標準OASIS学

UKロックバンド、OASISのブログです

アンディ

Ride - Nightshift - January 2010

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オックスフォードの音楽雑誌「Nightshift」は、こちらから見ることができます。↓
http://nightshift.oxfordmusic.net/2010/jan.pdf

Ride - オックスフォードの音楽を永遠に変えたバンド -


20年前の12月、オックスフォードの音楽史上、最も重要なレコード「The Ride EP」が発売された。

商業的な意味でなら上を行く成功を収めたシングルやアルバムはある。Ride自身がそれ以降に出したレコードもそのうちに入る。しかし1990年1月に発売された4曲収録のデビューEPは、オックスフォードのミュージシャン達に新たな次元への扉を開いてくれたのだ。RideのデビューEPは、革命的な出来事だった。市内だけでは物足りない野望に燃えるローカルバンド達の眼を世界へと向けるきっかけとなり、オックスフォードはただの大学都市ではないのだと音楽業界に知らしめた。Rideの成功なくしては、Radiohead、Supergrass、Foalsといったバンドの物語もまた違うものとなっていただろう。

それから20年目の今月は、「Ride EP」の重要性を再認識する良い機会であり、4人のメンバーが集まる絶好のチャンスだ。ギタリストのアンディ・ベル、シンガーのマーク・ガードナー、ベーシストのスティーヴ・ケラルト、ドラマーのロズ・コルベール。デビューEP発売までの経緯、当時のオックスフォードのミュージックシーン、Rideが描いた野望と夢をじっくり振り返ろうではないか。メンバーを集めることは、予想していたよりも簡単なことだった。解散から14年たった現在も友人同士の彼らは、年に数回集まり、今でも尾を引くRideの金銭上の問題について話し合うのだそうだ。アンディとスティーヴがオックスフォードを離れたのに対し、マークとロズは地元に残っている。今夜は、メンバー4名と、Rideのマネージャーであるデイヴ・ニュートンが、マグダレン通りにあるパブ、Rusty Bicycleに集まった。

年月を重ねて4名の顔つきは変わっているが、人格はそのままだ。気さくで、情熱的で、今でもRideの音楽を夢中になって語り、自身の成し遂げたことを誇りに思いつつも後世に与えた影響をひけらかすことはしない。

マークは現在、作曲やソロ活動を行う一方、自身の所有するスタジオでプロデューサーとしても働いている。アンディは、ご存知の通り、OASISでベースを演奏してきた彼は、今後ノエル・ギャラガーと一緒にギタリストとして活動していく予定だ。ロンドンに生活の拠点を置くスティーヴは、イタリア家具の会社で働いている。ロズは今もドラマーとして活躍し、Jesus & Mary ChainやInternational Jetsettersと共にツアーをしている。

Rideの物語は、オックスフォードにあるチェイニースクールで、マークとアンディがクラスメイトとなったことから始まる。初めてのステージは、スクール・プロダクション「Grease」だった。スティーヴは2人より2年上級だったが、妹を通して2人と知り合い、その後、バンベリーカレッジに進学したマークとアンディがロズと出会う。The Smiths、Sonic Youth、The House Of Love、My Bloody Valentaine、The Jesus & Mary Chain、Spacemen3といった共通の音楽の趣味で、4人の絆は固く結ばれた。

ギグを見るために、Jericho Tavernには良く足を運んだという彼ら。Ride結成のきっかけとなった地元のバンドはいたのだろうか。

アンディ:Here Comes Everybodyっていうバンドがいてね、16歳の時にそのバンドをヘディントンにあるBury Knowle Parkで野外ギグをしている彼らの姿を見てバンドをやりたいと思ったんだ。そのバンドのメンバーはAnywaysとTalulah Goshに別れたんだよな。Wild Poppiesもみんな気に入ってたよ。彼らと同じパブで飲んでたもんさ。Jericho TavernとかNew Innでね。Shake Appealも良かったな。たぶんその頃のオックスフォードでは一番人気のあるバンドだったんじゃないかな。

マーク:Shake Appealは本当に大好きだったよ、それとTalulah Goshも。その頃に発売された「Jericho Collection」っていう地元のアーティストを集めたアルバムを買ってね、Wild PoppiesとかAnywaysも収録されていて、とてもクールだと思ったよ。俺達がよく見に行く地元のバンドが全部入っててさ。どのバンドにも夢中だったけど、音楽的に真似をしようと思ったことはないな。それよりも自分達で書き始めていた音楽に夢中でね、それが後にRide初期の曲になったんだよ。

大学で行った何度かのプライベートギグを経て、1989年2月、RideはJericho Tavernで初めて、公の場に姿を現す。ミュージシャンとしては駆け出しの4名への最初の試練だ。地元ではカルト的人気を誇るスラッシュメタルバンド、Satan Knew My Fatherのサポートだった。

その頃、スティーヴと一緒にOur Price Recordsで働いていた私は、Rideに対して単なる「友人のバンド」とは少し違った期待を抱いていた。しかし、その夜、Rideは完全にその枠を打ち破った。素晴らしいのは彼らのインパクトで、会場に列を成して入ってくる観衆の中には、彼らのサウンドチェックに対して歓声を上げる者すらいた。ギグが始まると、オーディエンスは興奮の渦に巻き込まれた。数日もしないうちに、地元の音楽ファンは突如現れた新人バンド一色に染まったのだ。

マーク:初めての時は、チケットを買ってやってくるオーディエンスと顔を合わせるのが本当に恐かったよ。だって、みんなスラッシュメタルバンド狙いで来たんだぜ!でも、みんなが入ってきて、サウンドチェックをしてる俺達に拍手をし始めた時はだいぶ緊張が和らいだね。サウンドチェックが、俺達のサポートをしてくれたっていうかな、だから俺達がプレイする頃には会場は一杯で騒がしくなっていて、俺の人生は素晴らしく変わったというわけ。みんなはもちろん、俺達もすごく盛り上がっていたよ。

そのギグは、デイヴ・ニュートンによって主催されていた。彼は、Tavernで定期的にギグを組んで新鋭バンドに場を提供しており、Local Supportという地元雑誌も発売していた。若く、しかも音楽そのものに重点的に取り組んでいたRideは、新人バンドのリーダー的存在になっていった。

ロズ:デイヴはスティーヴの友人でね、一緒にOur Price Recordで働いてたんだ。デモ契約をした方がいいと進めてくれたのはデイヴで、そのおかげでレコーディングをするお金も用意できた。4曲レコーディングして、それが後のデビューEPってわけだよ。

アンディ:いくつかギグをした後、僕達はお金を出し合ってデモを作り、それをスティーヴがデイヴに披露したんだ。地元でも有名な人物にアドバイスをもらいたくてね。あっという間に僕達は音楽業界の人間から興味を持たれ始めたもんだから、オックスフォードでそういう位置にいるデイヴにマネージャーになってくれるよう頼むのは当然のように思えたんだ。デイヴは、地元以外の音楽業界とのつながりはなかったんじゃないかな。ただ、彼は「音楽ビジネス」ってやつと交渉ができる冷静な人間だった。僕達がそういうのに興味がなかっただけに大事なことさ。Soup Dragonsのサポートでツアーをし始めた時には、アラン・マッギーまで僕達に注目してたんだよね。

マーク:デイヴが、シングルデモをWerner Brothersのツテに送って、Wamerから電話がかかってくるようになり、ギグにもやって来て契約を持ちかけてくるようになった。それがマッギーの気を引いてね。Warnersとまだ契約が進んでいないと知ると同時に、僕達が自分のレーベルと契約している稼ぎ頭のバンドのファンだと知った彼は、あっという間に僕達との契約を決めたのさ。

地元でのRideの人気は瞬く間に膨れ上がった。JerichoからCo-Op Hallへと会場のレベルも上がり、これはその頃のローカルバンドとしては異例のことだった。

アンディ:日ごとに大きくなってる感じだったね。どんどん人気が出て、道を歩いていても声をかけられるようになった。最高だったよ、どこまでも行けるような気がした。僕の目標は、出すシングルがチャートのトップに躍り出るような成功を収めることだった。ただし、音楽的な妥協なしでね。間違いなく、大きな夢を持っていたよ。

そして、大きなチャンスが彼らのもとを訪れたのは、当時のUKインディシーンでは高い注目を集めていたSoup Dragonsのサポートツアー中のことだった。Rideが地元以外のオーディエンスと出会い、音楽プレスの興味にさらされるのが初めてだったことはさておき、ここで彼らはCreation Recordsのトップであるアラン・マッギーと関係を築いたのだ。Creation Recordsといえば、Rideにとってのヒーロー達が多く所属する憧れのレーベルだった。

マーク:サポートを頼んできたんだのはSoup Dragonsのシーンだったんじゃないかな、デイヴやWarnersのつながりからね。毎晩Soup Dragonsの度肝を抜くようなギグをしていたら、アラン・マッギーが今日もまた今日もと俺達のギグを見に来るようになって、ギグの後に話すようになったんだ。最高の瞬間だったよ。

ロズ:ツアーをしてるアートスクールの学生だったね、まあ、ツアーによくあるバカなことは色々してたけど。スティーヴの成長は著しくて「彼女」と呼べる子もできたし。アンディと俺は写真を撮ったり録音したり絵を描いたり。マークは、栄光の道への準備に余念が無くて.....ほんとに楽しく過ごしてたね。

アンディ:色々機材も使わせてもらったんだ、どれも良かったね。しょぼいアンプじゃなくて、Marshall Stacksで音を出したりしてさ。あのツアーで初めて音楽プレスの取材を受けたよ。NMEにMelody Maker、Sounds。僕達の演奏、きっとうるさかっただろうなあ!

アラン・マッギーを虜にするとは、さぞかし良い気分だっただろう。

アンディ:本当は4ADと契約したかったんだ。Creationは露骨すぎると思ってね。でもいざCreationから話が来たら受けることに決めた。マッギーはとても良い人だったし、僕達に夢中だったからね。でもそれからは話す機会が無かったな。デイヴがレコーディングしたものやらスリーヴやらを持っていき、僕達が欲しいものを手に入れてくる感じ。今ではマッギーは親友の一人だけど、それはRideが解散した後からなんだ。

マーク:俺にとってアランはすぐに家族の一員みたいな存在になった。今でもそう思ってるよ。Rideに寛大に接してくれてレコードを好きなように作らせてくれて、それ以外のことでも色々教わった。それに、俺達に大きな影響を与えたミュージシャン達と同じ場所に、Rideを立たせてくれたんだ。

あまり認識されていないことだが、「Ride EP」は、Creation Recordsにとってチャート入りを果たした最初のレコードだ。上位ではないが、71位という意味のある業績だ。Creationは、さらなる成功を収めるための転換期に差し掛かっていた。Rideの売り上げ収入は、他のバンドによって蓄積する借金にあがくレーベルが、ビジネスを続けるために必要なものとなっていた。

デビューEPの4曲は、Union Street Studiosで収録された。「Chelsea Girl」は、渦巻く純粋なパワーポップ、「All I Can See」は、My Bloody Valentineの白昼夢とByrdsのメロディが周到に重なり合い、「Close My Eyes」は、沈鬱にくすぶる賛美歌を思わせる。しかし、4曲の中で最も輝いているのは「Drive Blind」だ。音のスコールと雷が荒れ狂い、ロマンチシズムにあふれながら殺伐としたニヒリズムが洪水のように襲いかかる。

アンディ:エンジニアに僕達の求めている音を出してもらうのには苦労したよ。オックスフォードでは誰も、ギターサウンドを僕達のように収録した人はいなかったから、まるでお互いに違う言語でしゃべってるみたいでさ。最後にはお互いに納得できたけど、ミックスが思うように行ったのは、セッションに投資してくれたWarnersのカリー・カロマンのおかげだね。一般的に言って、レコード会社はお互いを敵視しているもんだけど、カリーとアラン・マッギーは違った。二人は僕達を良く理解してくれていたから、僕達も二人には気を許したんだ。

マーク:エンジニアのカルヴィンのことは覚えてるよ。楽曲をミックスしようとして「何も聴こえないぞ、ギターとホワイトノイズが多すぎるんだ」と言うから、俺達は「そりゃいい、そのままにして」と答えたんだ。

出来上がったレコードを初めて聴いた時の感想は?

ロズ:スピーカーから完成したその音が流れてきた時は、まるで「他の誰かの作品」みたいだったよ。しかもその「他の誰かの作品」がこれまでの人生で一番の出来だった。まさにそんな感じだったよ」。

ファンに評論家、これが初めてのRideという者もみんなが惚れこんだ。もう後戻りはできなかった。Rideの素晴らしい旅が始まったのだ。オックスフォードのミュージックシーンを描いた近日公開の映画では、当時Our Price Recordsの派遣社員として働いていたTalulah Goshのシンガー、アメリア・フレッチャーが、スティーヴに「バンドに専念するために会社を辞める」と聞いた時の驚きを思い返している。オックスフォードのミュージシャンがそういうことを言い出すなどありえないことだったのだ。

Rideの活躍は6年間続いた。「Tarantula」のレコーディング中に解散するまでの間に、4枚のアルバムやチャートを賑わすシングルを多数出し、何度かワールドツアーも行った。バンドにとってもCreationにとっても苦難の時期であり、マッギーの不在とバンドに蓄積した疲労感が彼らに影をかけていた。しかし、解散の頃にただよっていた険悪な空気はすぐに解消された。

RadioheadやSupergrassといった他のオックスフォード出身バンドの先駆けとなったにも関わらず、Rideは自身の功績に驕りを持たない。他のバンドの方がRideよりも寄与していると、彼らは信じている。

アンディ:Radioheadといえば「Creep」だよね。あの曲でいわゆる「オックスフォードの音楽」は始まって、数年すると、バンドがオックスフォードに契約しに来るという状況になった。Rideはというと、地元ではそこまでの話題になってなかったと思う。地元のプレスからもラジオからも無視されていたからね、まあ、僕達のオーディエンスはTown Hallとかそういった類のメジャーなものに背を向けていたから。デビューした時は早くオックスフォードから出たくてしょうがなかった。あそこは世界で一番活気の無い場所だったんだよ。

ロズ:おそらく「Rideならやれる」という空気はあったんだろうけど、後から出て来たRadioheadやSupergrassの方がよりその期待を背負わなきゃならなかったと思うよ。

マーク:デビューEPを出した時、偶然にも俺達がオックスフォード出身で世界的成功をつかむ最初のバンドになったんだ。それからはだいぶ変わったよ。世界へのドアは開け放たれ、A&Rの人間がオックスフォードまでやってきて、地元のパブやギグでたまたま出会った人がバンドを組んで、それでSupergrassやRadioheadが出てきて一気に盛り上がったのさ!この20年でオックスフォードは、今までもこれからも興味深いバンドを輩出する町として世界に知られるようになった。僕達の成功をきっかけに、オックスフォード出身のバンドは音楽さえ良ければ出身は負には働かず、世界は思いのままだとわかったんだよ!

Rideはその慎み深さで損をしているように思える。Rideがデビューするより前、オックスフォードのバンドが見る夢は控えめで、機会は限られていた。着実に続くオックスフォード出身のバンドの成功は、Rideが後世に与えてきた影響や啓示の偉大さを証明しており、彼らの音楽は今も世界で影響力を持っている。最近では、ノスタルジアに乗じて再結成するバンドが多い中、私達もぜひRideに質問したいことがある。Rideの再結成はありえるのか?それに対する答えは、大方の予想通り、曖昧なものだった。

マーク:その質問をするたびにみんなが済まなそうな顔をするから面白いんだよな!再結成の予定はないよ。俺は今自分のミキシングや作曲、プロダクションの仕事で手一杯だし、オックスフォードでもっとのんびりしたいんだ。今も夢を見ていてさ、自分がたずさわったレコードがどうなっていくのかとか、まだ自分が知らないことの方にわくわくするんだ。すでに知っていることや完全に成し遂げたことよりもね。

アンディ:いつかまた一緒にプレイできたらとは思うけど、具体的にいつかはわからないな。

ロズ:俺は.....まあ、みんないつか一緒になれたらと思うよ!

OASIS - MOJO - January 2009 pt1

肉体はボロボロ
心はズタズタ
群がってくるのは「ろくでもない連中」。

ミステリアスな意味を秘めたアルバムを携えて、OASISが背水の陣でUKツアーを始める。

しかしインタビュアーのパット・ギルバートによれば、彼らは戦闘意欲を失っていないようだ。

「かかってこいよ、間抜けども!」。

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2008年9月7日の朝、今回から始まったツアーのブログを書こうと、トロントにあるホテルの部屋に落ち着いていたノエル・ギャラガーの心の中は嫌な予感で満たされていた。

「うーん、今夜フェスがある」と、不安気な言葉で始めた。

「嫌な予感がする」。

Vフェスが行われる会場まで、ボートで向かうということで、海上で起こりうるアクシデントについても事前に説明を受けていたノエルだが、わだかまりの正体が明らかになったのは、Island Parkを囲む冷たい海域の上ではなかった。

その夜、OASISのセットリストの途中で、後に47歳、3児の父親であるダニエル・サリヴァンと判明する1人の男が、背後からノエルに走り寄って突き飛ばし、ノエルは3本の肋骨を折ったのだ。

同じくフェスに参加していたポール・ウェラーによると、サリヴァンはある言葉を叫びながら連行されていったという。

「これで終わりと思うなよ、ギャラガー!」。

事件直後、さらに3人のカナダ人がセキュリティを潜り抜けて、OASISの楽屋に突入しようとしている。

OASISが、攻撃されていた。

「何か良くないことが起こると感じてたんだ」。

ノエルは、そう話した。

「みんなは『最高の夜になるぞ』と言っていたが、俺のスパイダーセンスが反応したのさ。そういうくだらねえ能力は信じちゃいないんだが、でも実際に現実になった時にはこう思ったよ。俺は予言してたぞ、ってね」。

ノエルの怪我により、待ち望まれていたニューヨークでのショーをキャンセルすることになり、さらに10月から始まるUKツアーの日程までも脅かすことになった。

バンドは危機に立たされたのだ。

2000年2月に「扱いにくい」4thアルバム「Standing On The Shoulder Of Giants」gが発売されて以来、OASISはその音楽性において実に緊張に満ちた時期にある。メンバーを再編して望んだ2002年の「Heathen Chemistry」、2005年の「Don't Believe The Truth」は、生ぬるい賛辞とともに迎えられ、どっちつかずのセールスを挙げ、新しいOASISもなんら新鮮な面はないという評価が世界に広がってい た。

しかしレコードセールスの方はプラトーを保っているままだったが、OASISのライブアクトの評判は上向きで、ストーンズのように市民権を得ている。「伝説」の域にまで達した地位、上流社会の変遷の中を生き抜く生まれながらの免疫力を、OASISは手中にしていた。

リアム・ギャラガーは高らかに言うだろう。

「OASISはこれまでよりも百万倍もベストな状態だってことはファッキン間違いねえと思う。ギグに来てくれるんなら、レコードを買わなかったことを許してやってもいいぜ」。

今回は、OASISお得意の「成功を掴みかけながらチャンスをふいにする」こともなく、順調に進んでいるようだ。

MOJOは、トロントでの襲撃事件の前からひそかにバンドに密着し、2008年北米ツアーの様子を探っていた。バンドが、日程どおりにツアーを再開すると いう公式発表が成された時(Eden Projectは残念ながら延期となった)、我々は荷造りをし、早速北のマンチェスターへと向かった。
特製の鎮痛剤で怒りを押し殺して、ダークなサイケデリアが華咲くニューアルバム「Dig Out Your Soul」の発売間近を受けて神経質になりつつ横になっているだろうノエル・ギャラガーに会うためである。

密やかに囁かれているもう一つの「Dig Out Your Soul」の存在。ギャラガー兄弟間の大喧嘩で闇に葬られたというバージョンがあるというのは本当なのだろうか?興味はますます湧くばかりだ・・・。

2008年10月11日、土曜日の午後。マンチェスターには厚い灰色の雲が覆いかぶさっていた。シェフィールド・アリーナでのギグの2日間ギグの間、OASISの面々はラウリーホテルで前の晩の疲れを癒しているのだ。

バンドやツアーに同行した仲間達がバーに集まってきたのは、午後3時30分のことだ。

最初に現れたのは、ノエルだ。暗色のジーンズに、グリーンのモッズ系ブルゾン・ジャケット。グラスに入ったミネラル・ウォーターを一口口に含んだ彼の顔色は良いとは言えず、動きもあきらかに堅い。しかし胸部の痛みにも関わらず、彼の表情は晴れやかだった。

「昨夜は、このバーに勤務弁護士が勢ぞろいさ」。

そう言って、彼は笑う。

「こう言ってくるんだ。『クビは不可避ですか?』。俺は『ああ、いつだってそうさ』。するとそいつは『再雇用はしないと?』『しない。俺がファックオフと 言ったら、そいつが二度と俺のドアの前に立つことはない』。すると『ふむ』と言うわけ。『私の売り込みはあまり上手く行ってないみたいだな』」。

テーブルの周りに押し殺した笑いが広がる。その間に、背が高くオックスフォード出のあか抜けたベーシスト、アンディ・ベル、そして禅の精神を感じさせる静 かなるキーボード奏者、ジェイ・ダーリントンが合流。ダーリントンはノエルに「シュラウド」というあだ名をつけられている。そのキリストのような髭、そし て髪の毛と髭が織り成す絶妙な外形にちなんでいるそうだ(訳注:トリノの聖骸布(Shroud of Turin)より。イエス・キリストの顔が写し出された布のことである)。

ショーの前ということで、アルコールは出てこず、「Dig Out Your Soul」の本格的ツアーに先立って行われた北米でのギグを面白おかしく話している。

ノエルは、サリヴァンによる襲撃の際の、セキュリティ・チームのだらしなさっぷりをジョークを交えて訴えた。

「セキュリティどもは、エアギターを弾くのに夢中で侵入者に気づかなかったんだ。どうしてあの男があんなことをしてきたのか、今でもわからない」。

事件の動画はYoutubeにUpされ、この時点で160万回以上再生されている。その映像では、リアムが、サリヴァンに反撃のパンチを繰り出そうとしているのがわかる。

後にリアムは「ショックだった・・・でも、これは絶対だ」と続けた。

「俺達のステージに上がりこんだやつは、それなりの反撃があると覚悟しておくんだな」。

ロンドンに戻ると、ノエルは、医者から鎮痛剤を処方され、さらに「Dig Out Your Soul」のプロモーションをするのは諦めて休養を取るように言われる。一方、リアムとアンディは、そのヨーロッパでのプロモーションへと駆り出され、つ いでに一緒にイタリアのLake Comoで、9月21日のリアムの誕生日を祝ったのだった。

ノエルの回復の手助けとなる「理学療法」を兼ねて、OASISはBlack Islandでリハーサルを開始。しかしその週の終わりに近づく頃には、ノエル以外の誰もが、彼が完全回復とは程遠いことを確信していた。

UKでの3つの日程を終えた10月16日にいたってでさえ、ノエルは、薬物療法のせいで気持ちが落ち込むことを明かしている。

「砂の上を歩いてるみたいなんだ」。

彼は、説明する。

「鎮痛剤抜きでギグをしようとしてるんだけど、そうすると肋骨の痛みが付きまとう。鎮痛剤ってのはドラッグだろう。つまり中毒性があるってことなんだよ。 先週大量に使っちまったから、もう無いとやってられない。薬を使いたくて使ってるわけじゃない。でも使うか、それともツアーをやめるかどっちかなんだ よ」。

どうしてツアーを中断しようとはしないんですか?ファンを裏切った形になるから?

「いや、それよりも・・・サラが『大丈夫?ちゃんと仕事できてるの?』と心配するからさ」。

そう言って、ノエルは笑った。

「でも俺は大丈夫。13年も失業手当てで暮らしてたんだぞ。俺はミドルクラスじゃない。座り込んで『どうして俺だけ?』なんて考えないんだ。人間は時たまキレてクレイジーな真似をするものさ。今度のもただのイカれた事件にすぎない」。

でも、完全には治っていないのにツアーを再開するなんて。

「なぜってワールドツアーが始まるまで、俺は家で音楽雑誌を読みながらこう考えていたからだ。『俺がこのファッキンゴミ野郎をぶっ潰してやる。でぶったま んこ野郎め、報いを受けろ』ってな。だから一度ツアーに出たからには、世界と対決する準備は万端なんだよ。もう始まっちまったのさ。それなら強行するのが 当然だ」。

10月7日、マンチェスター出身のボクサー、リッキー・ハットンに紹介されて、OASISはステージに登場。ショーの間もステージ脇に立ってバンドを見守 るハットンの姿と、半ば滑稽さすら感じる増員されたセキュリティたちの存在は、OASISが再びいるべき場所に戻ってきたことを実感させる。バンド周辺で は、ノエルの怪我は未だに論議の的であるが、雰囲気が変わってきたことをあなたも感じ取れるだろう。

リアムも嫌な流れを断ち切るようなコメントを残している。

「もっと悪くなる可能性だってあったんだ。あいつが俺の背中めがけてやってくることだってありえたんだからな」。

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誰の目から見ても、記憶に残る登場だった。

シェフィールド・アリーナの広々とした楽屋で、ギタリストのゲム・アーチャーは、彼が昔所属していたブリットポップ期の下っ端バンドHeavy Stereoのフロントマンだった頃を振り返っていた。

その時だ。ものすごい音と共にドアが開けられた。

そこには、頭から足の先まで黒づくめの姿にエルヴィススタイルのメタルフレームサングラスをかけたリアム・ギャラガーその人が立っている。ブリティッシュロックの象徴である彼は、今この瞬間、怒れるギャラガー家の弟と化していた。

「ノエルが『ギグが終わったらすぐにバスで出発する』だってよ!冗談だろ!」。

後ろでドアが閉まる暇も与えずに、リアムはまくし立てた。

OASISの頼もしい仲裁人であり、ポジティブ思考のゲムは、訝しげに眉を上げた。

「僕が聞いた話では・・・」。

「俺は乗らねえぞ」。

リアムが素早くゲムの言葉をさえぎる。

「俺はもう少しここに残る。ちょっと遊んでレンジ・ローバーで帰ろうぜ。送ってやるよ」。

ゲムがうなづいて同意の意を示すのを確認したリアムは、私に向かってワシのような鋭い一瞥をやると、部屋から出て行った。

「さっきの質問だけど、僕は全然フロントマンじゃなかったんだ」。にこりと笑うゲム。

「今やってきたのが、真の意味でのフロントマンさ!」。

OASISのメンバーとしての生活は、1990年代のような、コカイン浸りの無秩序な喧嘩沙汰を意味するのではない。しかし、今でもいつ爆発してもおかしくないのである。

ゲムの説明によると、「火がつくまでは『燃えやすい』程度のものなんだ。そして始まったらものすごいことになる」。

最も危うい出来事の勃発したのは、今年2月であろう。しかも深い含蓄があるエピソードだ。

アビーロードで8週間のレコーディングを終えた後に行われた、L.A.でのミキシングセッションの最中に、その騒ぎは起こった。

そう、アメリカにやってきた頃、リアムはヴォーカル入れを1曲も終わらせていなかった。

「シンガーってのはおかしなもんだぜ」と、ノエル。

「リアムが『来週の水曜日に歌う』って言うんだ。どうして来週の水曜日?なぜ今じゃいけないんだ?『心の準備が必要なんだ』。イカれてると思ったぜ。俺達 がロンドンで2ヶ月費やしていた間は4分音符1つ分も歌わずに、2週間のミキシングで全てのヴォーカルを終わらせようとしてる。頭おかしいだろ」。

ヴァレンタイン・デーが近くなった金曜日、リアムはロンドンに戻るという不可思議な行動に移る。バンドには「仕事が入ってる」と告げ、誰もその言葉に疑いを持たなかったそうだ。

「そして月曜日、マネージャーから電話をもらったんだ。『リアムと話した?』。俺は『どうした、戻ってこないのか?』『そうか、結婚しにロンドンに戻ったことは聞いてる?』」。

そこでノエルは、一旦言葉を切り、「こういうことはよくあるんだ」と、ため息をついた。

「まず、この広い宇宙を見渡してもあいつの男友達と言ったら、L.A.にしかいなかったんだよ。俺、ゲム、アンディ、スカリー(ツアーの盛り上げ役)、 ジェイソン(ギター・テクニシャン)、デイヴ・サーヴィ(プロデューサー)だ。結婚式ってのは、60年代に敬意を表してジブラルタルまで行って(1969 年、レノンとヨーコはジブラルタルで結婚式を挙げている)、男友達全員で式が台無しになるくらいバカ騒ぎするのが普通で、メリルボンの登記所にこそこそ 行って、隣のホテルでサンドウィッチを食うことじゃないはずだ」。

「俺が『リアム、どうして誰にも伝えていかないんだ?』と聞いたら、あいつは『プレスに洩れるのが嫌だったんだよ』。俺は『一体どうしてお前は、自分をヒュー・グラントだと勘違いしてるんだ?だれもお前の結婚なんて気にしちゃいねえよ』と思ったぜ」。

「Dig Out Your Soul」のインパクトは、素晴らしかった。リアムの帰郷によって、ノエルによれば「Champagne Supernovaみたいな大曲で、Are You Experiencedタイプのリズムを持ってる」1曲を含む2曲が、今回は日の目を見ることは無かった。

精彩を欠く、もしくはB面曲とも言える「(Get Off Your) High Horse Lady」と「Ain't Got Nothing」が、アルバムに入った理由がこれではっきりするだろう。

「あれには完全にブチ切れたね」。

ノエルは吐き捨てるように言った。

「あいつの結婚式に呼ばれなかったことはどうでもいい。前の結婚式(1997年のパッツィ・ケンジットとの結婚式)にも呼ばれなかったしな。でもそれでバンドの仕事に影響が及ぶとなれば、俺は頭に来るんだよ」。

巻き起こった嵐は、バンドがロンドンに戻るまでには収まっていたものの、OASISは、「Dig Out your Soul」が、当初予定していたような、自由度の高い、アビーロードの雰囲気のこもった、サイケデリックなアルバムから逸れたという苦々しい思いを噛みし めていた。

もしくは、アルバムリリース半年前になって、今の状況を変えようとあがくつもりはないという、バンドのサボタージュ的な考えも関係しているだろう。

「俺達の場合、起こったことは仕方ねえんだ」と、ノエル。

「このアルバムと共に、俺達は故郷に凱旋する」。


ギグを見ること以外に、今日のMOJOにはアポを入れた仕事が入っていた。午後7時から、リアム・ギャラガーと対談インタビューをするのである。このシンガーが今でも謎に満ちた人物であることは、疑いようがない。

10代の頃からのトラブルメーカー。
「平凡な」大人の生活を一度として送ることなく、スターに登りつめた男。

このツアーではどこの会場でも、リアムが到着するのは最後で出発するのは最初である。

「リアムは絶対にサウンドチェックをしないんだ」。

そう話すのは、ノエルだ。

「大きな戦いのために力を備えるボクサーみたいだろう」。

それにしても、バンドと一定の距離を保つリアムの姿は、興味深い。

予定時間より10分早く部屋に呼ばれたMOJOは、ドラッグまみれで我々の話をさえぎる昔の彼とは違うリアムの姿を目にする。今の彼は、こちらが堅物だと思い知らされるほどにフレンドリーで率直、そして愉快な男なのだ。

一緒にいると、あなたはすぐに気づくだろう。彼といると、様々な論議をかもしてきたOASISの不思議が深まるばかりなのである。

楽屋のソファでくつろぎながら(部屋の中は殺風景で、あるものは「リアム」と記されたアコースティック・ギターのケースと、テーブルにおかれて芳しい香り を漂わせているはちみつドリンクだけだ)、MOJOは、なぜ「Dig Out Your Soul」製作中に結婚しようと思ったのか尋ねた。

「結婚したかったんだ。それに誰にも伝えたくなかった。どこにだって洩らすやつはいるからな、誰だろうがかまわねえけど」と、答えたリアム。

「俺と二コルで決めたんだ。それだけさ。秘密裏に進めた。Our Kid(ノエル)は、そのことを受け入れるべきだよ。もし逆の立場でも俺なら腹は立たないぜ。どうせあいつの結婚式なんて行きたくねえし」。

でも、その時点でのあなたの不在は、バンドの仕事に致命的な影響を与えたのでは?

「前から決めてたことさ。ちょっと前からな。もう聞くなよ。終わったことだろ」。

OK。ツアーはどうです?これまでのところ、他のメンバーがホテルに泊まっても、あなただけ家に帰っているようですね。

「酒を飲みたくない時は、家に帰りたいんだ」と、リアム。

澄んだ青い瞳が、翳を帯びる。

「一旦飲み始めたら ---1杯ってことじゃないぜ、2杯ってことでもない、10杯でもない。1度飲み始めると、終わりさ。一晩中くだらねえ話ばかりする羽目になる」。

「俺は今度のツアーを成功させたいんだ」。

リアムは、そう続けた。

「それに一番良い方法は、ギグをしたら家に帰ることだ。一度酒を入れると、騒動に巻き込まれちまう。俺はバンドにいるのが大好きだ。それに二コルや子供達 といるのも大好きさ。でも家にいることとOASISのリアムであることを同時平行してると、ずるをしてる気がするんだ。だから全てを上手くやってくため に、俺は家の外で音楽をやるのさ」。

オフの日に、バンドメンバーと会うことはあります?

「ノエルとは会わない。アンディとはよく会うよ。俺の向かいに住んでるし、共通する友人もいるんだ。ゲムとノエルはよく一緒にいるよな。ゲムも俺の家に日曜のローストでも食べにきたらいいのに」。

これまでのところ、ギグの調子はどうですか?満足してる?

「ああ」と、リアムは笑顔を見せた。

「ファッキンロッキンだぜ。でも他の曲ももっとやりたいんだよなあ。Acquiesce、最高のライブ・チューンだろ、Rockin' ChairにListen Up・・・」。

そう言って、リアムは喉を鳴らした。

「ノエルがアコースティックツアーをやった時のこと、覚えてるかい?(ノエルとゲムは2007年、ロードムービー「Lord Don't Slow Me Down」のプロモーションとしてアコースティックツアーを行っている)。あれ、俺のアイディアなんだ!みんなが聞いたことのない曲をアコースティック バージョンにしてみろよってさ。たとえば、Married With Children、She's Electric、Rockin' Chair・・・俺とアンディは『あれ見たか?あいつとゲムがどでかいツアーをやってるぜ?』ってさ。『それで俺とアンディは、家に残って皿洗いにヘア カットか?ずるい連中だぜ!』」。

あなたは、ソロ・プロジェクトを考えたことはないの?

「ないな、興味ねえもん。俺はOASISで最高の音楽を作りたいんだ。もしみんながソロレコードを作り出したいと言い出したら、それが俺のキャリアが終わ る時だからさ、急がなきゃな。マジで意味わかんねんだよ。個人的には、このツアーが終わったらスタジオに入って、新しいレコードを作りたいんだ。前に進む のさ」。

OASISにはトラブルがついて回るようですね。2002年12月のミュンヘンの騒動ではあなたが歯を折るまでに発展しました。あの事件の真相は6年たった今でもうやむやなままなのですが・・・

「コンサートをやった後、ホテルのバーに行って飲んでたんだ」。

抑えた様子で、リアムは説明し始めた。

「ちょっと騒がしくなってきた。俺達は1階のバーで飲んでたんだ・・・俺はここに、ホワイティー(元ドラマーのアラン・ホワイト)はそこ、セキュリティの スティーブはここ、そして他のクルーも何人かそこにいた。そしたら誰かが誰かと喧嘩を始めて、次の瞬間、スティーヴが俺とホワイティをテーブルの向こう側 に移動させたんだ。グラステーブルが2階から落ちてきて、危うく俺達に当たりそうになった。そこから始まったのさ。俺は誰も殴ってない。警察にも言ったん だよ。どうやったら俺が主犯ってことになるんだ?この手を見てみろよ、殴った跡なんてないだろ。俺ははめられたんだ」。

誰に?

「さあな。俺もどうにかして聞きだそうとしたけどよ。でもマジでぞっとしたぜ。あのクソ事件、あの警察署は最悪だ、手錠されて、うつむいてさ。『メシは 食ったかい、ミスター・ギャラガー?』。メシなんていらねえ。俺の弁護士とマネージャーはどこだ?12時間経ってやっと誰かが入ってきた。『良かった、 やっと家に帰れる』と思ったら、そいつは『レコードにサインしてくれないか』っつって、Be Here NowとMorning Glory?を差し出したんだぜ!『あつかましいくそ野郎め、ここから出たらサインでも何でもしてやるさ』と思ったね」。

2005年、アラン・ホワイトが突然解雇されましたよね?あなたと彼の間で軋轢があったと書いてありましたが。

「俺もそれ読んだぜ。俺がやつをクビにしたってな。でも俺は人生で一度たりとも人をクビにしたことはない。俺のやることじゃないさ。ホワイティとノエルだ。あいつに聞いてみろよ」。

あなたとノエルの関係はどう?2人は分身のようですよね。ブルース・ウェインとバットマンというか。

すると、リアムは笑顔になった。

「そのたとえ良いね・・・(少し口をつぐんで)ノエルは認めたがらねえだろうが、ノエルも俺と同じくらいのまんこ野郎だ。でもあいつは不細工なまんこ野郎 で、俺はハンサムなまんこ野郎ってことだ。そこが違うんのさ。他の連中が一緒なら、俺達だって楽しく過ごすことはできる、そういうこと。でも2人きりだ と、妙な空気になるんだよな。(カウチの端に座って、相手を用心しながらうなずく素振りをする)。あいつにはあいつのダチがいるし、俺もそうなんだよ」。

ステージ上では、今でも怒りや攻撃的な感情といったものがわいてくるのでしょうか?

「ああ、俺はいつでもムカついてるぜ!年を取れば取るほどますます怒りがわいてくるんだ。でもそういう時こそ最高のパフォーマンスができるんだよな。目の 前には、物を投げてきやがるまんこどもが山ほどいる、そしたらこういう気分にもなるさ(「マスかき野郎」のジェスチャーをする)。ああいうのを見てると興 奮して来る」。

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午後9時、Fuckin' In The Bushesが会場一杯に鳴り渡り、1万3千人の鳥肌が立つような歓声が待つステージ上へと踏み出す。ギグの調子の波が激しいことで知られる彼ら。気分の 乗らないショーをくぐりぬけた後は、次に素晴らしいものを見せてくれることをただ切望するしかないのだ。

今夜、ザック・スターキーに代わって加入した新しいドラマー、クリス・シャーロックが刻む切れの良いリズムに後押しされるように、バンドとしての義務感を奮い起こし、ギグに望んだ。

20曲、2時間のセットは、「Definitely Maybe」や「Morning Glory?」(「Champagne Supernova」やアコースティックの「Wonderwall」、「Slide Away」など)から9曲ものお馴染みの曲で、観客は合唱し、「Don't Believe The Truth」からの「Lyla」や「The Importance Of Being Idle」に、「Dig Out Your Soul」からの6曲も加わる。ツアーが進行するにつれ、これらの新曲はファンの心をわしつかみにし、10代から40代まで幅広い年代に受け入れられる凶 暴な楽曲へと進化していく。

今夜、一番最高潮だったのはリアムだろう。黒尽くめにドットのスカーフと危険な雰囲気をまとい、彼はマイクに向かって怒りを、そして歌詞の終わる前に吐き 捨てるように言葉をぶつけ、ステージ脇に待機するスタッフに向かって、イヤフォンの音を直すようにいらだった様子で終始ジェスチャーを出していた。ラスト の「I Am The Walrus」が、めまいを誘発するようなノイズの中に姿を消す頃、両腕を背中に回して仁王立ちをした彼は、1万3千人の目を釘付けにしたのだった。

OASIS - MOJO - January 2009 pt2

ショーの後、バックステージの待合室は、50人近くのゲストやバンドの仲間達で賑わい、そこには今夜のギグはこれまでで最高だったと興奮して話すゲムとア ンディもいる。隅では、シャーロックが、サポートバンドTwisted Wheelのドラマーと、ポール・クックとミッチ・ミッチェルの素晴らしさを語り合っている。赤ワインとベックスが振舞われる。この場に、誰もCDプレイ ヤーを持ち込むことを思いつかなかったことも驚きだ。

バンドも宿泊しているマンチェスターのホテルに、我々が戻ってきた頃には午前2時を過ぎており、バンド---リアム以外---もその30分後に到着した。 USチャートで「Dig Out Your Soul」が5位を獲得したことをちょうど耳に入れた彼ら。グラスが掲げられ、(優しく)背中を叩きあって健闘を称えたものの、さらにシャンパンのボトル が開けられことはなかった。


バンドは特に大きな反応を見せなかったものの、OASISがアメリカで、ブリットポップ時代以来の人気を取り戻したことは驚きに値することだ。 「OASISはアメリカで成功しない」という表現は、ある意味伝説と化していた。1995年の「(What's The Sroty) Morning Glory?」で4位、1997年の「Be Here Now」で2位、しかしその後のアルバムの売り上げが2,30万枚を超えることはなく、もちろんビルボートチャートTop10に現れることもなかった。ア メリカにおけるU2とColdplayの主導権は安定しているように見える。OASISは彼らの支配権に一役買っている感情に訴えかけるような、そして政 治に絡んだ発言をするのが得意ではないのだ。


「俺達が特別なところは」。ノエルは、そう説明する。

「正統なロックンロール一つで、みんなの鬱憤を晴らしてやるというサービスを提供していることだな。80年代から続く「良心的」活動はしないんだ。違う くくられ方をされちまうような活動、例えばLive 8ととかね。クリス・マーティンは俺の友人だし、やつやアニー・レノックス、ボブ・ゲルドフがそういう活動に熱心なのは知ってる。でも俺は正直だから言わ せてもらうが、そんなの知るかって感じだぜ、マジで。世界のある地域ではチンチラが繁殖しすぎて、またある地域ではヘビが絶滅の危機でと言われても、俺か らすれば『そりゃあ良かった---じゃ、もう家に帰ってBuzzcocks聴いてもいいか?』って感じさ」。

では、OASISがもっと興味を示すような話題へと移ろう。音楽だ。ケヴィン・エアーズからサード・バルド、ファット・マットレスのようなあらゆるミュージシャンの隠れた名曲について話に出ることになるのだろう。

MOJOは、あるギグのことを持ち出すことにした。2001年4月、ロンドンのアストリアにて、スティーブ・マリオットを偲んで行われたギグである。そこ で、ノエルとゲム、ポール・ウェラー、スモール・フェイシズのオリジナルメンバーであるイアン・マクラガンとケニー・ジョーンズが一夜限りのタッグを組ん だのである。

バーミンガムシャーにある、ノエルが所有していたウィーラー・エンドスタジオで行われたリハーサルは、ウェラーがパブへ3時間消えるというハプニングと共に始まった。

「戻ってきたウェラーは」と、その日のことを思い出して語るノエル。

「ギターのプラグを入れて、こう言ったんだ。(ウェラーのぶっきらぼうなアクセントを真似て)『さあ始めようぜ、くそったれ!』。そして部屋中を飛び回り ギターを弾き鳴らしマイクに向かって叫び始めたのさ。最初の曲が終わる頃には、部屋のカーペットが全部やつの足元まで丸まってたぜ。俺達全員惨めに立ち尽 くしたままでさ、そこにウェラーが振り返って言うわけ。『お前ら一体どこにいたんだよ?!』」。

「コードがBなのかBマイナーなのかで、ウェラーともめたんだ」と、ゲムが話をつなぐ。

「だったな。いかにも仕事一筋な男がやりそうなことだぜ」と、ノエルが付け加える。

「結局ウェラーが負けた。すると彼はズボンのポケットを探し始めて(ジーンズのポケットを探す素振りをする)、そしてくしゃくしゃになった古びた5ポンド札をゲムに渡したんだ・・・」。

日曜日の午前4時になる。そろそろ打ち切りにするべきだ。睡眠をとって、バーミンガム、ウェンブリーのギグに力を備えるとしよう。そして2009年夏に UKで行われる8つのスタジアムツアーも。完売すれば、OASISは、これまでどおり最高のバンドであることを証明してくれるだろう。

「俺達が、Definitely MaybeやMorning Gloryほどの大作を作ることは二度とないだろう」。

そう、予測したノエル。

「でも、そんなこと俺だけじゃなく誰にだってできることじゃない。教えてくれよ、3年間で2500万枚のアルバムを売り上げ、歴史を作り上げたイギリスの バンドなんているか?一つもないだろ?でもみんなは俺達のことを今でも待っていてくれるんだ。OASISは今も最高のバンドなんだよ」。


最近のツアーでは、「Rock N Roll Star」の歌詞の中に、その都市の名前を組み込むことがリアムの日課となってきた。

「俺は、リバプールのロックンロールスター!」、もしくは「シェフィールドの・・・」と。

今夜、しかし、彼は違う。なぜなら我々は、ボーンマスのおよそロックンロールらしからぬシーサイドリゾートへとやってきているのだ。BIC Arenaは今回のツアーで最も小さな会場で、収容人数はたったの3500人である。

会場ではOASIS---もちろん、リアム以外---が、サウンドチェックをしている。バンドはとても良い雰囲気だ。「Dig Out Your Soul」からの新曲「Bag It Up」、セットリストに加わる可能性のある曲だ。それのみならず、The Whoの「My Generation」、「The Kids Are Alright」に「Won't Get Fooled Again」。そしてPink Floydの「Shine On You Crazy Diamond」に、ビートルズの「Come Together」まで堪能することができた。

「完璧に演奏することができないビートルズの曲がいかに多いことか。驚きだよ」。

ノエルは、楽屋に戻りながら話す。

「ゲムは全曲マスターしたと言ってるが、俺はそこまで言い切ることはできない。最初の2verseとChorusくらいならたいてい大丈夫だけど、山に差し掛かると演奏を止めて、みんなでどう演奏を続けるか大議論になるのさ」。

話をするのにちょうど良い感じのちいさな部屋を見つけた私とノエルは、そこでテープを回すことにした。ツアーが始まって2週間、ノエルの体調は日に増して 改善し、彼を気にして蒼白気味だった関係者の顔色も、輝くような薔薇色となり、ノエルの動きもぎごちなさが抜けてきていた。ツアー前に漂っていた不安感 も、ニューアルバムがUKで1位を獲得、USでもTop10入りを果たし、さらにウェンブリー・スタジアムを始めとする来年夏の大規模ツアーチケットの売 り上げも、日程を追加するほどに上々ということで、すっかり消え失せていた。

チケット販売開始初日の午後3時までに、30万枚以上のチケットが6時間で完売。これは1996年ネブワース2日間ギグに人数と比べても5万人増しである。

やはり「チーフ」と呼ばれる男でも、これには驚いただろうか。

「YesともNoとも言えるね」。

ノエルは1日3本と決めている煙草の煙を吐き出しなら答えた。

「俺達と他のバンドの違うところは、『大勢』を相手にしてるところだ、リバティーンズのやり方はしないってことさ。ファンを俺の家に呼んで、部屋の中でギ グを見学なんて、ごめんだね。OASISは、他の何千人かのファン達と一緒に見るのがベストなんだよ。スタジアム・ギグなんて、みんなで集まって体験を共 有するのにちょうどいいじゃないか」。

シェフィールドで、リアムはバスの件でだいぶ頭に来ていたようですが、ゲムとアンディは、あなた達2人の仲介役になるの?

「いや、それはマネージャーの役割さ。マーカス・ラッセルが俺を呼んでこう言うわけ。『Electric Promsについてどう思う?彼らの方は、コラボレーションをするという考えを出してきてるんだが』。そしたら俺は『コーラスはどうだ?でもまずはリアム に話を通した方がいいな。きっとあいつは『コーラス?そんなクソみてえなもん俺はいらねえ』って言ってくるから」ってな。おかしなことに、俺達は、音楽的 な意見の食い違いとやらは一度もやったことがないんだよ。いつもくだらねえことからいがみ合いに発展しちまうんだ」。

バンドの大事な方針は、あなたとリアム2人で決めるということ?

「たいていは、リアムが俺に全部任せてくれるんだよ。それで俺が下した決断が台無しになった時が、あいつの人生最上の日ってわけさ!マーカスを電話で起こ してこう言うのが楽しみでしょうがないわけだ。『ノエルが一体何をしでかしたか教えてやろうか・・・』『うーん、ちょっと待てよ、スリッパを履かせてく れ。何があったんだ?何だって!?』。それでマーカスはそのまま俺に電話してくる。俺は『ああそうだ、ミスター・ブロフェルド(訳注:007シリーズで、 ジェームス・ボンド最大の敵)、お前の電話を待っていた(笑う)。さっさとベッドに戻って俺のことは放っておいてくれ』」。

先週は、何年かぶりにマンチェスターに戻りましたね。昔からの友人たちは有名なロックスターであるあなたのことをどう思ってるの?

「何人かはヘロインが原因で死んじまってるんだ、悲惨な死に方をしたやつもいる。でも楽屋には5,6人やってきたよ。『おい、ただで飲めるぞ!』ってさ。 最高の友達だし、俺達のことを誇りに思ってくれてる。連中の興味のあることはこれだけさ。『今も楽しんでるか?そうか?そりゃあ良かった!』。俺は今でも 道端にいるホームレス達と顔見知りなんだ。こう言ってくるんだよ。『20年ぶりだなあ。今何やってんだ?』『HMVに、50フィートの俺の写真が飾ってあ るぜ』『あれお前なのか?何てこった!』」。

「Dig Out Your Soul」に対するいい加減なレビューに、悩まされたりはしませんか?

「リアムは気にするけどな。でも俺はしない。あの曲のパクリだこの曲のパクリだだからこのアルバムは最低だとぼこぼこに非難されようが、このアルバムはホワイト・アルバムと肩を並べる出来だから自己満足に浸るべきだと言われようが、俺にとってはどうでもいいのさ」。

「いいか」。

彼は、ため息をついた。

「ジャズやチャイニーズ・オペラに転向することは俺にはできないんだ。音楽の高等教育は受けたことがないし、ティンバレスやグロッケンシュピールの弾き方 も知らない。俺は独学でギターを学んでそれで出てきたのがこの音楽なんだ。最高やら最低やら言おうが俺を納得させることなんてできないぜ。全く気にしちゃ いねえんだから」。

ドラッグやグルーピー抜きのツアーは、とても充実してますね。

「名声を手に入れるってことは、精神的にものすごい衝撃なんだよ、ジャガナート(訳注:ヒンドゥー教の神)並みにね」。

そう言うと、ノエルは思いを巡らす。

「対処する方法としては、二つある。酒とドラッグだ。でも俺は最初にこう言って抜けた。『終わりにしよう。ダークサイドはもう懲りごりだ。人類が知りうる あらゆるドラッグをやり過ぎってくらいにやったし、会いたかった人たちにも会えたし、色んな場所にも行けた。これで十分だ』。ああいうくだらねえもんで俺 の人生が今より良くなることはもうないんだ。やってもまた同じことの繰り返しだからな」。

リアムは、アラン・ホワイトがOASISをクビになったのは、あなたとの間で起こったことが原因だと言っていましたが。

「本当に?あの嘘つき野郎!違うぞ、あいつとリアムがプライベートなことで喧嘩になったのさ。当時バンドには俺達3人しかいなかった。でも俺には家族を 養ってく責任がある。何て言えばいいかな。(考え込む)。一番問題になったのは、ホワイティがバンドのミーティングをすっぽかしたことだった。それがどう いう意味を持つか?いや、俺には言い表せないね。俺達はこの18年間で、バンド・ミーティングってやつは4回しか持ったことがない。つまりそれだけ重要な ミーティングだったんだよ。全員一つの部屋に集まって、互いの考えを話し合う必要があった。アンディは普通の時ですら何も言おうとしないだろう。それに当 時彼は、スウェーデンから出てきたばかりで、アンディにとって子供と過ごす時間がどれだけ大事か俺達もわかってるんだ。それなのに、ホワイティは女と休暇 を過ごすことを選んだのさ---良い気分はしなかった。リアムもそのことでやつと喧嘩になったんだ」。

ミュンヘンでの事件は?

「子供達に誓って言う、リアムが始めたんだ。俺は長いことホテルのバーでリアムと飲んできたからわかる。あいつが発端だ。リアムは『クソだりいな』と思っ たらウェイターのケツを殴って騒ぎを起こすのさ。あいつといいあいつが一緒につるんでる連中といい、酒を飲むと自分がコントロールできなくなってトラブル になるんだ。酒癖がお世辞にも良いとは言えねえんだよ。暗雲が立ち込め、ネジが吹っ飛んで『俺の女のイヤリングをバカにしたな?』と始まるわけだ。加え て、あいつはたいてい本当のことを喋ろうとしないときた」。

彼が本当のことを話してるかどうか、判断できるんですか?

「無理だね。だからいつも嘘をついてると決めてかかることにしてるのさ(笑う)」。

今では音楽界のヒーロー達と友人関係を築いていますね。ウェラーにジョニー・マー、ポール・マッカートニー、ニール・ヤング。音楽の仕事を続ける上で、彼らから学んだことはありますか?

「彼らも俺と同じようなもんだってことだね。初めて会った時ジョニー・マーは、俺に対してとても紳士な態度で接してくれた、そうする理由なんて何もなかっ たのにさ。当時は一日25人のギタリストがマンチェスターにいる彼の元にやってきて称賛の言葉を並べてたに違いないぜ。マネージャーを譲ってくれ、それが 今でも俺達のマネージャーだし、ジョニーを通してザックとも知り合ったんだ。本当に静かで落ち着いた、禅の精神を持った男なんだよ。ウェラーは違ったね。 良い時期に出会ったよ。やつは17歳の時に世界を変えようと立ち上がったわけだ。俺からすればありえないことだぜ。でも最高の男だ。どうしようもないくら い正直でさ。いつもこう言ってくるんだ。『俺とお前で違うのは、お前はソウルミュージックが嫌いってことだ』。俺は『違うな、ポール、俺とお前で違うの は、お前はジャズが好きってことさ』」。

ビートルズはどうです?あなたの中では、彼らは全員違う次元にいるのでしょうか?

「そうは考え難いなあ。マッカートニーはマジで最高に紳士なんだ。リヴァプールって感じでさ、素晴らしいよ。彼の『マッカ』な面は見たことがないね。セン ト・ジョーンズ・ウッドにある彼の家で過ごしたこともある。ディープ・パープルのジョン・ロード主催の野外パーティで、ジョージ・ハリソンとハイネケンを 分け合ったこともあったな。髭を生やしたデニムの男がやってきて、『カール・パーキンスは好きか?』と聞いてきたから、俺は『そうでもない、でもあんたは 好きだぜ!』と答えたよ。みんな紛れもなく最高の連中ばかりさ」。

今でも会ってみたい人はいる?

そうたずねると、ノエルは考え込んだ。

「もしボブ・ディランが、『やあ、君がOASISやってるやつか』と声をかけてきたら、バスの前で卒倒だろうな---サラに電話をかけながら」。


ボーンマス1日目の後、楽屋ではバンドの小さな集まりが行われていた。またもや、リアムはロンドンに戻ってし まったので、ノエルとゲム、アンディ、そしてクリス・シャーロックが、ビールを交わしつつ戦いを振り返っている。シャーロック--がっしりした体格をし、 物静かで、しかしリヴァプール人らしい暖かさとウィットに富んだ男は、自分のiPodを鳴らしている。ロックの伝説達が立て続けに現れる。ビートルズ、 ザ・フー、ジミ・ヘンドリックス。

アンディ・ベルはこう明かしている。

「僕達は個人的なことを話すのがあまり得意じゃない。笑い話をしたり、音楽のことを話すほうが多いんだよ」。

ここで様子を見てる限り、彼の発言は自明の理のようだ。

ゲムとノエルは、リッチモンドにあるロニー・ウッドの家を訪ねた時の話で場を盛り上げていた。

「一見ありきたりの冷蔵庫なんだ」と、ゲムが説明する。

「でも開けてみたら」。ノエルが言葉を続ける。

「そこらじゅうにビールが詰まってるんだよ!あれは驚くぞ。だから俺も歩いて入れるくらいの冷蔵庫を買おうと思ってるところなんだ」。

「チーフ」が立ち上がり、「もう寝る」と言い放ったのは、午前2時30分のことだった。ツアーバスまで連れて行けというボディガードへのサインである。

彼らの輝くような顔を見てると、折れた肋骨や自己破壊的なアルバムもどこか別の場所で起きたことのように思え、無比のスタイルを持ったOASISは、これ からもどうにか自らの道を切り開いていくのだと考えてしまうのである。少なくとも次の危機が訪れるまで、彼らはまさに順風満帆なのだ。

しかしMOJOは、雨ふりしきる陰鬱なボーンマスの夜へと消えようとするノエルを捕まえ、最後の質問をすることに成功した。

彼はOASISが英国最後で最高のロックバンドだと考えているのだろうか?

「俺達の後を継ぐようなバンドは見つけられないな。携帯電話やインターネット以前に現れたバンドとしては、最後の英国最高のバンドだと思うよ。OASIS 以前でもOASIS以降でもない、俺達がOASISなんだ。でも俺がもっと若くて、41歳で2人も子供がいる親父がこんなにプレスに出てたら、6ヶ月で引 退に追い込んでやるけどな!今の連中といったらスキニー・ジーンズに衝撃波でもうけたみたいな髪型しやがって---かかってこいよ、間抜けども」。

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Best Tracks of 2008:

ノエル:MGMTの「Oracular Spectacular」。「Time To Pretend」のビデオは最高だった。パリへ飛んだり、スーパーモデルとヤッたり、ヘロイン吸ったり---ヘロインが良いと言ってるわけじゃねえぞ ---、まるで彼らはボーイング747を買ってレッド・ツェッペリンにでもなりたがってるみたいに野心にあふれてる。地方のウサギ禁猟区で木を育てるなん てことに収まらずにね。The Verveのシングル「Love Is Noise」は、これまでの彼らの作品の中でも最高の出来だ。それとウェラーのアルバム、「22 Dreams」!彼は自分の仕事にここまで自信を持ってるんだ。最初からこんなこと本気でやろうとしたんだから、恐ろしいね。このうちの何曲かのレコー ディングには、スタジオで立ち会ったんだけど、俺には理解できないことばかりやってたね。頭がどうかしてる。彼とクラドックは身内だけにわかる言葉で話す しさ。理解するにはべろんべろんに酔っぱらうしかなかったってわけ。

リアム:俺が一番最近買ったアルバムはダフィーの「Rockferry」だ。あの曲、「Mercy」は良いよな。ウェラーの曲、「Push It Along」は最高だと思う。The Last Shadow Puppetのアルバムも好きだけど、ちょっと背伸びしすぎだ。2人とも若いよな、なのにタートルネック着けてギター弾いてお互いの瞳をバカみてえに見つ め合いやがって、ふざけんな!俺の記憶じゃ二人とももともとバンドをやってたはずだぜ。良い曲もいくつかあるけどな。

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OASISが選ぶ、OASIS最高のギグとは・・・

メインロード(1996年4月27、28日)
ノエル:ドラマーが変わった後の史上最高のギグ。フットボールスタジアムだぜ!どうやったらあんなことができたんだ?14の時まであそこにフットボールを見に行ってたようなところで、俺達がやらかしちまったわけだ。今でも最高のギグだよな。

レスター・プリンセス・シャーロット(1994年5月6日)
ノエル:オリジナルメンバー(トニー・マッキャロルのこと)でのギグだったが、アンコールの「I Am The Walrus」の時、客がステージになだれ込んできたんだよ。だから俺はギターを置いて、ディレイ・ペダルをセットして、命からがら逃げ出したのさ。楽屋 に戻った頃には靴が片方なくなってたよ。

ネブワース(1996年8月10、11日)
リアム:最高の体験だった。でもパフォーマンスのことは何も思い出せない。演奏が良かったかも客の反応が良かったかもわからねえ。上手く演奏できたとか、 客のノリは良かったが演奏は最悪だってギグはけっこうあるかもしんねけど、他は何もかも最悪で俺達だけが最高にかっこ良いギグってのはそうあるもんじゃね えだろ!

ウェンブリー・アリーナ(2008年10月17日)
ノエル:俺達のロンドンでのギグとしてはこれまでで最高の出来だ。フットボールの試合に来たみたいだった---みんな最初から最後まで大合唱でさ。匂いま でかげるんじゃねえかってくらいに迫ってくるんだ。ああいう夜のためにこの仕事をやってるんだよな。いいか、昔俺達はウェンブリー・スタジアムで、サウン ドチェックまでは完璧だったのに、途中で中断する羽目になったことがあるんだ・・・

ロンドン・フィンズリー・パーク(2002年7月5,6,7日)
アンディ:僕が加入してからは、一番好きなギグだね。雨が激しく降っていてオーディエンスには霧がかかっていた。それに色んな曲を演奏したんだ。 「D'You Know What I Mean?」とか「She's Electric」とかね。観客の盛り上がりもすごかった。

ミラン(2000年5月30日)
ゲム:変わったものを選んだと思ってるだろう。でもこれはスペインでの喧嘩のあとノエルがバンドを離れていた時のギグなんだ。1万2千人の前で演奏するた めに、僕はノエルのギターパートを二日間で覚えなきゃならなった。ギグの前に、リアムが僕を真っ向から見つめて「できるよな?」と言ってくるもんだから、 そのままトイレに駆け込みたかったよ(笑う)。いざステージに出てみたらとても良い気分で演奏できた。というのもみんな見に来てたんだ---マーカス・ ラッセルとか--僕が予想もしてなかった人がたくさんね。どうにかやりきってこれまでにない経験をすることができたよ。でも、どこかでノエルが見守ってて くれてたのさ---イビサで浮輪に乗りながらね。結局ギグは最高の思い出になったんだ。

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My Hero:ノエル・ギャラガー
ポール・ウェラーなんかもいるが、やつはどっちかと言えば友人だな。最高の男さ。セックス・ピストルズのスティーブ・ジョーンズ。素晴らしいね。アレック ス・ヒギンズやマーヴィン・ハグラーにも会ったが、俺にとっては2人ともヒーローさ。マドンナに会った時には驚いたなあ。

でもニール・キノックは外せない。彼はマジで最高の人物だった。子供の頃から彼がサッチャーと戦ってる姿を見てきたんだ。労働党大会で胸のすくようなこと を言ってくれるんだよ。彼の奥さんのグレニスも一緒に会ったことがある。その時の彼女の言葉は最高だったね。俺が「子供の頃、彼の言葉を聞くと背筋に震え を感じましたよ」と言うと「ええ、私にもよくやってくれたわ」と返してきたんだぜ。

ジョン・ライドンは今でもヒーローだと思うね。俺達全員で二日間ぶっ続けで飲んだことがあったんだけど、彼はリアムに直接話しかけようとしなくて、しかも あいつのことを「シンガー」としか呼ばないんだ。「お前のシンガーに伝えてくれ、『お前の世界は理解できない』とな」。バターのCM(ジョン・ライドン は、英国のバターメーカーCountry LifeのCMに起用されている)をどう思うかって?俺はバターはCountry Lifeと決めてるんだ・・・。

My Hero:リアム・ギャラガー
おふくろが俺のヒーローだ、なんていうとお涙ちょうだいのまんこ野郎みてえだが、そうなんだから仕方ねえだろ。当たり前すぎて今更説明するまでもないこと さ。おふくろは俺をトラブルから守ってくれるし、俺達を育て上げてくれたから義理もある。それと俺の子供たちもヒーローだ。もう夢中さ、最高の連中だもん な。

でも音楽のことで言えばジョン・レノン。つながりがあるかは知らねえけど、声と音楽がどうしようもなく好きなんだ。レノンって何だか奇妙で、ちょっとばか しうぬぼれてたかもしれねえけど。彼の声に似てきたって?そうだな、キース・ムーンを真似するドラマーみたいなもんさ。でも「真似」じゃねえぞ、俺には俺 のやるべきことがあるんだ。ジョン・レノンの持ち物を集めてもいねえしさ。最近そういうものばかりなんだよなあ。毎年誕生日が来るたびに同じプレゼントを 10個ももらうんだぜ。

Andy Bell - Clash Magazine - 2008/10/02

静かな話し方と抑えた佇まい、アンディ・ベルはどこまでも謙虚なベースプレイヤーだ。

ビートルズで言えばジョージ・ハリソンのように、2人の喋りすぎるくらい喋るバンドメンバーのおかげで影のような存在となっている彼。しかしそれは才能のないことを意味するのではもちろん、ない。そしてこの点でもハリソンに重なるのだが、アンディは、ニューアルバム「Dig Out your Soul」に収められた自身の曲「The Nature Of Reality」でもうかがえるように、常に理論を追求しているのだ。

「空間と時間、今この時この場所にいるということ、それは君の心にしかないんだ」。

アンディは、さりげない顔をしてジョークを飛ばす男でもある。一見シリアスな面持ちをしてながら、質問に対する答えの最後を含み笑いで締めるのだ。バンド唯一の南部出身であり、他のメンバーと比べて勤勉なイメージのする身なりをした彼は、OASISの中でその位置を守っている。

「2人の子供がいて落ち着いた生活を送る38歳の一人の男として」。アンディはそう話した。

「僕は、ベースプレイヤーによくはまってると思うよ」。

OASISのめまぐるしい活動を再び始めるということで、今どのような心持ですか?

アンディ:まるで・・・そうだな・・・楽観的に構えて良いんだけど、覚悟は必要なんだよ。再びツアーに出ることは待ち望んでたことだし、最高さ。でも、数年間分のエネルギーを全て費やすことになる。それでも素晴らしいことではあるよね。

大勢の人々を前に演奏することを考えると、ナーバスになったりはする?

アンディ:ギグの前は毎回緊張するよ。いつもそんな感じ。吐くまではしないけど、でも何分かは(深くため息をつく)、わかるだろ、気持ちを落ち着かせなきゃならない。

ということは、ツアー最初のギグは、いつも調子が悪いということ?

アンディ:いやいや、そんなことはないよ。しっくり来ないなあって思うことが時々あるだけ。最初のギグはたいていOKさ、やっぱり気持ちも盛り上がってるからね。もっと大きなギグとか、位置的に重要なギグとか、そういった時にナーバスになっちゃうんだよ。

ツアーに出て、ニューアルバムの新曲をライブで演奏することについてはどう思う?

アンディ:そう、このアルバムには本当に満足してるんだ。完璧だと思うよ。本当にそう思う。これこそ僕が目指してたところさ。今の僕達は考えが完全に一致してると思うんだ。今回のアルバムの仕上がりをみんな心から気に入ってるし、新曲も本当に気持ちにはまるんだよ。これからもっと好きになっていくと思う。というのも、リハーサル中に、ノエルが新曲のいくつかをアコースティックで弾いていたんだけど、とても良いアレンジだと思ってね。どの曲も素晴らしいよね。

ギグのセットリストを変えてみたいとは思わない?

アンディ:もう少し変化を与えたいとは思うよ。でも僕達には決まったセットリストというものがあるんだ、1曲や2曲は変わるだろうけど、じっくり戦略的に練ったセットリストを続けるのが僕達としては上手く行くみたいなんだよ。

今のOASISはメンバー全員でバンドを動かしている感じなのでしょうか?

アンディ:ああ。チーム体制だね。でも明確なリーダーのいるチームだよ。ノエルが舵を取ってるのさ。そういう役割が必要なんだ、僕が思うに。じゃないと潰 れてしまう。僕達は方向性は決められているけど、その中では思う存分自由にやっていいんだ。あらゆる面でクリエイティブに表現していいのさ。居心地が良い よ。

ノエルの考えが間違ってると思った時、彼を説得することはできます?

アンディ:うーん・・・それはノエルの機嫌によるよね。それと彼がどれだけその考えに入れ込んでいるかってこともかな。つまり、ノエルが自分のやってるこ とについて意見を求めて来る時っていうのは、自信が持てない時ってことだろう。でもほとんどの場合、彼は自分の考えをすでに持っていて、何をしたいのかも わかってるのさ。僕達全員、自分の曲については譲れないところがあるんだよね。曲を書いた時点で、作品も出来上がってると言っていい。その楽曲をどういう風に仕上げたいのかも頭に描かれているんだ。ノエルが寛大にみんなの意見を聞き入れることもあれば、そうじゃない時もある。そこを読めるかどうかは経験次第だね・・・それはノエルに限らず言えることだけど。

曲を作る際にはやはり、ある程度のクオリティが必要だと感じますか?

アンディ:もちろん僕が書く曲は全て最高だよ!ああ、もちろん、本当に自信の持てる作品を作る必要はあるね。僕には未完成の曲がたくさんあるんだ。気に入ってはいるけど、完全な形になっていないものがね。たとえば「Quick Peep」みたいなのは、たくさんあったデモの最後の方に入れていたちょっとしたメロディだったんだけど、みんなが「これこそ俺達が求めてたものだ」って 受け入れてくれた。だから途中までしか進んでないアイディアも、完成品と同じくらいのポテンシャルを持ってるものなんだよ。曲の質というと、また別の問題だね。このアルバムに入ってるゲムの曲があるだろ。あれはゲムが、断片的なインストゥルメンタルミュージックとしてデモを作ってたもので、それをたまたまノエル が「何だこれは?」と耳に止めたのさ。ゲムは「ちょっと作ってみたんだよ」と答えると、ノエルは---確かこう言ったと思う---「ちゃんとした形にして みたら?メロディと歌詞を書いてみろよ」と言ったんだ。それであの曲が出来たのさ。未完成のものがいつでもあるんだ。
なぜって僕達はいつでもギターを弾いてるんだからね、今リアムがはまってるみたいに。ギグの出番を待ちながら、食事を待ちながら、時間が空いた時はいつでも。そしてリアムの前を通り過ぎながら「おお、そのメロディ良いね。何て曲?」とか声をかけたりさ。リアムはいつも新しい曲を弾いてる。で、一度仕上がったら二度と人前で弾こうとしないんだ。

「OASIS向きじゃない」と考え直した曲のなかでも、他の人が聴けばボツにするべきじゃないと思うような素晴らしい曲もあるのでは?

アンディ:いや、OASISに合う曲かどうかはわかってるつもりだ。熟知してるつもりだよ。そういう曲に時々限界を感じることもある。例えば、僕が最初に OASISのために書いた曲「Thank You For The Good Times」は、典型的なOASISの曲だったけどやっぱり先が読めた。「OASISらしい曲」以上になれなかったんだ。一方「Turn Up The Sun」、あの曲は僕がバンドのために書いたベストチューンだけど、OASISらしさはちっともなかった。静かなイントロから始まって、だんだんと盛り上 がっていく。とても自由で、可能性に満ちていたのは、OASISらしくしようと無理していないからだ。だからどんどん曲が良くなっていったのさ。

かつてあなたはスウェーデンで暮らしていたということですが、現在は他のメンバーと同じようにロンドンにお住まいですよね。他のメンバーと生活拠点を近しくすると、やはり関係も違ってくるものでしょうか?

アンディ:同じ街に住んでるってのは良いよ。うん、最高だね。

近くに住んでると、望まない時の訪問もあるということでは?

アンディ:そう、ゲムの家の近くに住んでるんだけど、今度はリアムの近所にでも引っ越そうかな。でもいつでも他のメンバーのところに行けるっていうのはやっぱり良いよね。ゲムとはよく付き合いがあるし---本当に仲良くしてもらってるよ。


2人は今でもバンド内で新人のような扱いをされてるの?


アンディ:それはどれだけ時間が経とうとなくならないんじゃない?僕が言いたいのは、ストーンズのロニー・ウッドやビートルズのジョージ・ハリソンがそう だったみたいにってことさ。それは変わらないんだよ。つまり、馴染んでいきはするけど、その事実はいつも残ってるというか・・・昨夜そんな感じのことにつ いて誰かと話したんだよね・・・ガールフレンドと何かのことで話してて、ポール・マッカートニーとジョージ・ハリソンの話になったんだ。そしたら彼女、興味がなくなったみたいで「あな たって、ご近所さんかCoronation Streetの登場人物か何かみたいに、ビートルズのことを話すのね」と言われたんだよ。
実際僕にとっては彼らは家族みたいなものなのさ。でも、何からその話になったんだっけ。たぶんCoronation Streetのことだったかもね(笑う)。

曲を作った時、あなたが最初に披露する人は?

アンディ:ノエル。何曲か候補を渡して、ノエルが「この曲が俺達向きだと思う」と返してくるんだ。最終的にはみんなに聴いてもらう、でも曲を選ぶのはノエ ルなんだよ。ゲムとリアムは僕が作った曲なら何でも気に入ってくれるけど、ノエルの場合はもっと色んなことを考えた上で答えを返してくれるんだ。僕達って退屈するとレコーディングにとりかかるんだよね。ツアーが終わってちょっとしたオフに入ってこんな感じになると(あくびをしてみせる)、こういう風になり始める(テーブルを指先でリズミカルに叩く)。そしたらまたスタジオに入ってデモを作り始めるのさ。

曲を書く時に、ヴォーカルとして思い描くのはやはりリアム?

アンディ:うん、僕の曲はノエルの歌い方に合わないと思うんだ。リアムがOASISの声であるのに対して、ノエルは、何かみんなに対して訴えたい時、自分で自分の曲を作って歌うのさ。何も、ノエルは僕の曲を歌っちゃいけないと言ってるわけじゃない。つまり、「Thank You For The Good Times」でもそうだったように、リアムが歌い方を覚えるまで、ノエルが見本を見せるって感じさ。そうやって出来た曲なんだよ。これはノエルが作った曲 に関しても同じだね。リアムがマスターするまで、ノエルが歌うという役割分担があって、最終的に誰がヴォーカルを取るか決めるんだ。

今回のあなたの曲に感じられる哲学的なテーマは、何にインスパイアされたものなのでしょう。

アンディ:あえて言えば自分自身かな。でも僕がいつもあんな感じってわけじゃないよ。時にはそうなる時もあるってこと。他にも何曲かユーモラスな曲も書いたんだけど、今回のOASISの方向性にはそぐわなかったのさ!(笑う)。

ビートルズの「Maxwell’s Silver Hammer」みたいなテイストの曲?

アンディ:ううん、そこまで悪くはなかった!(笑う)。60年代半ばのストーンズをおふざけでやったような曲というかな。「Nature Of Reality」は、僕が本当に哲学的に物事を考えていた頃に書いた曲なんだ。というのも色んな理由でセラピーを受けていてね。だからいくつかの歌詞には、僕の人生観が現れてると思う。

とても思い入れの強い曲なんですね。その内容についてリアムと頭を突きあわせて話し合ったりした?

アンディ:それはないね、リアムの好きなようにやってもらった。だって何について書いてあるかは読めば明らかだろう、とてもストレートな内容だ。詩的な回りくどい表現は使ってない。歌詞のままに取ってもらって良いんだよ。

ノエルの曲に関しても言えることなんですが、今回のアルバムは聖書を思わせる表現が多数見受けられますね。

アンディ:うん、面白い。今回はどの曲もそれをテーマにしてるみたいだ。

人生の意味について考えたことはありますか?

アンディ:ああ、人生ってひどいもんだよね。

でも神のように崇めていた人物とバンドメンバーになれたとしたら、そうでもないのでは?

アンディ:(笑って)そう、それはリアムを信じるかどうかによるよね!僕は、リアムを信じてる。リアム・ギャラガーに対して、僕は不可知論者の立場をとってるんだけど、今の段階では、彼はこの世に存在すると考えてるよ。

OASISはステージ上で静止したように立っていますよね。バンド内で暗黙のルールでもあるんですか?

アンディ:うん、僕達の間で言う「静止主義」さ。リアムが発案したんだ。あれが彼の「動き」なんだよ。でも僕は静止してないよ!ステージ中を動き回ってる。グルーヴを感じてるというかな、なんたって僕はベースプレイヤーだから!メンバー全員が動きを感じてるよ。リアムはステージ中央で仁王立ちすることを主義としている。ノエルは同じ場所にとどまる。ペダルを操作したりマイクに向かって歌う必要があるからね。でも僕の場合はちょっとは動いてるよ。ダンスだってしてる。ジャスティン・ティンバーレイクと同じまでとは言わないけど、僕だって動いてはいるんだ。

OASISのベースプレイヤーというのは、あなたの望んだ位置なのでしょうか?

アンディ:そうさ、最高だよ。望んだ以上だ。だって当時はセッションプレイヤーになる準備を進めていたのに、それが今じゃOASISのメンバーだろう。 OASISはセッションプレイヤー集団じゃない、バンドメンバーと呼べるコアな人間の集まりなんだ。本当に運が良かったよ。それだからOASISはこれだ け長いこと続いてきたと思うしね。今ではオリジナルメンバーのギグジーよりも長くこのバンドにいることになるから、変な気分さ。OASISはあの時期を境に違ったバンドになったんだから。 そうだろう。まるで違うバンドを見てるみたいなんだ。よく「良き時代」と「悪しき時代」と言うけど、(笑って)それとは違った見方をしたいんだよね!「Heathen Chemistry」から現在までが、僕達にとってのアルバムなんだと思う。五里霧中の状態からスタートしてスタイルを確立したのさ。前までのOASISが、衝撃的にデビューしたはいいけどちょっと尻すぼみに終わったのとは違うっていうかな。

アティテュードを持ったOASISは、自らの音楽を作り上げることができたということ?

アンディ:そうだね、今も進化してるよ。OASISが新たな方向へ進化したと認識してくれて嬉しく感じるよ。復活が歓迎されない場合だってありえたんだから。でも今は前とは違うバンドの姿を見せることができてると思う。まるで・・・僕はストーンズが好きなんだけど、彼らの場合、結成初期はブルースを基本とした音楽でやっていこうとして、8年間良いアルバムを作れなかったんだ。それに対してOASISは、デビュー当初から素晴らしいアルバムを3枚立て続けにリリースした。でも僕達が加わってからは---こう言おうか---僕達が バンドに、そしてみんなが僕とゲムに慣れるまで、あやふやな時期が続いたんだ。新しいメンバーの加入というのはそれだけ影響があったんだよ。だから 「Heathen Chemistry」にも、ちょっとそういう面が現れてる。でもデイヴ・サーヴィを見つけてから僕達は波に乗り始めたのさ。僕にとっては、彼はOASISのジミー・ミラー(ストーンズ初期のプロデューサー)みたいな存在なんだ。彼が加わると「Sticky Fingers」や「Let It Bleed」みたいに力の漲った作品が作れる、そういう気分になれる。それが今の僕のOASISに対する見方だな。やる気満々さ。最高の曲ばかりだ。やりたい放題というわけじゃなく、よく練られた楽曲が詰まってるんだよ。今 の僕達なら・・・次は「Exile On Main Street」ばりの作品だって作れると思うんだ。30、40曲入ったダブルアルバムだって出せちゃうよ。曲なら余るほどある。たくさんね。そのことで困 ることはない。

あなたはストーンズのファンで、リアムはビートルズのファン。趣味の違いでぶつかることはありませんか?

アンディ:あったなあ、それに関しちゃ交渉決裂さ。ビートルズも大好きだけど、僕の中ではストーンズの圧勝だ。

読者からの質問:

バンド内で一番お酒に強い人は誰ですか?ついでに、一番のへたれも教えてください。

アンディ:僕がへたれだよ。しかも酒癖の悪いへたれ。飲むのは好きだし、テキーラも好きなんだけど、酔うと自分を透明人間だと思い込んでついには・・・テーブルの下でべろべろになってやばい状態になるんだよ。一番強いメンバー?リアムは3日間余裕で飲み続けるね、でも長く飲み続けるという点で言えば、ゲムとノエルも同じくらい一晩中飲むのが好きなんだ。12時間くらいはよく飲みに行ってる。僕にそんなスタミナはないなあ。クリスはダークホースさ、僕が思うに。楽々飲み干せると思うよ。あの真っ赤な頬を見てごらんよ。あれは大酒飲みの証拠さ!(笑って)クリスごめん!

OASISで演奏して学んだことはなんですか?

アンディ:どのバンドでも同じってことがわかったよ。良いバンドは良い。バンドの価値はお金の有り無しじゃない。Ride、Hurricane #1、そしてOASIS、この3つが僕が経験してきたバンドだ。鳥瞰してみると、どのバンドにも共通していえることなんだよ。担当する楽器がギターからベースに変わったことで、多くのことを学ぶことができた。人間としても成長できたし、楽器ごとの役割についても学ぶところは多いんだよね。ベースプレイヤーは、ギタリストよりもたくさんの役目を担っていると思うんだ。今でも自分はギタリストだと思ってるし、いつも弾いてる楽器はギターだし、レコードでも許される時はギターを弾いてるけど、それでもベースプレイヤーというあり方が僕にはあってると思うんだ。2人の子供を持つ落ち着いた生活を送る38歳の男として、僕はベースプレイヤーにぴったりなんだよ。みんなすぐにベースをやめたがるけど、僕は・・・

故ジョン・エントウィッスル(ザ・フーのベーシスト)に捧げたい言葉ですね!

アンディ:ああ、本当にね・・・いつかハードロックカフェでエントウィッスルみたくベースを弾いてる日が来るかも、たぶん。でも晩年にすることってそうい うことじゃないのかな。若い頃に好き勝手やって、一旦落ち着いて、そして子供たちが大きくなったら、また昔みたいに好きなことをするのさ。だからそう、自分の可能性をせばめるようなことはしないよ。

Liam & Gem & Andy - Today - 2008/10/01

ギャラガー氏と共に、お茶を。

ネタの絶えないギャラガー兄弟だが、実生活ではとても魅力的な紳士である。たとえ、フェレットの匂いを身にまとっていたとしても・・・。

OASISという言葉を聞くと、私の頭には二つのことが思い浮かぶ。

一つは、「(What's The Story) Morning Gloiry?」にはまった若かりし頃(曲の意味はさっぱりわからなかったけども)、そしてもう一つはタブロイド紙に毎日のように取り上げられていたギャラガー兄弟の喧嘩沙汰である。

だから、私がサウスロンドンのキャンバーウェルへ彼らにインタビューをしにいくということがどんなに緊張を伴うものだったか理解していただけるだろう。

移動中にはスタッフの間で、彼らがギグをするよりも喧嘩をする方に精力的だった頃の話も出た。

ほんの数年前、ミュンヘンで巻き起こったOASISとイタリア人グループ間の衝突のために20人の警官が出動し、酒に酔っていたリアム・ギャラガーは、そのうちの一人の胸めがけてドロップキックをかましたために逮捕されたのだ。

だが到着してみると、私の抱いていた恐れは見当違いのものだった。

待合室に入ると、ノエル・ギャラガーがくつろいだ様子でアームチェアに腰掛け、両方の手に紅茶の入ったマグカップを持ち、ジャーナリスト達と音楽やテレビの趣味について雑談を交わしている(彼は音楽は聴くよりニュースを見るほうが好きらしい)。

リアム・ギャラガーは、とても魅力的でおしゃべりで、カリスマ性をほとばしらせていた。
新しい考えを思いついたとたんに、話が脇道に逸れることは数知れず。そして興奮し始めると、立ち上がって身振り手振りを交えて話すのだ。

ゲム・アーチャーは、椅子に浅く腰掛け、アンディ・ベルはインタビューのほとんどを、背もたれにもたれかかって聞いている。

リアムの7歳になる息子、ジーンは、おもちゃの車に乗って部屋中を走り回り、あまりに音が大きくなると、静かにするようリアムが注意する。

つまり、今回のインタビューはむしろ楽しく行うことが出来た。リアムが私の靴を褒めてくれたのも、その一因かもしれないが。

今の生活はどんな感じです?

リアム:最高だよ。ツアーに行っても家の中でも、右に振れても左に振れても最高、以上。どうやったら生きてることが嫌になれるんだ?最悪の時ですら、最高だぜ。

アンディ:誰にでも嫌な経験はあるからね。誰にでも。

ゲム:でも結局は・・・悪いことがあっても、そこから学べばいいのさ。

OASISをやめたとして、まずやりたいことは何ですか?

リアム:チケットを買って、こいつを見に行くよ(アンディを指差す)。

アンディ:何もないよ、こんなやつ、OASISはさっさと追い出した方が良かったんだ。

リアム:そんなことしねえって。悪いけど、お前が必要なんだよ。

ゲム:そのツケを俺に払わすのはやめろよ、アンディの右後ろにいるからって。

曲を書く時のインスピレーションはどこから得るのでしょう?

リアム:人間、日常生活・・・・俺自身、俺、こうやって座ってから考え始めるなんてできねえんだよ、「テーマを考えました。これからそのことについて曲を 書こうと思います」ってな。ただ浮かんでくるのを待つだけさ、わかるだろ?普通に生きてるだけで、心にふと浮かんでくるものなんだ。つまり、俺はインスピ レーションを求めないことで、逆にインスピレーションを得てるんだな。

アンディ:その通り。僕もそういう道を辿ってきたよ。曲を書く時は、歌詞やメロディを焦って書こうとはしないんだ。2楽節しか浮かばなかったら、その曲はそれだけでいいんだよ。次の楽節が思い浮かばない限りね。

リアム:始終周りから急かされて面倒くせえ作業に追われてパニックに陥るくらいなら、曲なんて書きたくねえよ、そうだろ?

「Dig Out Your Soul」はアビーロードスタジオでレコーディングされましたね。何かエピソードはあります?

リアム:クインシー・ジョーンズがやってきてこう言うんだ(アメリカ人のアクセントで)「やあ、君達はギターバンドだと思ってたが、それにしちゃすごい キーボードの数だなあ」ってさ。俺達のプランは・・・何も考えずにまずはスタジオ入りしようって感じだったんだ。でも入ってみるとすぐに、何かが動き出し た。ぞくぞくしたぜ・・・俺達はマンチェスター、ニューキャッスル、オックスフォードからやってきたただの田舎者にすぎないが、音楽に関しちゃ誰にも負け ねえんだ。

アルバムの中でもお気に入りの曲は?

リアム:言いたくねえけど、全曲大好きなんだよ。全てがね。マジで。全部最高さ。

ゲム:リアムと同じだから、答えられないな。どの曲も少しずつ違うバイブを持ってる。何曲かは全く違う興奮を与えてくれる。このレコードは通して聴くべきだよ。そういう風に作ったんだからね。

リアム:感じるだろ、あらゆる感情を。これは魂のアルバムだよ。

これまでのギグで最高の出来だったと思うのは?

アンディ:これからやるギグかな。

ゲム:おいおい、何かあるだろう、思い出に残ってるギグが。

リアム:ギグの前に「あんま気乗りしねえな」って時はあるけどな。でかいギグだったらみんなも覚えてるだろ、ハリウッド・ボールとか!?やめてくれよ、あ りゃ最悪のギグだぜ。思い出したくもねえ・・・俺全然調子が上がってなかったもんな。良いギグはあまりに多すぎて挙げられねえけど、最悪のギグだったら答 えられる。ハリウッド・ボールはその一つだ。

様々な雑誌の投票企画で、OASISは最高のアルバム、最高の曲など1位を獲得してますね。

ゲム:投票は良いよね、おかげでレコードも売れるし。それくらいかな、本当にそれくらいさ、だって音楽は永遠のもので投票なんかで計れるものじゃないんだ。失礼かもしれないけど、雑誌は2週間でゴミ箱行きだろ。

7枚目のアルバムになりますね。新作の発売はわくわくします?

リアム:うん。新曲を出すのはいつだってわくわくするよ。他のやつはともかく、俺はな。何回も言うけど、OASISの一員って最高の気分だぜ。他のメン バーが同じように思ってるかは知らねえけど。OASISが、例えばホットドッグを発売しても新聞を発売しても新しい音楽を開発しても香水を発売しても OASISブランドのチェアを販売しても、大興奮だぜ。いつでも応援してますって感じだ。

香水?ではOASISブランドの香水を出すとしたらどんな名前をつけますか?

リアム:「Mad Ferret」だな。(訳注:もちろん、かつてのリアムの口癖「Mad For It」とかけている)。その名の通り、マッドなフェレットの匂いがするのさ。田舎者の俺達ならではだろ。
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