるためにいつも道を切り開く努力してきたのに、あいつはいつも出来あがった道を歩いてくるんだ」。

ギグの開始時間が近づき、ファン達が集まり始め、私はリアムそっくりの3人に出くわした。一人の「リアム」に、なぜOASISは今でも人気があるのかたずねてみる。

「バンドのスタイルだよ。大合唱できる曲、友達みんなで集まって飲んで、笑い合える曲ばかりだからさ」。

OASISのギグは、他のどのバンドのそれとも違う。コンサートというよりむしろフットボールの試合のようだ。若者達(ほとんど男性であることはもちろんのこと)が、ラガーを手に入っていく。飲むより投げるためにだ。

ギグが始まるとすぐにそこらじゅうにビールの小さな水溜りができる。モッシュしようと、前列へ割り込んでいくと、背中を叩かれる。そこは誰かの特等席なのだ。

可愛い女の子もいることにはいるが、ほとんど野郎のためにある夜だ。バンドがバラッドを演奏すれば、彼らは集まって肩を組み歌を歌い、自分の世界に浸る。バンドは余計なMCをせず、媚もせず、ただ歌い、叫ぶだけ。時に歌をやめ、オーディエンスが歌うに任せることもある。

4日後、我々はグラスゴーにいた。凍える、ひどい寒さ。ノエルは風邪をひき疲れているようだったが、嬉しそうだった。

「選挙を見るために徹夜したんだ。どの州も左派に流れていくのを見るだけでも驚きだったけど、その候補者が黒人って考えるとほんとぶっ飛ぶぜ、すげえ!」。

また、我々はリアムのロッカールームにいる。ノエルは、1999年にボーンヘッドとギグジーがバンドを離れた後、どうやってバンドが立ち直ったかを話していた。

「OASISの新しい時代が始まったんだ。たぶん2人とも、片手にジャック・ダニエルもう片手にマリファナっていう生活に耐え切れなかったんだな。あの2人が自分の道を行ったおかげで、俺とリアムもまともな生活に戻れたってことさ」。

私がかねてから興味があったのは、最高作を一番初めに作ってしまった彼は、どういう気持ちで音楽活動を続けているのかということだ。

ノエルは、続けるべきじゃなかったかもしれないと話した。

「Wonderwall」、「Don't Look Back In Anger」が英国屈指のアンセムとなった後、彼は悩み苦しんでいた。いつか曲が浮かばなくなる日がくることへの不安を明かした時、「浮かぶまで待て」と 最上のアドバイスを与えたのはポール・ウェラーだった。しかし、ノエルはそれを無視した。

「Be Here NowからDon't Believe The Truthまで、その約5年の期間、俺はレコードを出すためだけに頑張っていた。今思えばそんなに苦しむことなかったのにな。その頃は書くことが何もなかったんだ」。

問題は、その期間も彼が駄曲を書いていたわけではないことを誰も彼に伝えてあげなかったことだろう。ノエルの全てを手放しに称えるのは、リアムだけだ。そうすれば、早くスタジオに戻って念願の新作作りに入れるのだから。

「ほとんどの曲が、俺が聴く限りこれをレコードにしたらうぬぼれも行き過ぎってくらいの曲でしかなかった。マネージャーにこう言ったよ。『これのどこが最 高なんだ』。するとやつは『まあ、金の卵を抱えたガチョウのことを、ただの便秘だとは言わないだろう?』と言いやがった」。

ノエルにもし勇気がありさえすれば、「Definitely Maybe」の後で解散を切り出すことだってできたはずだ。

「Morning Gloryは堅物連中のためのアルバムさ・・・Thrillerやフィル・コリンズ、Genesisといったクロスオーバー的なアルバムと並んであるんだ」。

ところで、「Wonderwall」とは何のことですか?

そうたずねると、彼はにっこりと笑った。

「Wonderwallという映画があって、ジョージ・ハリソンが音楽を作ったんだ。ワンルームのアパートに住む男の話で、やつの隣にはヒッピー学生が住 んでる。主人公はその彼女を壁の穴ごしに覗き見て、その壁をWonder Wallと名づけるのさ。1967年に作られた仰天映画だ。それを見てなんて良い言葉なんだと思ったんだよ」。

最近ではOASISはもっと民主主義的なバンドになったというノエル。しかし今でもメインソングライターであることには変わりない。

ニューアルバム「Dig Out Your Soul」には、2曲の名曲が収録されている。ノエル作の「Falling Down」、リアム作の「I'm Outta Time」だ。アルバムは世界中で高い評価を得ている。アメリカでさえ、「Be Here Now」以来となるアルバムチャートトップ5に入っている。

作曲の勘が戻ってきた?

「ああ」と答えたノエルはしかし、いつもよりは自信なさげだ。

新たな「Definitely Maybe」が書けると思います?

「いや、それはない。あれは俺が21、22の時に書いたアルバムなんだ。そして当時21,22歳だった若者がそれを手に取った。そういう巡り合せはたった 1度しかないんだよ。『Definitely Maybe』を手にツアーに出た当時の俺達は、ファンと同じ境遇にいた。金がなかった。客の方も金はなかった。今の俺達はロックスターだ。どの若い子とも 同じ境遇にはいない。だから同じ目線で曲を書くことはできないんだ。でも最初の3年間、俺達はみんなと同じ環境で、同じものを見、同じ服を着ていた。そう いうことさ、これは望んだからってできるもんじゃない。もしもう一度あの3年間に戻れるなら、俺は何でもするよ」。

「いいか、俺は41だ。2人の子供がいる。16歳に憧れのまなざしで見られたいなんて思っちゃいない。そういうのはアークティック・モンキーズの仕事だ。 俺は俺の仕事をする。今の俺達はスタジオに入ってこんな感じさ。さあレコードを作ろう、やってやろうぜ。俺達はこの仕事が大好きなんだ」。

彼が評価するバンドは少ない。

「みんな俺は新しい音楽には否定的だって言うんだ。なるほど、もしキーンをどう思うと聞かれたら、言ってやるぜ、俺は好きじゃない。口をちょっと滑らせてキーボードのやつのママの悪口まで言うかもしれねえな。でも悪いが、それが俺の性格なんだよ」。

彼の悪口といえば、思い出されるのは、デーモン・アルバーンとアレックス・ジェームスに対する「エイズで死ねばいい」発言である。

「今振り返れば、あの騒動は2つのポップソングの間で起きたお粗末なもんだったんだ」。

今、アルバーンとはどういう関係なのだろう。

「やつは最高のアーティストだよ。俺とは違う。俺はアーティストじゃない。俺の場合は自然に出てくるんだ。やつはチャイニーズオペラとか色々なことを手がけてる。俺よりも多方面の才能があるんだ」。

で、どういう関係なのだろう。

「俺とあいつの間にはいつも何かしら横たわってるんだ。それが何かは俺にもわからないけどね」。

アフターショー・パーティで、ノエルのガールフレンド、サラが1歳になる息子ドノヴァンの写真を見せてくれた。

「我が子自慢?」と、からかうと、「自慢なんて言葉じゃ足りないわ」と返すサラ。

リアムは、パーティに来ないようだ。サラの話では、ギグの後はどこかに消えてしまうのだという。

「二コルと出かけることが多いみたい。2人はパーティ好きじゃないのよ。でもノエルはおしゃべり好き、そうでしょ?」。

ノエルはパーティのDJを務めていた。ビートルズにボブ・ディラン、ハイブス。酒を飲みつつ煙草を吸いながら。もし子供達がこの場にいたら、こんな姿は決して見せないと話すノエル。

「子供達がバンドを見に来ることはめったにないんだ。来た時には酒は抜きさ。キース・リチャーズみたいに、子供の前で煙草を吸ったりしちゃいけないんだよ、あれは良くない、そうだろ?」。

サポートバンド、Sergeantのドラマーが、ノエルに絶えず話しかけている。サポートとしての抜擢がどんなに嬉しかったかを伝えているのだ。

「OASISのサポートになったとおふくろに話したら、おふくろは『それで家には何時に帰ってくるの?』としか言わないんだ」。

それを聞き、吹き出すノエル。今夜ほど年齢層が若いオーディエンスは見たことがないという。

「ちょっと頭に来るんだよな。否応なしに気づかされるからさ、ああ!俺はこんなに年を取った、そんな俺の書いた曲にみんな夢中なんだってね」。

おかしな話だ。しかしOASISに若いファンが増え続けるのには、理由がある。ビートルズ、ストーンズとは違い、そう、OASISの音楽は不変なのだ。さらにノエルはロック界でも年配の方に入ってきたというのに、その態度もまた若い頃と変わらない。

いや、少しは変わったかもしれない。今は午前1時。パーティが始まって2,3時間になる。ノエルは前途多望な若手のポップスター達の様子を見渡した。

「よし、みんな」と、パーティの主催者にふさわしく声をかける。

「もう寝る時間だぞ。十分に楽しんだだろう」。

Noel Gallagher - Corriere Della Sera - July 2009

今後5年間、もしくはそれ以上、OASISの動向を聞くことはできないかもしれない。

マレイフィールドにあるラグビー場で、42歳のノエル・ギャラガーは5万5千人のファン達を見渡し、ステージの上でプレイしているThe Enemyを暖かい眼差しで見つめていた。

今回のインタビューでは、彼自身の将来、OASIS、そしてロックについて、ボノやクリス・マーティンといった政治的活動をするロックスター達の存在の無用さについて話してくれている。

8月のミランでツアーが終えた後、5年間のオフに入るというあなたの発言に、ファンは動揺していますが....

ノエル:5年ってのはただの数字だよ、10年とだって言えたぜ、でもOASIS解散って意味じゃない。今の時点では次に何をすればいいのか思いつかないってだけだ。さらに規模を拡大してツアーをする?さらに金を儲ける?俺はもっと自分が興味を持てることをしたいんだよ。

ソロアルバムの計画は立ってる?

ノエル:いや、全然。バンドの一員として、歌ったり作曲したりってことに気を揉むことなくギターだけに専念したいね。

リアムとの仲はどうですか?

ノエル:いつもどおりさ。ジャガーとリチャードみたいな親友同士じゃなくてもOASISは続けていけるんだ。

あの二人は兄弟ですらないじゃないですか。

ノエル:俺達が兄弟ってことにみんなが魅力を感じるのもわかるけどさ、でも当の俺には退屈なんだよ。仕事が順調なら俺達も仲良し、なんて嘘をついてくれなくても結構だ。

あなた達が休んでいる間に、次世代のOASISが登場したりして。

ノエル:今の音楽業界を見ても、俺達くらいレコードを売ることのできるバンドが出てくるとは到底思えないね。

何が違うんでしょう。

ノエル:時代だよ。俺達は、インターネットやらiPodやら携帯電話やらが出てくるずっと前にデビューしただろ。今だと、もし明日デビューことになって も、すでにウェブサイトやFacebookで顔は出ていて、タダで音楽を配信しなきゃなんねえ。俺達の時は、音楽を聴くには会場まで足を運ばなきゃならな かった。1stアルバムをリリースした時も、CDを焼くなんてできなかったから、買わなきゃならなかった。ギグでファンと直接接することもできた。今じゃ ギグの様子をビデオで撮影して、ブラジルにいる友達に送ったりしてるんだろ。みんなネットを通してギグを見るようになったみたいでさ。

それでもあなた達を見に、今でもギグ会場に足を運ぶファンがいるのはなぜだと思います?

ノエル:俺達はステージに出てプレイすりゃいいんだ。これまで色んなスタジアムギグを見に行ったことがあるけど、どいつもこいつも政治のことばかり喋繰り やがってちっとも演奏しようとしないんだぜ。みんな音楽を聴きにやってきてる。なのにU2やColdplayのギグには、必ず恵まれない人々へのメッセー ジが盛り込まれててさ。OK、それもいいだろう、でもどうしてただ楽しい夜を過ごしちゃいけねえんだ?俺達は常に後ろめたく思わなきゃなんねえのか?

クラブでプレイするのは好き?収容人数は限られるわけですけど。

ノエル:俺達はU2じゃないから、機械装置に頼らないんだ。U2は豪華ステージが全てと言ってるわけじゃないぜ、ただOASISはそういうステージはしないってことさ。

あなたにとってテクノロジーとは何でしょう。

ノエル:もし今15歳だったら、Facebookに登録していたと思うね。でも実際の俺はコンピュータも持っていないし、Eメールを送るのに1時間かかっ たりするんだ。このことを2つの視点から考察してみよう。インターネットは、人と人とが直接交流する機会をなくしてしまうから駄目だ。突き詰めると、店に も銀行にも警察にも行かなくなって、親戚とか歯医者とかそういった人間との関わりが一切無くなっちまう。でも良い面もあるよな。ネットで世界中の人間がつ ながるようになれば、今イランで起きてるようなホロコーストは起こらなくなるだろう。

これまでやってきたことで、一線を越えてしまったなと思ったことはあります?

ノエル:そういうことは後から振り返って初めて気づくんだよ。1996年のネブワースからBe Here Nowツアーの終わりまで、俺達は大量にドラッグをやって、音楽のことなんてちっとも考えてなかった。でもそのことは全く後悔はしてないね。

ドラッグをやめたことも後悔していない?

ノエル:クリス・マーティンが人生で一度たりともドラッグをやったことはないと言っているが、アホだと思ったね。ドラッグをやることこそがロックバンドの 醍醐味だろ。1998年まで、俺はドラッグに100万ポンド費やしたな。でもやめた。健康や脳みそや周りの連中に悪影響だと思い知ったから。でもドラッグ をやっている時は---ヘロインは人を殺すから一度もやらなかったが---お前らが言うように「マンマ・ミーア」ってなもんだったぜ。

90年代、OASISは労働党政権の下、あなたもダウニング街に招かれて、クール・ブリタニアの代表でしたよね。そういう時代は終わったのでしょうか?

ノエル:俺は、野党労働党と共に成長したからな。学校や最低賃金に関する演説を聞いて、正しいことを言ってると思ったもんだ。それでいざ政権を執らせてみ ると、驚いたね、連中の本性がわかったよ。結局他の連中と同じだったのさ。サンタクロースはいないんだとわかる時と同じだな。もう俺は二度と投票はしな い。結局何も変わんねえんだ。

Noel Gallagher - Observer - 2005/06/19 pt2

オリジナルの記事はこちら。↓
http://observer.guardian.co.uk/omm/story/0,,1507223,00.html

OASISの名曲といえば?

ノエル:「Don't Look Back in Anger」「Wonderwall」。30~36歳あたりの連中はみんなこの曲が好きだろ。

作曲過程で試行錯誤してるうちに飽きたりしませんでした?

ノエル:「Live Forever」は何回も何回も演奏してるけど、ギターソロのところに来ると「全く、なんて素晴らしいんだ」といまだに思うね。

私は「Let There Be Love」も名曲だと思うんですが。

ノエル:どうかな。この曲を完成させるのに7年かかったんだ。バラッドだから、このアルバムには入れたくなかったんだけど。

あなたの書くバラッドは好きですよ。

ノエル:バラッドのほうが書くのが簡単なんだよ。スローで壮大な曲はたくさんかいてるけど、もう、なんていうか、そういう曲をライブで演奏するのに飽きちゃってさ。

OASISの他のメンバーに曲をかかせたら楽になりました?ニューアルバムで、あなたの曲は5曲しか入ってないですよね?

ノエル:別に俺は、ふんぞり返って「今日からお前たちも曲を書いて良い」なんて命令したわけじゃないぜ。いつでも誰でも書いてよかったんだけど、この10 年、誰も興味なかったみたいでね。バンドのメンバーが、バンドの音楽性に貢献していると実感することはとても重要なことだと思うんだ。これまでの俺は「こ のくそまぬけ!」とか言ってみんなに当り散らしてたからさ。

あなたはリアムに対して私が 想像する以上に愛情を持ってますね。一度だけリアムに会ったことがありますが、それはNMEアワードのトイレだったんですよ。私に近づいてきて意味のわか らないことを言って来て。私に友好的に接しようとしているのか、恐がらせようとしているのかわからなくて、結局非常に恐い思いをしたんですけど。そのこと についてリアムは何か言ってました?

ノエル:いいや、あいつはいつもそんな感じさ。ある夜、リアムが「今夜は過ぎ越しの祭り(ユダヤ人の祭り)みたいだ。俺はお前で、お前は俺、最後の晩餐だ ぜ」と言い、それを聞いた他のやつが「おいおい あいつ少しヤバいよな?」と言ってくるもんだから、俺は「ああ、そうだな、でももっとやつにぴったりの言 葉があると思うぜ...」なんて言ってたくらいさ。

こう聞くと、彼はバカなことばかりしているみたいですが。ジョン・レノンの生まれ変わり、それともただのトラブルメーカーなんでしょうか?

ノエル:一度だけリアムがそのことについて話したことがある。実家のリビングでね。リバプール訛りを真似し始めて3日たった頃だった。俺に向かって「俺をジョンと呼べ」と言いやがったのさ。だから俺は「お前にはクソったれのほうが似合ってるぜ」と返してやった。

彼も昔から「本物」だったんですか?

ノエル:まさか。あいつにはいらいらさせられたよ。でもみんなリアムには才能があると言う。俺にはわからねえけど。俺達は夢を現実にし、バンドを始めてか ら唯一残ったオリジナルメンバーだ。車に例えれば、リアムはいつもスピードの限界以上に出し切ろうとする。俺は途中で死ぬことなく無事に目的地に辿り着け るように調節する。だからいつもあいつとは喧嘩になるんだよな。

関係が最も悪化したのは?

ノエル:俺達はもともとコミュニケーションが上手いタイプじゃないんだ。北部出身だから。沈黙にふけるってことさ。

腹を割って話したことはあります?

ノエル:最近で言えば、2日前パリで昼食してるときかな。レコード会社の連中と一緒に20人くらいで話してた。俺がオニオンスープを飲んでたら、突然リア ムが「ノエル!ノエル!バイアグラ使ったことある?」「いや、だって俺はまだ38だぜ」「そうだな」って言うもんだから「お前は?」といちおう聞いてみ た。すると「一度だけ使ったことあるぜ!」。その答えのせいでクルーはみんな食べるのをやめて退散さ。なんてこと言いやがるんだと思ってさ。その間も何食 わぬ顔であいつはステーキをほおばってて。どうして俺の脳は「リアムに向かって、彼がバイアグラを使用したことがあるのか尋ねなさい」なんて命令しちまっ たんだろう。

リアムはSpinal Tapを実在のバンドだと思ってたようですね。

ノエル:ああ、思ってたみたいだな。カーネギーホールに一緒に見に行った時、連中が、映画「A Mighty Wind」に出てくる3人のフォークシンガーみたいに登場したんだ。俺達がそれを見て笑ってたら、リアムが「くだらねえな」と言うから「あれが Spinal Tapだよ、あいつらがアメリカの俳優だってことくらい知ってるだろ?」って聞いた。そしたら「本物のバンドじゃないのか?」と言う。「イギリス人でもな いぜ!一人は確かJ・L・カーティスと結婚してるはずだ」と話したら、あいつは「気にいらねえ」と言ってカーネギーホールから出て行った。リアムはそのと き初めてSpinal Tapを見たんだな。映画を見て気に入って、実在するバンドだと思ったんだろ。

話は変わって、朝ごはんは何を食べましたか?

ノエル:OK。何を食べたかだって?レーズン入りのオールブランをボールに一杯かな。自分で準備したやつ。

健康食品にはまってるの?ノードリンク・ノードラッグ?

ノエル:飲みはするけどコカインはやらない。他のどんなドラッグも1998年からやってないよ。

最後にドラッグを使ったのは?

ノエル:'98年のワールドカップのハーフタイムだった。俺の家は人であふれてて、目が覚めたら翌日の昼で、何か食う代わりにコカをやった。もちろんひどく興奮してあとは想像のとおりさ。

それでもうやめたの?中毒から抜け出すための催眠療法などはしてません?

ノエル:やってない。

ピート・ドハーティにドラッグをやめて欲しい?それともドラッグをやめれば人気を失ってしまうでしょうか?

ノエル:良い音楽を作ってほしいとは思うね。もし良い曲を作れたらもっと自由に生きられるだろ?

リバティーンズは好き?

ノエル:アルバムを聞いた印象では良いバンドだと思う、同時期に出てきたレイザーライトやフランツ・フェルディナンドとは一くくりにできない感じだ。今あ げたバンドにはどれも会った事があるし、音楽も素晴らしいと思ったけど、リバティーンズみたいにイギリスでもアメリカでも同じくらいに人気があるバンドっ てのは無かった。「Definitely Maybe」が出た時みたいにね。

最近、素晴らしいと思ったイギリスのバンドを教えてください。

ノエル:コールドプレイの「PARACHUTES」は傑作だな、最初はたいしたこと無いと思ってたけど。

どうして意見が変わったの?

ノエル:聞き込んだんだよ。Dovesの「Last Broadcast」も10点中11点ってくらい良かった。この2つのアルバムにはしばらくはまってたね。俺が新しいアルバムを買うのは、友人に薦められた時くらいだけど。

最近では?

ノエル:何人かにR・プラントの最新アルバムを買え買え言われた。あいつ自身はこう言ってるよな。「非常に、非常に素晴らしい出来だ」。俺の感想は...(笑う)。

誰かに薦められて、当たりだったものは?

ノエル:E・ジョーンズっているだろ。80年代にSTAIRS BACKっていうバンドにいたんだ。頭を抱えちまったよ。たぶん俺がこれまで聴いたレコードの中でも最高の一枚に入るだろうな。

どんな声?

ノエル:白人ソウルシンガーのF・ドミノみたいな歌い方なんだ。最近何がいいと思った?

女性では何人かいますよ。音楽をダウンロードすることは?

ノエル:ないね。

便利ですよ。でもあっというまに音楽を消費してしまうのは悪い点だと思います。

ノエル:CDを買う時は店に行って自分の手で金を払ってバスに乗り、家に着くまでにライナーノートや歌詞を読んで楽しむもんだろ。俺は音楽をダウンロードするやつらには反対だね。時代には合ってるんだろうけど俺の考えには合わない。

ペット・ショップ・ボーイズは好き?

ノエル:「WEST END GIRLS」は好きだな。

イレイサーの曲にのって踊ることは?

ノエル:ない。

ABBAはどうです?

ノエル:ABBAは大好きだよ。「WATERLOO」に「SOS」。

クールかどうかは関係ないみたいですね。ビー・ジーズは?

ノエル:ビー・ジーズも好き。でもディスコっぽくなる前までの話だな。つまり64年から69年ころだ。アルバムは全部持ってる。

LITTLE BRITAIN のDVDは持ってる?

ノエル:ああ、持ってるよ。

どんなところが一番好きですか?

ノエル:イギリスのコメディとしては最高の出来だろ。「フォールティ・タワーズ」をはじめて見た時の事を思い出すよ。「こんな面白いのは見たことが無 い」ってね。そして「ファスト・ショウ」がはじまったら、また「最高だ、これ以上は笑えない」。そして「ロイヤル・ファミリー」が出るとまたまたこう思う わけだ、「何だこりゃ、こんな最高なものはありえない」。それに匹敵するのが今度の「リトル・ブリテン」ってことさ。

本当に素晴らしいですよね、あなたとリアムも、あれを真似て「I'M A LADY!」ってすることはあるの?

ノエル:リアムにユーモアのセンスは微塵も無いからな、あいつにかかれば全て台無しだ。もし君が俺達と同年代の北部イギリス出身ならわかるだろうが、あい つほどジョークのわからないやつもそういないぜ。俺達がツアーバスで回ってるときに見てたDVDにピーター・ケイが登場してさ、その瞬間俺は「やばいこと になるぞ」と思ったね。みんなは(DVDを見て)大笑いしてたんだけど、リアムは「ファッキン豚野郎、ファッキンクソったれ」とだけ言ってトイレに立った んだ。誰かが「どうしてリアムはピーター・ケイが嫌いなんだ?」と聞いてたが、その原因はリアムがNMEアワードでトロフィーをもらった時にまで遡るんだ よ。あいつはステージにトロフィーを受け取りに行かなかった。そう、リアムはあの時、こんな大きな白い毛皮のコートを着けてたんだ。そしたらピーター・ケ イがステージから降りてトロフィを渡しに来たのさ。そこまでは良かったんだけど立ち去る時に「俺のママがそのコート探してたぞ」。その一言で、リアムがキ レてそのあと想像どおりの大騒ぎ。俺は楽しかったけどね。

お付きのスタイリストはいる?

ノエル:いないよ。キャムデンの店でSleeperのスタイリストをしてると言う女性に出くわしたことがあるんだ。「でもあの格好、クズ同然だぜ!あれであいつら納得してるのか?」「ええ、まあ・・・」。自分で自分の服を決められないなんて最低だよな。

でも最近あなたは、あのデイビッド・ベイリーに写真をお願いしてますよね。それでも何を着るかじっくり考えることは無いの?

ノエル:ない。

にしては、あなたはとてもクールですよ。

ノエル:そんなに持ち上げても何も出てこねえぞ。

あなたは他人に毒舌を振るうことを恐れませんよね。でも本当に彼らのことが嫌いなの?ロビー・ウィリアムズが嫌い?それとも彼の音楽?

ノエル:あいつは確かに何枚かの良いレコードに関わってはいるが、俺達を1年も付け回したからな。1年中あいつの下手なジョークに、最悪な洋服のセンスに 付き合うはめになったし、しかも俺達がステージから降りてきたら楽屋のスナックが無くなってんだよ、あいつのせいで。リアムの飲み仲間だったみたいだな。 クリス・ワドルとグリーン・ホドルみたいに(立ち上がってダンスの真似をする)。つまりあの連中の曲みたいに俺の神経に触るんだ。2ndアルバムを出した頃、俺のマネージャーに「ギグの後の俺達の予定は?」と確認しやがった。「俺達」だと?カレーを食べに行く俺達に、お前が勝手に付きまとってるんだろと言いたいぜ。

リアムが映画の試写会で、スポンジボブと写真を撮ってたけどどう思う?

ノエル:そのことに関しちゃコメントしたくないな。また馬鹿らしい騒ぎの元になっちまう。

この1年のベストショットだと思うんですが..

ノエル:あいつはいつも「Meaning Of Soul」を地で行くつもりのように俺には見えるね。だから今度のことでも俺はあいつに言ってやったよ、「俺にはお前の意味するMeaning Of Soulの意味はわかってたつもりだ。でもお前が雑誌の中で、漫画のキャラクターと一緒に写ってる姿は全く「Meaning of soul」じゃないぜ、なんだありゃ」。
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