ケン・ローチ*訳注1とノエル・ギャラガーは、全くタイプの違う人物だ。15分遅れでやってきて「BBCからの電話の対応に追われていた」と弁解し丁寧に謝るケン・ローチに対し、その30分後に現れたノエル・ギャラガーは「煙草を探してくる」と言って再び姿を消した。

数時間後にはイタリアへ移動しなければならないケン・ローチは、名前しか知らないバンドのリーダーと話をしようとしている。

OASISを話題にした記事を手に「いつもと同じたわ言ばかりだ」と言いながら、我らがロックスターが戻ってきた。ケン・ローチは近くのパブに場所を移そ うと提案し、早速移動。監督はフルーツジュースを注文し、ノエルはジントニックを探していた(「北のことを話すのに、ジントニックなしじゃやってらんねえ ぜ」)。

そしてすぐに、ケン・ローチはインタビューモードに入った。軽い自己紹介の後、まずは「北」の話題の手始めとしてフットボールから話し始める。北部出身者としてお互いのことを知るには欠かせないのだ。

写真嫌いで知られるケン・ローチだが、今回のインタビューの終わりには「子供達へのプレゼントに」と言って、ロックスターと並んだ写真を撮ることを忘れず、ちゃっかりした一面をのぞかせた。

ノエル:俺はマンチェスター出身、真ん中さ。

ケン・ローチ:いいね。私はマンチェスターに目がないんだ。

ノエル:売れ始めてからは、あそこがどんなにちっぽけなところか思い知ったよ。だからロンドンに引っ越したんだ。マンチェスターがあまりに退屈だったんで ね。仕事がなくて通りに3軒しかパブがなかったから若い頃は我慢できなくてさ。でも今でも好きではあるよ。週末に帰ることもある、今はそれで十分って感じ だな。でもいつかまたマンチェスターに落ち着きたいね。

ケン・ローチ:私も中部の小さな町に住んでるんだ。ロンドン行きの列車が停車すらしない小さなところさ。昔は炭鉱で盛えていて、自動車工場やハイテク機器の工場もあったが、今では何もない。

ノエル:映画の登場人物の発想はどこから得るんだ?

ケン・ローチ:特別探しはしないよ。普通に周りにいる人達をモデルにする。

ノエル:「Kes」*訳注2はよく見たよ。もちろん俺は1967年生まれで、「Kes」はその頃公開されたから映画館では見てないんだけど、TVで見たのを覚えてる。ラストはとても悲しい映画だけど、でもフットボール場が出てくる場面が大好きだった。どうして舞台をマンチェスターにしなかったんだ?

ケン・ローチ:脚本家が、自分の故郷に近いシェフィールドにしたいと言ってきたんだよ。私は自分では脚本を書かないんだ。共同制作者と一緒に映画を作る。君は?アルバムはチームで作る、それとも君一人で作るのかい?

ノエル:俺一人さ。

ケン・ローチ:応援してるチームは?マンチェスター・シティとマンチェスター・ユナイテッドがあるけども。

ノエル:(機嫌が悪そうに)シティだよ、当たり前だろ。

ケン・ローチ:日曜日に負けたのは残念だったね。

ノエル:マン・シティが優勝したのは俺が生まれてからは1度しかなくて、しかもその時俺はまだ1歳だったんだ。マンチェスター・ユナイテッドは、マンチェスター以外の連中ばかりで構成されてるんだぜ。本当のマンキュニアンならマン・シティを応援するべきだ。

ケン・ローチ:シェフィールドも同じ問題を抱えてるよ。シェフィールド・ウェンズデイと、シェフィールド・ユナイテッドがあるからね。シェフィールド・ユナイテッドは、シェフィールド出身者で固められていて、ウェンズデイはロンドンに身売りした。

ノエル:ジョージ・ベストが入ってから、マンUはアイルランド寄りになったんだ。俺の家系はもともとアイルランドから来てるから、反マンUであることがば れたら俺、ばあちゃんに殺されちまうぜきっと。親戚には同じ年代の子供が4人いたが、俺とリアムは、親戚の中で目立つために、それとその4人と顔合わせる びに喧嘩するために、マン・シティをサポートすることにしたんだ。

ケン・ローチ:さっき、私の映画と君のアルバムの共通点の話が出たけど、どちらもワーキングクラスの文化に焦点を当てていることじゃないかな。

ノエル:ここ50、60年は、いや40年かな、で考えてみたらそうかもしれないな。みんな労働者でマンチェスターもまだ工業都市として栄えていた時はってことさ。でも今は違ってきていると思う。俺の世代の人間は、学校を卒業したら3つの選択肢しかなかった。フットボールをやるか、音楽をやるか、無職でいくかの3つ な。だから北からは良質のロックバンドがたくさん出てくるんだよ。国を回っていて思ったんだけど、どこも俺達よりも洗練された芸術的な文化を持っている。 特に北西部なんて洒落たもんだぜ。そういうのと比べてみたら、マンチェスターは二流の野暮な文化を発展させてきたにすぎないのさ。

ケン・ローチ:ロンドンで育てば、文化の都だから芸術的才能も花開くが、何も無く何も起こらないマンチェスターに残れば、才能も廃れてしまうと。私がロンドンに来た頃、もう16、17年前のことだが、まるで遊園地みたいで自分の目が信じられなかったもんだよ。

ノエル:北部イギリスと、パリやニューヨークの若者の何が違うといったら、ユーモアのセンスだね。マンチェスター出身がどんなに他の連中みたいに外見を着飾ろうと、ユーモア精神がなくなることはない。だからビートルズは世界から愛されたんだよ、ユーモアがあったから。

ケン・ローチ:同じ北部でも、地域ごとに区別する必要があるね。たとえば、マンチェスター出身とリバプール出身は根本からして違うだろう。マンキュニアン は、リバプール人は泥棒だと思ってる節があって、信用しようとしない。一方でリバプール人は、機知の利いたユーモアを飛ばすことで知られてもいる。まあ、 個人レベルで行けばそれほど問題にはならない違いなんだろうけどね。

ノエル:そういうのってワーキングクラスには根強いんだよな。マンチェスターとロンドンに行ったり来たりしててもよくあるよ。故郷の悪口は聞いてて面白いぜ、最初はけっこう本気でも最後にはジョークになってるし。

ケン・ローチ:君の友達は今何をしているんだい?

ノエル:1人2人は、プロのフットボール選手をしてるよ、ポーツマスとかサウサンプトンといった小さなクラブでね。他はマンチェスターに埋もれてる。

ケン・ローチ:君達の世代あたりから変わってきたのは、規律が無くなったことだね。モラルの面でということじゃないよ。私達の頃の北部労働者は、仕事に縛 られていた。両親から、そして祖父母からそうあるべきだと教え込まれていたんだ。みんな労働に従事し搾取されていたが、そういう生活に疑問を持つ者はいな かった。でも、君達は人生の意味を押しつけられていない。以前には働くことに地位や誇りを感じていたものだが、サッチャー政権の発足で、失業者が一気に100万人 増加しただろう。その時、労働の尊厳が失われたのさ。サッチャーがワーキングクラスを壊した。君達の年代は、そういうコミュニティに属するということ自体 想像しにくいんだろうが.......たぶん私より、君達の方がこの変化には気付いているかもしれないな。

ノエル:些細なことかもしれないけど、その当時は、家族はみんな同じ時間に起床していたんだ、仕事があったからな。そしてみんなで食卓を囲んで話をした。 どこの通りも工場だらけになって、それも閉鎖された時、家庭は空っぽになった。マンチェスターの北部では、どこも空き家が目立って。それよりも悲しかった のは、空き家が増えるごとにホームレスもそこらじゅうで溢れていったことさ・・・。

ケン・ローチ:失業者達の中で、空き家を改修する石工たちだけは仕事があった。

ノエル:仕事に対する敬意なんて、マンチェスターじゃもうないのと同じさ。仕事がどんなものだったかからして忘れてるんだもんな。俺は幸運にもこうして好 きな仕事に就くことができた。スタジオに入って、曲をレコーディングして、レコードを作って、素晴らしい人生を送る。そして、みんなにも小さな幸せを届け る。俺のダチのほとんどは、自分の仕事を嫌ってるんだぜ。

ケン・ローチ:国は国民から工場の仕事を奪ったと同時に、それまで持っていた仕事の倫理に反している自らを労働者達は責め始めた。仕事を奪って、失業者で あるというコンプレックスを与えたんだ。サッチャーイズムの始まりで、人々は「働いていない」という自らの規律に反する状況に立たされた。あの頃がおかし かったんだ。仕事を嫌う心理はしごくまともだよ。

ノエル:この60年間は、失業したと聞いてもどうせ一時的なものだろうとどこかで思っていた。でも今は仕事がないのがごく普通の状態だろ。だからみんなも その状況に順応し始めた。つまり午後4時に目覚めるようになったのさ、早く起きたってどうせやることがないんだからな、息をする以外に。

ケン・ローチ:昔は仕事が、グループ、つまりコミュニティ単位で形成されていたからね。でもその枠から出てしまえば、一人ぼっち、私達は孤独な存在なん だ。北部ではもうそのコミュニティもなくなってしまった.....「どうして朝早くから起きる必要がある?どこに行けって言うんだ?」ということになっ た。

ノエル:わざわざ外に出かけて自分と同じような失業者を見つけて「仕事がない」って愚痴を聞こうなんて、誰が思う?家にこもるのがみんなのためなんだよ。 俺はマンチェスターには精通してる。あそこには仕事をしてるやつがいねえんだ。30年前はお互いに固くつながっていたのに、今では口をつぐんだまま何も話 そうとしない。喋ることがないんだよ、一日一日を生きるのに精一杯で。俺だってフットボールとギターがなかったら、今頃どうなってたか......俺には 曲を書く才能があったからこうやって生きていられる。だからみんなを楽しませるためにできるだけのことはやるつもりなんだ。それ以外みんなのために出来る ことなんて、俺にはないからな。冴えない一日のうちの3分30秒。悲しいけど、俺にはそれくらいしか貢献できない。

ケン・ローチ:私にはそれすらもできないさ。映画っていうのは、音楽ほどにストレートな衝撃は与えられないからね。OASISの音楽のように理屈抜きの迫力があるわけじゃない。

ノエル:俺達の音楽を聴けば、何もかも忘れて踊ることができる。確かに映画を見て踊ってるやつは見たことねえな.....(笑う)。

ケン・ローチ:君達の音楽は、社会を攻撃、破壊するものでなければならないんだ。私達の世代から反感を持たれる強さを持たなければね。親世代も気に入るような音楽を聴く方が、おかしいんだよ。

訳注1: ケン・ローチ(Ken Loach, 1936年6月17日 - )はイギリスの映画監督・脚本家である。左翼を自称し、一貫して労働者階級や第三世界からの移民たちの日常生活をリアルに描いている。

訳注2: ケス(Kes)は1969年制作のイギリス映画。ヨークシャーのさびれた炭坑町が舞台である。