肉体はボロボロ
心はズタズタ
群がってくるのは「ろくでもない連中」。
ミステリアスな意味を秘めたアルバムを携えて、OASISが背水の陣でUKツアーを始める。
しかしインタビュアーのパット・ギルバートによれば、彼らは戦闘意欲を失っていないようだ。
「かかってこいよ、間抜けども!」。
-------------------------
2008年9月7日の朝、今回から始まったツアーのブログを書こうと、トロントにあるホテルの部屋に落ち着いていたノエル・ギャラガーの心の中は嫌な予感で満たされていた。
「うーん、今夜フェスがある」と、不安気な言葉で始めた。
「嫌な予感がする」。
Vフェスが行われる会場まで、ボートで向かうということで、海上で起こりうるアクシデントについても事前に説明を受けていたノエルだが、わだかまりの正体が明らかになったのは、Island Parkを囲む冷たい海域の上ではなかった。
その夜、OASISのセットリストの途中で、後に47歳、3児の父親であるダニエル・サリヴァンと判明する1人の男が、背後からノエルに走り寄って突き飛ばし、ノエルは3本の肋骨を折ったのだ。
同じくフェスに参加していたポール・ウェラーによると、サリヴァンはある言葉を叫びながら連行されていったという。
「これで終わりと思うなよ、ギャラガー!」。
事件直後、さらに3人のカナダ人がセキュリティを潜り抜けて、OASISの楽屋に突入しようとしている。
OASISが、攻撃されていた。
「何か良くないことが起こると感じてたんだ」。
ノエルは、そう話した。
「みんなは『最高の夜になるぞ』と言っていたが、俺のスパイダーセンスが反応したのさ。そういうくだらねえ能力は信じちゃいないんだが、でも実際に現実になった時にはこう思ったよ。俺は予言してたぞ、ってね」。
ノエルの怪我により、待ち望まれていたニューヨークでのショーをキャンセルすることになり、さらに10月から始まるUKツアーの日程までも脅かすことになった。
バンドは危機に立たされたのだ。
2000年2月に「扱いにくい」4thアルバム「Standing On The Shoulder Of Giants」gが発売されて以来、OASISはその音楽性において実に緊張に満ちた時期にある。メンバーを再編して望んだ2002年の「Heathen Chemistry」、2005年の「Don't Believe The Truth」は、生ぬるい賛辞とともに迎えられ、どっちつかずのセールスを挙げ、新しいOASISもなんら新鮮な面はないという評価が世界に広がってい た。
しかしレコードセールスの方はプラトーを保っているままだったが、OASISのライブアクトの評判は上向きで、ストーンズのように市民権を得ている。「伝説」の域にまで達した地位、上流社会の変遷の中を生き抜く生まれながらの免疫力を、OASISは手中にしていた。
リアム・ギャラガーは高らかに言うだろう。
「OASISはこれまでよりも百万倍もベストな状態だってことはファッキン間違いねえと思う。ギグに来てくれるんなら、レコードを買わなかったことを許してやってもいいぜ」。
今回は、OASISお得意の「成功を掴みかけながらチャンスをふいにする」こともなく、順調に進んでいるようだ。
MOJOは、トロントでの襲撃事件の前からひそかにバンドに密着し、2008年北米ツアーの様子を探っていた。バンドが、日程どおりにツアーを再開すると いう公式発表が成された時(Eden Projectは残念ながら延期となった)、我々は荷造りをし、早速北のマンチェスターへと向かった。
特製の鎮痛剤で怒りを押し殺して、ダークなサイケデリアが華咲くニューアルバム「Dig Out Your Soul」の発売間近を受けて神経質になりつつ横になっているだろうノエル・ギャラガーに会うためである。
密やかに囁かれているもう一つの「Dig Out Your Soul」の存在。ギャラガー兄弟間の大喧嘩で闇に葬られたというバージョンがあるというのは本当なのだろうか?興味はますます湧くばかりだ・・・。
2008年10月11日、土曜日の午後。マンチェスターには厚い灰色の雲が覆いかぶさっていた。シェフィールド・アリーナでのギグの2日間ギグの間、OASISの面々はラウリーホテルで前の晩の疲れを癒しているのだ。
バンドやツアーに同行した仲間達がバーに集まってきたのは、午後3時30分のことだ。
最初に現れたのは、ノエルだ。暗色のジーンズに、グリーンのモッズ系ブルゾン・ジャケット。グラスに入ったミネラル・ウォーターを一口口に含んだ彼の顔色は良いとは言えず、動きもあきらかに堅い。しかし胸部の痛みにも関わらず、彼の表情は晴れやかだった。
「昨夜は、このバーに勤務弁護士が勢ぞろいさ」。
そう言って、彼は笑う。
「こう言ってくるんだ。『クビは不可避ですか?』。俺は『ああ、いつだってそうさ』。するとそいつは『再雇用はしないと?』『しない。俺がファックオフと 言ったら、そいつが二度と俺のドアの前に立つことはない』。すると『ふむ』と言うわけ。『私の売り込みはあまり上手く行ってないみたいだな』」。
テーブルの周りに押し殺した笑いが広がる。その間に、背が高くオックスフォード出のあか抜けたベーシスト、アンディ・ベル、そして禅の精神を感じさせる静 かなるキーボード奏者、ジェイ・ダーリントンが合流。ダーリントンはノエルに「シュラウド」というあだ名をつけられている。そのキリストのような髭、そし て髪の毛と髭が織り成す絶妙な外形にちなんでいるそうだ(訳注:トリノの聖骸布(Shroud of Turin)より。イエス・キリストの顔が写し出された布のことである)。
ショーの前ということで、アルコールは出てこず、「Dig Out Your Soul」の本格的ツアーに先立って行われた北米でのギグを面白おかしく話している。
ノエルは、サリヴァンによる襲撃の際の、セキュリティ・チームのだらしなさっぷりをジョークを交えて訴えた。
「セキュリティどもは、エアギターを弾くのに夢中で侵入者に気づかなかったんだ。どうしてあの男があんなことをしてきたのか、今でもわからない」。
事件の動画はYoutubeにUpされ、この時点で160万回以上再生されている。その映像では、リアムが、サリヴァンに反撃のパンチを繰り出そうとしているのがわかる。
後にリアムは「ショックだった・・・でも、これは絶対だ」と続けた。
「俺達のステージに上がりこんだやつは、それなりの反撃があると覚悟しておくんだな」。
ロンドンに戻ると、ノエルは、医者から鎮痛剤を処方され、さらに「Dig Out Your Soul」のプロモーションをするのは諦めて休養を取るように言われる。一方、リアムとアンディは、そのヨーロッパでのプロモーションへと駆り出され、つ いでに一緒にイタリアのLake Comoで、9月21日のリアムの誕生日を祝ったのだった。
ノエルの回復の手助けとなる「理学療法」を兼ねて、OASISはBlack Islandでリハーサルを開始。しかしその週の終わりに近づく頃には、ノエル以外の誰もが、彼が完全回復とは程遠いことを確信していた。
UKでの3つの日程を終えた10月16日にいたってでさえ、ノエルは、薬物療法のせいで気持ちが落ち込むことを明かしている。
「砂の上を歩いてるみたいなんだ」。
彼は、説明する。
「鎮痛剤抜きでギグをしようとしてるんだけど、そうすると肋骨の痛みが付きまとう。鎮痛剤ってのはドラッグだろう。つまり中毒性があるってことなんだよ。 先週大量に使っちまったから、もう無いとやってられない。薬を使いたくて使ってるわけじゃない。でも使うか、それともツアーをやめるかどっちかなんだ よ」。
どうしてツアーを中断しようとはしないんですか?ファンを裏切った形になるから?
「いや、それよりも・・・サラが『大丈夫?ちゃんと仕事できてるの?』と心配するからさ」。
そう言って、ノエルは笑った。
「でも俺は大丈夫。13年も失業手当てで暮らしてたんだぞ。俺はミドルクラスじゃない。座り込んで『どうして俺だけ?』なんて考えないんだ。人間は時たまキレてクレイジーな真似をするものさ。今度のもただのイカれた事件にすぎない」。
でも、完全には治っていないのにツアーを再開するなんて。
「なぜってワールドツアーが始まるまで、俺は家で音楽雑誌を読みながらこう考えていたからだ。『俺がこのファッキンゴミ野郎をぶっ潰してやる。でぶったま んこ野郎め、報いを受けろ』ってな。だから一度ツアーに出たからには、世界と対決する準備は万端なんだよ。もう始まっちまったのさ。それなら強行するのが 当然だ」。
10月7日、マンチェスター出身のボクサー、リッキー・ハットンに紹介されて、OASISはステージに登場。ショーの間もステージ脇に立ってバンドを見守 るハットンの姿と、半ば滑稽さすら感じる増員されたセキュリティたちの存在は、OASISが再びいるべき場所に戻ってきたことを実感させる。バンド周辺で は、ノエルの怪我は未だに論議の的であるが、雰囲気が変わってきたことをあなたも感じ取れるだろう。
リアムも嫌な流れを断ち切るようなコメントを残している。
「もっと悪くなる可能性だってあったんだ。あいつが俺の背中めがけてやってくることだってありえたんだからな」。
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誰の目から見ても、記憶に残る登場だった。
シェフィールド・アリーナの広々とした楽屋で、ギタリストのゲム・アーチャーは、彼が昔所属していたブリットポップ期の下っ端バンドHeavy Stereoのフロントマンだった頃を振り返っていた。
その時だ。ものすごい音と共にドアが開けられた。
そこには、頭から足の先まで黒づくめの姿にエルヴィススタイルのメタルフレームサングラスをかけたリアム・ギャラガーその人が立っている。ブリティッシュロックの象徴である彼は、今この瞬間、怒れるギャラガー家の弟と化していた。
「ノエルが『ギグが終わったらすぐにバスで出発する』だってよ!冗談だろ!」。
後ろでドアが閉まる暇も与えずに、リアムはまくし立てた。
OASISの頼もしい仲裁人であり、ポジティブ思考のゲムは、訝しげに眉を上げた。
「僕が聞いた話では・・・」。
「俺は乗らねえぞ」。
リアムが素早くゲムの言葉をさえぎる。
「俺はもう少しここに残る。ちょっと遊んでレンジ・ローバーで帰ろうぜ。送ってやるよ」。
ゲムがうなづいて同意の意を示すのを確認したリアムは、私に向かってワシのような鋭い一瞥をやると、部屋から出て行った。
「さっきの質問だけど、僕は全然フロントマンじゃなかったんだ」。にこりと笑うゲム。
「今やってきたのが、真の意味でのフロントマンさ!」。
OASISのメンバーとしての生活は、1990年代のような、コカイン浸りの無秩序な喧嘩沙汰を意味するのではない。しかし、今でもいつ爆発してもおかしくないのである。
ゲムの説明によると、「火がつくまでは『燃えやすい』程度のものなんだ。そして始まったらものすごいことになる」。
最も危うい出来事の勃発したのは、今年2月であろう。しかも深い含蓄があるエピソードだ。
アビーロードで8週間のレコーディングを終えた後に行われた、L.A.でのミキシングセッションの最中に、その騒ぎは起こった。
そう、アメリカにやってきた頃、リアムはヴォーカル入れを1曲も終わらせていなかった。
「シンガーってのはおかしなもんだぜ」と、ノエル。
「リアムが『来週の水曜日に歌う』って言うんだ。どうして来週の水曜日?なぜ今じゃいけないんだ?『心の準備が必要なんだ』。イカれてると思ったぜ。俺達 がロンドンで2ヶ月費やしていた間は4分音符1つ分も歌わずに、2週間のミキシングで全てのヴォーカルを終わらせようとしてる。頭おかしいだろ」。
ヴァレンタイン・デーが近くなった金曜日、リアムはロンドンに戻るという不可思議な行動に移る。バンドには「仕事が入ってる」と告げ、誰もその言葉に疑いを持たなかったそうだ。
「そして月曜日、マネージャーから電話をもらったんだ。『リアムと話した?』。俺は『どうした、戻ってこないのか?』『そうか、結婚しにロンドンに戻ったことは聞いてる?』」。
そこでノエルは、一旦言葉を切り、「こういうことはよくあるんだ」と、ため息をついた。
「まず、この広い宇宙を見渡してもあいつの男友達と言ったら、L.A.にしかいなかったんだよ。俺、ゲム、アンディ、スカリー(ツアーの盛り上げ役)、 ジェイソン(ギター・テクニシャン)、デイヴ・サーヴィ(プロデューサー)だ。結婚式ってのは、60年代に敬意を表してジブラルタルまで行って(1969 年、レノンとヨーコはジブラルタルで結婚式を挙げている)、男友達全員で式が台無しになるくらいバカ騒ぎするのが普通で、メリルボンの登記所にこそこそ 行って、隣のホテルでサンドウィッチを食うことじゃないはずだ」。
「俺が『リアム、どうして誰にも伝えていかないんだ?』と聞いたら、あいつは『プレスに洩れるのが嫌だったんだよ』。俺は『一体どうしてお前は、自分をヒュー・グラントだと勘違いしてるんだ?だれもお前の結婚なんて気にしちゃいねえよ』と思ったぜ」。
「Dig Out Your Soul」のインパクトは、素晴らしかった。リアムの帰郷によって、ノエルによれば「Champagne Supernovaみたいな大曲で、Are You Experiencedタイプのリズムを持ってる」1曲を含む2曲が、今回は日の目を見ることは無かった。
精彩を欠く、もしくはB面曲とも言える「(Get Off Your) High Horse Lady」と「Ain't Got Nothing」が、アルバムに入った理由がこれではっきりするだろう。
「あれには完全にブチ切れたね」。
ノエルは吐き捨てるように言った。
「あいつの結婚式に呼ばれなかったことはどうでもいい。前の結婚式(1997年のパッツィ・ケンジットとの結婚式)にも呼ばれなかったしな。でもそれでバンドの仕事に影響が及ぶとなれば、俺は頭に来るんだよ」。
巻き起こった嵐は、バンドがロンドンに戻るまでには収まっていたものの、OASISは、「Dig Out your Soul」が、当初予定していたような、自由度の高い、アビーロードの雰囲気のこもった、サイケデリックなアルバムから逸れたという苦々しい思いを噛みし めていた。
もしくは、アルバムリリース半年前になって、今の状況を変えようとあがくつもりはないという、バンドのサボタージュ的な考えも関係しているだろう。
「俺達の場合、起こったことは仕方ねえんだ」と、ノエル。
「このアルバムと共に、俺達は故郷に凱旋する」。
ギグを見ること以外に、今日のMOJOにはアポを入れた仕事が入っていた。午後7時から、リアム・ギャラガーと対談インタビューをするのである。このシンガーが今でも謎に満ちた人物であることは、疑いようがない。
10代の頃からのトラブルメーカー。
「平凡な」大人の生活を一度として送ることなく、スターに登りつめた男。
このツアーではどこの会場でも、リアムが到着するのは最後で出発するのは最初である。
「リアムは絶対にサウンドチェックをしないんだ」。
そう話すのは、ノエルだ。
「大きな戦いのために力を備えるボクサーみたいだろう」。
それにしても、バンドと一定の距離を保つリアムの姿は、興味深い。
予定時間より10分早く部屋に呼ばれたMOJOは、ドラッグまみれで我々の話をさえぎる昔の彼とは違うリアムの姿を目にする。今の彼は、こちらが堅物だと思い知らされるほどにフレンドリーで率直、そして愉快な男なのだ。
一緒にいると、あなたはすぐに気づくだろう。彼といると、様々な論議をかもしてきたOASISの不思議が深まるばかりなのである。
楽屋のソファでくつろぎながら(部屋の中は殺風景で、あるものは「リアム」と記されたアコースティック・ギターのケースと、テーブルにおかれて芳しい香り を漂わせているはちみつドリンクだけだ)、MOJOは、なぜ「Dig Out Your Soul」製作中に結婚しようと思ったのか尋ねた。
「結婚したかったんだ。それに誰にも伝えたくなかった。どこにだって洩らすやつはいるからな、誰だろうがかまわねえけど」と、答えたリアム。
「俺と二コルで決めたんだ。それだけさ。秘密裏に進めた。Our Kid(ノエル)は、そのことを受け入れるべきだよ。もし逆の立場でも俺なら腹は立たないぜ。どうせあいつの結婚式なんて行きたくねえし」。
でも、その時点でのあなたの不在は、バンドの仕事に致命的な影響を与えたのでは?
「前から決めてたことさ。ちょっと前からな。もう聞くなよ。終わったことだろ」。
OK。ツアーはどうです?これまでのところ、他のメンバーがホテルに泊まっても、あなただけ家に帰っているようですね。
「酒を飲みたくない時は、家に帰りたいんだ」と、リアム。
澄んだ青い瞳が、翳を帯びる。
「一旦飲み始めたら ---1杯ってことじゃないぜ、2杯ってことでもない、10杯でもない。1度飲み始めると、終わりさ。一晩中くだらねえ話ばかりする羽目になる」。
「俺は今度のツアーを成功させたいんだ」。
リアムは、そう続けた。
「それに一番良い方法は、ギグをしたら家に帰ることだ。一度酒を入れると、騒動に巻き込まれちまう。俺はバンドにいるのが大好きだ。それに二コルや子供達 といるのも大好きさ。でも家にいることとOASISのリアムであることを同時平行してると、ずるをしてる気がするんだ。だから全てを上手くやってくため に、俺は家の外で音楽をやるのさ」。
オフの日に、バンドメンバーと会うことはあります?
「ノエルとは会わない。アンディとはよく会うよ。俺の向かいに住んでるし、共通する友人もいるんだ。ゲムとノエルはよく一緒にいるよな。ゲムも俺の家に日曜のローストでも食べにきたらいいのに」。
これまでのところ、ギグの調子はどうですか?満足してる?
「ああ」と、リアムは笑顔を見せた。
「ファッキンロッキンだぜ。でも他の曲ももっとやりたいんだよなあ。Acquiesce、最高のライブ・チューンだろ、Rockin' ChairにListen Up・・・」。
そう言って、リアムは喉を鳴らした。
「ノエルがアコースティックツアーをやった時のこと、覚えてるかい?(ノエルとゲムは2007年、ロードムービー「Lord Don't Slow Me Down」のプロモーションとしてアコースティックツアーを行っている)。あれ、俺のアイディアなんだ!みんなが聞いたことのない曲をアコースティック バージョンにしてみろよってさ。たとえば、Married With Children、She's Electric、Rockin' Chair・・・俺とアンディは『あれ見たか?あいつとゲムがどでかいツアーをやってるぜ?』ってさ。『それで俺とアンディは、家に残って皿洗いにヘア カットか?ずるい連中だぜ!』」。
あなたは、ソロ・プロジェクトを考えたことはないの?
「ないな、興味ねえもん。俺はOASISで最高の音楽を作りたいんだ。もしみんながソロレコードを作り出したいと言い出したら、それが俺のキャリアが終わ る時だからさ、急がなきゃな。マジで意味わかんねんだよ。個人的には、このツアーが終わったらスタジオに入って、新しいレコードを作りたいんだ。前に進む のさ」。
OASISにはトラブルがついて回るようですね。2002年12月のミュンヘンの騒動ではあなたが歯を折るまでに発展しました。あの事件の真相は6年たった今でもうやむやなままなのですが・・・
「コンサートをやった後、ホテルのバーに行って飲んでたんだ」。
抑えた様子で、リアムは説明し始めた。
「ちょっと騒がしくなってきた。俺達は1階のバーで飲んでたんだ・・・俺はここに、ホワイティー(元ドラマーのアラン・ホワイト)はそこ、セキュリティの スティーブはここ、そして他のクルーも何人かそこにいた。そしたら誰かが誰かと喧嘩を始めて、次の瞬間、スティーヴが俺とホワイティをテーブルの向こう側 に移動させたんだ。グラステーブルが2階から落ちてきて、危うく俺達に当たりそうになった。そこから始まったのさ。俺は誰も殴ってない。警察にも言ったん だよ。どうやったら俺が主犯ってことになるんだ?この手を見てみろよ、殴った跡なんてないだろ。俺ははめられたんだ」。
誰に?
「さあな。俺もどうにかして聞きだそうとしたけどよ。でもマジでぞっとしたぜ。あのクソ事件、あの警察署は最悪だ、手錠されて、うつむいてさ。『メシは 食ったかい、ミスター・ギャラガー?』。メシなんていらねえ。俺の弁護士とマネージャーはどこだ?12時間経ってやっと誰かが入ってきた。『良かった、 やっと家に帰れる』と思ったら、そいつは『レコードにサインしてくれないか』っつって、Be Here NowとMorning Glory?を差し出したんだぜ!『あつかましいくそ野郎め、ここから出たらサインでも何でもしてやるさ』と思ったね」。
2005年、アラン・ホワイトが突然解雇されましたよね?あなたと彼の間で軋轢があったと書いてありましたが。
「俺もそれ読んだぜ。俺がやつをクビにしたってな。でも俺は人生で一度たりとも人をクビにしたことはない。俺のやることじゃないさ。ホワイティとノエルだ。あいつに聞いてみろよ」。
あなたとノエルの関係はどう?2人は分身のようですよね。ブルース・ウェインとバットマンというか。
すると、リアムは笑顔になった。
「そのたとえ良いね・・・(少し口をつぐんで)ノエルは認めたがらねえだろうが、ノエルも俺と同じくらいのまんこ野郎だ。でもあいつは不細工なまんこ野郎 で、俺はハンサムなまんこ野郎ってことだ。そこが違うんのさ。他の連中が一緒なら、俺達だって楽しく過ごすことはできる、そういうこと。でも2人きりだ と、妙な空気になるんだよな。(カウチの端に座って、相手を用心しながらうなずく素振りをする)。あいつにはあいつのダチがいるし、俺もそうなんだよ」。
ステージ上では、今でも怒りや攻撃的な感情といったものがわいてくるのでしょうか?
「ああ、俺はいつでもムカついてるぜ!年を取れば取るほどますます怒りがわいてくるんだ。でもそういう時こそ最高のパフォーマンスができるんだよな。目の 前には、物を投げてきやがるまんこどもが山ほどいる、そしたらこういう気分にもなるさ(「マスかき野郎」のジェスチャーをする)。ああいうのを見てると興 奮して来る」。
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午後9時、Fuckin' In The Bushesが会場一杯に鳴り渡り、1万3千人の鳥肌が立つような歓声が待つステージ上へと踏み出す。ギグの調子の波が激しいことで知られる彼ら。気分の 乗らないショーをくぐりぬけた後は、次に素晴らしいものを見せてくれることをただ切望するしかないのだ。
今夜、ザック・スターキーに代わって加入した新しいドラマー、クリス・シャーロックが刻む切れの良いリズムに後押しされるように、バンドとしての義務感を奮い起こし、ギグに望んだ。
20曲、2時間のセットは、「Definitely Maybe」や「Morning Glory?」(「Champagne Supernova」やアコースティックの「Wonderwall」、「Slide Away」など)から9曲ものお馴染みの曲で、観客は合唱し、「Don't Believe The Truth」からの「Lyla」や「The Importance Of Being Idle」に、「Dig Out Your Soul」からの6曲も加わる。ツアーが進行するにつれ、これらの新曲はファンの心をわしつかみにし、10代から40代まで幅広い年代に受け入れられる凶 暴な楽曲へと進化していく。
今夜、一番最高潮だったのはリアムだろう。黒尽くめにドットのスカーフと危険な雰囲気をまとい、彼はマイクに向かって怒りを、そして歌詞の終わる前に吐き 捨てるように言葉をぶつけ、ステージ脇に待機するスタッフに向かって、イヤフォンの音を直すようにいらだった様子で終始ジェスチャーを出していた。ラスト の「I Am The Walrus」が、めまいを誘発するようなノイズの中に姿を消す頃、両腕を背中に回して仁王立ちをした彼は、1万3千人の目を釘付けにしたのだった。
心はズタズタ
群がってくるのは「ろくでもない連中」。
ミステリアスな意味を秘めたアルバムを携えて、OASISが背水の陣でUKツアーを始める。
しかしインタビュアーのパット・ギルバートによれば、彼らは戦闘意欲を失っていないようだ。
「かかってこいよ、間抜けども!」。
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2008年9月7日の朝、今回から始まったツアーのブログを書こうと、トロントにあるホテルの部屋に落ち着いていたノエル・ギャラガーの心の中は嫌な予感で満たされていた。
「うーん、今夜フェスがある」と、不安気な言葉で始めた。
「嫌な予感がする」。
Vフェスが行われる会場まで、ボートで向かうということで、海上で起こりうるアクシデントについても事前に説明を受けていたノエルだが、わだかまりの正体が明らかになったのは、Island Parkを囲む冷たい海域の上ではなかった。
その夜、OASISのセットリストの途中で、後に47歳、3児の父親であるダニエル・サリヴァンと判明する1人の男が、背後からノエルに走り寄って突き飛ばし、ノエルは3本の肋骨を折ったのだ。
同じくフェスに参加していたポール・ウェラーによると、サリヴァンはある言葉を叫びながら連行されていったという。
「これで終わりと思うなよ、ギャラガー!」。
事件直後、さらに3人のカナダ人がセキュリティを潜り抜けて、OASISの楽屋に突入しようとしている。
OASISが、攻撃されていた。
「何か良くないことが起こると感じてたんだ」。
ノエルは、そう話した。
「みんなは『最高の夜になるぞ』と言っていたが、俺のスパイダーセンスが反応したのさ。そういうくだらねえ能力は信じちゃいないんだが、でも実際に現実になった時にはこう思ったよ。俺は予言してたぞ、ってね」。
ノエルの怪我により、待ち望まれていたニューヨークでのショーをキャンセルすることになり、さらに10月から始まるUKツアーの日程までも脅かすことになった。
バンドは危機に立たされたのだ。
2000年2月に「扱いにくい」4thアルバム「Standing On The Shoulder Of Giants」gが発売されて以来、OASISはその音楽性において実に緊張に満ちた時期にある。メンバーを再編して望んだ2002年の「Heathen Chemistry」、2005年の「Don't Believe The Truth」は、生ぬるい賛辞とともに迎えられ、どっちつかずのセールスを挙げ、新しいOASISもなんら新鮮な面はないという評価が世界に広がってい た。
しかしレコードセールスの方はプラトーを保っているままだったが、OASISのライブアクトの評判は上向きで、ストーンズのように市民権を得ている。「伝説」の域にまで達した地位、上流社会の変遷の中を生き抜く生まれながらの免疫力を、OASISは手中にしていた。
リアム・ギャラガーは高らかに言うだろう。
「OASISはこれまでよりも百万倍もベストな状態だってことはファッキン間違いねえと思う。ギグに来てくれるんなら、レコードを買わなかったことを許してやってもいいぜ」。
今回は、OASISお得意の「成功を掴みかけながらチャンスをふいにする」こともなく、順調に進んでいるようだ。
MOJOは、トロントでの襲撃事件の前からひそかにバンドに密着し、2008年北米ツアーの様子を探っていた。バンドが、日程どおりにツアーを再開すると いう公式発表が成された時(Eden Projectは残念ながら延期となった)、我々は荷造りをし、早速北のマンチェスターへと向かった。
特製の鎮痛剤で怒りを押し殺して、ダークなサイケデリアが華咲くニューアルバム「Dig Out Your Soul」の発売間近を受けて神経質になりつつ横になっているだろうノエル・ギャラガーに会うためである。
密やかに囁かれているもう一つの「Dig Out Your Soul」の存在。ギャラガー兄弟間の大喧嘩で闇に葬られたというバージョンがあるというのは本当なのだろうか?興味はますます湧くばかりだ・・・。
2008年10月11日、土曜日の午後。マンチェスターには厚い灰色の雲が覆いかぶさっていた。シェフィールド・アリーナでのギグの2日間ギグの間、OASISの面々はラウリーホテルで前の晩の疲れを癒しているのだ。
バンドやツアーに同行した仲間達がバーに集まってきたのは、午後3時30分のことだ。
最初に現れたのは、ノエルだ。暗色のジーンズに、グリーンのモッズ系ブルゾン・ジャケット。グラスに入ったミネラル・ウォーターを一口口に含んだ彼の顔色は良いとは言えず、動きもあきらかに堅い。しかし胸部の痛みにも関わらず、彼の表情は晴れやかだった。
「昨夜は、このバーに勤務弁護士が勢ぞろいさ」。
そう言って、彼は笑う。
「こう言ってくるんだ。『クビは不可避ですか?』。俺は『ああ、いつだってそうさ』。するとそいつは『再雇用はしないと?』『しない。俺がファックオフと 言ったら、そいつが二度と俺のドアの前に立つことはない』。すると『ふむ』と言うわけ。『私の売り込みはあまり上手く行ってないみたいだな』」。
テーブルの周りに押し殺した笑いが広がる。その間に、背が高くオックスフォード出のあか抜けたベーシスト、アンディ・ベル、そして禅の精神を感じさせる静 かなるキーボード奏者、ジェイ・ダーリントンが合流。ダーリントンはノエルに「シュラウド」というあだ名をつけられている。そのキリストのような髭、そし て髪の毛と髭が織り成す絶妙な外形にちなんでいるそうだ(訳注:トリノの聖骸布(Shroud of Turin)より。イエス・キリストの顔が写し出された布のことである)。
ショーの前ということで、アルコールは出てこず、「Dig Out Your Soul」の本格的ツアーに先立って行われた北米でのギグを面白おかしく話している。
ノエルは、サリヴァンによる襲撃の際の、セキュリティ・チームのだらしなさっぷりをジョークを交えて訴えた。
「セキュリティどもは、エアギターを弾くのに夢中で侵入者に気づかなかったんだ。どうしてあの男があんなことをしてきたのか、今でもわからない」。
事件の動画はYoutubeにUpされ、この時点で160万回以上再生されている。その映像では、リアムが、サリヴァンに反撃のパンチを繰り出そうとしているのがわかる。
後にリアムは「ショックだった・・・でも、これは絶対だ」と続けた。
「俺達のステージに上がりこんだやつは、それなりの反撃があると覚悟しておくんだな」。
ロンドンに戻ると、ノエルは、医者から鎮痛剤を処方され、さらに「Dig Out Your Soul」のプロモーションをするのは諦めて休養を取るように言われる。一方、リアムとアンディは、そのヨーロッパでのプロモーションへと駆り出され、つ いでに一緒にイタリアのLake Comoで、9月21日のリアムの誕生日を祝ったのだった。
ノエルの回復の手助けとなる「理学療法」を兼ねて、OASISはBlack Islandでリハーサルを開始。しかしその週の終わりに近づく頃には、ノエル以外の誰もが、彼が完全回復とは程遠いことを確信していた。
UKでの3つの日程を終えた10月16日にいたってでさえ、ノエルは、薬物療法のせいで気持ちが落ち込むことを明かしている。
「砂の上を歩いてるみたいなんだ」。
彼は、説明する。
「鎮痛剤抜きでギグをしようとしてるんだけど、そうすると肋骨の痛みが付きまとう。鎮痛剤ってのはドラッグだろう。つまり中毒性があるってことなんだよ。 先週大量に使っちまったから、もう無いとやってられない。薬を使いたくて使ってるわけじゃない。でも使うか、それともツアーをやめるかどっちかなんだ よ」。
どうしてツアーを中断しようとはしないんですか?ファンを裏切った形になるから?
「いや、それよりも・・・サラが『大丈夫?ちゃんと仕事できてるの?』と心配するからさ」。
そう言って、ノエルは笑った。
「でも俺は大丈夫。13年も失業手当てで暮らしてたんだぞ。俺はミドルクラスじゃない。座り込んで『どうして俺だけ?』なんて考えないんだ。人間は時たまキレてクレイジーな真似をするものさ。今度のもただのイカれた事件にすぎない」。
でも、完全には治っていないのにツアーを再開するなんて。
「なぜってワールドツアーが始まるまで、俺は家で音楽雑誌を読みながらこう考えていたからだ。『俺がこのファッキンゴミ野郎をぶっ潰してやる。でぶったま んこ野郎め、報いを受けろ』ってな。だから一度ツアーに出たからには、世界と対決する準備は万端なんだよ。もう始まっちまったのさ。それなら強行するのが 当然だ」。
10月7日、マンチェスター出身のボクサー、リッキー・ハットンに紹介されて、OASISはステージに登場。ショーの間もステージ脇に立ってバンドを見守 るハットンの姿と、半ば滑稽さすら感じる増員されたセキュリティたちの存在は、OASISが再びいるべき場所に戻ってきたことを実感させる。バンド周辺で は、ノエルの怪我は未だに論議の的であるが、雰囲気が変わってきたことをあなたも感じ取れるだろう。
リアムも嫌な流れを断ち切るようなコメントを残している。
「もっと悪くなる可能性だってあったんだ。あいつが俺の背中めがけてやってくることだってありえたんだからな」。
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誰の目から見ても、記憶に残る登場だった。
シェフィールド・アリーナの広々とした楽屋で、ギタリストのゲム・アーチャーは、彼が昔所属していたブリットポップ期の下っ端バンドHeavy Stereoのフロントマンだった頃を振り返っていた。
その時だ。ものすごい音と共にドアが開けられた。
そこには、頭から足の先まで黒づくめの姿にエルヴィススタイルのメタルフレームサングラスをかけたリアム・ギャラガーその人が立っている。ブリティッシュロックの象徴である彼は、今この瞬間、怒れるギャラガー家の弟と化していた。
「ノエルが『ギグが終わったらすぐにバスで出発する』だってよ!冗談だろ!」。
後ろでドアが閉まる暇も与えずに、リアムはまくし立てた。
OASISの頼もしい仲裁人であり、ポジティブ思考のゲムは、訝しげに眉を上げた。
「僕が聞いた話では・・・」。
「俺は乗らねえぞ」。
リアムが素早くゲムの言葉をさえぎる。
「俺はもう少しここに残る。ちょっと遊んでレンジ・ローバーで帰ろうぜ。送ってやるよ」。
ゲムがうなづいて同意の意を示すのを確認したリアムは、私に向かってワシのような鋭い一瞥をやると、部屋から出て行った。
「さっきの質問だけど、僕は全然フロントマンじゃなかったんだ」。にこりと笑うゲム。
「今やってきたのが、真の意味でのフロントマンさ!」。
OASISのメンバーとしての生活は、1990年代のような、コカイン浸りの無秩序な喧嘩沙汰を意味するのではない。しかし、今でもいつ爆発してもおかしくないのである。
ゲムの説明によると、「火がつくまでは『燃えやすい』程度のものなんだ。そして始まったらものすごいことになる」。
最も危うい出来事の勃発したのは、今年2月であろう。しかも深い含蓄があるエピソードだ。
アビーロードで8週間のレコーディングを終えた後に行われた、L.A.でのミキシングセッションの最中に、その騒ぎは起こった。
そう、アメリカにやってきた頃、リアムはヴォーカル入れを1曲も終わらせていなかった。
「シンガーってのはおかしなもんだぜ」と、ノエル。
「リアムが『来週の水曜日に歌う』って言うんだ。どうして来週の水曜日?なぜ今じゃいけないんだ?『心の準備が必要なんだ』。イカれてると思ったぜ。俺達 がロンドンで2ヶ月費やしていた間は4分音符1つ分も歌わずに、2週間のミキシングで全てのヴォーカルを終わらせようとしてる。頭おかしいだろ」。
ヴァレンタイン・デーが近くなった金曜日、リアムはロンドンに戻るという不可思議な行動に移る。バンドには「仕事が入ってる」と告げ、誰もその言葉に疑いを持たなかったそうだ。
「そして月曜日、マネージャーから電話をもらったんだ。『リアムと話した?』。俺は『どうした、戻ってこないのか?』『そうか、結婚しにロンドンに戻ったことは聞いてる?』」。
そこでノエルは、一旦言葉を切り、「こういうことはよくあるんだ」と、ため息をついた。
「まず、この広い宇宙を見渡してもあいつの男友達と言ったら、L.A.にしかいなかったんだよ。俺、ゲム、アンディ、スカリー(ツアーの盛り上げ役)、 ジェイソン(ギター・テクニシャン)、デイヴ・サーヴィ(プロデューサー)だ。結婚式ってのは、60年代に敬意を表してジブラルタルまで行って(1969 年、レノンとヨーコはジブラルタルで結婚式を挙げている)、男友達全員で式が台無しになるくらいバカ騒ぎするのが普通で、メリルボンの登記所にこそこそ 行って、隣のホテルでサンドウィッチを食うことじゃないはずだ」。
「俺が『リアム、どうして誰にも伝えていかないんだ?』と聞いたら、あいつは『プレスに洩れるのが嫌だったんだよ』。俺は『一体どうしてお前は、自分をヒュー・グラントだと勘違いしてるんだ?だれもお前の結婚なんて気にしちゃいねえよ』と思ったぜ」。
「Dig Out Your Soul」のインパクトは、素晴らしかった。リアムの帰郷によって、ノエルによれば「Champagne Supernovaみたいな大曲で、Are You Experiencedタイプのリズムを持ってる」1曲を含む2曲が、今回は日の目を見ることは無かった。
精彩を欠く、もしくはB面曲とも言える「(Get Off Your) High Horse Lady」と「Ain't Got Nothing」が、アルバムに入った理由がこれではっきりするだろう。
「あれには完全にブチ切れたね」。
ノエルは吐き捨てるように言った。
「あいつの結婚式に呼ばれなかったことはどうでもいい。前の結婚式(1997年のパッツィ・ケンジットとの結婚式)にも呼ばれなかったしな。でもそれでバンドの仕事に影響が及ぶとなれば、俺は頭に来るんだよ」。
巻き起こった嵐は、バンドがロンドンに戻るまでには収まっていたものの、OASISは、「Dig Out your Soul」が、当初予定していたような、自由度の高い、アビーロードの雰囲気のこもった、サイケデリックなアルバムから逸れたという苦々しい思いを噛みし めていた。
もしくは、アルバムリリース半年前になって、今の状況を変えようとあがくつもりはないという、バンドのサボタージュ的な考えも関係しているだろう。
「俺達の場合、起こったことは仕方ねえんだ」と、ノエル。
「このアルバムと共に、俺達は故郷に凱旋する」。
ギグを見ること以外に、今日のMOJOにはアポを入れた仕事が入っていた。午後7時から、リアム・ギャラガーと対談インタビューをするのである。このシンガーが今でも謎に満ちた人物であることは、疑いようがない。
10代の頃からのトラブルメーカー。
「平凡な」大人の生活を一度として送ることなく、スターに登りつめた男。
このツアーではどこの会場でも、リアムが到着するのは最後で出発するのは最初である。
「リアムは絶対にサウンドチェックをしないんだ」。
そう話すのは、ノエルだ。
「大きな戦いのために力を備えるボクサーみたいだろう」。
それにしても、バンドと一定の距離を保つリアムの姿は、興味深い。
予定時間より10分早く部屋に呼ばれたMOJOは、ドラッグまみれで我々の話をさえぎる昔の彼とは違うリアムの姿を目にする。今の彼は、こちらが堅物だと思い知らされるほどにフレンドリーで率直、そして愉快な男なのだ。
一緒にいると、あなたはすぐに気づくだろう。彼といると、様々な論議をかもしてきたOASISの不思議が深まるばかりなのである。
楽屋のソファでくつろぎながら(部屋の中は殺風景で、あるものは「リアム」と記されたアコースティック・ギターのケースと、テーブルにおかれて芳しい香り を漂わせているはちみつドリンクだけだ)、MOJOは、なぜ「Dig Out Your Soul」製作中に結婚しようと思ったのか尋ねた。
「結婚したかったんだ。それに誰にも伝えたくなかった。どこにだって洩らすやつはいるからな、誰だろうがかまわねえけど」と、答えたリアム。
「俺と二コルで決めたんだ。それだけさ。秘密裏に進めた。Our Kid(ノエル)は、そのことを受け入れるべきだよ。もし逆の立場でも俺なら腹は立たないぜ。どうせあいつの結婚式なんて行きたくねえし」。
でも、その時点でのあなたの不在は、バンドの仕事に致命的な影響を与えたのでは?
「前から決めてたことさ。ちょっと前からな。もう聞くなよ。終わったことだろ」。
OK。ツアーはどうです?これまでのところ、他のメンバーがホテルに泊まっても、あなただけ家に帰っているようですね。
「酒を飲みたくない時は、家に帰りたいんだ」と、リアム。
澄んだ青い瞳が、翳を帯びる。
「一旦飲み始めたら ---1杯ってことじゃないぜ、2杯ってことでもない、10杯でもない。1度飲み始めると、終わりさ。一晩中くだらねえ話ばかりする羽目になる」。
「俺は今度のツアーを成功させたいんだ」。
リアムは、そう続けた。
「それに一番良い方法は、ギグをしたら家に帰ることだ。一度酒を入れると、騒動に巻き込まれちまう。俺はバンドにいるのが大好きだ。それに二コルや子供達 といるのも大好きさ。でも家にいることとOASISのリアムであることを同時平行してると、ずるをしてる気がするんだ。だから全てを上手くやってくため に、俺は家の外で音楽をやるのさ」。
オフの日に、バンドメンバーと会うことはあります?
「ノエルとは会わない。アンディとはよく会うよ。俺の向かいに住んでるし、共通する友人もいるんだ。ゲムとノエルはよく一緒にいるよな。ゲムも俺の家に日曜のローストでも食べにきたらいいのに」。
これまでのところ、ギグの調子はどうですか?満足してる?
「ああ」と、リアムは笑顔を見せた。
「ファッキンロッキンだぜ。でも他の曲ももっとやりたいんだよなあ。Acquiesce、最高のライブ・チューンだろ、Rockin' ChairにListen Up・・・」。
そう言って、リアムは喉を鳴らした。
「ノエルがアコースティックツアーをやった時のこと、覚えてるかい?(ノエルとゲムは2007年、ロードムービー「Lord Don't Slow Me Down」のプロモーションとしてアコースティックツアーを行っている)。あれ、俺のアイディアなんだ!みんなが聞いたことのない曲をアコースティック バージョンにしてみろよってさ。たとえば、Married With Children、She's Electric、Rockin' Chair・・・俺とアンディは『あれ見たか?あいつとゲムがどでかいツアーをやってるぜ?』ってさ。『それで俺とアンディは、家に残って皿洗いにヘア カットか?ずるい連中だぜ!』」。
あなたは、ソロ・プロジェクトを考えたことはないの?
「ないな、興味ねえもん。俺はOASISで最高の音楽を作りたいんだ。もしみんながソロレコードを作り出したいと言い出したら、それが俺のキャリアが終わ る時だからさ、急がなきゃな。マジで意味わかんねんだよ。個人的には、このツアーが終わったらスタジオに入って、新しいレコードを作りたいんだ。前に進む のさ」。
OASISにはトラブルがついて回るようですね。2002年12月のミュンヘンの騒動ではあなたが歯を折るまでに発展しました。あの事件の真相は6年たった今でもうやむやなままなのですが・・・
「コンサートをやった後、ホテルのバーに行って飲んでたんだ」。
抑えた様子で、リアムは説明し始めた。
「ちょっと騒がしくなってきた。俺達は1階のバーで飲んでたんだ・・・俺はここに、ホワイティー(元ドラマーのアラン・ホワイト)はそこ、セキュリティの スティーブはここ、そして他のクルーも何人かそこにいた。そしたら誰かが誰かと喧嘩を始めて、次の瞬間、スティーヴが俺とホワイティをテーブルの向こう側 に移動させたんだ。グラステーブルが2階から落ちてきて、危うく俺達に当たりそうになった。そこから始まったのさ。俺は誰も殴ってない。警察にも言ったん だよ。どうやったら俺が主犯ってことになるんだ?この手を見てみろよ、殴った跡なんてないだろ。俺ははめられたんだ」。
誰に?
「さあな。俺もどうにかして聞きだそうとしたけどよ。でもマジでぞっとしたぜ。あのクソ事件、あの警察署は最悪だ、手錠されて、うつむいてさ。『メシは 食ったかい、ミスター・ギャラガー?』。メシなんていらねえ。俺の弁護士とマネージャーはどこだ?12時間経ってやっと誰かが入ってきた。『良かった、 やっと家に帰れる』と思ったら、そいつは『レコードにサインしてくれないか』っつって、Be Here NowとMorning Glory?を差し出したんだぜ!『あつかましいくそ野郎め、ここから出たらサインでも何でもしてやるさ』と思ったね」。
2005年、アラン・ホワイトが突然解雇されましたよね?あなたと彼の間で軋轢があったと書いてありましたが。
「俺もそれ読んだぜ。俺がやつをクビにしたってな。でも俺は人生で一度たりとも人をクビにしたことはない。俺のやることじゃないさ。ホワイティとノエルだ。あいつに聞いてみろよ」。
あなたとノエルの関係はどう?2人は分身のようですよね。ブルース・ウェインとバットマンというか。
すると、リアムは笑顔になった。
「そのたとえ良いね・・・(少し口をつぐんで)ノエルは認めたがらねえだろうが、ノエルも俺と同じくらいのまんこ野郎だ。でもあいつは不細工なまんこ野郎 で、俺はハンサムなまんこ野郎ってことだ。そこが違うんのさ。他の連中が一緒なら、俺達だって楽しく過ごすことはできる、そういうこと。でも2人きりだ と、妙な空気になるんだよな。(カウチの端に座って、相手を用心しながらうなずく素振りをする)。あいつにはあいつのダチがいるし、俺もそうなんだよ」。
ステージ上では、今でも怒りや攻撃的な感情といったものがわいてくるのでしょうか?
「ああ、俺はいつでもムカついてるぜ!年を取れば取るほどますます怒りがわいてくるんだ。でもそういう時こそ最高のパフォーマンスができるんだよな。目の 前には、物を投げてきやがるまんこどもが山ほどいる、そしたらこういう気分にもなるさ(「マスかき野郎」のジェスチャーをする)。ああいうのを見てると興 奮して来る」。
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午後9時、Fuckin' In The Bushesが会場一杯に鳴り渡り、1万3千人の鳥肌が立つような歓声が待つステージ上へと踏み出す。ギグの調子の波が激しいことで知られる彼ら。気分の 乗らないショーをくぐりぬけた後は、次に素晴らしいものを見せてくれることをただ切望するしかないのだ。
今夜、ザック・スターキーに代わって加入した新しいドラマー、クリス・シャーロックが刻む切れの良いリズムに後押しされるように、バンドとしての義務感を奮い起こし、ギグに望んだ。
20曲、2時間のセットは、「Definitely Maybe」や「Morning Glory?」(「Champagne Supernova」やアコースティックの「Wonderwall」、「Slide Away」など)から9曲ものお馴染みの曲で、観客は合唱し、「Don't Believe The Truth」からの「Lyla」や「The Importance Of Being Idle」に、「Dig Out Your Soul」からの6曲も加わる。ツアーが進行するにつれ、これらの新曲はファンの心をわしつかみにし、10代から40代まで幅広い年代に受け入れられる凶 暴な楽曲へと進化していく。
今夜、一番最高潮だったのはリアムだろう。黒尽くめにドットのスカーフと危険な雰囲気をまとい、彼はマイクに向かって怒りを、そして歌詞の終わる前に吐き 捨てるように言葉をぶつけ、ステージ脇に待機するスタッフに向かって、イヤフォンの音を直すようにいらだった様子で終始ジェスチャーを出していた。ラスト の「I Am The Walrus」が、めまいを誘発するようなノイズの中に姿を消す頃、両腕を背中に回して仁王立ちをした彼は、1万3千人の目を釘付けにしたのだった。