ギャラガー兄弟

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7月20日
「contactmusic」より。リアムが娘に会おうとしない理由。

12歳になる娘モリーと会おうとしないことを、母親であるリサ・ムーリッシュに暴露されたリアム・ギャラガー。

今週末、リアムに直接話を聞いたところ、彼はリサと会うとことが厄介になるから、モリーと会わないことが「一番良い」のだと話した。

「モリーは良く育ってるよ。可愛がられてる。でも大きくなるにつれて、俺が突然現れてあの女と言い争うところを見せるよりは、(行かないほうが)良いと思ったんだ。あの母親とはしゃべらないんだよ。上手く行ってねえんだ。モリーは俺が誰だか知ってるし、あの子に何か必要となったら、俺はいつでも力になるよ、金銭面でね。生まれた時からそうしてきたんだ。そういう問題じゃないってわかってるけど、でもこれがお互いにとって一番良いんだよ」。
7月19日
■「contactmusic」より。リサ・ムーリッシュ、リアムに反撃開始。

9歳になるジーン君を毎日学校へ送り迎えするなど良いパパっぷりが浸透してきたリアムだが、リアムとの間に12歳になる娘モリーを授かったリサ・ムーリッシュがその評判を覆す発言をTwitterで流した。

「あの記事について...私の娘のことね。14年前、私はマンチェスター出身の男性と2年間に渡って時々関係を持っていたの。その結果妊娠し、美しい娘が生まれた。私が生むと決めたことにマンチェスター出身のその男は激怒して、その娘とは一切関わりを持たないことにしたの。悲しかったけど、受け入れることにしたわ。彼は、生活費は出すと言った。今、娘は12歳。本当に素晴らしい子で、皆から愛されています。自分のことが書かれた記事を知ることができるだけの年なの。モリーが私とも父親とも良い関係を築くことが、私の唯一の望み。そのためなら何でもする...。これまでもそうだったように、どんな困難にも立ち向かっていくつもりよ」。

リアムには、モリーのほかに、前妻パッツィ・ケンジットとの間に10歳になる息子レノン、現在の妻ニコル・アップルトンとの間に9歳になる息子ジーンがいる。

■「vogue」より。リアム、Pretty Greenについて語る。

Pretty Greenとその他の企業との違いは、デザインに関する哲学にあるとリアム・ギャラガーが話した。

「俺達は、その他大勢のファッションデザイナーとは違う。俺達のは街で暮らすラッドのためのファッションなんだよ」。

さらに、ブランドを立ち上げた理由はお金ではないと主張。

「金の話はしたくねえんだ。野暮だろ。金にならなくても、俺はやる」。

ファンから、写真やサインをねだられるのは気にしないリアムだが、ショッピングは込み合わない朝に限ると話した。あなたのためだけにお店が開店したらいいですねと言うと、彼はこう答えた。

「そりゃおかしいぜ、どうかしてる。いいか、一般大衆と一緒にショッピングするのはかまわないんだ。俺だって一般大衆なんだからな」。

■「contactmusic」より。リアム・ギャラガー、子供を巡る噂に怒り心頭。

去年8月、フランスのパリで勃発した兄弟間の喧嘩によって、解散に至ったOASIS。その喧嘩の原因として、リアムがノエルの息子ドノヴァンに会うことを、ノエルが拒否したからという説が出ているが、リアムはその噂を一蹴した。

「あいつの息子に会ったことくらいあるっての!あとこれは絶対書いてほしいんだけど、あいつは俺の息子達に会ったことがないんだ。息子の誕生日パーティをやる時は、必ずドノヴァンを招待する。だけど、ドノヴァンの誕生日パーティの時、俺達は招待されなかった。あいつが俺の子供達と一緒に紅茶飲んだり公園に散歩に行ったりってことはねえんだ、あいつが会おうとしねえんだよ!」。

「コンサート会場では見たことがあるはずだ、俺が連れて行ったからな。でもあいつは自分の子供を連れてこない。子供向けの場所じゃないって言ってね....だから、俺があいつの子供達のことを嫌ってるとかいうのは全部ファッキンデマもデマなんだよ...俺は子供が大好きなんだぜ。あのバカ、いつもみてえにあることないことくっちゃべってるだけなんだ」。

リアムには現在3名の子供がおり、ノエルには2名の子供がいる。

■「contactmusic」より。リアム、ジョン・レノンを好きになったのは...。

デビュー当時から、ジョン・レノンの歌い方やファッションを手本にしてきたリアム。しかし、彼がレノンに心酔しだしたのは、レノンが殺害された1980年だったと話した。TVで事件が報道されている際に流れた「Imagine」のミュージックビデオがきっかけだったという。

「俺が8歳の時で、1階に下りてみたらTVでImagineが流れてたんだ。心に焼きついたよ。レノンって声が良いよな。あの声だよ。平和運動がどうだとかヨーコがどうだとか、アソコがどんだけでかかったとか玉が1つだろうか3つだろうがどうでもいいんだ。俺はやつの声が好きなんだよ。あの声を聴くと、心が動く。悲しくなったり、幸せな気分になったり、怒りがわいてきたり。俺の気持ちを動かすんだ」。

7月17日
「gigwise」より。リアム・ギャラガー:Beady EyeはOASISよりもビッグになる。

ノエルを除く元OASISのメンバーが揃うリアムの新バンドBeady Eyeは、現在デビューアルバムを製作中だ。

The Sunday Timesがリアムに行ったインタビューによると、Beady EyeのサウンドはOASISに「そっくり」だが、T-RexやJerry Lee Lewisの要素もあるという。

OASISよりもビッグになれるかという質問に対し、リアムは「ビッグになるさ」と答え、「音楽に関しちゃ何の心配もない。俺の声に関してもね。今が最高だぜ。これこそロックンロールだ。今俺達がやってることと比べたら、OASISはポップバンドだったと言ってもいい」。

さらに、2009年8月の喧嘩別れ以降、未だに口をきいていない兄ノエルについて、

「もう終わったことだ。あいつにはあいつの、俺には俺の人生がある。お互いが幸せであればそれでいいと思うんだ」と話した後、「すぐに戻ってくるさ」とインタビューを締めくくった。

Beady Eyeは、今年の終わりにデビューシングルの発売を予定している。

7月16日
「dailystar」より。リアム・ギャラガー、ロックな生活を封印。

かつては、酒に煙草、Vサインを振りかざし、パブでの喧嘩に明け暮れたリアム。しかし、インタビューによると、今では妻のニコルと9歳になる息子ジーンと一緒に落ち着いた家庭生活を楽しんでいるという。

インタビューを行ったリンは、「リアムは毎朝ジョギングをして、子供達を学校に送るの。授業参観にも行くし、毎日お母さんに電話をするのよ」と、話している。

さらに、紅茶を嗜み、The Jeremy Kyle ShowやDeal Or No Dealといったお昼のTV番組が大好きなのだそうだ。

このライフスタイルの激変振りには、彼を取り巻くファン達にも驚きをもたらしている。

ミルク配達人として働くマーク40歳。右の腕にOASISのタトゥーを入れるほどの大ファンである彼はこう話す。「タトゥーはもう消したほうがいいかもしれない。憧れの人物がこういう風になるなんて信じたくないよ」。

リアム自身も、バンド最盛期の90年代は「ロックスターがエクササイズ?どうかしてるぜ。両立は無理だ。飲みすぎることはあるけど、腹筋したりジョギングすることは絶対にない。ボノがLAで、ヴォルヴィックのボトル持参で真っ白な足さらして走ってる写真見ただろ。笑えるよな」と、話していた。

しかしいまや1日5マイルは走りこむようになったリアム。家にあるルームランナーの音がうるさいと近所から苦情が出るほどだ。

「ドラッグを山ほど吸って...前の晩もその前の晩も話したのと同じクソみてえな話をするために夜更かし」という生活を繰り返した後、心を入れ替える決心をしたのだと話す。

「自分に誓ったんだ。『ちょっとペースを落とそう』ってね」。

7月13日
■「gigwise」より。ノエル・ギャラガー、ワールドカップでMaroon5のアダムと間違えられる。

南アフリカで行われたワールドカップを現地で観戦したノエルだが、その際、Maroon5のリードシンガーであるアダム・レヴィーンと間違えられたことを明かした。

11日に行われたスペインVSオランダの決勝戦にゲストとして招かれたノエル。彼が「アダム」を見つけたのは、たくさんの著名なゲスト達と試合前のディナーを楽しんでいた時だった。

「ナオミ・キャンベルやゼザニ・マンデラ(ネルソン・マンデラの娘)、内務大臣、アフリカ民族会議の党員達と一緒に食事してたんだよ。そこかしこに武装した警備員がいてさ。ありゃすごかったな。そこで、タンザニアからきたどっかのアホが、俺をMaroon5のリードシンガーと間違えやがったんだ!」。

■「manchestereveningnews」より。ノエル・ギャラガー、シティの更なる補強に興奮。

ノエル・ギャラガーが、マンチェスター・シティのCEOであるギャリー・クックとランチを共にしたようで、 ロベルト・マンチーニ監督がタイトル獲得に挑戦できる24名のメンバーを紙に記したと話した。


「ギャリー・クックとゆっくりランチをしたんだ。来月に知らされることを聞いたらみんなきっと興奮するぜ。今はまだ何も言えないけどな」。

メッシやクリスティアーノ・ロナウドについては首をふったノエルだが、フェルナンド・トーレスについては沈黙を守った。

「ギャリーはナプキンに彼らの名前を書いていた。チームに加わる選手のね。その紙に書かれた24人の選手を見たら、来シーズンは全試合勝てると感じるよ」

「別にうぬぼれているわけじゃないし、すべてに勝つと言っているわけじゃない。でも、『俺達以上のチームがいるか?』ってことさ」。

「チェルシーには経験がある。ユナイテッドにはアレックス・ファーガソンがいる。だが俺達が来シーズンの優勝候補の3番手だと考えたら興奮したよ」。


7月11日
「bbc」より。ノエル・ギャラガー:「勝つのはスペイン」。

ノエル・ギャラガーは、日曜日に行われるワールドカップ決勝戦ではスペインが勝つと見ているようだ。

決勝戦を見るため、ヨハネスブルクのサッカー・シティ競技場に行くというノエル。BBC Radio5では、「スペインは世界一のチーム。ヨーロッパチャンピオンシップのタイトルを獲得してからはすごいよ」と、話している。

特に、ミッドフィルダーに注目しているようで、スペインのシャビとアンドレス・イニエスタ、それに対抗するオランダのナイジェル・デ・ヨングとマルク・ファン・ボメルを比較した。

「イニエスタとシャビの仕事をデ・ヨングとファン・ボメルを止められるかどうかが焦点だな。デ・ヨングはマン・シティでプレイしてるだろ、やつはストッパーさ。ファン・ボメル、あいつは敵の足を狙っていくからな。でもスペインの選手はチャンピオンリーグでそういうのを散々経験してるんだ。勝ち負けはミッドフィールドで決まると思うね」。

また、2回戦でドイツに4-1で惨敗したイングランド代表を振り返り、今すぐファビオ・カッペロを解雇したほうがいいと話した。

「イングランドには、イギリス人の監督が必要なんだよ、本当に。遅かれ早かれハリー・レドナップを連れてくるべきだ。今選手をやる気にさせることができるのは彼しかいないな」。

ワールドカップで1得点しかできなかったウェイン・ルーニーの働きぶりにも、ノエルは満足していない。

「試合前にトンネルの中で催眠術でもかけられたんじゃないか、あの試合っぷりは。誰かが耳元で囁いたのさ。『この丸い物体(ボールのこと)を見てごらん。ここを出たら、あなたはこの物体を一度も見たことがなくて、何をするものなのかもわからなくなります』ってね。次のシーズンをTV観戦するとしても、ウェイン・ルーニーとフランク・ランパードの名前は聞きたくもないね。ワールドクラスとか何とか言ってるが、ウィガンやサンダーランド、トッテナム相手なら誰だってワールドクラスだろ。ワールドクラスっていうのは、トーナメントを勝ち上がって世界を相手にやってのける連中のことを言うんだ。イギリス出身で世界に通用する選手はたくさんいるだろって?俺はそうは思わないな」。

7月1日
リアム・ギャラガーの新バンドBeady Eyeの写真を1枚。↓
http://bit.ly/abXvAX

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oasisstandard@livedoor.com

2010年6月号

6 月25日
■「couriemail」より。ポール・ウェラー、ギャラガー兄弟について語る。

最近のインタビューで、ポー ル・ウェラーが次のように話している。

「二人とも全然違うタイプなんだよ、何て言うかな。どっちもそれぞれの魅力があるし、どっちも俺の 友達だ。だから口には気をつけなきゃならないんだ、ほんとにね」。

「リアムは確固とした世界観を持ってる。世界の動き方、その中での自分 の立ち位置をわかってるんだ。俺には具体的なことは言えないよ、想像すらつかない。でもリアムの中に確立したものがあることは間違いないね」。

「そ れに比べるとノエルはもう少し現実的。いや、相当現実的さ」。

「俺は、リアムの人生観を聞くのが大好きでね。変わってるよ。古代の哲学者 の話を聞いてるみたいで、とても面白いと思う」。

■「metronews」より。ノエル・ギャラガー、婚約したてのラッセル・ブランドに アドバイス。

先日、USのシンガー、ケイティ・ペリーとの婚約を発表したラッセル・ブランド。彼は、親友のノエルからケイティと明るい未 来を築くためのアドバイスをもらったそうだ。

「ノエルに上手くやる秘訣を聞いたんだ。そしたら『彼女がどんなことを言ってもとにかく『は い』と言っとけ』だってさ。これが効くんだよ。この方法を採用したら絶好調だ」。

6月10日
■リアム・ギャラ ガー、プロデューサーのスティーヴ・リリーホワイトとレコーディング中。
写真を見る。↓
http://bit.ly/a5WUND

■OASIS オフィシャルサイトより。

[Little By Little/She Is Love]


[Let There Be Love]


[What's The Story Morning Glory?]


[Shock Of The Lightning]


6月8日
■cafe manduka×OASIS

ル ミネマン渋谷店1階にあるcafe manduka(カフェ・マンドゥーカ)が、6月22日までの期間限定でOASIS cafeとなるそうです。ぜひ、足を運んでみてください。写真はこちら。↓
http://bit.ly/97JZeN

情報をくださった「通りすがりのかた」、ありがとう ございます!

OASISのベストアルバム「Time Flies...1994-2009」の発売にあわせて、日本各地で行われているキャンペーン情報を募集しています。些細なことでも大歓迎ですので、どう ぞご連絡ください。↓
oasisstandard@livedoor.com

■OASIS 日本公式サイトより。OASIS最後のアルバムついに発売!名曲「Whatever」ビデオは、実は泥酔状態だった!?知られざるOASISの素顔を初告 白した初回盤封入DVDに話題沸騰!

詳細はこちら。↓
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/Oasis/news/index.html

■OASIS オフィシャルサイトより。

[Shakermaker]


[The Hindu Times]


[Don't Look Back In Anger]


■OASISオフィシャルサイトより。「Time Flies...1994-2009」のTV-CM。↓



6月7日
ノエル・ギャラガーが、6月6日放送のSport Barに登場しました。

■誕生日はニューヨークで。

「ビルが建ち並んでいて、黄色いタクシーが走っていて、デブがたくさ んいて....良かったよ、天気も良かったし、ちょっとぶらぶらして、特に何もしなかった」。

■もらったプレゼントは1つだけ。

「マー マイトの瓶」。

■ひどい二日酔い

「2日間苦しんだよ、ひどい、あれはひどかった....それでも酒を飲むのはやめられな いんだけどね」。

■今着手している仕事は?ニューアルバムを出すんでしょう。

ノエル:いやいやいや、何もしてないよ。俺 がしてることは...いや、何もしてない。

■OASISのベストアルバムが出ましたね。

ノエル:そうだな。来週シングル を集めたアルバムを出す。27曲のシングルを初めて1枚のCDにまとめたんだ。

■どうして「Whatever」は、これまでアルバムに入 れなかったんです?

ノエル:それは....この曲は「Definitely Maybe」と「Morning Glory」の間に、取り残したような曲なんだ。OASISを始めた時、俺達はこう取り決めをしていた。3ヵ月ごとにシングルを出そう。それこそずっと ね。3ヶ月目がやってきて、ちょうどアルバムとアルバムの間になった。それで「Whatever」をリリースしたんだ。その頃にはもう「Morning Glory」は出来上がっていて、どうもそのアルバムには馴染まないと思った。それで、この曲を独立したシングルとして残しても面白いんじゃないかと思っ たんだよな...今じゃ誰もそんなことしないだろ。

■「Time Flies...1994-2009」は、話題となりそう?

ノ エル:うーん、iTunesがある今、これがどれだけの意味を持つのかはわからないね。そうだろ?つまり、iTunesで簡単に自分でシングルコレクショ ンが作れる。だから、シングルコレクションを発売することが今の時代に合ってるのかよくわからないんだ。それに、OASISのファンならとっくに全部のシ ングルを持ってるだろ。そういうバンドなんだ。OASISは。まあ、俺達はみんなに好かれるようなバンドじゃないんだ、好きか嫌いか二つに一つさ。だろ?

■Royal Albert Hallで披露したアコースティックセットのような作品を、どうして発売しないの?

ノエル:ええっと....2007年 にRoyal Albert Hallでやったやつは、iTunesで買えるぜ。収益は全部寄付されるんだ。だからもう発売はしてる。どこかで手に入るだろ。それともなんだ?スタジオ に入って、レコーディングしなおせと?

■ええ、アンプラグドみたいに。

ノエル:そうか。でもそれって逃げだよな?アコー スティックギグをやってる時だって、曲にアレンジ加えて色々やってんだぜ。わざわざアンプラグドを作ることに何の意味があるんだ?何か得になることがある か?いいか、俺は金はほしくないんだ、名声もほしくない...。

■では何をします?新作の予定は?今すぐの予定は難しくても、長い目で見 て、何をしたいと考えています?また、スタジオに戻る気は?

ノエル:うん、あるよ。書いてある曲はあるけど、手を着けるのはワールドカッ プが終わった後だな。今は本当に怠けたいだけ怠けてるんだ。たんぶ、君がこれまで出会った中で一番の怠け者だよ、しかもすでに尋常じゃない規模の成功を収 めてるっていうね。何が言いたいんだろうな?(笑う)。デビュー当時は貧乏をエネルギーにして走っていた。貧乏じゃなくなったらこう思ったのさ。「もう面 倒くせえな」。

■昔書いた曲で、最近掘り出したものはある?

ノエル:うーん、そうだな...OASISのアルバムに入ら なかった曲はたくさんあるよ。デモみたいな形で転がっていたりね。だからやる気になった時に、そういう曲を見直すことはあるかもしれない。でもそうでなく ても俺はいつだって曲を書いてるからさ、わかるだろ?でも、まあ、全然焦りはないんだ。バンドもやってないし。今は俺だけだからな。

■Adidas の新しいCMについて。

ノエル:あのCM知ってるだろ?俺も一瞬登場してるぞ、見逃したかもしれないけど、出てるんだ。まるで一斉に撮影 したように見えるけど、Snoop Dogやベッカムと一緒に撮ったわけじゃない。みんなはLAで撮ったんだけど、俺は、アディダスの幹部に友達がいるからさ。そいつに「ちょっと金稼がない か?」と言われたわけ。「さあな、金ならもう余るほどあるんだ!」「こういう広告に出たくないかい?」。ストリートパーティみたいな作品にするってこと と、スター・ウォーズ風のCMにも出れるときた。



それを聞いて俺は「今でも覚えてるぞ!1977年にスター・ウォーズの初 公開を見に行ったんだ!」さ。スター・ウォーズの大ファンでね。「よし、出よう」で決まりだ。そしたら、台本が送られてきて、俺が宇宙人めがけてコース ターを投げるときた。「へえ、これなら余裕余裕!」ってさ。完成版はまだ見たいないんだけど、自分のシーンは見た。「何て言えばいい?こりゃ最高だぜ!」 と思ったね。

6月6日

■「NME」より。リアムの新バンドBeady Eyeが、お目見えするのはいつなのか?

発 売中のNMEには、次のように書かれています。

この夏にはアルバム発売やギグをするとのことだったが、実際のリリースは2011年になり そうだ。NMEの情報によると、バンドの音楽的傾向からみて、リアム作の曲を除いてOASISの曲がギグで演奏されることはなさそうとのこと。

■ 「dailystar」より。8月13日に開催されるVintage At Goodwood Festival。再結成を果たした70年代の伝説的ロックバンドThe Facesも出場するが、そのパフォーマンスにノエル・ギャラガーが参加するという情報あり。

歴代シン グル曲全てを網羅した究極のベスト・オブ・ベストアルバムを発売したOASISを総力特集!

以下引用。
「Time Flies...1994-2009」のリリースを記念してお送りする、なんと3時間にも及ぶOASISのミュージックビデオの大特集。記念すべきデ ビュー曲「スーパーソニック」、その名を 一躍知らしめることとなった「ホワットエヴァー」、シングルでは初めてUKチャート1位に輝いた「サム・マイト・セイ」、自らの地位を不動のものとした 「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」、00年代の代表曲「ライラ」「ショック・オブ・ザ・ライトニング」などなどロック史に残る名曲の数々を一挙 にオンエア!“現代のビートルズ”とも言われるOASISの栄光の軌跡を総括する180分間。永久保存版です!

6月6 日 20:00-23:00
詳しいオンエアリストは公式サイトまで。↓
http://www.v-music.ch/special/special/201006/oasis/

6 月4日
OASIS日本公式サイトより。
■MTVにて、6/9<ロックの日> にベスト・アルバム『タイム・フライズ・・・1994-2009』をリリースするオアシスの特集が続々と決定!!

■オアシス 最後のアルバム『タイム・フライズ・・・ 1994-2009』CMに佐藤 健さんの出演が決定!


詳しくは公式サイトに て。↓
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/Oasis/news/

6 月3日
OASISオフィシャルサイトより。

[Whatever]


6月2日
■「NME」より。現在発売中のNMEより。ノエル・ ギャラガー:どうしてフットボールの応援曲はどれも「クソ」なのか。

あなたの好きなフットボールソングは?

ノ エル:どれもそろって駄曲ぞろいだろ。ワールドカップ公式ソングでまともだった曲なんて1つもないぜ。

「World In Motion」も?

ノエル:あれね、でもあれは公式ソングじゃなかったろ?あいつらがそう言いふらしてるだけだ。そうなんだよ。 知らなかったのか!まあ、あのラップを除けば...そうだな、あの曲は良いかも。

カルロス・テベスが、自身のバンドでワールドカッ プに向けて曲を発表したらどうします?

ノエル:そのバンドの話はよく聞くな。実際どうなんだ?俺の前いたバンドに影響を受けたら しいから、センスは申し分ないと思うよ。良い曲ができるかもな。

ラッセル・ブランドとKasabianのサージのインタビューも掲載。

あ なた達のファンとフットボールファンの間に共通点はありますか?

ラッセル:Kasabianのファンとは共通点が多そうだよな?

サー ジ:そうだな、良いことだよ。すました連中よりずっと良い。心から楽しむことを知ってるファンを持つことはね。

ラッセル:俺のファンも見 習ってほしいな。ほとんどが女の子だからさ。「頼むから聞いてくれ。これはとても繊細なジョークなんだ。頼むからわめかないで」って言うんだぜ。フット ボールとは全然違う。でもバンドの場合、フットボールのファン層に重なる部分は多いよね。前にノエル・ギャラガーと一緒にギグをやったんだけど、失敗だっ たよ。1000席くらいあるKOKOで一度だけやったんだ。「客席は、古き良きラッセル・ブランドファンとOASISファンで半々くらいだな」と思ってた わけ。「俺がまず出て15分大いに客を沸かせて、それからノエルを出そう」ってね。それで俺がステージに歩いていったら....「OASIS! OASIS! OASIS!」の合唱さ(笑う)。それで俺の15分間はただ流れ去って...「ノエル・ギャラガー、どうぞ!」。本当に「クソッたれ!」って思ったぜ。 フーリガニズムの壁に立ち向かってジョークを飛ばす気になれるわけないだろう。全員ノエルのファンだったんだ。始まる前にノエルに「緊張してるだろ、俺も さ」と言ったら、(ノエルの声を真似して)「たったの1000人だろ。ネブワースなんて40万人だぜ」と返されたよ。

■OASISオフィ シャルサイトより。

[D'You Know What I Mean?]

「ボロボロのアコースティックギターだけでロン ドンへやってきた俺が、ついにロールスロイスを手に入れた頃だった。俺達はその当時何もなかった音楽界に登場したんだ。不毛の時代だったんだよ。そして ウェンブリーの3日間ギグチケットは完売になった。どういうことかわかるだろ」。

楽曲の長さについて。

「『8分聴く価値 のある曲をどうして4分に編集しなきゃならないんだ?』その当時の俺は、スタジオでの俺はそれは頑固でね。誰かが『長すぎる』と言っても、『まだまだ だ!』という始末だった。レコードを1200万枚売り上げたばかりだったし、クリエイションの精神は、『いつだってアーティストが正しい』だったんだ。で も自分が正しかったとは思わないな。今じゃあのアルバムに収録されてる曲はどれも聴く気になれないからな!長すぎる。もっと質を上げて、曲を短くすればよ かった」。

しかし、この時期は、OASISとして一番楽しい時期でもあったという。

「でも....あの頃はOASISと して生きてることが本当に楽しい時期だったんだ。言わせてもらおう、最高だったよ、本当に」。



6月1日
「sun」より。ノエル・ギャラガーに感銘を受けたラッ セル・ブランド。

映画「Get Him To The Greek」で、ロックスターAldous Snowを演じたラッセル・ブランドが、その「傍若無人ぶり」を表現するため、ノエル・ギャラガーを参考にしたことを明かした。

「この主 人公が持つ傍若無人ぶりは、ノエルに影響を受けたんだ。どう表現しようか悩んでいて、聞いてみた。『ノエル、どうして君はそういう風に傍若無人でいられる んだ?』。そしたら『傍若無人』の意味についてちょっと説明しなくちゃならなくて.....いや、ノエル・ギャラガーは素晴らしい人間だし詩人でもあるけ ど、『傍若無人』って言葉は俺が教えなくちゃならなくってさ。ノエルはこう答えた。『わかってるからさ。どこに行こうが、何が起きようが、周りが何と言お うが、ギターを持って演奏すれば、大勢の人間が俺を見るために10ポンド払うんだ』。それで、『こりゃいい』と思ったね。Aldous Snowは、自分の才能には金を払わせる力があると信じてる。コメディアンだろうが何だろうが他の職業だったら、もっと神経質に考えそうだよな」。

Paul Gallagher - Myspace - December 2009

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The Beatlesが、脅威の実験作「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」を発売し、ジミ・ヘンドリックスが、ロンドンのAstoria TheatreでFender Stratocasterに初めて火を放ち、エルヴィス・プレスリーが、L.A.で21歳のプリシラ・ボーリューと結婚し、チェ・ゲバラが、ボリビアで内乱を煽動したとして処刑され、グラスゴー・セルティックが、初めてイギリスのフットボールチームとしてリスボンでミランを2-1で叩き潰し......そして、ノエル・トーマス・ギャラガーが、マンチェスターのロングサイトにあるサンディクロフト通りの2番地で生を受けた。

その年、1967年は、過去40数年の輝かしい歴史と比べれば、絶頂の瞬間ではなかったかもしれない。しかし、ノエル・ギャラガーの作曲に関する天賦の才は、彼が単なる一市民を超える存在になることを約束していた。

これは書き留めておくべきだろう。ノエルは、マンチェスターの質素な家に住むギャラガー家にとって初めての子供ではなかった。長男という名の称号は、その上の兄、ポール・アンソニー・ギャラガーが得ていたのである。

ノエルとリアムのような有名で成功した弟を2人持つということは、90年代半ばから終わり、つまりOASISが音楽界の至宝だった時代においては、障害物だったと言えぬこともない。Joy Division、The Smiths、Happy Mondays、The Stone Rosesといったマンチェスターの偉人達の姿を追うように、OASISは他のどの都市のライバル達よりも多くレコードを売り続けた。

ポールは、あっという間に弟達がタブロイドのネタとなっていく様子を目の当たりにした。パロディじみた兄弟喧嘩を繰り返す「ノエルとリアム」が、描かれた。MTVが、「セレブリティ・デスマッチ」(有名人同士が、リングの上で激しく無意味な過激なバトルを繰り広げるクレイアニメ)向けに、タチ悪く酔っぱらったマンキュニアンの無骨者に仕立て上げた粘土人形を作りたいと申し出たら、有名人の地位が手に負えない状況になってきた時なのだ。

実際、コントロール不能だった。1996年、ネブワースで25万人のファンを前に、OASISが人気の頂点に達した時、ポール・ギャラガーは、次のように書いている。

「プレスの過剰報道が熾烈さだけならまだしも見当違いがいよいよはなはだしくなった。私は、言うべきことは言い、それからはもう放っておくことにした」。

当時、イギリスのプレスは、ノエルとリアムの生い立ちや母親との関係を些末なことまで発掘しようと躍起になっていた。プレスの作り上げた劇の中で、母親ペギーは、映画「ザ・クレイズ 冷血の絆」の中の母親バイオレットのように威厳あふれる女性に、長男であるポールは不当にもギャラガー家の厄介者として登場し、そして兄弟と疎遠な父親トミーは自ら暴力を振るう人間嫌いな男を演じてみせた。この13年で、ギャラガー兄弟と父親の関係に何か進展はあったのだろうか?

「何も変わってない。俺達の間に関係なんてない。これまでもこれからもだ」。

3人兄弟の中で、たぶん驚くべきことだろうが、ギターを最初に手にしたのはポールだった。が、すぐにたなざらしとなり、8歳のノエルが練習をし始め自分の部屋に持ち込んでしまう。ひきりなしに聞こえてくる弟が弾くギターの音からどうにか逃れようとしていたポール。

「俺はノエルと部屋を共有したことはないけど、リアムはしていたよ」。

ほかの事はともかく、OASISファンはポール・ギャラガーに感謝するべきだろう。後に「Live Forever」や「Wonderwall」を作り上げる男に楽器に触れるきっかけを与えたのは、まぎれもなく彼なのだから。

すぐに「ノエルには勝てない」と気付いたポールは、楽器を弾くことをあきらめ、「やるべきことをわかってる連中に楽器は任せることにした」。ノエルとリアムが成功する姿を見て、自分もとは思わなかったのかと尋ねると、ポールはあっさり退いた。「いや、あの『バス』に乗ろうとは思わなかったね」。

一方のノエルは、その「バス」から決して降りようとはせずギターの練習を続けて演奏と作曲のスキルを身につけ、その勢いは、リアムがしていたバイオリンの習い事が陰に隠れてしまうほどだった。働いていたガス会社で、足の上にガス本管が落ちて怪我をしたことをきっかけに倉庫番に回ったノエルは、仕事場にアコースティックギターを持ち込み、ポールが次の仕事を見つけてくるまでには、立派なギタリストに成長していた。

労働者達にナットやボルトを渡す作業をしている頃だった。ノエル・ギャラガーは、後にOASISのデビューアルバムに収録されることになる4曲を作り上げる。ノエルの初期の曲群の素晴らしさに、ポールは気付いていたのだろうか。

「もちろんさ。良い曲ってのは聴いたとたんにわかるよ。曲の力を強めるのは他の人がやる仕事さ...そしたらこうなった!」。

その頃にはすでにたくさんの名曲を書き上げていたノエルだが、まだその才能は世の人の知るところではなかった。彼は、80年代半ばに一時Fantasy Chicken and The Amateursという5人組バンドで、ポール・バーズリーと演奏し、21歳になった1988年には、Inspiral Carpetsのフロントマンのオーディションに参加したりしていた。

The Charlatansのヴォーカル、ティム・バージェスやノエルを抜いて、合格したのはトム・ヒングリーだ。ノエルは代わりにローディ、楽器の技術者としての仕事をオファーされる。これは、重大なミスといっていいですよね?

「もしノエルがInspiral Carpetsのヴォーカルになっていたら、OASISはきっと生まれなかっただろうさ。願いことは慎重にしたほうがいいね」。

ノエルがInspiral Carpetsのツアーメンバーから抜ける頃には、弟リアムは、エレクトロミュージックやヒップホップから抜け出してギターミュージックに興味を持ち始めており、The Stone Rosesの熱狂的な支持者となっていた。

「Spike Islandで、リアムはThe Stone Rosesを見たんだ。イアン・ブラウンは彼からしてみれば、特別なところはない普通の男に見えた。それで、自分なら同じこと、いや、それ以上のことができると信じるようになったんだ」。

ポールはというと、80年代をマンチェスター市警察で働き、1989年から1990年にかけてマッドチェスターの快楽主義にはまっていく仲間達を横目に、酒と煙草にふけっていた。

「Manchester International 2とかBlackpool Empress Ballroom、それにSpike IslandでもSton Rosesを見たよ。輝ける日々だったね」。

ポール・アーサー、トニー・マッキャロル、ポール・マッギガンと一緒に組んでいたヴォーカルのクリス・ハットンが抜けて空白が出来たバンドThe Rainに、リアムが自分の居場所を見つけるのに時間は要さなかった。

「リアムがThe Rainを作ったんじゃない。もうすでに出来ていたんだよ。リアムが入ってバンド名をOASISに変えたんだ。そしてノエルが入り、それから...この後はよく知ってるだろう」。

1991年8月、OASIS - まだノエルはメンバーになっていない - は、マンチェスターのBoardwalkで初めてのギグをする。弟の音楽キャリアをサポートするよう頼まれていたポールは、まさにその場に居合わせた。

「1991年から、俺はOASISのUKギグはほとんど見てるよ」。

ほんの50名の観客のうちの1人だったポールは、歴史的なパフォーマンスを目にすることになった。リアムが初期に作曲した「Take Me」や「Alice」、「Reminisce」といった楽曲に、才能を感じたのだろうか。

「リアムに?いや。今は目覚めたみたいだけどね。いつもフロントマンになりたがってて、作曲は他の誰かに任せていたよ。今じゃ両立させてるようだけど」。

3年もしないうちに、ノエルがOASISに加入し、作曲を担うようになったその結果、UKで最速の売り上げをみせたデビューアルバム「Definitely Maybe」のリリースへと結びついたのだ。ちょうど、他のマンチェスター出身バンドが憂き目を見ていた頃だ。The Stone Rosesは、元マネージャー、レコード会社の両者それぞれと法廷争いを繰り広げており、「Yes Please」の製作中だったHappy Mondaysは、まさに前作「Pills 'n' Thrills and Bellyaches」のタイトルを地で行ってしまっていた。そんな中、OASISは果敢に頂点を目指し、The Stone RosesやHappy Mondaysがかつての輝きを取り戻すことは二度と無かった。

「OASISの成功は、The Stone Rosesの崩落とは関係ない。『Definitely Maybe』からの始まり。あれは運命だった。彼らを止めるものは何も無かったんだ」。

OASISの運命は、喧嘩沙汰や功績と共にイギリスの音楽界とタブロイド紙を15年に渡って支配した。その中でも最もプレスが騒いだ事件と言えば、OASIS VS Blurの「ブリットポップの戦い」だろう。1995年8月、両バンドが同じ日にシングルを発売しようとしたところから火がついたこの戦いに、その動向がニュースの速報として流れるほどの話題となった。このチャート争いが、NMEとデーモン・アルバーンによって仕組まれたものだと、ポールは気付いていただろうか?

「あの頃は....音楽業界は、北部 VS 南部という構造を必要としていたんだ。俺は今でもBlurのファンじゃない。音楽的に何の魅力も感じないから」。

The Stone Rosesは内部崩壊するのと相反するようにOASISは急上昇を続け、イアン・ブラウンの言葉を借りれば、OASISは「(ジョージ・)ベストだった」。イアン・ブラウンは、その後ソロとして成功しているが、元Stone Rosesの他のメンバー達が泣かず飛ばずというのは驚くべきことではないだろうか。

「レニなら何かリリースしててもおかしくないのにね」。

ギャラガー兄弟が、Stone Rosesの影響を受けていることは紛れもない事実であり、ノエルはSpike Islandでの体験を彼自身の「青写真」だと表現している。また、Stone Rosesに関しても「ドアを蹴り開けて、俺達に刻印を押した」と話す。彼もリアムも、Ston Roses解散後のイアン・ブラウンやジョン・スクワイアと仕事をするに至っている。OASISが終わった今、二人は再び彼らと一緒に仕事をすることはあるのだろうか。

「ノエルはするかもしれないな。リアム?わからないよ」。

「(What's The Story) Morning Glory?」が世界中で1000万枚を売り上げると、バンドの原動力は変化し始め、トニー・マッキャロルがその生贄となり、新しいドラマーとしてアラン・ホワイトが加入した。バンドの趨勢にあまりに近い場所で生き、「Definitely Maybe」のアートワークを90年代を象徴するとして崇めるポールは、今でもオリジナルメンバー達と交流しているのだろうか。

「いや。ボーンヘッドとはここ2,3年は会ってないよ。それと、ギグジー?OASISを辞めた後は何の音沙汰もないね。それにトニーか。ないな、全く」。

バーニッジにかの有名な「Shakermaker」という中古レコード店をかまえていたピーター・シフターはどうしているのだろう?

「まだやってると思うけど、わからないな。彼はマンチェスター・ユナイテッドファンなんだ、後から知ったんだけど...」。

2009年8月、OASIS「分裂」の報道が世界を駆け巡った。このような歴史を経てきた彼らを前に、ポールが考えるOASISの遺産とは何なのだろうか。

「ギグだよ、1994年ウィンザーのOld Trout、1995年ダブリンのThe Point、2005年ニューヨークのMadison Square Gardens、2005年マンチェスターのCity Of Manchester Stadium。レコードでいったら?全部さ。メンバー?全員だね。OASISはOASISだ。人々はそれぞれ自分の『OASIS』が胸にある。振り返ってこう思うんだ。素晴らしいバンド、最後で最高のバンドだとね」。

OASISのように長い歴史を経てきたバンドが終焉を告げると、レコード会社はたいてい「失われた音源」としてボツになったセッションやレア音源を怒涛のように発売するものだ。OASISファンはついに悪名高いリチャード・フィアレスプロデュースの「Don't Believe The Truth」を耳にすることができるかも?

「日の目を見なかったセッションについてみんなそれぞれ意見があるだろう。Death In Vegas? いいかい、俺も好きなバンドだけど、そんなに良かったらボツにはしないよ」。

15年トップの地位を守り、「Dig Out Your Soul」が最高作の呼び声が高い今が、本当にOASISの終わりなのだろうか?

「他人のために生きるな、自分のために生きろ。そう考えれば、そうだね、みんな自分の時間が必要だったんだと思う。これで永遠に終わりかどうか?それは誰にもわからないよ。人生は長いしね」。

リアム・ギャラガー、ゲム・アーチャー、アンディ・ベル、クリス・シャーロック、ジェイ・ダーリントンは、今のところはまだ「OASIS」だが、リアムは唯一のオリジナルメンバーとして完全に冷却期間を置き、新しいアイデンティティを見つける必要があるのではないだろうか?

「バンド名はリアムの好きなように呼ばせるべきだね。これからもOASISで行きたいならそうすればいい。OASISを始めたのは、彼なんだから。もしそうなれば、OASISは分裂したとは言わないのかもしれない。ノエルがやめたのさ。わからないけどね。いつか全てが明らかになるだろう。俺もそうだけど、みんなただ待つしかないのさ」。

インタビューによると、リアムはOASIS後初となるアルバムをこの夏には発売する予定で、収録曲の半分はすでにデモ録りが終わっているという。新しいバンド名についてポールは何も知らないようだが、新しい曲作りに取り組んでいることは断言できるという。

「いくつかのデモは聴いたんだ」。

ノエルは、OASIS時代に自分の曲を貯めていたのだろうか?

「ノエルが持ち曲を大量にためてるのは確実だね」。

ギャラガー兄弟それぞれのアルバムが期待できるなら、2010年はOASISファンにとって良い年となりそうだ。数年前ならまだしも、今のギャラガー兄弟はお互いの存在無しにやっていくだけの財産はあるのか。

「どっちもみんなを驚かせてくれると思うよ」。

リアムは、自分のアパレルブランドを立ち上げ、ファッション業界も賑わせている。ポールは、リアムがバンド以外の方面で自分の力を試すことを予想していたのだろうか?

「リアムは洋服と音楽が大好きなんだ。Pretty Greenはリアムにうってつけだよ。別のはけ口ってところかな」。

リアムとノエルの動向は15年間ずっと追いかけられてきたが、長男ポールへの興味は90年代を過ぎてからは先細りとなっていった。ブリットポップの騒ぎが落ち着いたら、マンチェスターに戻ろうと決めていたのだろうか。

「いや、今でもロンドンに住んでるよ、心はアイルランドだけどね」。

終わらない夏休みの思い出といった雰囲気がたゆたうアイルランドのメイヨー州で、ポールが伯父のパディとのんびり過ごす時間が多いのも理解できる話だ。

「俺にとっては別格の場所なんだ。あの土地も人々も大好きなんだよ」。

マンチェスター出身のギターバンドは、アイルランド音楽の血脈をひいている。Herman's HermansやThe Buzzcocks、The Fall、The Smiths、そしてOASISといったバンドが成功する要因は、ケルトのルーツが彼らの労働観や成功への熱意に影響しているからだと思う?

「今いる場所から抜け出したいと渇望していると言いたいんだろう。それはアイルランドだけでなくイギリスのバンドにもあるはずなんだ。でも違う、歴史的に全くね。今いる場所で満足なら、抜け出そうなんて考えすら出てこないだろ」。

ワーキングクラスにとって「抜け出す必要性」が、彼らを音楽とフットボールへと駆り立てる。リアムとノエルが、マンチェスター・シティファンだということは、OASISを愛するこの国において周知の事実だ。それは、1996年4月、彼らの姿を見にマン・シティのホームメインロードに8万人ものファンが集結したという事実に集約されるだろう。

ポールの収入はというと、二人の弟とは違って平行線で、彼は週120ポンドの仕事と試合に勝つマン・シティの姿に満足感を得ていた。海を越えた地にルーツを持ちながら、イギリスのフットボールチームを応援する彼だが、現在はどこに絆を感じているのだろう。

「もちろんアイルランドさ。自分をイングランド人だと考えたことは一度もないよ」。

アイルランドのルーツにより、グラスゴーのOld Firmに愛着を持つフットボールファンも多いが、ポールも紛れもなくその一人だという。

「シティ、セルティック、そしてアイルランドが俺の愛するチームだ」。

彼のフットボール好きはこれでは終わらない。

「ハンブルクのサンクト・パウリ。ハンブルクは良い町だよ、サンクト・パウリはあまり成功できてないけどね。良いチームだと思う」。

フットボールファンのほとんどは、特定のチームを応援するようになる。自分でも理解できるようになるより前にフットボールチームが決まっているところなど、あたかも宗教のようだ。マン・シティやセルティックへの愛情をみると、ポールもその口だろうか。

「レンジャーズと違って、セルティックはいつも自信たっぷりに試合をするんだ。それにあの緑と白のユニフォーム、最高の応援曲、最高のプレイ。他とは比べられないよ。シティ?子供の頃から住んでいたからさ」。

多くの熱狂的なシティファンと同じように、ポールもまた敗北の屈辱を長年にわたって飲み込んできた。Abu Dhabi United Groupがバックにつき、財政面に素晴らしく余裕ができた今なら、プレミアリーグへの昇格も夢ではないかもしれない。

「さっきも言っただろう、願いことをする時は慎重に。シティはどこよりも波乱万丈なチームなんだ。最高の次はあっという間に最悪。40年間チームを応援してきて言うんだけど、たぶん、本当にたぶんだけど、今度こそ何かやってくれるかもしれない」。

その「何か」が、「優勝」だとしたら?熱心なマンチェスター・ユナイテッドファンであるマニが「マン・シティがEuropean Cupで優勝したら、The Stone Rosesは再結成する」と嘯いたことは有名な話だ。ジョン・スクワイアは、ピックを持つために絵筆を投げ捨て昔の仲間に電話をかけて回るのだろうか?

「チャンピオンリーグのタイトル、これこそオーナーが欲しがっているものさ。最初の1つを手に入れて、他のトロフィを欲しがらないやつなんていないだろ?2014年あたり、マニはベースを準備して待っていた方がいいな」。

いまや世界一裕福なチームとなったマンチェスター・シティなら、この5年でチャンピオンリーグで優勝してもおかしくはない。しかし、セルティックはどうだろう。そのファンは、あと40年栄光を夢見るだけなのか。

「スコットランドのフットボールが資金不足ってのは見てわかるね。それぞれが属するリーグの資金内でやっていかなきゃならない。セルティックは金のあるところでプレイする必要があると思うよ。イングランドリーグだろうがアトランティックリーグだろうが、決めるのは上の人達なんだ。ファンやトロフィの数でいえば、セルティックは巨大なチームだろう。でもこのままScotish Premier Leagueに属し続けるなら今後はどうなるかわからない。考えたくもないな。セルティックは抜けるべきだよ。簡単なことさ」。

スコットランドのチームの財政難は、誇り高きフットボール国家に深刻な弊害をもたらしており、「タータンの軍隊」と呼ばれるスコットランドフットボールのサポーター達は、この12年、主要な決勝戦に参戦する機会に恵まれていない。スコットランドがEuropean ChampiondshipやWorld Cupの決勝戦の常連となるために、スコットランドに必要なことは何なのだろう。

「アイルランドは、トーナメントにすら出場してないんだ。アイルランドのチームがみんな1つにならなきゃいけない。サポーターも選手もだ。みんな目指してるところは同じなんだから」。

フットボール純粋主義者のポールなら、最近物議をかもした決勝ゴールでアイルランドがWorld Cup出場資格を失ったことを心底嘆いているに違いない。2010年南アフリカW杯欧州予選プレーオフ。フランスVSアイルランドで、フランスのティエリ・アンリが決勝ゴールをアシストしたのだが、その際、ボールが左手に当たっているのが確認されたのだ。FIFAはどのように対応すべきだったと思う?

「アンリはWorld Cup出場停止にするべきだよ。フランスは出場権利を放棄して、UEFAのプラティニ会長とFIFAのブラッター会長もやめるべきだ。シード方式のプレイオフ?(元フランス代表のミシェル・プラティニ欧州サッカー連盟の会長の手引きによって、今回のプレーオフは、強国に有利になるように、くじ引きではなく、世界ランキングの高い国と弱い国が当たるシード方式を採用したという陰謀説が囁かれている)。大国の経済に有利になるように仕組まれてたのさ。めちゃくちゃだよ、FIFAも自覚してるはずだ。でも何も起きないってのは、フランスが大国でビッグビジネスに関わってるからさ。FIFAはアイルランドをスポーツの国だと認識してない。アイルランドは、FIFAが運営する全ての試合を欠場すればよかったんだ。俺達は冷たい世界に生きてるとつくづく思うよ。民主主義じゃない、独裁主義さ。このアンフェアさには今でも怒りがおさまらない」。

フットボール観戦以外にも、今はDJとして忙しくしているポール。ギャラガー家の父親トミーはDJをしており、ポールは彼を手伝ってアイルランドのクラブやパブをよく回ったという。どうして今になってその生活に戻ったの?

「音楽が好きだからだよ。これまでもそうだったようにね。80年代の終わりからDJを始めて、17年の期間を経て復活だ。最近は昔の音楽にはまってるよ。50年代、60年代、ノーザンソウル、モータウン。好きなものなら何でもかける」。

OASISはイギリスで最高のギグを見せることが多かったが、ポールはどこでのプレイが一番楽しいのだろう。

「どこでも大好きさ。ベルギーのヘントというところで2年ほどやって、最近ローマに戻ったんだ。彼らは最高だよ。ローマだけで30はOASISのトリビュートバンドがあるなんて知らなかったから。どうかしてるよな」。

今でもスコットランドのファン達を基準にしているのだろうか。

「いや。それはないよ。今はUKの外にいることが多い。でも今年は違うかもね」。

ポールのDJショーは軌道に乗っており、この金曜日には、マンチェスターにあるアラン・マッギー経営のGreasy Lips Clubでプレイする予定になっている。地元のバンドThe Vortexのサポートだ。冒頭では、ボーンヘッドがギターを弾き、アラン・マッギーによるDJもあり、OASIS色を帯びた一夜になるだろう。

「The Vortexの名前は聞いたことがなかったんだよ」。

ポールの中で、他のバンドはどのように格付けされているのだろう。The Jam、The Specials、The Who、The Small Faces、Teenage Fanclub、The Stone Roses、Super Furry Animalsの仲間入りを果たした新人バンドはいる?

「最近好きになるバンドはないな、色んな理由があってね。ひとつ挙げるとすれば、バーンズリー出身のExit Calmだね。なかなかいいよ」。

DJとして名前が売れ始めたなら、これからバンドをマネジメントすることもありえるのだろうか。

「いや、この状況をとことん楽しむだけさ。昔はWirelessと契約してたんだ。Chrysalis Recordsの傘下でいくつかのバンドのマネージャーをしていた。最近は自分が自分のマネージャーさ。自分を信じてるんだ」。

7000万枚のレコードを売り上げた二人の弟を持った経験から得た音楽業界に関する深い造詣を交えて、ポール・ギャラガーは話す。それなのに彼は、タブロイド紙によって不当な蔑みを長年にわたって受けてきた。

「ジャーナリストが何を言おうと何を書こうと気にしたことはないよ。結局、俺のことを知るわけがないんだから」。

これまでの彼のショーを見たところ、ベストセラーの執筆者、バンドのマネージャーという顔だけではなく、生来の人気DJの一面も持っていることがわかる。他にどのような才能を隠し持っているのだろうか?

「今はTemplehouse Festivalを主催のために色々やってるよ。2010年9月9日から12日にかけて、バリーモート、スライゴ、アイルランドでやる予定。初めての試みだからどういうことができるか楽しみなんだ。もちろん今もレコードを回すのは好きだし、ヨーロッパや海を越えて色んな場所に行くのも大好きだ。他にもいくつかプロジェクトが進行中だしね」。

OASISのない生活を悲しむファンが、世界中に大勢いる現在。1994年以来初めて、私達は大好きな喧嘩兄弟のいない状況に立たされている。ポール・ギャラガーは当然さらに内部の状況を知っているだろうし、ギャラガー兄弟にはいくつかのチャプターが残されているだろう。ノエルとリアムが手を携えずそれぞれの力で作り上げるアルバムを待つ私達を前に、ポールは静かに言った。

「この時代で。この世界において。OASISのようなバンドは二度と出てこないと思うよ」。

OASIS Split - Telegraph - 2009/08/29

オリジナルの記事はこちら。↓
http://blogs.telegraph.co.uk/culture/neilmccormick/100002791/oasis-split-its-a-family-affair/

2,3週間前だっただろうか。私は、ノエル・ギャラガーに会って話をした。マンチェスター出身の昔からの友人が彼に仕掛けようとした、文字には出来ない類 のいたずらを面白おかしく話したノエルは、信じられないというような顔をして腹立ちまぎれにオチをつけた。「言いたいことは3つある。俺は42歳だ。2人 の子供がいる....しかも俺はファッキンリッチなんだよ!」。

それが、たぶん、OASISの墓に刻まれる言葉となるかもしれない。ノエルは、ロックンロール界の良心の一人だ。いまやデビューして20年となる OASISの崩れゆく堤防に足を突っ込み、弟リアムとの関係を一瞬即発のところでどうにか切り抜けてきた彼は、ついにこの3つのことに行き着いたのかもし れない。42歳。2人の子供。十分な資産。つまるところは、OASISが人々にとってどのような存在であれ、当のチーフにとってはもはやしがみつくほどの ものではないということだ。

ギャラガー兄弟の片割れがOASISから出て行こうとしたことはこれまでにもあったが、今回は、本当に最後なのだと感じさせる何かがある。OASISの終 焉は、罵声ではなく謝罪の言葉と共に訪れた。パリのSeine Festivalに出演する予定だったOASISだったが、ステージに彼らの姿が現れることはなく、代わりにスクリーン上にメッセージが流れたのだった。 「メンバー同士で揉め事が起こったため、OASISのギグはキャンセルになりました」。

間際でキャンセルする言い訳としては仕様もなさすぎて、納得がいかなかったファンも多いだろう。私が思うに、13ヶ月のツアー中、滅多に話もせず、インタ ビューやブログ、twitterを通してのけなし合いが唯一のコミュニケーション手段となっていた二人の間で、ついに面と向かって言葉が交わされ、すぐに 殴り合いとなり、ノエルは限界を感じたのではないか。

後に、ノエルは脱退声明を出した。

「少し悲しいが、何よりほっとしてる。俺は今夜OASISをやめる。みんな好きなように書いたり言ったりするだろうが、もうこれ以上一日たりともリアムとはやっていけない。パリ、コンスタンツ、ミランのチケットを買ってくれたみんなには悪く思ってる」。

そういうことだ。あと3つのギグを終わらせれば、OASISはツアーを完遂できたのだし、好きなだけ休暇をとることもできた。彼らにはその選択肢があった はずだ。実際のところ、二人を取り巻く者なら誰しも今回の事件は想定の範囲内だった。二人の関係は対策を打つべきところまで悪化していたにも関わらず、彼 らはツアー最終地のミランまで続けなければならなかった。しかし、それすらできなくなったのだ。ノエルの表現を借りれば、「1日たりとも」続けることは出 来なかった。なぜならもはやロックンロールがどうこうというレベルではない、家族の問題と化しているのだから。

リアムが一体何を言ったのか。私達の元にはまだ伝わってきていない。きっと、バンド活動に関するどうしようもないことを口走ったのだろう。以前にも、リア ムはノエル抜きでOASISのギグを行っている。今週表紙を飾ったNMEのインタビューでは、「俺に任せてくれるなら、6ヶ月のオフを取った後スタジオに 戻ってレコードを作りたい。そのために俺はOASISにいるんだ。5年間も暇して遊ぶためじゃねえんだよ。俺達はもう昔のように若くはなれない。だから さっさと音楽を作ろうぜ。俺はやる気だ。準備は出来ている。アルバムも明日には作れちまうほどさ」。作曲家としては遅咲きのリアムだが、最近のアルバムで は収録される曲も増えてきており、新曲も「余るほど」あるという。しかしソロアルバムは作りたくないらしい。「興味ねえもん...俺はOASISの一員な んだ。バンドをやるのが好きなんだよ」。自身の曲については、「クラシックな感じさ。今流行の音じゃない。いつでも書けるよ。20年経っても30年経って も書けるかもしれないし。もう1曲も書けねえかもわかんねえ、わかる?」。

それに対してはこうとしか答えられない。うーん、いや、よくわからない、と。

我々も知っての通り、リアムには少しおかしいところがあるが、それが人を惹きつけてやまない象徴的なフロントマンとして1つの魅力になっていた。一緒にバ ンドをやるのは難しいこと確実だが、それだから彼ほど興味深い人間はいないのだ。ギャラガー兄弟は、外見は似ていても中身は全く異なる。生まれてからずっ と家族の中で違う役割を担ってきたのだから、兄弟とはそういうものなのだろう。兄のノエル・ギャラガーには思慮分別がある。ノエルという人間、つまり賢 く、機知に富み、驚くほど謙虚で気の利く彼について、私が心底不思議なのは、弟のことを全く理解しようとせず邪険に扱うところだ。最近では、リアムのこと を「失礼だし、態度はでかいし、人を脅すし、怠け者だ。あんなにいつも怒ってるやつも珍しい。世界に向かって歯向かってばかりいる」と、言い表した。実に 面白い表現である。しかし、実際リアムに会ってみればわかるが、彼はどこまでもチャーミングで話しやすい人物だ。リアムがどれだけ手に余る人物か聞いた話 は数知れず、ことノエルが相手となると彼の態度はどこまでも反抗的で無礼になるけれど、私の目から見れば、愛してもらいたい、認めてもらいたいというリア ムの本音としか思えなかった。かまってもらえない時、わざと好き勝手に行動してみせる。どんな家族でも経験したことはあると思う。自身が立ち上げたアパレ ルブランドPretty Greenに関して、リアムは「立ち上げて仕事に関わることができて嬉しいよ、わかるだろ、お高くとまったパーカー*に 蔑みの目で見られて舌打ちされることなくね」と話し、また「あいつが俺の作った服を着てるところを見たいんだ。色々くれてやったんだぜ。でもわかってる、 どうせ全部ゴミ箱に捨てるんだろうさ」と、鼻息も荒く付け加えている。「あいつ」とは誰なのか言うまでもないだろう。いい年になったからといって、二人が 幾度となく演じてみせる子供じみたやり取りをやめる理由にはならない。

*訳注 特撮テレビ番組サンダーバードに登場する運転手パーカーのこと。リアム曰く、ノエルにそっくり。

同じくNMEのインタビューで、リアムはノエルのことを「たぶんあいつには、やりたいことをやらせる必要があるんだろう。それで幸せだとは思えないけど さ」と、話した。ライターのレオニー・クーパーは、そう話すリアムの声に懸念の色、そして優しさすら感じて驚いたと話している。ノエルはソロアルバムを作 るべきかと尋ねると、リアムは「それで幸せならな、うん、それであいつが幸せなら」と、話したという。それをインタビュアーではなく、ノエルに直接言えた なら、事態は変わっていたのではないかと思えてならない。

OASISの終焉は、音楽界にとってそう大きな損失ではない。イギリスで一、二を争うビッグバンドではあるけれど、彼らの時代は90年代ブリットポップの 波に乗ってやってきて消えていったのだから。それに音楽的な角度から見ても、それ以後は無駄な時間を費やしてきていたのだから。OASISはいくつかの歌 えるシングルを出し、その中で時に見られる強く光を放つ楽曲によって、彼らを勢いづいてきた。しかし、ブリティッシュロックを復活させたあの2枚のアルバ ムを超えることはできなかった。おなじみのコードと声が続く15曲近い楽曲では、大衆の支持を勝ち取り続けることはできなかった。時代を定義するバンド、 OASIS。彼らには、誰にも負けない楽曲があり、生き方がある。必要なものはそれだけだ。

私は、今年7月のウェンブリー・スタジアムで、OASISのギグを見ている。その素晴らしさ。余計な手を加えずに演奏されるヒットソングに合わせて合唱を やめなかったオーディエンス。アンコールで、ノエルは「Don't Look Back In Anger」を演奏したが、彼自身は歌うに及ばず、大合唱をする7万人にあわせてギターをかき鳴らすだけだった。世界一のカラオケセッションだ。会場で感 じる高揚感は右に出るものがないほど特別なもので、もし二度とあの轟きを聴く事ができないのだとすれば、それは悲しいことだ。

しかしである。彼らの歴史は一筋縄にはいかない。バンドをやめることはできても、家族をやめることが果たしてできるのだろうか?
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