標準OASIS学

UKロックバンド、OASISのブログです

ゲム

OASIS - MOJO - January 2009 pt1

肉体はボロボロ
心はズタズタ
群がってくるのは「ろくでもない連中」。

ミステリアスな意味を秘めたアルバムを携えて、OASISが背水の陣でUKツアーを始める。

しかしインタビュアーのパット・ギルバートによれば、彼らは戦闘意欲を失っていないようだ。

「かかってこいよ、間抜けども!」。

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2008年9月7日の朝、今回から始まったツアーのブログを書こうと、トロントにあるホテルの部屋に落ち着いていたノエル・ギャラガーの心の中は嫌な予感で満たされていた。

「うーん、今夜フェスがある」と、不安気な言葉で始めた。

「嫌な予感がする」。

Vフェスが行われる会場まで、ボートで向かうということで、海上で起こりうるアクシデントについても事前に説明を受けていたノエルだが、わだかまりの正体が明らかになったのは、Island Parkを囲む冷たい海域の上ではなかった。

その夜、OASISのセットリストの途中で、後に47歳、3児の父親であるダニエル・サリヴァンと判明する1人の男が、背後からノエルに走り寄って突き飛ばし、ノエルは3本の肋骨を折ったのだ。

同じくフェスに参加していたポール・ウェラーによると、サリヴァンはある言葉を叫びながら連行されていったという。

「これで終わりと思うなよ、ギャラガー!」。

事件直後、さらに3人のカナダ人がセキュリティを潜り抜けて、OASISの楽屋に突入しようとしている。

OASISが、攻撃されていた。

「何か良くないことが起こると感じてたんだ」。

ノエルは、そう話した。

「みんなは『最高の夜になるぞ』と言っていたが、俺のスパイダーセンスが反応したのさ。そういうくだらねえ能力は信じちゃいないんだが、でも実際に現実になった時にはこう思ったよ。俺は予言してたぞ、ってね」。

ノエルの怪我により、待ち望まれていたニューヨークでのショーをキャンセルすることになり、さらに10月から始まるUKツアーの日程までも脅かすことになった。

バンドは危機に立たされたのだ。

2000年2月に「扱いにくい」4thアルバム「Standing On The Shoulder Of Giants」gが発売されて以来、OASISはその音楽性において実に緊張に満ちた時期にある。メンバーを再編して望んだ2002年の「Heathen Chemistry」、2005年の「Don't Believe The Truth」は、生ぬるい賛辞とともに迎えられ、どっちつかずのセールスを挙げ、新しいOASISもなんら新鮮な面はないという評価が世界に広がってい た。

しかしレコードセールスの方はプラトーを保っているままだったが、OASISのライブアクトの評判は上向きで、ストーンズのように市民権を得ている。「伝説」の域にまで達した地位、上流社会の変遷の中を生き抜く生まれながらの免疫力を、OASISは手中にしていた。

リアム・ギャラガーは高らかに言うだろう。

「OASISはこれまでよりも百万倍もベストな状態だってことはファッキン間違いねえと思う。ギグに来てくれるんなら、レコードを買わなかったことを許してやってもいいぜ」。

今回は、OASISお得意の「成功を掴みかけながらチャンスをふいにする」こともなく、順調に進んでいるようだ。

MOJOは、トロントでの襲撃事件の前からひそかにバンドに密着し、2008年北米ツアーの様子を探っていた。バンドが、日程どおりにツアーを再開すると いう公式発表が成された時(Eden Projectは残念ながら延期となった)、我々は荷造りをし、早速北のマンチェスターへと向かった。
特製の鎮痛剤で怒りを押し殺して、ダークなサイケデリアが華咲くニューアルバム「Dig Out Your Soul」の発売間近を受けて神経質になりつつ横になっているだろうノエル・ギャラガーに会うためである。

密やかに囁かれているもう一つの「Dig Out Your Soul」の存在。ギャラガー兄弟間の大喧嘩で闇に葬られたというバージョンがあるというのは本当なのだろうか?興味はますます湧くばかりだ・・・。

2008年10月11日、土曜日の午後。マンチェスターには厚い灰色の雲が覆いかぶさっていた。シェフィールド・アリーナでのギグの2日間ギグの間、OASISの面々はラウリーホテルで前の晩の疲れを癒しているのだ。

バンドやツアーに同行した仲間達がバーに集まってきたのは、午後3時30分のことだ。

最初に現れたのは、ノエルだ。暗色のジーンズに、グリーンのモッズ系ブルゾン・ジャケット。グラスに入ったミネラル・ウォーターを一口口に含んだ彼の顔色は良いとは言えず、動きもあきらかに堅い。しかし胸部の痛みにも関わらず、彼の表情は晴れやかだった。

「昨夜は、このバーに勤務弁護士が勢ぞろいさ」。

そう言って、彼は笑う。

「こう言ってくるんだ。『クビは不可避ですか?』。俺は『ああ、いつだってそうさ』。するとそいつは『再雇用はしないと?』『しない。俺がファックオフと 言ったら、そいつが二度と俺のドアの前に立つことはない』。すると『ふむ』と言うわけ。『私の売り込みはあまり上手く行ってないみたいだな』」。

テーブルの周りに押し殺した笑いが広がる。その間に、背が高くオックスフォード出のあか抜けたベーシスト、アンディ・ベル、そして禅の精神を感じさせる静 かなるキーボード奏者、ジェイ・ダーリントンが合流。ダーリントンはノエルに「シュラウド」というあだ名をつけられている。そのキリストのような髭、そし て髪の毛と髭が織り成す絶妙な外形にちなんでいるそうだ(訳注:トリノの聖骸布(Shroud of Turin)より。イエス・キリストの顔が写し出された布のことである)。

ショーの前ということで、アルコールは出てこず、「Dig Out Your Soul」の本格的ツアーに先立って行われた北米でのギグを面白おかしく話している。

ノエルは、サリヴァンによる襲撃の際の、セキュリティ・チームのだらしなさっぷりをジョークを交えて訴えた。

「セキュリティどもは、エアギターを弾くのに夢中で侵入者に気づかなかったんだ。どうしてあの男があんなことをしてきたのか、今でもわからない」。

事件の動画はYoutubeにUpされ、この時点で160万回以上再生されている。その映像では、リアムが、サリヴァンに反撃のパンチを繰り出そうとしているのがわかる。

後にリアムは「ショックだった・・・でも、これは絶対だ」と続けた。

「俺達のステージに上がりこんだやつは、それなりの反撃があると覚悟しておくんだな」。

ロンドンに戻ると、ノエルは、医者から鎮痛剤を処方され、さらに「Dig Out Your Soul」のプロモーションをするのは諦めて休養を取るように言われる。一方、リアムとアンディは、そのヨーロッパでのプロモーションへと駆り出され、つ いでに一緒にイタリアのLake Comoで、9月21日のリアムの誕生日を祝ったのだった。

ノエルの回復の手助けとなる「理学療法」を兼ねて、OASISはBlack Islandでリハーサルを開始。しかしその週の終わりに近づく頃には、ノエル以外の誰もが、彼が完全回復とは程遠いことを確信していた。

UKでの3つの日程を終えた10月16日にいたってでさえ、ノエルは、薬物療法のせいで気持ちが落ち込むことを明かしている。

「砂の上を歩いてるみたいなんだ」。

彼は、説明する。

「鎮痛剤抜きでギグをしようとしてるんだけど、そうすると肋骨の痛みが付きまとう。鎮痛剤ってのはドラッグだろう。つまり中毒性があるってことなんだよ。 先週大量に使っちまったから、もう無いとやってられない。薬を使いたくて使ってるわけじゃない。でも使うか、それともツアーをやめるかどっちかなんだ よ」。

どうしてツアーを中断しようとはしないんですか?ファンを裏切った形になるから?

「いや、それよりも・・・サラが『大丈夫?ちゃんと仕事できてるの?』と心配するからさ」。

そう言って、ノエルは笑った。

「でも俺は大丈夫。13年も失業手当てで暮らしてたんだぞ。俺はミドルクラスじゃない。座り込んで『どうして俺だけ?』なんて考えないんだ。人間は時たまキレてクレイジーな真似をするものさ。今度のもただのイカれた事件にすぎない」。

でも、完全には治っていないのにツアーを再開するなんて。

「なぜってワールドツアーが始まるまで、俺は家で音楽雑誌を読みながらこう考えていたからだ。『俺がこのファッキンゴミ野郎をぶっ潰してやる。でぶったま んこ野郎め、報いを受けろ』ってな。だから一度ツアーに出たからには、世界と対決する準備は万端なんだよ。もう始まっちまったのさ。それなら強行するのが 当然だ」。

10月7日、マンチェスター出身のボクサー、リッキー・ハットンに紹介されて、OASISはステージに登場。ショーの間もステージ脇に立ってバンドを見守 るハットンの姿と、半ば滑稽さすら感じる増員されたセキュリティたちの存在は、OASISが再びいるべき場所に戻ってきたことを実感させる。バンド周辺で は、ノエルの怪我は未だに論議の的であるが、雰囲気が変わってきたことをあなたも感じ取れるだろう。

リアムも嫌な流れを断ち切るようなコメントを残している。

「もっと悪くなる可能性だってあったんだ。あいつが俺の背中めがけてやってくることだってありえたんだからな」。

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誰の目から見ても、記憶に残る登場だった。

シェフィールド・アリーナの広々とした楽屋で、ギタリストのゲム・アーチャーは、彼が昔所属していたブリットポップ期の下っ端バンドHeavy Stereoのフロントマンだった頃を振り返っていた。

その時だ。ものすごい音と共にドアが開けられた。

そこには、頭から足の先まで黒づくめの姿にエルヴィススタイルのメタルフレームサングラスをかけたリアム・ギャラガーその人が立っている。ブリティッシュロックの象徴である彼は、今この瞬間、怒れるギャラガー家の弟と化していた。

「ノエルが『ギグが終わったらすぐにバスで出発する』だってよ!冗談だろ!」。

後ろでドアが閉まる暇も与えずに、リアムはまくし立てた。

OASISの頼もしい仲裁人であり、ポジティブ思考のゲムは、訝しげに眉を上げた。

「僕が聞いた話では・・・」。

「俺は乗らねえぞ」。

リアムが素早くゲムの言葉をさえぎる。

「俺はもう少しここに残る。ちょっと遊んでレンジ・ローバーで帰ろうぜ。送ってやるよ」。

ゲムがうなづいて同意の意を示すのを確認したリアムは、私に向かってワシのような鋭い一瞥をやると、部屋から出て行った。

「さっきの質問だけど、僕は全然フロントマンじゃなかったんだ」。にこりと笑うゲム。

「今やってきたのが、真の意味でのフロントマンさ!」。

OASISのメンバーとしての生活は、1990年代のような、コカイン浸りの無秩序な喧嘩沙汰を意味するのではない。しかし、今でもいつ爆発してもおかしくないのである。

ゲムの説明によると、「火がつくまでは『燃えやすい』程度のものなんだ。そして始まったらものすごいことになる」。

最も危うい出来事の勃発したのは、今年2月であろう。しかも深い含蓄があるエピソードだ。

アビーロードで8週間のレコーディングを終えた後に行われた、L.A.でのミキシングセッションの最中に、その騒ぎは起こった。

そう、アメリカにやってきた頃、リアムはヴォーカル入れを1曲も終わらせていなかった。

「シンガーってのはおかしなもんだぜ」と、ノエル。

「リアムが『来週の水曜日に歌う』って言うんだ。どうして来週の水曜日?なぜ今じゃいけないんだ?『心の準備が必要なんだ』。イカれてると思ったぜ。俺達 がロンドンで2ヶ月費やしていた間は4分音符1つ分も歌わずに、2週間のミキシングで全てのヴォーカルを終わらせようとしてる。頭おかしいだろ」。

ヴァレンタイン・デーが近くなった金曜日、リアムはロンドンに戻るという不可思議な行動に移る。バンドには「仕事が入ってる」と告げ、誰もその言葉に疑いを持たなかったそうだ。

「そして月曜日、マネージャーから電話をもらったんだ。『リアムと話した?』。俺は『どうした、戻ってこないのか?』『そうか、結婚しにロンドンに戻ったことは聞いてる?』」。

そこでノエルは、一旦言葉を切り、「こういうことはよくあるんだ」と、ため息をついた。

「まず、この広い宇宙を見渡してもあいつの男友達と言ったら、L.A.にしかいなかったんだよ。俺、ゲム、アンディ、スカリー(ツアーの盛り上げ役)、 ジェイソン(ギター・テクニシャン)、デイヴ・サーヴィ(プロデューサー)だ。結婚式ってのは、60年代に敬意を表してジブラルタルまで行って(1969 年、レノンとヨーコはジブラルタルで結婚式を挙げている)、男友達全員で式が台無しになるくらいバカ騒ぎするのが普通で、メリルボンの登記所にこそこそ 行って、隣のホテルでサンドウィッチを食うことじゃないはずだ」。

「俺が『リアム、どうして誰にも伝えていかないんだ?』と聞いたら、あいつは『プレスに洩れるのが嫌だったんだよ』。俺は『一体どうしてお前は、自分をヒュー・グラントだと勘違いしてるんだ?だれもお前の結婚なんて気にしちゃいねえよ』と思ったぜ」。

「Dig Out Your Soul」のインパクトは、素晴らしかった。リアムの帰郷によって、ノエルによれば「Champagne Supernovaみたいな大曲で、Are You Experiencedタイプのリズムを持ってる」1曲を含む2曲が、今回は日の目を見ることは無かった。

精彩を欠く、もしくはB面曲とも言える「(Get Off Your) High Horse Lady」と「Ain't Got Nothing」が、アルバムに入った理由がこれではっきりするだろう。

「あれには完全にブチ切れたね」。

ノエルは吐き捨てるように言った。

「あいつの結婚式に呼ばれなかったことはどうでもいい。前の結婚式(1997年のパッツィ・ケンジットとの結婚式)にも呼ばれなかったしな。でもそれでバンドの仕事に影響が及ぶとなれば、俺は頭に来るんだよ」。

巻き起こった嵐は、バンドがロンドンに戻るまでには収まっていたものの、OASISは、「Dig Out your Soul」が、当初予定していたような、自由度の高い、アビーロードの雰囲気のこもった、サイケデリックなアルバムから逸れたという苦々しい思いを噛みし めていた。

もしくは、アルバムリリース半年前になって、今の状況を変えようとあがくつもりはないという、バンドのサボタージュ的な考えも関係しているだろう。

「俺達の場合、起こったことは仕方ねえんだ」と、ノエル。

「このアルバムと共に、俺達は故郷に凱旋する」。


ギグを見ること以外に、今日のMOJOにはアポを入れた仕事が入っていた。午後7時から、リアム・ギャラガーと対談インタビューをするのである。このシンガーが今でも謎に満ちた人物であることは、疑いようがない。

10代の頃からのトラブルメーカー。
「平凡な」大人の生活を一度として送ることなく、スターに登りつめた男。

このツアーではどこの会場でも、リアムが到着するのは最後で出発するのは最初である。

「リアムは絶対にサウンドチェックをしないんだ」。

そう話すのは、ノエルだ。

「大きな戦いのために力を備えるボクサーみたいだろう」。

それにしても、バンドと一定の距離を保つリアムの姿は、興味深い。

予定時間より10分早く部屋に呼ばれたMOJOは、ドラッグまみれで我々の話をさえぎる昔の彼とは違うリアムの姿を目にする。今の彼は、こちらが堅物だと思い知らされるほどにフレンドリーで率直、そして愉快な男なのだ。

一緒にいると、あなたはすぐに気づくだろう。彼といると、様々な論議をかもしてきたOASISの不思議が深まるばかりなのである。

楽屋のソファでくつろぎながら(部屋の中は殺風景で、あるものは「リアム」と記されたアコースティック・ギターのケースと、テーブルにおかれて芳しい香り を漂わせているはちみつドリンクだけだ)、MOJOは、なぜ「Dig Out Your Soul」製作中に結婚しようと思ったのか尋ねた。

「結婚したかったんだ。それに誰にも伝えたくなかった。どこにだって洩らすやつはいるからな、誰だろうがかまわねえけど」と、答えたリアム。

「俺と二コルで決めたんだ。それだけさ。秘密裏に進めた。Our Kid(ノエル)は、そのことを受け入れるべきだよ。もし逆の立場でも俺なら腹は立たないぜ。どうせあいつの結婚式なんて行きたくねえし」。

でも、その時点でのあなたの不在は、バンドの仕事に致命的な影響を与えたのでは?

「前から決めてたことさ。ちょっと前からな。もう聞くなよ。終わったことだろ」。

OK。ツアーはどうです?これまでのところ、他のメンバーがホテルに泊まっても、あなただけ家に帰っているようですね。

「酒を飲みたくない時は、家に帰りたいんだ」と、リアム。

澄んだ青い瞳が、翳を帯びる。

「一旦飲み始めたら ---1杯ってことじゃないぜ、2杯ってことでもない、10杯でもない。1度飲み始めると、終わりさ。一晩中くだらねえ話ばかりする羽目になる」。

「俺は今度のツアーを成功させたいんだ」。

リアムは、そう続けた。

「それに一番良い方法は、ギグをしたら家に帰ることだ。一度酒を入れると、騒動に巻き込まれちまう。俺はバンドにいるのが大好きだ。それに二コルや子供達 といるのも大好きさ。でも家にいることとOASISのリアムであることを同時平行してると、ずるをしてる気がするんだ。だから全てを上手くやってくため に、俺は家の外で音楽をやるのさ」。

オフの日に、バンドメンバーと会うことはあります?

「ノエルとは会わない。アンディとはよく会うよ。俺の向かいに住んでるし、共通する友人もいるんだ。ゲムとノエルはよく一緒にいるよな。ゲムも俺の家に日曜のローストでも食べにきたらいいのに」。

これまでのところ、ギグの調子はどうですか?満足してる?

「ああ」と、リアムは笑顔を見せた。

「ファッキンロッキンだぜ。でも他の曲ももっとやりたいんだよなあ。Acquiesce、最高のライブ・チューンだろ、Rockin' ChairにListen Up・・・」。

そう言って、リアムは喉を鳴らした。

「ノエルがアコースティックツアーをやった時のこと、覚えてるかい?(ノエルとゲムは2007年、ロードムービー「Lord Don't Slow Me Down」のプロモーションとしてアコースティックツアーを行っている)。あれ、俺のアイディアなんだ!みんなが聞いたことのない曲をアコースティック バージョンにしてみろよってさ。たとえば、Married With Children、She's Electric、Rockin' Chair・・・俺とアンディは『あれ見たか?あいつとゲムがどでかいツアーをやってるぜ?』ってさ。『それで俺とアンディは、家に残って皿洗いにヘア カットか?ずるい連中だぜ!』」。

あなたは、ソロ・プロジェクトを考えたことはないの?

「ないな、興味ねえもん。俺はOASISで最高の音楽を作りたいんだ。もしみんながソロレコードを作り出したいと言い出したら、それが俺のキャリアが終わ る時だからさ、急がなきゃな。マジで意味わかんねんだよ。個人的には、このツアーが終わったらスタジオに入って、新しいレコードを作りたいんだ。前に進む のさ」。

OASISにはトラブルがついて回るようですね。2002年12月のミュンヘンの騒動ではあなたが歯を折るまでに発展しました。あの事件の真相は6年たった今でもうやむやなままなのですが・・・

「コンサートをやった後、ホテルのバーに行って飲んでたんだ」。

抑えた様子で、リアムは説明し始めた。

「ちょっと騒がしくなってきた。俺達は1階のバーで飲んでたんだ・・・俺はここに、ホワイティー(元ドラマーのアラン・ホワイト)はそこ、セキュリティの スティーブはここ、そして他のクルーも何人かそこにいた。そしたら誰かが誰かと喧嘩を始めて、次の瞬間、スティーヴが俺とホワイティをテーブルの向こう側 に移動させたんだ。グラステーブルが2階から落ちてきて、危うく俺達に当たりそうになった。そこから始まったのさ。俺は誰も殴ってない。警察にも言ったん だよ。どうやったら俺が主犯ってことになるんだ?この手を見てみろよ、殴った跡なんてないだろ。俺ははめられたんだ」。

誰に?

「さあな。俺もどうにかして聞きだそうとしたけどよ。でもマジでぞっとしたぜ。あのクソ事件、あの警察署は最悪だ、手錠されて、うつむいてさ。『メシは 食ったかい、ミスター・ギャラガー?』。メシなんていらねえ。俺の弁護士とマネージャーはどこだ?12時間経ってやっと誰かが入ってきた。『良かった、 やっと家に帰れる』と思ったら、そいつは『レコードにサインしてくれないか』っつって、Be Here NowとMorning Glory?を差し出したんだぜ!『あつかましいくそ野郎め、ここから出たらサインでも何でもしてやるさ』と思ったね」。

2005年、アラン・ホワイトが突然解雇されましたよね?あなたと彼の間で軋轢があったと書いてありましたが。

「俺もそれ読んだぜ。俺がやつをクビにしたってな。でも俺は人生で一度たりとも人をクビにしたことはない。俺のやることじゃないさ。ホワイティとノエルだ。あいつに聞いてみろよ」。

あなたとノエルの関係はどう?2人は分身のようですよね。ブルース・ウェインとバットマンというか。

すると、リアムは笑顔になった。

「そのたとえ良いね・・・(少し口をつぐんで)ノエルは認めたがらねえだろうが、ノエルも俺と同じくらいのまんこ野郎だ。でもあいつは不細工なまんこ野郎 で、俺はハンサムなまんこ野郎ってことだ。そこが違うんのさ。他の連中が一緒なら、俺達だって楽しく過ごすことはできる、そういうこと。でも2人きりだ と、妙な空気になるんだよな。(カウチの端に座って、相手を用心しながらうなずく素振りをする)。あいつにはあいつのダチがいるし、俺もそうなんだよ」。

ステージ上では、今でも怒りや攻撃的な感情といったものがわいてくるのでしょうか?

「ああ、俺はいつでもムカついてるぜ!年を取れば取るほどますます怒りがわいてくるんだ。でもそういう時こそ最高のパフォーマンスができるんだよな。目の 前には、物を投げてきやがるまんこどもが山ほどいる、そしたらこういう気分にもなるさ(「マスかき野郎」のジェスチャーをする)。ああいうのを見てると興 奮して来る」。

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午後9時、Fuckin' In The Bushesが会場一杯に鳴り渡り、1万3千人の鳥肌が立つような歓声が待つステージ上へと踏み出す。ギグの調子の波が激しいことで知られる彼ら。気分の 乗らないショーをくぐりぬけた後は、次に素晴らしいものを見せてくれることをただ切望するしかないのだ。

今夜、ザック・スターキーに代わって加入した新しいドラマー、クリス・シャーロックが刻む切れの良いリズムに後押しされるように、バンドとしての義務感を奮い起こし、ギグに望んだ。

20曲、2時間のセットは、「Definitely Maybe」や「Morning Glory?」(「Champagne Supernova」やアコースティックの「Wonderwall」、「Slide Away」など)から9曲ものお馴染みの曲で、観客は合唱し、「Don't Believe The Truth」からの「Lyla」や「The Importance Of Being Idle」に、「Dig Out Your Soul」からの6曲も加わる。ツアーが進行するにつれ、これらの新曲はファンの心をわしつかみにし、10代から40代まで幅広い年代に受け入れられる凶 暴な楽曲へと進化していく。

今夜、一番最高潮だったのはリアムだろう。黒尽くめにドットのスカーフと危険な雰囲気をまとい、彼はマイクに向かって怒りを、そして歌詞の終わる前に吐き 捨てるように言葉をぶつけ、ステージ脇に待機するスタッフに向かって、イヤフォンの音を直すようにいらだった様子で終始ジェスチャーを出していた。ラスト の「I Am The Walrus」が、めまいを誘発するようなノイズの中に姿を消す頃、両腕を背中に回して仁王立ちをした彼は、1万3千人の目を釘付けにしたのだった。

OASIS - MOJO - January 2009 pt2

ショーの後、バックステージの待合室は、50人近くのゲストやバンドの仲間達で賑わい、そこには今夜のギグはこれまでで最高だったと興奮して話すゲムとア ンディもいる。隅では、シャーロックが、サポートバンドTwisted Wheelのドラマーと、ポール・クックとミッチ・ミッチェルの素晴らしさを語り合っている。赤ワインとベックスが振舞われる。この場に、誰もCDプレイ ヤーを持ち込むことを思いつかなかったことも驚きだ。

バンドも宿泊しているマンチェスターのホテルに、我々が戻ってきた頃には午前2時を過ぎており、バンド---リアム以外---もその30分後に到着した。 USチャートで「Dig Out Your Soul」が5位を獲得したことをちょうど耳に入れた彼ら。グラスが掲げられ、(優しく)背中を叩きあって健闘を称えたものの、さらにシャンパンのボトル が開けられことはなかった。


バンドは特に大きな反応を見せなかったものの、OASISがアメリカで、ブリットポップ時代以来の人気を取り戻したことは驚きに値することだ。 「OASISはアメリカで成功しない」という表現は、ある意味伝説と化していた。1995年の「(What's The Sroty) Morning Glory?」で4位、1997年の「Be Here Now」で2位、しかしその後のアルバムの売り上げが2,30万枚を超えることはなく、もちろんビルボートチャートTop10に現れることもなかった。ア メリカにおけるU2とColdplayの主導権は安定しているように見える。OASISは彼らの支配権に一役買っている感情に訴えかけるような、そして政 治に絡んだ発言をするのが得意ではないのだ。


「俺達が特別なところは」。ノエルは、そう説明する。

「正統なロックンロール一つで、みんなの鬱憤を晴らしてやるというサービスを提供していることだな。80年代から続く「良心的」活動はしないんだ。違う くくられ方をされちまうような活動、例えばLive 8ととかね。クリス・マーティンは俺の友人だし、やつやアニー・レノックス、ボブ・ゲルドフがそういう活動に熱心なのは知ってる。でも俺は正直だから言わ せてもらうが、そんなの知るかって感じだぜ、マジで。世界のある地域ではチンチラが繁殖しすぎて、またある地域ではヘビが絶滅の危機でと言われても、俺か らすれば『そりゃあ良かった---じゃ、もう家に帰ってBuzzcocks聴いてもいいか?』って感じさ」。

では、OASISがもっと興味を示すような話題へと移ろう。音楽だ。ケヴィン・エアーズからサード・バルド、ファット・マットレスのようなあらゆるミュージシャンの隠れた名曲について話に出ることになるのだろう。

MOJOは、あるギグのことを持ち出すことにした。2001年4月、ロンドンのアストリアにて、スティーブ・マリオットを偲んで行われたギグである。そこ で、ノエルとゲム、ポール・ウェラー、スモール・フェイシズのオリジナルメンバーであるイアン・マクラガンとケニー・ジョーンズが一夜限りのタッグを組ん だのである。

バーミンガムシャーにある、ノエルが所有していたウィーラー・エンドスタジオで行われたリハーサルは、ウェラーがパブへ3時間消えるというハプニングと共に始まった。

「戻ってきたウェラーは」と、その日のことを思い出して語るノエル。

「ギターのプラグを入れて、こう言ったんだ。(ウェラーのぶっきらぼうなアクセントを真似て)『さあ始めようぜ、くそったれ!』。そして部屋中を飛び回り ギターを弾き鳴らしマイクに向かって叫び始めたのさ。最初の曲が終わる頃には、部屋のカーペットが全部やつの足元まで丸まってたぜ。俺達全員惨めに立ち尽 くしたままでさ、そこにウェラーが振り返って言うわけ。『お前ら一体どこにいたんだよ?!』」。

「コードがBなのかBマイナーなのかで、ウェラーともめたんだ」と、ゲムが話をつなぐ。

「だったな。いかにも仕事一筋な男がやりそうなことだぜ」と、ノエルが付け加える。

「結局ウェラーが負けた。すると彼はズボンのポケットを探し始めて(ジーンズのポケットを探す素振りをする)、そしてくしゃくしゃになった古びた5ポンド札をゲムに渡したんだ・・・」。

日曜日の午前4時になる。そろそろ打ち切りにするべきだ。睡眠をとって、バーミンガム、ウェンブリーのギグに力を備えるとしよう。そして2009年夏に UKで行われる8つのスタジアムツアーも。完売すれば、OASISは、これまでどおり最高のバンドであることを証明してくれるだろう。

「俺達が、Definitely MaybeやMorning Gloryほどの大作を作ることは二度とないだろう」。

そう、予測したノエル。

「でも、そんなこと俺だけじゃなく誰にだってできることじゃない。教えてくれよ、3年間で2500万枚のアルバムを売り上げ、歴史を作り上げたイギリスの バンドなんているか?一つもないだろ?でもみんなは俺達のことを今でも待っていてくれるんだ。OASISは今も最高のバンドなんだよ」。


最近のツアーでは、「Rock N Roll Star」の歌詞の中に、その都市の名前を組み込むことがリアムの日課となってきた。

「俺は、リバプールのロックンロールスター!」、もしくは「シェフィールドの・・・」と。

今夜、しかし、彼は違う。なぜなら我々は、ボーンマスのおよそロックンロールらしからぬシーサイドリゾートへとやってきているのだ。BIC Arenaは今回のツアーで最も小さな会場で、収容人数はたったの3500人である。

会場ではOASIS---もちろん、リアム以外---が、サウンドチェックをしている。バンドはとても良い雰囲気だ。「Dig Out Your Soul」からの新曲「Bag It Up」、セットリストに加わる可能性のある曲だ。それのみならず、The Whoの「My Generation」、「The Kids Are Alright」に「Won't Get Fooled Again」。そしてPink Floydの「Shine On You Crazy Diamond」に、ビートルズの「Come Together」まで堪能することができた。

「完璧に演奏することができないビートルズの曲がいかに多いことか。驚きだよ」。

ノエルは、楽屋に戻りながら話す。

「ゲムは全曲マスターしたと言ってるが、俺はそこまで言い切ることはできない。最初の2verseとChorusくらいならたいてい大丈夫だけど、山に差し掛かると演奏を止めて、みんなでどう演奏を続けるか大議論になるのさ」。

話をするのにちょうど良い感じのちいさな部屋を見つけた私とノエルは、そこでテープを回すことにした。ツアーが始まって2週間、ノエルの体調は日に増して 改善し、彼を気にして蒼白気味だった関係者の顔色も、輝くような薔薇色となり、ノエルの動きもぎごちなさが抜けてきていた。ツアー前に漂っていた不安感 も、ニューアルバムがUKで1位を獲得、USでもTop10入りを果たし、さらにウェンブリー・スタジアムを始めとする来年夏の大規模ツアーチケットの売 り上げも、日程を追加するほどに上々ということで、すっかり消え失せていた。

チケット販売開始初日の午後3時までに、30万枚以上のチケットが6時間で完売。これは1996年ネブワース2日間ギグに人数と比べても5万人増しである。

やはり「チーフ」と呼ばれる男でも、これには驚いただろうか。

「YesともNoとも言えるね」。

ノエルは1日3本と決めている煙草の煙を吐き出しなら答えた。

「俺達と他のバンドの違うところは、『大勢』を相手にしてるところだ、リバティーンズのやり方はしないってことさ。ファンを俺の家に呼んで、部屋の中でギ グを見学なんて、ごめんだね。OASISは、他の何千人かのファン達と一緒に見るのがベストなんだよ。スタジアム・ギグなんて、みんなで集まって体験を共 有するのにちょうどいいじゃないか」。

シェフィールドで、リアムはバスの件でだいぶ頭に来ていたようですが、ゲムとアンディは、あなた達2人の仲介役になるの?

「いや、それはマネージャーの役割さ。マーカス・ラッセルが俺を呼んでこう言うわけ。『Electric Promsについてどう思う?彼らの方は、コラボレーションをするという考えを出してきてるんだが』。そしたら俺は『コーラスはどうだ?でもまずはリアム に話を通した方がいいな。きっとあいつは『コーラス?そんなクソみてえなもん俺はいらねえ』って言ってくるから」ってな。おかしなことに、俺達は、音楽的 な意見の食い違いとやらは一度もやったことがないんだよ。いつもくだらねえことからいがみ合いに発展しちまうんだ」。

バンドの大事な方針は、あなたとリアム2人で決めるということ?

「たいていは、リアムが俺に全部任せてくれるんだよ。それで俺が下した決断が台無しになった時が、あいつの人生最上の日ってわけさ!マーカスを電話で起こ してこう言うのが楽しみでしょうがないわけだ。『ノエルが一体何をしでかしたか教えてやろうか・・・』『うーん、ちょっと待てよ、スリッパを履かせてく れ。何があったんだ?何だって!?』。それでマーカスはそのまま俺に電話してくる。俺は『ああそうだ、ミスター・ブロフェルド(訳注:007シリーズで、 ジェームス・ボンド最大の敵)、お前の電話を待っていた(笑う)。さっさとベッドに戻って俺のことは放っておいてくれ』」。

先週は、何年かぶりにマンチェスターに戻りましたね。昔からの友人たちは有名なロックスターであるあなたのことをどう思ってるの?

「何人かはヘロインが原因で死んじまってるんだ、悲惨な死に方をしたやつもいる。でも楽屋には5,6人やってきたよ。『おい、ただで飲めるぞ!』ってさ。 最高の友達だし、俺達のことを誇りに思ってくれてる。連中の興味のあることはこれだけさ。『今も楽しんでるか?そうか?そりゃあ良かった!』。俺は今でも 道端にいるホームレス達と顔見知りなんだ。こう言ってくるんだよ。『20年ぶりだなあ。今何やってんだ?』『HMVに、50フィートの俺の写真が飾ってあ るぜ』『あれお前なのか?何てこった!』」。

「Dig Out Your Soul」に対するいい加減なレビューに、悩まされたりはしませんか?

「リアムは気にするけどな。でも俺はしない。あの曲のパクリだこの曲のパクリだだからこのアルバムは最低だとぼこぼこに非難されようが、このアルバムはホワイト・アルバムと肩を並べる出来だから自己満足に浸るべきだと言われようが、俺にとってはどうでもいいのさ」。

「いいか」。

彼は、ため息をついた。

「ジャズやチャイニーズ・オペラに転向することは俺にはできないんだ。音楽の高等教育は受けたことがないし、ティンバレスやグロッケンシュピールの弾き方 も知らない。俺は独学でギターを学んでそれで出てきたのがこの音楽なんだ。最高やら最低やら言おうが俺を納得させることなんてできないぜ。全く気にしちゃ いねえんだから」。

ドラッグやグルーピー抜きのツアーは、とても充実してますね。

「名声を手に入れるってことは、精神的にものすごい衝撃なんだよ、ジャガナート(訳注:ヒンドゥー教の神)並みにね」。

そう言うと、ノエルは思いを巡らす。

「対処する方法としては、二つある。酒とドラッグだ。でも俺は最初にこう言って抜けた。『終わりにしよう。ダークサイドはもう懲りごりだ。人類が知りうる あらゆるドラッグをやり過ぎってくらいにやったし、会いたかった人たちにも会えたし、色んな場所にも行けた。これで十分だ』。ああいうくだらねえもんで俺 の人生が今より良くなることはもうないんだ。やってもまた同じことの繰り返しだからな」。

リアムは、アラン・ホワイトがOASISをクビになったのは、あなたとの間で起こったことが原因だと言っていましたが。

「本当に?あの嘘つき野郎!違うぞ、あいつとリアムがプライベートなことで喧嘩になったのさ。当時バンドには俺達3人しかいなかった。でも俺には家族を 養ってく責任がある。何て言えばいいかな。(考え込む)。一番問題になったのは、ホワイティがバンドのミーティングをすっぽかしたことだった。それがどう いう意味を持つか?いや、俺には言い表せないね。俺達はこの18年間で、バンド・ミーティングってやつは4回しか持ったことがない。つまりそれだけ重要な ミーティングだったんだよ。全員一つの部屋に集まって、互いの考えを話し合う必要があった。アンディは普通の時ですら何も言おうとしないだろう。それに当 時彼は、スウェーデンから出てきたばかりで、アンディにとって子供と過ごす時間がどれだけ大事か俺達もわかってるんだ。それなのに、ホワイティは女と休暇 を過ごすことを選んだのさ---良い気分はしなかった。リアムもそのことでやつと喧嘩になったんだ」。

ミュンヘンでの事件は?

「子供達に誓って言う、リアムが始めたんだ。俺は長いことホテルのバーでリアムと飲んできたからわかる。あいつが発端だ。リアムは『クソだりいな』と思っ たらウェイターのケツを殴って騒ぎを起こすのさ。あいつといいあいつが一緒につるんでる連中といい、酒を飲むと自分がコントロールできなくなってトラブル になるんだ。酒癖がお世辞にも良いとは言えねえんだよ。暗雲が立ち込め、ネジが吹っ飛んで『俺の女のイヤリングをバカにしたな?』と始まるわけだ。加え て、あいつはたいてい本当のことを喋ろうとしないときた」。

彼が本当のことを話してるかどうか、判断できるんですか?

「無理だね。だからいつも嘘をついてると決めてかかることにしてるのさ(笑う)」。

今では音楽界のヒーロー達と友人関係を築いていますね。ウェラーにジョニー・マー、ポール・マッカートニー、ニール・ヤング。音楽の仕事を続ける上で、彼らから学んだことはありますか?

「彼らも俺と同じようなもんだってことだね。初めて会った時ジョニー・マーは、俺に対してとても紳士な態度で接してくれた、そうする理由なんて何もなかっ たのにさ。当時は一日25人のギタリストがマンチェスターにいる彼の元にやってきて称賛の言葉を並べてたに違いないぜ。マネージャーを譲ってくれ、それが 今でも俺達のマネージャーだし、ジョニーを通してザックとも知り合ったんだ。本当に静かで落ち着いた、禅の精神を持った男なんだよ。ウェラーは違ったね。 良い時期に出会ったよ。やつは17歳の時に世界を変えようと立ち上がったわけだ。俺からすればありえないことだぜ。でも最高の男だ。どうしようもないくら い正直でさ。いつもこう言ってくるんだ。『俺とお前で違うのは、お前はソウルミュージックが嫌いってことだ』。俺は『違うな、ポール、俺とお前で違うの は、お前はジャズが好きってことさ』」。

ビートルズはどうです?あなたの中では、彼らは全員違う次元にいるのでしょうか?

「そうは考え難いなあ。マッカートニーはマジで最高に紳士なんだ。リヴァプールって感じでさ、素晴らしいよ。彼の『マッカ』な面は見たことがないね。セン ト・ジョーンズ・ウッドにある彼の家で過ごしたこともある。ディープ・パープルのジョン・ロード主催の野外パーティで、ジョージ・ハリソンとハイネケンを 分け合ったこともあったな。髭を生やしたデニムの男がやってきて、『カール・パーキンスは好きか?』と聞いてきたから、俺は『そうでもない、でもあんたは 好きだぜ!』と答えたよ。みんな紛れもなく最高の連中ばかりさ」。

今でも会ってみたい人はいる?

そうたずねると、ノエルは考え込んだ。

「もしボブ・ディランが、『やあ、君がOASISやってるやつか』と声をかけてきたら、バスの前で卒倒だろうな---サラに電話をかけながら」。


ボーンマス1日目の後、楽屋ではバンドの小さな集まりが行われていた。またもや、リアムはロンドンに戻ってし まったので、ノエルとゲム、アンディ、そしてクリス・シャーロックが、ビールを交わしつつ戦いを振り返っている。シャーロック--がっしりした体格をし、 物静かで、しかしリヴァプール人らしい暖かさとウィットに富んだ男は、自分のiPodを鳴らしている。ロックの伝説達が立て続けに現れる。ビートルズ、 ザ・フー、ジミ・ヘンドリックス。

アンディ・ベルはこう明かしている。

「僕達は個人的なことを話すのがあまり得意じゃない。笑い話をしたり、音楽のことを話すほうが多いんだよ」。

ここで様子を見てる限り、彼の発言は自明の理のようだ。

ゲムとノエルは、リッチモンドにあるロニー・ウッドの家を訪ねた時の話で場を盛り上げていた。

「一見ありきたりの冷蔵庫なんだ」と、ゲムが説明する。

「でも開けてみたら」。ノエルが言葉を続ける。

「そこらじゅうにビールが詰まってるんだよ!あれは驚くぞ。だから俺も歩いて入れるくらいの冷蔵庫を買おうと思ってるところなんだ」。

「チーフ」が立ち上がり、「もう寝る」と言い放ったのは、午前2時30分のことだった。ツアーバスまで連れて行けというボディガードへのサインである。

彼らの輝くような顔を見てると、折れた肋骨や自己破壊的なアルバムもどこか別の場所で起きたことのように思え、無比のスタイルを持ったOASISは、これ からもどうにか自らの道を切り開いていくのだと考えてしまうのである。少なくとも次の危機が訪れるまで、彼らはまさに順風満帆なのだ。

しかしMOJOは、雨ふりしきる陰鬱なボーンマスの夜へと消えようとするノエルを捕まえ、最後の質問をすることに成功した。

彼はOASISが英国最後で最高のロックバンドだと考えているのだろうか?

「俺達の後を継ぐようなバンドは見つけられないな。携帯電話やインターネット以前に現れたバンドとしては、最後の英国最高のバンドだと思うよ。OASIS 以前でもOASIS以降でもない、俺達がOASISなんだ。でも俺がもっと若くて、41歳で2人も子供がいる親父がこんなにプレスに出てたら、6ヶ月で引 退に追い込んでやるけどな!今の連中といったらスキニー・ジーンズに衝撃波でもうけたみたいな髪型しやがって---かかってこいよ、間抜けども」。

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Best Tracks of 2008:

ノエル:MGMTの「Oracular Spectacular」。「Time To Pretend」のビデオは最高だった。パリへ飛んだり、スーパーモデルとヤッたり、ヘロイン吸ったり---ヘロインが良いと言ってるわけじゃねえぞ ---、まるで彼らはボーイング747を買ってレッド・ツェッペリンにでもなりたがってるみたいに野心にあふれてる。地方のウサギ禁猟区で木を育てるなん てことに収まらずにね。The Verveのシングル「Love Is Noise」は、これまでの彼らの作品の中でも最高の出来だ。それとウェラーのアルバム、「22 Dreams」!彼は自分の仕事にここまで自信を持ってるんだ。最初からこんなこと本気でやろうとしたんだから、恐ろしいね。このうちの何曲かのレコー ディングには、スタジオで立ち会ったんだけど、俺には理解できないことばかりやってたね。頭がどうかしてる。彼とクラドックは身内だけにわかる言葉で話す しさ。理解するにはべろんべろんに酔っぱらうしかなかったってわけ。

リアム:俺が一番最近買ったアルバムはダフィーの「Rockferry」だ。あの曲、「Mercy」は良いよな。ウェラーの曲、「Push It Along」は最高だと思う。The Last Shadow Puppetのアルバムも好きだけど、ちょっと背伸びしすぎだ。2人とも若いよな、なのにタートルネック着けてギター弾いてお互いの瞳をバカみてえに見つ め合いやがって、ふざけんな!俺の記憶じゃ二人とももともとバンドをやってたはずだぜ。良い曲もいくつかあるけどな。

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OASISが選ぶ、OASIS最高のギグとは・・・

メインロード(1996年4月27、28日)
ノエル:ドラマーが変わった後の史上最高のギグ。フットボールスタジアムだぜ!どうやったらあんなことができたんだ?14の時まであそこにフットボールを見に行ってたようなところで、俺達がやらかしちまったわけだ。今でも最高のギグだよな。

レスター・プリンセス・シャーロット(1994年5月6日)
ノエル:オリジナルメンバー(トニー・マッキャロルのこと)でのギグだったが、アンコールの「I Am The Walrus」の時、客がステージになだれ込んできたんだよ。だから俺はギターを置いて、ディレイ・ペダルをセットして、命からがら逃げ出したのさ。楽屋 に戻った頃には靴が片方なくなってたよ。

ネブワース(1996年8月10、11日)
リアム:最高の体験だった。でもパフォーマンスのことは何も思い出せない。演奏が良かったかも客の反応が良かったかもわからねえ。上手く演奏できたとか、 客のノリは良かったが演奏は最悪だってギグはけっこうあるかもしんねけど、他は何もかも最悪で俺達だけが最高にかっこ良いギグってのはそうあるもんじゃね えだろ!

ウェンブリー・アリーナ(2008年10月17日)
ノエル:俺達のロンドンでのギグとしてはこれまでで最高の出来だ。フットボールの試合に来たみたいだった---みんな最初から最後まで大合唱でさ。匂いま でかげるんじゃねえかってくらいに迫ってくるんだ。ああいう夜のためにこの仕事をやってるんだよな。いいか、昔俺達はウェンブリー・スタジアムで、サウン ドチェックまでは完璧だったのに、途中で中断する羽目になったことがあるんだ・・・

ロンドン・フィンズリー・パーク(2002年7月5,6,7日)
アンディ:僕が加入してからは、一番好きなギグだね。雨が激しく降っていてオーディエンスには霧がかかっていた。それに色んな曲を演奏したんだ。 「D'You Know What I Mean?」とか「She's Electric」とかね。観客の盛り上がりもすごかった。

ミラン(2000年5月30日)
ゲム:変わったものを選んだと思ってるだろう。でもこれはスペインでの喧嘩のあとノエルがバンドを離れていた時のギグなんだ。1万2千人の前で演奏するた めに、僕はノエルのギターパートを二日間で覚えなきゃならなった。ギグの前に、リアムが僕を真っ向から見つめて「できるよな?」と言ってくるもんだから、 そのままトイレに駆け込みたかったよ(笑う)。いざステージに出てみたらとても良い気分で演奏できた。というのもみんな見に来てたんだ---マーカス・ ラッセルとか--僕が予想もしてなかった人がたくさんね。どうにかやりきってこれまでにない経験をすることができたよ。でも、どこかでノエルが見守ってて くれてたのさ---イビサで浮輪に乗りながらね。結局ギグは最高の思い出になったんだ。

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My Hero:ノエル・ギャラガー
ポール・ウェラーなんかもいるが、やつはどっちかと言えば友人だな。最高の男さ。セックス・ピストルズのスティーブ・ジョーンズ。素晴らしいね。アレック ス・ヒギンズやマーヴィン・ハグラーにも会ったが、俺にとっては2人ともヒーローさ。マドンナに会った時には驚いたなあ。

でもニール・キノックは外せない。彼はマジで最高の人物だった。子供の頃から彼がサッチャーと戦ってる姿を見てきたんだ。労働党大会で胸のすくようなこと を言ってくれるんだよ。彼の奥さんのグレニスも一緒に会ったことがある。その時の彼女の言葉は最高だったね。俺が「子供の頃、彼の言葉を聞くと背筋に震え を感じましたよ」と言うと「ええ、私にもよくやってくれたわ」と返してきたんだぜ。

ジョン・ライドンは今でもヒーローだと思うね。俺達全員で二日間ぶっ続けで飲んだことがあったんだけど、彼はリアムに直接話しかけようとしなくて、しかも あいつのことを「シンガー」としか呼ばないんだ。「お前のシンガーに伝えてくれ、『お前の世界は理解できない』とな」。バターのCM(ジョン・ライドン は、英国のバターメーカーCountry LifeのCMに起用されている)をどう思うかって?俺はバターはCountry Lifeと決めてるんだ・・・。

My Hero:リアム・ギャラガー
おふくろが俺のヒーローだ、なんていうとお涙ちょうだいのまんこ野郎みてえだが、そうなんだから仕方ねえだろ。当たり前すぎて今更説明するまでもないこと さ。おふくろは俺をトラブルから守ってくれるし、俺達を育て上げてくれたから義理もある。それと俺の子供たちもヒーローだ。もう夢中さ、最高の連中だもん な。

でも音楽のことで言えばジョン・レノン。つながりがあるかは知らねえけど、声と音楽がどうしようもなく好きなんだ。レノンって何だか奇妙で、ちょっとばか しうぬぼれてたかもしれねえけど。彼の声に似てきたって?そうだな、キース・ムーンを真似するドラマーみたいなもんさ。でも「真似」じゃねえぞ、俺には俺 のやるべきことがあるんだ。ジョン・レノンの持ち物を集めてもいねえしさ。最近そういうものばかりなんだよなあ。毎年誕生日が来るたびに同じプレゼントを 10個ももらうんだぜ。

Gem Archer - Clash Magazine - 2008/10/02

荒い波風が渦巻くバンド、OASIS。その狂乱の中、ゲム・アーチャーは岩のようにしっかりと構えている。

誰とでも気さくに話すこの男が、OASISの新しい時代をその才能と共に切り開き、サウンド面でも進化の方向へと導いたことは間違いない。

ニューアルバム「Dig Out Your Soul」では、「To Be Where There's Life」を作曲。サイケデリックに渦巻くシタールの音色が印象的なこの楽曲は、1966年のアシッドチックなビートルズを思わせる。
歌詞はアルバムのタイトルにも採用され、図らずもゲムがOASISに欠かせない存在となったことを立証するものとなった。

どの質問に対しても、慎重に考え、ポジティブな発想に根付いた答えを返す彼。まさに、世界で一番良い仕事をしている男の顔をしている。

そして本人もそれを自覚しているのだ。実に人好きのする人間である。

「格別な気分だよ」と、ゲムはうなづいた。
「僕達みんな、110%満足してる。とても良い気分さ」。

2年に及ぶオフの後、再びOASISの活動を始めることに対して、どういう心持ちだったのでしょうか?

ゲム:もちろん最高だよ。格別な気分なんだ、色々な理由のおかげでね。まずは新しいドラマーが入った。幸先いいだろ?器材もしっくり来たしね・・・やるべ きことを改めて思い出すようなものさ。ラウドにギターを弾くことで、自分があるべき姿を取り戻していく感じがするんだ。待ちきれない。アルバムも最高だ し、早く演奏したいよ。

今のバンドの雰囲気はどんな感じ?

ゲム:うーん・・・雰囲気?良いとも言えるし悪いとも言えるな、あの2人の仲(ギャラガー兄弟)はね。でも聞いてほしい、そのことで音楽に支障が出ることはないんだ。リアムはこれ以上ないくらいに良い声を出してる。最高の状態だよ。

今回もアルバムのメインヴォーカルはもちろんリアムであるわけですが、彼は最高の声を披露していますね。

ゲム:そうだね。彼は今、そう、良い状態なんだ。

今のOASISは前と比べると、バンド全体でアルバムに取り組んでいるのですか?

ゲム:間違いなくそう。今ではこのチームに加わって10年になるからね、僕とアンディは。途中からチームの一員になるっていうのは、並大抵のことじゃないよ。自分から努力する必要があるし、この経験はかけがえのないものだと思う。このバンドにいるだけで僕らは・・・つまり、OASISは僕の夢のバンドなんだ。僕がそれまでやってきたバンドはどれも、バカにするわけじゃない、でもそのうちのいくつかは、特に音楽活動を始めたばかりの頃は、自分とは合わない連中と組んできた。とんでもない格好で来るやつもいれば、やるべきことをやらないやつも・・・でも今は110%、バンドに満足してるよ。バンドのメンバー全員がね。とても良い気分さ。

バンド内でのあなたの役割とは?

ゲム:(しばらく考えて)そうだな、僕はみんなに付いていってるだけだけど・・・堅実ではあると思うよ、わかるかな?気分の浮き沈みも激しくないし、荒れ狂うこともない。つまり、こう言おうか、パスポートをなくしたからって八つ当たりしまくることはないんだ。だからそこらへんは当てにしてくれていいと思う。だから僕の役割は、巡航高度を保つことだね。常に正しい高さを維持する。言ってみれば便利屋かな。って、嫌な質問だなあ!全く!!(笑う)。

自分で作った曲をどのように他のメンバーに紹介するのでしょうか?OASISを築き上げてきたノエルのソングライティングには影響されてる?

ゲム:以前はね。でもそれじゃバンド内で自分らしさを出すことが出来ないということにいつも悩んでいた。自分で自分を乗り越えることが必要だったんだよ。 でも今はどうだ?僕はもうノエルを真似ようとはしていない。ある意味今は、彼の仕事ぶりに発破をかけられてると言ってもいいね。今のノエルは、僕やアンディ、リアムの意見を聞き入れてくれるんだ、だから言ってみれば・・・「Celebrity Masterchef」みたいなものだよ、わかる?
「このマッシュポテト、味見してみてくれよ。このくらいで良いかな?」「いいね。この目玉焼きも最高。でも正直言って、マッシュポテトは抜き、目玉焼きだけでいいな。それならOKだよ」ってね。僕はノエルからのそういう言葉を褒め言葉と受け止めるんだ、だって彼は最高の曲を書いてきたんだから。実際有り余るほどにね。

今回、アルバムに収録されているあなたの曲は1曲のみですね。いつも5曲ほど披露して1曲採用されるといった具合なのでしょうか?どのように選曲されてるの?

ゲム:毎回違うよ、僕とアンディが参加した3枚のアルバムではね。でも今回のアルバムのレコーディングに入った頃、手元にあったのは手作りのデモ6曲だったんだ。その中の何曲かは、当初アルバムに入れる予定だったんだけ ど、ノエルがいくつか新しい曲を書いてきた、3,4曲だったかな。すぐにデモ録りをしたから、その楽曲群には何か特別なバイブが感じられたんだ。それらの 楽曲と比べると、僕の楽曲ではOASISのネクストレベルを支えることはできないかなと思ったんだよ。でも何曲かにはその片鱗くらいはあったから、とりあえずノエルに「To Be Where There's Life」を弾いて聴かせたのさ。インストゥルメンタルでね。それで「こういうのが出来たんだけど」と言ったら、ノエルは「ああ、筋はあるな。歌詞はある の?」「まだだよ」「じゃあ、書いて」って話になった。他にも曲があって、それに関してもノエルが電話をくれて「これの歌詞も書いて」って言ってきてね。というのもそれまでに、10曲のインストゥルメンタルをノエルに渡してたんだ。OASISには途中で保留になってる曲がたくさんあるんだよ。そして、ある週末に「To Be Where There's Life」を完成させた。頼まれていたもう1曲の方は今でも温めてる状態だよ。ということで、今回はこんな感じで進めたんだ。

曲を書く時、ヴォーカルとして頭に描くのは、やはりリアムなのでしょうか?

ゲム:いや、でも無意識のうちにそう考えてるんだろうね。僕とリアムの声域が同じくらいだからかな。ノエルはもっと声域が広いだろう。だからノエルの声に 合うメロディを浮かべることがまず出来ないんだよね。彼は僕よりはるかに上の声を出せる。そしてリアムはOASISのシンガーだ。僕の考え方はそんな感じだな。

歌詞の中では、どれくらい自分をさらけ出せるものなんですか?

ゲム:1曲だけリアムを思い浮かべて書いた曲があるんだ、このアルバムには合わなかったから入らなかったんだけどね。でも個人的には名曲だと思うよ。披露 した曲の中でも良い曲だってノエルも言っていたしね。でも週末かけて歌詞を書かなきゃならなくて・・・だからちょっと放置しちゃったんだ、でも心配しない で、いつか日の目を見るさ。
曲を完成させたと思っても、1ヶ月後に手直ししたくなる時もあるだろう。ラッキーなことに、その曲ではその手直しする隙すらなかったくらいなんだから。

あなたの曲は「Recolver」まっしぐらという響きですね・・・

ゲム:そう思う?他の人にも言われたんだけど、僕はそうは思わないんだ。おかしいだろ、多分自分の曲はあまりに近すぎて上手く評価できないんだろうな。

この曲を聴くと、スタジオで作り上げる際はさぞかし楽しんだんだろうことが伝わってくるんです。

ゲム:そうだね。僕が考えたことと言えば、ギターなしで完成させたいってことだけだったんだ。アンディは「ねえ、このメロディをちょっと入れたらどう?」 とかずっと言ってきたんだけど「ダメだ、必要ないよ。ベースラインとシタールとドラムだけで作りたいんだ」って言い張ったんだ。

シタールが聴こえます。

ゲム:だね。細かく言うとタンブーラなんだけどさ。僕の家のベッドルームに置いてあるタンブーラ、デモでも弾いてるやつだ。スタジオではエレクトリックの やつをセッティングしてそのまま鳴らしっぱなしにしたんだよ。それとアンディが弾いたやつとノエルが弾いたやつを全部マッシュして、エフェクトをかけて流 したんだ。ただのサウンド、なんだよね。でもギターとは違うだろう。

リアムの場合、自分の曲に関しては妥協はしないと話していましたが、あなたも自分が満足するまで意見を通すタイプですか?

ゲム:もちろんそうだよ。完璧にそうさ。頭の中で、その曲をどういう形にしたいか大まかには決まってるんだからね。提案や変更で形が変わって、それによって良くなるなら採用するし、ならないなら採用しない。「To Be Where There's Life」では、ラストにちょっと不自然なところがあったんだ。そしたらノエルは「いいか、このギャップはどうにかするべきだ」と言ってきた。実際彼は正 しかったよ。ちょうど、最後の歌詞が入る前に4小節くらい足そうかなと思ってたところだったんだ。「もう少し・・・」ってね。ノエルの指示ってとても大まかなんだよ。「このギャップをどうにかしろ、そしたら採用する」。そんな感じさ。

楽曲が完成したかどうかはあなたの一言で決まるのですか?

ゲム:そんなところ。自分の曲だったらそんな感じだよ、「ほら、これお前の曲だろ、どう思うんだ?」ってね。でもみんなで助け合ってることも事実なんだ。ミキシングの時も一緒にいるから、みんなが気に入る曲に仕上げる必要がある。もし一人でも満足いかないメンバーがいたら、どうにかして解決しなきゃならない。

曲からギターを省いたとおっしゃっていましたが、OASISの中で、実験的なことを試みたいということですか?

ゲム:それはそうだよ。その通りさ。僕が思うにOASISはさらに深く・・・言いたいのは、OASISはある一面において突出した作品を作り出してきたけ ど、他の面も併せ持ってるってことなんだ。つまり、OASISはロックンロールバンドだろう。ツアーに出て、曲を演奏して、小さな会場でも大きな会場でも 最高のステージを見せる。でも同時に、僕達には実験的なことをしたいという気持ちもあるんだ。他のバンドもやっているようにね。いつかレコードとして出せると思うよ。いくつかの曲でやってみたけど、リミックスをするというアイディアも大賛成だね。

ノエルは、ケミカル・ブラザーズに「Falling Down」をリミックスを依頼しています。

ゲム:ああ、3人の作品だよ、ノエルとケミカル・ブラザーズの。僕は気に入ってる。楽しめる作品に仕上がってるね。

アルバムごとに様々なプロデューサーの名前が挙がってきますね。たとえばDeath In Vegasなどですが、OASISに変革を与える彼らのような存在が必要だと考えていますか?

ゲム:いや、そうは思わない。OASISにとっては間違った選択になると思うんだ。変革。それってレコード会社の考え方じゃないか。変革が必要な時期くらい、自分達でわかるんだよ。決定権はバンド側にある。誰も手を貸してくれなくてもいい。僕達でやるんだ。


OASISのサウンド様式を守るという点で、ファンからのプレッシャーは感じます?

ゲム:ううん、それはないと思う。ファン達は今もそこにいてくれる。僕達の音楽に耳を傾けてくれる。僕らはさらにビッグになろうなんて考えは持ってない。 ただOASISらしくありたいだけなんだ、そこがみんながOASISを好きな理由じゃないのかな。僕が子供だった頃もそうだったよ、ほら、何かに入れ込み 始める頃のことさ。もちろんその時代にも足跡を残していくバンドがいた。たとえばThe Whoみたいなね。彼らの黄金期。「Tommy」を出した頃、彼らは比べようもないくらいビッグだった。でもほら、今、僕が家に帰って「Tommy」を聴くことはないんだよ。それでも彼らの名曲は今もみんなの記憶に残っているし、The Whoはイギリスを代表するロックンロールバンドだ。嬉しいことに、OASISも今そういう地位にまで来てる。そう、間違いなくそこにいるんだ。

今回のような、最高の仕上がりとなったアルバムと共に?

ゲム:そうさ。全て長い人生の一部だよ。ファーストアルバムのような衝撃はないかもしれない。でも7thアルバムとしてどうしようもないくらいに最高のアルバムだと思うね。

新曲の中で、一番ライブで演奏するのが楽しみな曲は?

ゲム:「Falling Down」は素晴らしいよね。「I'm Outta Time」も最高。そして・・・他に何をやるんだっけ?僕の曲もやるよ。「To Be Where There's Life」。アルバムとは全く違う印象になってるんだ。

シタール演奏者もツアーに連れて行くの?

ゲム:いや。そうだな、今僕達が何をしているかというと・・・リチャード・フィアレス(Death In Vegas)が、「To Be Where There's Life」をリミックスしたんだ。だからライブでは彼のバージョンでやるんだよ。ギターも乗っかってる。だから全てOKさ。他にも色々な楽曲がリストに 入ってるんだ。「My Big Mouth」もやるしね。セットリストに飛び入りした曲の一つさ。「おいおい、一体何曲やるんだ?」って感じだね。「Live Forever」は今回は抜きだ。たくさん曲がありすぎて、全部は演奏できないよ。

「My Big Mouth」と言えば、私達のもとに「Be Here Now」関連の質問がたくさん届いています。ファンとしては、あのアルバムから何曲かセットリストに組み込む予定なのか知りたいようでして。

ゲム:ああ。僕はいつも推してるよ。「D’You Know What I Mean?」をやりたいんだよなあ。何回か試したんだ、それで今の僕達ならどんな曲でも上手く演奏できるってことがわかったしね。つまり、クリスの加入はOASISにとって最高のプラスになったってことだよ。それに僕達はいまや、曲を好きにアレンジする自由を持ってる。必ずしもレコードと全く同じように弾かなくてもいいんだ、それでOKなんだよ。

つまり、サプライズを期待していいということ?

ゲム:そうだね。もうすでに準備されてるよ。良いセットリストができた。あとはツアーをしながら様子を見ていく感じかな。それにしても、「The Masterplan」とかそういった曲を演奏するのも最高の気分だよ。

アルバムを作っている時に、あなたや他のメンバーが聴いていた音楽とは?

ゲム:聴いてたのは・・・思い出してみよう・・・(長いこと考え込む)あのL.A.のバンドは何て言ったかな、いや、シアトルだっけ・・・ Black・・・何て名前だったかな・・・・後で確認しておくよ。色んなバンドのデモはたくさん聴いてたし、スティーヴ・ジョーンズのラジオ番組も聞いて た。

それらがアルバムのサウンドを形作ったのですね。すぐに心が捉えられるパンチの効いたギターレコード。まるでThe Stoogesを聴いたエネルギーそのままに、スタジオに駆け込んだようです。

ゲム:そうだね、でも、ちょっと僕は君の質問を考えすぎてたかもしれない。というのも僕達はそういうレコードはいつだって聴いてるんだ。OASISは・・・こういうバンドじゃないんだ。「ああ、僕は創作活動をする時に他のミュージシャンの音楽は聴かないんだ。影響を受けてしまうからね」ってね。そういうバンドじゃない。リアムはいつも、U2の音楽からはどのバンドの影響も聴き取れないと言ってる。たぶんそれが彼らが目指してるところなんだろう。でも僕らが目指しているのはそういう方向じゃないんだ。もしOASISの音楽が何かに似ているとしたら、「それは良い!」と受け止めるよ。そのことで悩んだりはしない。だってそれで良いんだから。それもメッセージの一つだろう。

曲を書く時のお気に入りの場所や時間はありますか?

ゲム:一人で書くのが好きだな。ここみたいな場所だったら1曲も書けないよ。曲を完成させるには、とても静かで落ち着いた場所が必要なんだ。でもアイディアはどこでも湧いてくる。思いついたら、できるだけそれを頭の中にとどめようとする。一度逃したら取り戻せないからね。出来るだけ一気に書き上げようとする。つまり曲を最終的な形に持っていったり、余分なものを落とす作業はみんなでやるけど、そう、できる限りのこと、アイディアは自分でまとめたいんだよ、わかるかな?ただの1小節のメロディってこともあるんだけどね。でも僕の場合、楽器と共に数時間は楽しく過ごすことができるんだ。

未完成の曲はどのくらいあるんです?

ゲム:うーん、本当にたくさんさ。頭が痛いよ。絶対終わりそうにないんだから。もう手遅れなんだよな、いつだって新曲が出てくるから。全く。ラベルの張っ てないカセットが詰まったバッグがあるんだ。その中には良いアイディアも入ってると信じてるんだよ。そういうバッグがあるなんて信じないだろう?でもクリ エイティブな仕事をする人間はそういうのを一つは持ってると思うよ。だって僕達の仕事って組織に縛られてないわけだろう?グラフィックデザイナーかなんか だったらそういうこともあるかもしれないけどね。つまりこまめに仕事をしている人たちはってこと。よくわからないけどさ。大変だよ!

ギャラガー兄弟に関して、世間が誤解していることとは何でしょう?

ゲム:「いつも喧嘩してる」という評判は間違ってるね。たくさんの人達が受け入れそうないかにもプレスらしい安易な見方だと思うよ。リアムは頭のてっぺん から足の先まで完全なチンピラで、ノエルは独裁者っていう凝り固まったイメージ。実際はもっと無邪気なもんさ。タクシーに乗った時に、運転手から「ああ、 でも、やっぱりあの2人って・・」と言われても「そりゃ違う」と答えたりしてる。「聞いてくれよ、前にリアムを乗せたら想像とは全然違ったんだ」「ああ、 良いやつだろう」ってね。リアムはタクシーをひっくり返したりする男じゃないんだよ。

でっち上げの記事を鵜呑みにさせることって簡単ですものね。

ゲム:そうさ、メディアは「ワイルドマン」というイメージを植えつけたいだけなんだ。2人ともみんなが持ってるイメージ通りに振舞うことだって出来るけど、実際はそうじゃないんだ。

OASISのメンバーで良かったと思うことは?

ゲム:自由なところかな。自分達の世界を貫けるんだ。それが僕とアンディがOASISに入ろうと決めた理由だね。僕達にはレコード会社の宣伝マンが付いて 回ることはないんだよ。そういうこと。僕達の世界、OASISワールドさ、全ての自由を持ってる。曲を書いてレコーディングして世界を回ることができる。 色んな場所をね、作った音楽を演奏するために。これは何にも増して大切なことだよ。本当に。この前にインタビューを受けたんだけど、その時こう質問されたんだ。「OASISのメンバーとしてこれまで体験した中で最高なこととは?」。一番それを感じたのは、誰かにYoutubeのある映像を見せてもらった時さ。まだ幼い子供が「The Importance Of Being Idle」を演奏していたんだ。7歳くらいじゃないかな、でももう立派にリアムみたいな歌いっぷりでさ、あの母音を伸ばし方とかね。ほんと感激したよ。そういうことさ!それがOASISに入って良かったと思う時だよ!

世界中のファンからメールが来ていますよ。あらゆる国のあらゆる年齢層のファンからなんとも熱狂的な質問ばかり届いています。 こういうことが可能なのも、インターネットのおかげでなんですが・・・

ゲム:インターネットね、そう、でも、僕はちょっと時代遅れだからさ・・・そうだな、わかった、たとえばイタリア。イタリアが僕達を気に入ってくれている のはよくわかってるよ。去年ノエルと一緒にアコースティックツアーをした時、モスコにも行ったんだ、その時が初めてだったんだけどね。それでB面の 「It's Good To Be Free」を演奏して、ノエルが「Cos It's Good, It's Good, It's Good To Be Free」と歌うと、みんなも精一杯の大きな声で合唱していた。ネットに限らず音楽は国境を越えるんだよ。

またアコースティックツアーをやりたい?

ゲム:アコースティックツアーは良いね、うん、大好きだよ。最初はキャムデンでのチャリティギグとして始めたのに、最後はL.A.に東京、オーストラリア、モスコと・・・流れで決まっていったツアーなんだよね。僕達は自分の好きなように音楽を演奏するんだよ。

読者からの質問:

OASISのメンバーになるということは、かねてからの望みだったのでしょうか?

ゲム:(しばらく考える)YesともNoとも言えるね。OASISに加わることよりも良い選択肢というものがないか探しもしたんだ、だって道は色々あるわけだし、その時のリアムは誰でもかれでも殴り倒しそうな感じでOASISが不安定な時だったしね。
でも想像していたより、落ち着いたバンドだった。

入って息をつく暇もなく、仕事に打ち込むことを要求されたのでは?

ゲム:その通りだね。最初のギグなんて、サウンドチェック無しでステージに立ったんだよ。そんな感じさ。ひたすら踏ん張って前に進むってこと。「ちょっと 待って・・・」なんてことは許されない。最初の頃は何をやってたかもよく覚えてないくらいなんだ、ただ「やってやろう!」って感じでね。僕はもうちょっと・・・僕達は今でも子供みたいなものなんだよ、わかる?今でも楽屋でラジカセで音楽聴いてるんだぜ。

OASISの中で一番腕相撲が強いのは?

ゲム:僕だろうな。

そう言うと思った!

ゲム:まあね、次に誰が勝つか見守るのさ(笑う)。

Liam & Gem & Andy - Today - 2008/10/01

ギャラガー氏と共に、お茶を。

ネタの絶えないギャラガー兄弟だが、実生活ではとても魅力的な紳士である。たとえ、フェレットの匂いを身にまとっていたとしても・・・。

OASISという言葉を聞くと、私の頭には二つのことが思い浮かぶ。

一つは、「(What's The Story) Morning Gloiry?」にはまった若かりし頃(曲の意味はさっぱりわからなかったけども)、そしてもう一つはタブロイド紙に毎日のように取り上げられていたギャラガー兄弟の喧嘩沙汰である。

だから、私がサウスロンドンのキャンバーウェルへ彼らにインタビューをしにいくということがどんなに緊張を伴うものだったか理解していただけるだろう。

移動中にはスタッフの間で、彼らがギグをするよりも喧嘩をする方に精力的だった頃の話も出た。

ほんの数年前、ミュンヘンで巻き起こったOASISとイタリア人グループ間の衝突のために20人の警官が出動し、酒に酔っていたリアム・ギャラガーは、そのうちの一人の胸めがけてドロップキックをかましたために逮捕されたのだ。

だが到着してみると、私の抱いていた恐れは見当違いのものだった。

待合室に入ると、ノエル・ギャラガーがくつろいだ様子でアームチェアに腰掛け、両方の手に紅茶の入ったマグカップを持ち、ジャーナリスト達と音楽やテレビの趣味について雑談を交わしている(彼は音楽は聴くよりニュースを見るほうが好きらしい)。

リアム・ギャラガーは、とても魅力的でおしゃべりで、カリスマ性をほとばしらせていた。
新しい考えを思いついたとたんに、話が脇道に逸れることは数知れず。そして興奮し始めると、立ち上がって身振り手振りを交えて話すのだ。

ゲム・アーチャーは、椅子に浅く腰掛け、アンディ・ベルはインタビューのほとんどを、背もたれにもたれかかって聞いている。

リアムの7歳になる息子、ジーンは、おもちゃの車に乗って部屋中を走り回り、あまりに音が大きくなると、静かにするようリアムが注意する。

つまり、今回のインタビューはむしろ楽しく行うことが出来た。リアムが私の靴を褒めてくれたのも、その一因かもしれないが。

今の生活はどんな感じです?

リアム:最高だよ。ツアーに行っても家の中でも、右に振れても左に振れても最高、以上。どうやったら生きてることが嫌になれるんだ?最悪の時ですら、最高だぜ。

アンディ:誰にでも嫌な経験はあるからね。誰にでも。

ゲム:でも結局は・・・悪いことがあっても、そこから学べばいいのさ。

OASISをやめたとして、まずやりたいことは何ですか?

リアム:チケットを買って、こいつを見に行くよ(アンディを指差す)。

アンディ:何もないよ、こんなやつ、OASISはさっさと追い出した方が良かったんだ。

リアム:そんなことしねえって。悪いけど、お前が必要なんだよ。

ゲム:そのツケを俺に払わすのはやめろよ、アンディの右後ろにいるからって。

曲を書く時のインスピレーションはどこから得るのでしょう?

リアム:人間、日常生活・・・・俺自身、俺、こうやって座ってから考え始めるなんてできねえんだよ、「テーマを考えました。これからそのことについて曲を 書こうと思います」ってな。ただ浮かんでくるのを待つだけさ、わかるだろ?普通に生きてるだけで、心にふと浮かんでくるものなんだ。つまり、俺はインスピ レーションを求めないことで、逆にインスピレーションを得てるんだな。

アンディ:その通り。僕もそういう道を辿ってきたよ。曲を書く時は、歌詞やメロディを焦って書こうとはしないんだ。2楽節しか浮かばなかったら、その曲はそれだけでいいんだよ。次の楽節が思い浮かばない限りね。

リアム:始終周りから急かされて面倒くせえ作業に追われてパニックに陥るくらいなら、曲なんて書きたくねえよ、そうだろ?

「Dig Out Your Soul」はアビーロードスタジオでレコーディングされましたね。何かエピソードはあります?

リアム:クインシー・ジョーンズがやってきてこう言うんだ(アメリカ人のアクセントで)「やあ、君達はギターバンドだと思ってたが、それにしちゃすごい キーボードの数だなあ」ってさ。俺達のプランは・・・何も考えずにまずはスタジオ入りしようって感じだったんだ。でも入ってみるとすぐに、何かが動き出し た。ぞくぞくしたぜ・・・俺達はマンチェスター、ニューキャッスル、オックスフォードからやってきたただの田舎者にすぎないが、音楽に関しちゃ誰にも負け ねえんだ。

アルバムの中でもお気に入りの曲は?

リアム:言いたくねえけど、全曲大好きなんだよ。全てがね。マジで。全部最高さ。

ゲム:リアムと同じだから、答えられないな。どの曲も少しずつ違うバイブを持ってる。何曲かは全く違う興奮を与えてくれる。このレコードは通して聴くべきだよ。そういう風に作ったんだからね。

リアム:感じるだろ、あらゆる感情を。これは魂のアルバムだよ。

これまでのギグで最高の出来だったと思うのは?

アンディ:これからやるギグかな。

ゲム:おいおい、何かあるだろう、思い出に残ってるギグが。

リアム:ギグの前に「あんま気乗りしねえな」って時はあるけどな。でかいギグだったらみんなも覚えてるだろ、ハリウッド・ボールとか!?やめてくれよ、あ りゃ最悪のギグだぜ。思い出したくもねえ・・・俺全然調子が上がってなかったもんな。良いギグはあまりに多すぎて挙げられねえけど、最悪のギグだったら答 えられる。ハリウッド・ボールはその一つだ。

様々な雑誌の投票企画で、OASISは最高のアルバム、最高の曲など1位を獲得してますね。

ゲム:投票は良いよね、おかげでレコードも売れるし。それくらいかな、本当にそれくらいさ、だって音楽は永遠のもので投票なんかで計れるものじゃないんだ。失礼かもしれないけど、雑誌は2週間でゴミ箱行きだろ。

7枚目のアルバムになりますね。新作の発売はわくわくします?

リアム:うん。新曲を出すのはいつだってわくわくするよ。他のやつはともかく、俺はな。何回も言うけど、OASISの一員って最高の気分だぜ。他のメン バーが同じように思ってるかは知らねえけど。OASISが、例えばホットドッグを発売しても新聞を発売しても新しい音楽を開発しても香水を発売しても OASISブランドのチェアを販売しても、大興奮だぜ。いつでも応援してますって感じだ。

香水?ではOASISブランドの香水を出すとしたらどんな名前をつけますか?

リアム:「Mad Ferret」だな。(訳注:もちろん、かつてのリアムの口癖「Mad For It」とかけている)。その名の通り、マッドなフェレットの匂いがするのさ。田舎者の俺達ならではだろ。

Gem & Andy - DW World - 2005/11/10

オリジナルの記事はこちら。↓
http://www.dw-world.de/dw/article/0,,1772337,00.html

我々DW-WORLDはデュッセルドルフでのライブ直前に、ゲムとアンディにインタビューをする機会を幸運にも得ることが出来た。ギャラガー兄弟とのツアーはどういうものなのか聞いてみた。

ベースのアンディ・ベルとギターのゲム・アーチャーは、5年前、OASISのオリジナルメンバー2人が抜けた際に、OASISに加入した。それから彼らは2枚のアルバムを作り上げ、ワールドツアーでは数え切れないギグをこなしている。OASISという、イングランドで最も有名で興奮の渦にあるバンドのメンバーとして。

2000年からOASISのメンバーとなりましたね。現在までバンドはどのように変化してきた?

アンディ:「OASIS」という船はこれまでより安定して走行するようになったね。入ったばかりの何回かのギグはまさにカオスだったから。

ゲム:年を重ねて賢くなったんだよ…そしてドラマーも代わった。これは本当に大きな変化だと思う。でもそういう変化なら今この瞬間だって起こってるんだ。

アラン・ホワイトがバンドを離れた時、「どうすればいいんだ」と思いませんでした?

アンディ:それはノエルが一時バンドから出て行ったときにも思ったよ。バンドに入ったばかりの時だったから。ノエルはリアムと凄い喧嘩をして、ツアーの途中で2ヶ月もバンドから離れたんだ。あの時も混乱したけど、アランが辞めた時、あれは長い休暇の後に始めたツアーの途中だったから、まさに何がなんだか分からなかったな。

それでもOASISに入ったことを後悔はしなかった?

ゲム:しないよ、全く。OASISを知ってる人なら、このバンドに「カオス」が常だってことはわかるだろ?それにマネージャーのマーカスが、OASISに入る時に言ってくれたことを覚えてるんだ、「OASISでの1ヶ月は他のバンドの1年に値する」ってね。今でもそうだよ。

アンディ:ほら、5年しかいないのに20歳は年取ってるだろ?

最近のOASISは、ノエル以外のメンバーも曲を書くようになって、みんなが協力して活動してる感じですね。そういう状態は自然に出来上がったものなの?それともノエルがミーティングを開いて、「さてみんな、俺を救ってくれないか?」って感じ?

アンディ:ミーティングなんてしないよ!するのは本当に危機的な状況のときだけさ。もっとこう、自然にこうなったんだ。

ゲム:僕たちが入る前のOASISがどうだったか知らないから、比べることは出来ないけど、進化したとはいえると思う。今はスタジオに入って、デモを仕上げたり、サウンドチェックでどういう風にしたいか話し合ったりするんだ。きっと以前はもっとバンドの意見を押し通す感じだったんじゃないかな。

アンディ:きっと僕たちがOASISに入れたのは、そこに僕たちの音楽が入り込む隙間ができたからだと思うんだ。ノエルが瞬間的に曲を作ってしまうような時期だったら、そんな隙間なんてなかったと思うよ。

ゲム:以前のノエルは過激だったからね。リアムはいつもパブにいたし。リアムはバンドの作曲をノエルに全部任せてたから、ノエルは責任を感じてたんだ。

アンディ:そして隙間を最初に作ったのは、そのリアムが曲を書き始めた時だ。それで、たぶんノエルは「俺の曲以外にもいれても良いかもな」って思って、その後僕たちをOASISに入れたんだ。

2枚のアルバムでは二人とも曲を提供してます。選曲の際にもっとあなたたちの曲が入る可能性はあったの?あなた達自身がそれを歌うことはある?

ゲム:それはないと思うな。リアムとノエルがOASISのシンガーだから。

でも二人とも前のバンドでは歌ってたでしょう…。

ゲム:歌うのは楽しかったけど、僕にとってOASISは彼らの声ありきなんだよ。

アンディ:ありえない話だな。もし僕が歌うことになったら、やめるよ。

アンディ、「Don’t Believe The Truth」に入ってる「Keep The Dream Alive」は、ツアー中の孤独を歌ってるように思うんです。ツアーは今でも楽しい?

アンディ:あの曲はドイツのフットボールチームについて書いたんだけど…

ゲム:ツアーは楽しいに決まってるよ。ただ子供に会いたくて仕方なくなるけどね。それでも子供達には、ツアーはしなきゃいけないことなんだって説明してるんだ。何をしてようが、いつでも心は側にあるよってね。もしツアーに興奮できなくなったら、バンドはもう辞めたほうがいいってことだよ。

OASISとしてツアーするのは、前のバンドとは違いますか?

ゲム:かなりね。でも僕たちはOASISの昔のこともよく聞いてる。彼らの浮き沈みや、1stアルバムが発売されたときのこと、ボーンヘッドがバンを運転したり、アンプの上で寝起きしたり。だからどういう感じかは経験する前からわかってたよ。

アンディ:前のバンドでツアーしてた時は、自分達のツアーの仕方と、U2や他のバンドのそれとは、違うのかいつも気にしてたんだ。彼らはいつも何してるんだろう?ってね。でも他のビッグバンドの習慣を真似してみたって、結局は大きな旅行バスに詰め込まれての生活と根本的には変わりないってことに気づいたんだ。ただ、会場が大きくて、たくさんの観客がいて。でも僕たちはといえば、楽屋にメンバーと一緒に座ってるだけなんだ。

では、今のエアーコンディショナー付の豪華なバスも旅行バスも同じようなものだと。

アンディ:今でも朝の3時に目が覚めると、まるで大麻の吸い端が口の中に残ってるような気分だし、バスから降りて、6時間後には出なきゃいけない部屋をバッグを引きずりながら探して…それでも楽しいことに変わりは無いよ。文句は言わないさ。
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