「俺達はOASIS。イングランド出身、人気も最高」。
ノエル・ギャラガーはサンフランシスコのビル・グラハム・シヴィック・ホールに集まった1万人以上の観客の前で、自信たっぷりに言ってのけた。今度の OASISワールド・ツアーの中で、西海岸では3回目のギグである。ヨーロッパでの3週間のギグ、中央西海岸、東海岸でのギグを終え、そう、ノエルの言う とおり、OASISは今最高の人気を博している。ステージでは、感情に任せたタイトな演奏、弟リアムのヴォーカルとノエルのハーモニーが重なった時の素晴 らしさ、そしてなにより、バンド全体からこの上ない自信があふれだしていた。
ノエルは、もちろん自分が正しいということを知っていた。アコースティックで「Wonderwall」を演奏する時、中盤で一端止まった後、客の呼吸を呼 んで再スタートする時のタイミングを知っていた。「Whatever」で、「Octopus’s Garden」へと変化させる技を心得ていた。シアトルで観客が、ライターの炎を揺らしながら彼と一緒に合唱することも知っていた。そして、バンクーバー では、客からコインが投げつけられたことを理由に、まだ4曲も演奏してないのにもかかわらず、ステージを立ち去るだろうことも知っていたかもしれない。
1994年の夏、OASISが初めてのアメリカでのインタビューとして、我々Musicianの前に座っていた時、まだデビューアルバム 「Definitely Maybe」は発売されていなかった。それにもかかわらず彼らは自信に満ちており、「Live Forever」や「Slide Away」の完璧な仕上がりがその自信を支えていたようだった。
そこで私達はあえて「もしアメリカ人にこのアルバムが受けなかったらどうする?」と尋ねてみた。するとノエルは肩をすくめ「そしたらイングランドに帰っ て、アメリカ人が受け入れるのを待つだけさ、俺達のつくる音楽は、俺達の育った場所や、このアルバムを作った時やレコーディング場所に縛られるものじゃな いんだ。1stが受け入れられなければ、2nd、2ndもだめなら3rd。OASISの真価がはっきりする時が来るだろう」。
あれから2年後、ノエルは雨のシアトルで再びインタビューを受けた。「Live ForeverやSlide Awayは正当な評価を受けられなかったですね」と言うと、ノエルは満面の笑みを浮かべ「そして、またWonderwallとChampagne Supernovaを引っさげて戻ってきた。待てよ。前に俺の言ったとおりじゃないか!全く予知能力を持つってのは困ったことだよな。こんな自分にうんざり するぜ!」と、答えてみせたのだった。
今年はOASISにとって忘れられない年となった。ブリットアワードでは、ベストアルバム、ベストビデオ、ベストグループに選ばれてイングランドを混乱の 渦に巻き込み、バンド結成のきっかけとなったバンド、The Stone Rosesが解散し、2ndアルバム「(What's The Story) Morning Glory?」でビルボードTop10に入り、ツアーチケットも完売させたことで、アメリカにおいても正真正銘のロックスターとなった、イングランドから やってきたギャング、OASIS。
今回はOASISのソングラーターにして、バンドのリーダーでもある、ノエル・ギャラガーに、インタビューをすることができた。
まず、The Stone Rosesが解散してしまいました。
ノエル:そうだな、ショックだったよ。彼らを信じてたファン、もちろん俺達もそうだったわけだが、残念に思ってるだろう。実際、OASISのツアークルー 達のほとんどは、もともとローゼズの元で働いてたからね。マンチェスターの出だから、新聞で解散発表される前には知ってたけど、ほんとに残念だ。
ブリット・アワードの時のPulpのジャーヴィス・コッカーの行動はどう思う?マイケル・ジャクソンのパフォーマンスを妨害しましたよね。有罪、無罪?
ノエル:完全に無罪だな!ジャーヴィスはスターだぜ!つまり、あいつのやったことはステージに上がって腹を出しただけのことだろ。イギリス人はショックを 受けたに違いないな、どうしてマイケル・ジャクソンの頭をバットで殴らないんだってさ。俺がステージに上がったら間違いなくそうしてたね。
あなた達の場合、ブリット・アワードでとんでもないことをしましたね。受け取ったアワードを、お尻に突っ込むような仕草をしたり、マイケル・ハッチェンスを「過去の遺物」扱いしたり。かなり批判されたのでは?
ノエル:ああ、あれね。音楽関係のプレスは最高だと書いたけど、新聞はイングランドの恥と書いた。俺にとってはどうでもいいことさ、イングランドは俺達の恥だからな。
ライブでは今でもあなたのソロ・アコースティック・セットがありますね。他のメンバーから文句は出ない?
ノエル:出まくりだよ、でもそんなの気にしない。みんな俺を見に来てるんだから(笑う)。ライブ中のいい中休みだよ、みんな俺の声で耳を癒すんだ。
これまで常にギグを続けてきて、その成果がやっと出ましたね。ギグを続けるのは、みんなの意見が一致してのことなの?
ノエル:どうかな。俺達はいつもギグをして回ってた、契約する前もだ。休みなんてとったらバンドの崩壊を招くだけだろう。最近1ヶ月の休暇をとったけど、それでこんな感じさ、(ため息をついて)「何すりゃいいんだ?」
何かに散財してみたら?
ノエル:それもいいな、でも何に使うんだ?欲しいものはもう持ってるし、今じゃ買い物もつまらない。
2年前にインタビューした時は、世界一のバンドになると息巻いてました。
ノエル:まだ、一番じゃないな、5本の指に入るくらいか?でも1番になるには、まずアメリカを獲る必要がある。だからイングランド以外の国の人たちが、俺 達の音楽に興味を向けてくれるのは嬉しいよ。トップに立って、OASISがイングランドに帰ると、俺達を嫌うくだらねえインディバンドが、クラブに飲みに 来た俺達に図々しくも声をかけてくるんだ、「どんな調子だ?」「最高」。すると、(声真似をして)「(舌打ちをして)俺なら今のお前の生活には耐えられね えな。つまり、俺が言いたいのは、有名になると色々大変だろってことさ」。で、俺はこう思う。「何?お前はグロスターでたった2枚レコードを出しただけだ ろ。それで、俺の生活には耐えられないだと?俺はロールス・ロイスもどでかい家も、飛行機も持ってる。それで俺にはなりたくないだって?笑わせるぜ、俺の 方こそお前の生活には耐えられねえよ、くそったれ、女や犬と一緒に、住むことも認められてない家に居つくなんて生活うんざりだぜ!ああ、大金持ちでいるこ とは、ものすごく辛いことだ、お前には一生望めもしないことだろうけどな」。
OASISがイングランドのバンドとして、ようやくアメリカに進出できるかどうかは、アメリカでもイングランドでも話題になってます。勝利は得られると思いますか?
ノエル:いや。イングランドのプレスは本当に俺達にプレッシャーをかけてくるんだ。もし俺達がアメリカで成功しなければ、今度は失敗作呼ばわりさ。でもも し進出できたときにも「アメリカを打ち負かしてきたぜ」とは絶対に言わない。ただアメリカに行って、ギグをしたら、そうなった。それだけのことだろ。イン グランドにいるほかのバンドは「君達がアメリカへのドアを開いてくれたから、助かるよ」と言う。俺は「いや、その考えは間違ってる」。そんな甘い考えは通 用しねえんだよ。成功するには音楽が良くなきゃいけない。アメリカ人は外見には興味が無いんだ、見るのは音楽だけさ。もし良い曲が作れなければ、アメリカ 進出なんてもってのほかだ。
最近、ギターレッスンを始めたと聞きましたが。
ノエル:ポール・ウェラーに教えてもらってるんだ。上手くなってる、と思うよ。で、思ったんだけど、俺って実はリズム・ギターに向いてるんだよな。Slash になりたくはないし、ボーンヘッドにもなりたくはないけど。ボーンヘッドは俺とは違って、リードギターを弾こうとしても弾けないしな。だから今俺がリード ギターを担当してるのは、「リードギター、誰も出来ねえのか?それなら、俺がやってやる」ってことさ。
去年、トニー・マッキャロルに代わって、アラン・ホワイトが加入しましたね。どうやって彼を探し出したの?
ノエル:ポール・ウェラーが「Stanley Road」をレコーディングしてるときに、やつの家にいたんだ。そこでドラマーをしていたスティーブ・ホワイトと話をした。そしたら彼には弟がいて、ドラ ムをやってると言うんだ。そこでスティーブに、上手いのか尋ねたら「そうだな、俺が教えたんだ」と言う。それで、そうなった。俺は本当にトニーには呆れて たんだ、やつにはイライラさせられたぜ。つまり「Wonderwall」があるだろ。トニーが100万年練習しても、アランみたいに叩くことは無理だ。
ではドラムに、トニーを呼ぶことはよしたほうがいいですね。
ノエル:ああ、掃除の手が足りない時にでも呼ぶんだな!
次のアルバムのプランは?
ノエル:ギターウォールからはもう身を引きたいなあ。「Morning Glory」には15日間費やしたんだ。1日1曲のペースさ。だから次のアルバムには1ヶ月はかけたい。これまでどおりのレコーディングをするけど、各 パートごとに演奏して、どういう音になったか確かめて、その後パーツを組み立ててどういう曲になったか確認する。そういう風にやりたいね。ビートルズの「Revolver」と「The White Album」の流れを汲むような作品を作るのが理想かな。
ノエル・ギャラガーはサンフランシスコのビル・グラハム・シヴィック・ホールに集まった1万人以上の観客の前で、自信たっぷりに言ってのけた。今度の OASISワールド・ツアーの中で、西海岸では3回目のギグである。ヨーロッパでの3週間のギグ、中央西海岸、東海岸でのギグを終え、そう、ノエルの言う とおり、OASISは今最高の人気を博している。ステージでは、感情に任せたタイトな演奏、弟リアムのヴォーカルとノエルのハーモニーが重なった時の素晴 らしさ、そしてなにより、バンド全体からこの上ない自信があふれだしていた。
ノエルは、もちろん自分が正しいということを知っていた。アコースティックで「Wonderwall」を演奏する時、中盤で一端止まった後、客の呼吸を呼 んで再スタートする時のタイミングを知っていた。「Whatever」で、「Octopus’s Garden」へと変化させる技を心得ていた。シアトルで観客が、ライターの炎を揺らしながら彼と一緒に合唱することも知っていた。そして、バンクーバー では、客からコインが投げつけられたことを理由に、まだ4曲も演奏してないのにもかかわらず、ステージを立ち去るだろうことも知っていたかもしれない。
1994年の夏、OASISが初めてのアメリカでのインタビューとして、我々Musicianの前に座っていた時、まだデビューアルバム 「Definitely Maybe」は発売されていなかった。それにもかかわらず彼らは自信に満ちており、「Live Forever」や「Slide Away」の完璧な仕上がりがその自信を支えていたようだった。
そこで私達はあえて「もしアメリカ人にこのアルバムが受けなかったらどうする?」と尋ねてみた。するとノエルは肩をすくめ「そしたらイングランドに帰っ て、アメリカ人が受け入れるのを待つだけさ、俺達のつくる音楽は、俺達の育った場所や、このアルバムを作った時やレコーディング場所に縛られるものじゃな いんだ。1stが受け入れられなければ、2nd、2ndもだめなら3rd。OASISの真価がはっきりする時が来るだろう」。
あれから2年後、ノエルは雨のシアトルで再びインタビューを受けた。「Live ForeverやSlide Awayは正当な評価を受けられなかったですね」と言うと、ノエルは満面の笑みを浮かべ「そして、またWonderwallとChampagne Supernovaを引っさげて戻ってきた。待てよ。前に俺の言ったとおりじゃないか!全く予知能力を持つってのは困ったことだよな。こんな自分にうんざり するぜ!」と、答えてみせたのだった。
今年はOASISにとって忘れられない年となった。ブリットアワードでは、ベストアルバム、ベストビデオ、ベストグループに選ばれてイングランドを混乱の 渦に巻き込み、バンド結成のきっかけとなったバンド、The Stone Rosesが解散し、2ndアルバム「(What's The Story) Morning Glory?」でビルボードTop10に入り、ツアーチケットも完売させたことで、アメリカにおいても正真正銘のロックスターとなった、イングランドから やってきたギャング、OASIS。
今回はOASISのソングラーターにして、バンドのリーダーでもある、ノエル・ギャラガーに、インタビューをすることができた。
まず、The Stone Rosesが解散してしまいました。
ノエル:そうだな、ショックだったよ。彼らを信じてたファン、もちろん俺達もそうだったわけだが、残念に思ってるだろう。実際、OASISのツアークルー 達のほとんどは、もともとローゼズの元で働いてたからね。マンチェスターの出だから、新聞で解散発表される前には知ってたけど、ほんとに残念だ。
ブリット・アワードの時のPulpのジャーヴィス・コッカーの行動はどう思う?マイケル・ジャクソンのパフォーマンスを妨害しましたよね。有罪、無罪?
ノエル:完全に無罪だな!ジャーヴィスはスターだぜ!つまり、あいつのやったことはステージに上がって腹を出しただけのことだろ。イギリス人はショックを 受けたに違いないな、どうしてマイケル・ジャクソンの頭をバットで殴らないんだってさ。俺がステージに上がったら間違いなくそうしてたね。
あなた達の場合、ブリット・アワードでとんでもないことをしましたね。受け取ったアワードを、お尻に突っ込むような仕草をしたり、マイケル・ハッチェンスを「過去の遺物」扱いしたり。かなり批判されたのでは?
ノエル:ああ、あれね。音楽関係のプレスは最高だと書いたけど、新聞はイングランドの恥と書いた。俺にとってはどうでもいいことさ、イングランドは俺達の恥だからな。
ライブでは今でもあなたのソロ・アコースティック・セットがありますね。他のメンバーから文句は出ない?
ノエル:出まくりだよ、でもそんなの気にしない。みんな俺を見に来てるんだから(笑う)。ライブ中のいい中休みだよ、みんな俺の声で耳を癒すんだ。
これまで常にギグを続けてきて、その成果がやっと出ましたね。ギグを続けるのは、みんなの意見が一致してのことなの?
ノエル:どうかな。俺達はいつもギグをして回ってた、契約する前もだ。休みなんてとったらバンドの崩壊を招くだけだろう。最近1ヶ月の休暇をとったけど、それでこんな感じさ、(ため息をついて)「何すりゃいいんだ?」
何かに散財してみたら?
ノエル:それもいいな、でも何に使うんだ?欲しいものはもう持ってるし、今じゃ買い物もつまらない。
2年前にインタビューした時は、世界一のバンドになると息巻いてました。
ノエル:まだ、一番じゃないな、5本の指に入るくらいか?でも1番になるには、まずアメリカを獲る必要がある。だからイングランド以外の国の人たちが、俺 達の音楽に興味を向けてくれるのは嬉しいよ。トップに立って、OASISがイングランドに帰ると、俺達を嫌うくだらねえインディバンドが、クラブに飲みに 来た俺達に図々しくも声をかけてくるんだ、「どんな調子だ?」「最高」。すると、(声真似をして)「(舌打ちをして)俺なら今のお前の生活には耐えられね えな。つまり、俺が言いたいのは、有名になると色々大変だろってことさ」。で、俺はこう思う。「何?お前はグロスターでたった2枚レコードを出しただけだ ろ。それで、俺の生活には耐えられないだと?俺はロールス・ロイスもどでかい家も、飛行機も持ってる。それで俺にはなりたくないだって?笑わせるぜ、俺の 方こそお前の生活には耐えられねえよ、くそったれ、女や犬と一緒に、住むことも認められてない家に居つくなんて生活うんざりだぜ!ああ、大金持ちでいるこ とは、ものすごく辛いことだ、お前には一生望めもしないことだろうけどな」。
OASISがイングランドのバンドとして、ようやくアメリカに進出できるかどうかは、アメリカでもイングランドでも話題になってます。勝利は得られると思いますか?
ノエル:いや。イングランドのプレスは本当に俺達にプレッシャーをかけてくるんだ。もし俺達がアメリカで成功しなければ、今度は失敗作呼ばわりさ。でもも し進出できたときにも「アメリカを打ち負かしてきたぜ」とは絶対に言わない。ただアメリカに行って、ギグをしたら、そうなった。それだけのことだろ。イン グランドにいるほかのバンドは「君達がアメリカへのドアを開いてくれたから、助かるよ」と言う。俺は「いや、その考えは間違ってる」。そんな甘い考えは通 用しねえんだよ。成功するには音楽が良くなきゃいけない。アメリカ人は外見には興味が無いんだ、見るのは音楽だけさ。もし良い曲が作れなければ、アメリカ 進出なんてもってのほかだ。
最近、ギターレッスンを始めたと聞きましたが。
ノエル:ポール・ウェラーに教えてもらってるんだ。上手くなってる、と思うよ。で、思ったんだけど、俺って実はリズム・ギターに向いてるんだよな。Slash になりたくはないし、ボーンヘッドにもなりたくはないけど。ボーンヘッドは俺とは違って、リードギターを弾こうとしても弾けないしな。だから今俺がリード ギターを担当してるのは、「リードギター、誰も出来ねえのか?それなら、俺がやってやる」ってことさ。
去年、トニー・マッキャロルに代わって、アラン・ホワイトが加入しましたね。どうやって彼を探し出したの?
ノエル:ポール・ウェラーが「Stanley Road」をレコーディングしてるときに、やつの家にいたんだ。そこでドラマーをしていたスティーブ・ホワイトと話をした。そしたら彼には弟がいて、ドラ ムをやってると言うんだ。そこでスティーブに、上手いのか尋ねたら「そうだな、俺が教えたんだ」と言う。それで、そうなった。俺は本当にトニーには呆れて たんだ、やつにはイライラさせられたぜ。つまり「Wonderwall」があるだろ。トニーが100万年練習しても、アランみたいに叩くことは無理だ。
ではドラムに、トニーを呼ぶことはよしたほうがいいですね。
ノエル:ああ、掃除の手が足りない時にでも呼ぶんだな!
次のアルバムのプランは?
ノエル:ギターウォールからはもう身を引きたいなあ。「Morning Glory」には15日間費やしたんだ。1日1曲のペースさ。だから次のアルバムには1ヶ月はかけたい。これまでどおりのレコーディングをするけど、各 パートごとに演奏して、どういう音になったか確かめて、その後パーツを組み立ててどういう曲になったか確認する。そういう風にやりたいね。ビートルズの「Revolver」と「The White Album」の流れを汲むような作品を作るのが理想かな。