Definitely Maybe

Noel & Liam - Les Inrocks - November 1994 pt1

あなた達にとってマンチェスターとは?

リアム:なんとも思ってないよ。ノースロンドンのとある市、そこに俺達は住んでる。他のところと同じようなもんさ、俺達がデビューする8ヶ月前まで、面白いバンドなんて一つもなかったんだ。そして今になって、マンチェスターのアナグマどもめ、最初から「OASISを応援していました。彼らならやってくれると思ってた」なんて顔してすましてやがる。でもマンチェスターが俺達をサポートしてくれたことなんて一度もなかった。1年前、俺達は観客ゼロの部屋でギグをやったんだからな。

今では部屋がはちきれそうなくらいに集まりますよね。あなた達にとってはリベンジのような感じなのでは

ノエル:成功したってことは確かに喜ぶべきことかもしれないが、それ以上でもそれ以下でもないね。2年前まで、OASISは有名になれるようなバンドじゃなかった。最悪だったんだ。

マンチェスターに帰ってきたお祝いに、クラブ・ハシエンダでコンサートを行ったようですが、あの場所はあなた方にとって特別な意味を持つのでしょうか?

リアム:いや。ひでえ場所だよ、ただのナイトクラブだ。ああいう場所を持ち上げようとかそんな気は全くない。これから活躍すべき俺達みたいなバンドが遺跡みたいなクラブでギグやって、マンチェスター・リバイバルだとか騒がれて、ロックンロールの再来とか囃し立てられてよ、アホらしいぜ!ニュー・オーダーとかファクトリーとかハシエンダは、俺の中では何の意味もないね。ファクトリーなんて、まともなレコードといったらハッピー・マンデイズの1stくらいしか出してねえだろ。ジョイ・ディヴィジョンなんて屁みたいなもんだぜ。ビョーキ野郎め。

ハッピー・マンデイズの元シンガー、ショーン・ライダーとは仲が良いんですね。

リアム:(憤慨して)・・・・どこがだよ!友達になりたいって言ってきたのはあいつの方で、俺は断固拒否だ。あんなやつと友達になれるわけねえだろ。今では落ち目だし。

ちょっと残酷ですよね。さっきまでハッピー・マンデイズに乗って踊ってたと思ったら、今度は一斉にあぶり焼きですから。

リアム:あの間抜けどもにはそれくらいの価値しかねえんだよ。1stアルバムの後、何もせずに平凡な方向へ向かってさ、這い上がろうとあがくことすらしないんだぜ、あいつら。それでこうなったってわけ。鬱憤はためずに、音楽にのせて解放しろってことさ。それがルールだろ。

ノエル:音楽がなかったらお前って何の価値もないからな。だから俺が、これ以上は無理ってくらいのエゴでもって曲を書いてやるのさ。自分の曲に感謝したいね。ドラッグに女、全てが手に入って、ついでに俺達の悪評は高まるばかりだからな。風を起こすには、良い曲を書くことが絶対条件なんだよ。そしてこれだけは言える。ハッピー・マンデイズは今の時代に合わない。

マンチェスター・ムーブメントが起こったことで、マンチェスターの環境は変わりましたか?

ノエル:クソみたいな環境さ。ラジオはろくなもん流さないし。実際、マンチェスターってストーン・ローゼズとハッピー・マンデイズしかなかったんだよ。それだけだぜ、最悪だろ!だからストーン・ローゼズが冬眠に入って、ハッピー・マンデイズが馬鹿なこと言い始めてから、マンチェスターはカオスに陥ったのさ。もし本当にムーブメントってものがあったんなら、若者が働く場所をちょっとばかし増やしてほしかったよな。

OASISはマッドチェスターの影響を受けていませんね。

リアム:俺たちは、フラストレーションとトラブルの影響を受けてるのさ。3年前、マンチェスターは最悪で、みんなどうしようもないって諦めムードが漂ってた。大量のドラッグに酒、眠れない夜。そんな時、俺は目覚めたんだ。ストーン・ローゼズが心に響いてきて、電撃が走るみたいに、俺は心を決めたのさ、自分の力で生きたい、この頭がイカレちまいそうな巣窟から抜け出してやるってな。他のやつらは馬鹿みたいに騒いでばかりいたが、俺はずっと考えてた。必死に自分の人生を作り上げようとしてたんだ。バンドを作って成功を収めるってことさ。マンチェスター、俺はそこで何かをしたかった。地域限定のムーブメントをぶちかます?たとえば、ストーン・ローゼズみたいにさ。彼らのリズムって他のバンドにはないもんだろう。

ストーン・ローゼズは、「俺達には才能がある」と言い切っていますが、あなた方はまずその自信を真似したってこと?

ノエル:むしろ、自信だけが自分を認める手段だろう。俺はThe Pinksみたいなバンドはやりたくない、それだけだよ。2年前、ラジオを聞いたり新聞を読んだりしても、何も好きになれなかった。目に入るバンドは全部エネルギーが感じられなかった。何か新しいことをぶちかまさなきゃならなかったんだ、もう一度トーチを持って立ち上がるやつが必要だったのさ。それで俺にはそうする自信は十分にあったってわけだ。良い音楽を聴きたかった、それだけさ。インスパイラル・カーペッツはまともな曲を書くことができなかったから、俺がその仕事を請け負ってやろうってね。自分に言い聞かせたのさ。誰も俺の聴きたい曲を書かないなら、俺が自分で書いてやろう!ってね。上手く行けば、ここから抜け出せるかもしれない。もし誰も俺の曲に耳を貸さなければ、どん底に戻るだけ、とね。少なくとも俺は、カセットテープに残すだけの曲を書く才能はあると思ってた。

つまりデビューする時から、自分の才能に自信はあったと?

リアム:ロックンロールを歌うのに才能なんて必要ないんだよ。ステージに上がって、マイクの前に立つ。それだけさ。俺の声が特に良いってわけじゃない。OASISに入る前は、自分の声が嫌いだったくらいだ。でも今では、そんな俺が歌ってるんだからな。俺にはもう失うものなんてないんだ。

ノエルがメンバーになったことは、OASISにとってプラスとなったのでしょうか?

リアム:その前まではクソみたいなバンドだったぜ。曲は腐ってるしよ、ボーンヘッドが書いてたんだけど、マジで最悪・・・でもそれでも、俺はバンドを信じてた。俺を待ち受けてるくそったれどものはびこる生活の中に、バンド以外に一つとしてマシなことを見つけられなかったんだ。兄貴がバンドに可能性があると言ってくれた時から、俺達ならやれるかもしれないって思えた。一人メンバーが増えただけで、全てが動き出した感じだな。OASISは真のOASISになったんだよ。

ノエル:最初見た時のこいつらといったら、何の特徴もないバンドだったからな、でかい口だけ叩くリアムってスターを除けば。他のアホ面は、楽器と言う名前の楽器を持って突っ立てるだけさ。何の主張もありゃしなかったぜ。

ノエル、あなたはOASISに入る前から、家でギターを弾いたりしていたんですか?

リアム:長いことな。よく家で弾いてたよ。学校から帰ってきたら弾いてるし、学校に行く前も弾いてるし。ノエルが良い曲を書いてるってのは知ってたけど、あの頃の俺にとっちゃどうでも良かったから、外に遊びに行ってた。15の時は、音楽に興味なかったからさ。フーリガンやってフットボールできればそれで良かったわけ。一緒のバンドやるまで、ノエルと遊んだことなんてなかったぜ。

ノエル:俺達は5歳年が離れてる。5年だぞ、子供にとっては大きな壁だ。特に俺が5歳の頃なんて、こいつは・・・・とにかく、今はその壁もないようなもんだ。俺の方から歩み寄るようにしてるから、前よりは近づいてると思う。バンドに入った時には約束を交わしたんだ。リアムが俺に「俺は、お前とジョン・レノンの歌以外は歌わない」。俺が「俺は、お前とジョン・レノン以外に自分の曲を歌わせることはない」って答えたのさ。

リアムがOASISを結成した時、すぐにノエルが入らなかったのはなぜですか?

リアム:頼まなかったからさ。

その2,3ヶ月後に、どうして入ったの?

リアム:(真剣な顔で)・・・・俺が頼んだからさ。

ノエル:こいつらのステージって見れたもんじゃなかったから、俺が何とかしてやらなきゃなあって思ったんだ。でも今じゃ俺は紛れもなくバンドのチーフだろ。雑用品やギターやアンプを、稼いだ金で買ってるのは俺だ。給料をみんなに分けてるのも俺。どうやって楽器を演奏するか教えるのも俺。一日に5、6時間の仕事をとるために喧嘩を売るコツも俺が仕込んだんだ。ただヴォーカルに関しては口を出すことはなかったな。リアムはすでに自分のスタイルを持っていたから。こいつの強み。天性の声さ。

リアム:今わかってることは、俺はノエルに大きな貸しがあるってことだ。去年家でレコードを永遠とかけ続けて、俺に音楽を教えてくれたのもノエルだし。俺こうやって音楽を聴くのが好きなんだ。レコードを部屋でかけてから、廊下で壁ごしに聴くんだよ。Smithsの1stをそうやって聴いた時は良かったなあ。でも最高だったのは、ストーン・ローゼズの1stを聴いた時だな。その日、これから何をしたいかはっきりわかったんだから。そういう名作を聴くまで、これ以上昔のレコードなんて聴く必要ないって思ってたんだ。The Pinksやビートルズ、そして俺達の「Definitely Maybe」さえあれば、無人島で暮らせるってさ・・・・今はもうSmithsのレコードは聴かない。あまりにお行儀良すぎてセクシーじゃねえからさ。というより、俺、前からモリッシーって×××野郎だと思ってた。あいつがいなけりゃ、Smithsってもっと良いバンドだったぜ、きっと。ジョニー・マーはギャラガー家のヒーローさ。

ノエル:ジョニー・マーはめちゃくちゃ良いね。何と言ってもまず、OASISが大好きらしいし・・・・自分の意見を持った北部の男って感じさ。俺のオーディオプレイヤーには名曲しか入ってないんだ。ビートルズにSmithsに、十分評価されてないLa’s。リー・メイヤーズはいつまで怠けてるつもりだ・・・・まあ、俺よりも才能はあるけどね。今の時代では、一番だと思うよ。

ビートルズを語る時、マッカートニーは話に出てきませんね。

リアム:我慢できねえんだよ。あいつの書く曲って、ホモの曲ばかりだろ、なよなよしてさ(Let It Beの始まりを歌ってみせる)。俺向きじゃねえな。俺にはパンクロックのジョン・レノンの方が合ってる。聴きまくってるぜ。

ノエル:俺もパンクは好きだよ。セックス・ピストルズに、ダムド、バズコックスも大好きだ。でもクラッシュはクソバンドだと思うね、それとSham 69も・・・・学校でものけ者だったぜ、俺がパンクもビートルズも好きだったからさ。どっちか一つってのが普通だろ。

子供の頃のヒーローは誰?

ノエル:全て偉大なるソングライター達。ジョン・レノン、ニール・ヤング、レイ・デイヴィス、ジャガーとリチャーズ、ピート・トウシェンド、ポール・ウェラー。それとギタリストも。ギターってのは素晴らしいシンボルだと、すぐに気づいたよ。反抗、自由、崖っぷちで生きる人々のシンボルさ。

リアム:俺にはヒーローはいなかった。マジで何もやることなくて、バカやってただけだから。ヒーローを見つける時間もなかったしな。16歳の時俺がやってた音楽活動って、ビートルズやストーンズにのせてコンガを叩くことくらいだしな。あとは女の子追っかけるくらい。他に興味あることはなかったよ。

マンチェスターから出て、広い世界へとはばたく人たちを羨んだりは?

リアム:どうしてわざわざ遠くに行かなきゃならねえんだ?マンチェスターは俺の故郷だし、そこで幸せに暮らしてたんだよ。コンガと女がいれば良かったんだ。

ノエル:俺は旅をして、世界を見たいと思ってた。リアムがレンガ運びをしてる時も、俺はアメリカに行きたいと思ってたぜ。それでインスパイラル・カーペッツの間抜けどものローディになって、ギターのチューニングをしたり、機材を運んだりしてたってわけ。クソバンドだが、一緒にいれば世界中を回れるだろ。そこで一生を終えると思ってたよ。

他に仕事をやったことはある?

ノエル:なんでもやったよ。犬の散歩とか窓拭き、店でフルーツ売ったりもしてた。煙突掃除もしたな。だから色んなところで身分証明書を提出しなきゃならなくて。

「Married With Children」では、日常的なことがテーマとなっていますが、自分もそういう落ち着いた生活がしたいと思ったことはないの?

リアム:俺は腕に3人のバカなガキ抱えて暮らしたいなんて思わねえ。そういう生活には魅力を感じない。

どういう生活をしたいの?

リアム:冒険やリスクにあふれた生活だよ。そして出来る限りたくさんの女の子がいれば文句なし。俺達をおっかけるグルーピー達、見たことあるか?ああ、もっと群がってくれたらいいのになあ。女、いすぎて困るってことはないね。俺にはもっと必要だよ、もっとな!

今では、あなた達は女の子たちの憧れとなっています。ナンパしても拒絶されたりすることはないの?

リアム:皆無だな。俺は昔からハンサムだったから、女には困ったことがないんだよ。・・・(さらに強く主張)マジで女の子の方から寄ってくるんだから。男の数に比べて女が少ないとか、ありゃ嘘だな。いつだってすぐそこに余るほどいるぜ。

ノエル:俺は何年も付き合ってた子がいたけど、ダメになった。悲しい話だろ。でも俺はポジティブだから、今じゃイングランドだけで8人のガールフレンドがいるんだ。良いだろ、色々大変ではあるけど。1日に1人と決めてるが、日曜日は選り取り見取りで、1日に2人さ。

どうして寄ってくるんでしょうねえ。

ノエル:理由は簡単さ。俺達が有名だからだ。有名人大好きの女の子達の相手をして喜ばせることで、俺も利益を得る、どちらも損することはない。ほとんどの子は俺の名前すら知らないぜ。OASISのギタリストと軽く一発ヤリたいだけなのさ。ロックンロールだな。それ以上でもそれ以下でもない。女の子達と遊ぶのはコンサートの後のお仕事みたいなもんだ。

リアム:この間、変な女が俺の腕に抱かれたいって聞かなくってさ。リアムリアム言ってうるさかったぜ。

ノエル:嘘だな。女が寄ってくるのは、俺の方だ。このバンドでは俺だけが大人で、後のメンバーは未だにガキんちょなんだよ。

変なムシもくっついてきてるとか。

ノエル:エヴァン・ダンドーのこと?悪いやつじゃないぜ、あれもグルーピーの一種さ。

Noel & Liam - Les Inrocks - November 1994 pt2

子供の頃、学校生活は楽しめましたか?

リアム:俺、あまり学校に行ったことってないんだよね。子供の頃すでに学校は俺にとっちゃ意味の無いところってわかってたしさ。俺の人生は他のところ、学校の外にあるって確信してたんだ。遊び場では俺はガキ大将じゃなかったしゴマすりもしてなかった。ダチと一緒に遊んでたけど、1人でいることが多かった。グループ、例えばギャングに入ろうとは思ってなかったよ。ただ自分しか信じていなかったんだ。

ノエル:俺は15で学校をやめたんだ。子供時代は静かな性格だったが、今では頭のネジが吹っ飛んじまった。まあどうでもいいけど。あれからたくさんのことを学んだよ。学校では読み書きを習った。言ってみればそれだけさ。

ご両親は、あなた達に理想を押し付けたりはしなかった?

リアム:俺は9歳の時以来、父親とは話してないんだ。家族をダメにした男だからな。でも俺には他の家族がいる。2人の兄貴と俺。みんなであいつから逃げ出したのさ。身体だけでかくて頭はアルコール漬け・・・おふくろは一人ぼっちだった。俺達にはいつも優しくしてくれたけどね。これだけは間違いない。あの男は俺達にはもう必要ないんだ。

どうしてギャラガー家の長男は、OASISでプレイしていないんでしょう。

リアム:音楽を好きなのは俺達と一緒だけど、OASISの仕事の整理とかしてるよ。俺達の中で一番年上なんだ、30歳さ。

よくお母様のことについて話しますよね。彼女だけが、人として信じられるに足ると考えてるかのよう。

リアム:自分のおふくろ以上に信じられる人間なんているのかよ?おふくろは俺達を裏切らない。俺達を育て上げてくれた。そりゃ大変だっただろうさ、俺なんて400回はぶたれたからな。でもそのおかげで今の俺があるんだ。俺は幸せなんだ。おふくろのおかげで自信が持てる。学校では何一つまともにできなかったが、それで怒られることは一度もなかったしね。

今でもお母様の影響力は大きいのですか?例えば、「リアム、もうドラッグはやめなさい」と言われたら?

リアム:ありえねえよ、そんなこと言うわけない。おふくろが心配することなんて俺達何もしてねえし。新聞で俺達の記事を読んで、「ねえリアム、このことについて聞きたいことがあるのよ。キッチンに来なさい!」とは言うけど、でも何かを禁止したことはないよ。

ノエル:親にルールを決められたら、必ずそれを破りたくなるだろう。おふくろのやり方は、子供が自分の力で気づくまで放っておくんだ。賢いのさ。

兄弟であること以外に、二人の間に共通点はありますか?

リアム:(ためらいなく)ドラッグが好きなところかな、特にコカイン。俺は1日に6回はやる。あれの上を行くドラッグはないよ。コカインは良い。俺にとってのドラッグといえばコカインだ。

中毒にはならないのでしょうか?アメリカでは、ロックンロールとドラッグは切り離せないものですが。

リアム:旅行に行く時だって持ち歩いてるぜ、すぐ吸えるように。14歳から始めて、それから毎日欠かさず吸ってるもんな。兄貴だってそうさ、いけないことなのかもしれないが、ぶっ飛ぶのが好きなんだよ。これ以上ドラッグについて話すことはない。意味ねえだろ。俺の住んでるところではみんなドラッグやってたし、今更話題にすることでもないさ・・・・今じゃ、俺も自分のイメージを気にかけなきゃいけなくなったから、酒はあんまり飲まなくなったよ。ジン&トニックからジャック・ダニエルに変えた。1日1ボトル以上は飲まないって決めてるんだ。

ノエル:仕事から帰ってきても、何もすることがないって世界だからな。フットボールにジョン・レノン、そしてドラッグ。それが俺の全てだったわけ。スタジアムに行ったり、ドラッグをキメたり、ビートルズを聴いたり。OASISをやっていなければ、今でも俺はそういう生活をしていただろう。

社会に対して影響力があることはわかっている?子供たちはあなた達を真似しかねませんよ。

リアム:ジャーナリスト達の方からドラッグをやるのかどうか聞いてくるんだぜ、俺達は真実を答えるだけさ。インタビューに嘘はつかない。OASISに嘘はないんだ。でもよく聞けよ、そういうのにいちいちかまってる暇はねえんだ。俺はガキどもに「こういう風に頭をはたけ」とか教えるためにバンドをやってるわけじゃない。エヴァン・ダンドーが「俺はダメな野郎だ、不幸な男だ、不運なアーティストだ」だのほざいてるが、俺には到底受け入れられない。絶対無理。悪事、暴力、フーリガンイズム。俺はそれを売りにしてるつもりはない。

ノエル:俺達の責任じゃないさ。OASISが社会の風紀を乱しているっていう説はめちゃくちゃってことだ。もちろん時々は、ボーンヘッドはバカやるけどさ、カーテンをびりびり引き裂いたり。でも大人しくしてることだってあるんだ。ギグの後に部屋に直行して、ベッドの中で新聞を読むことだってあるんだぜ。

バーニッジの警察とあなた方は顔見知りだと言われていますが。

リアム:2,3、くだらねえことやらかしただけさ。悪いことはしてないぜ。

食料品店を襲ったり?

リアム:(笑って)・・・・思い出させないでくれよ。俺はほんのガキだった。今じゃ警察の厄介になるようなことはしてねえんだ。責められる覚えはない。

ドラッグを持ってるのがバレたり?

リアム:持ち歩いてたことなんて1回もねえよ。そこまでバカじゃない。・・・・・俺達はコンサート会場でドラッグ売買して捕まるマンデイズの間抜けとは違って、もっとずる賢いんだ。OASISは、ドラッグキメてステージにあがることはない。ギグは特別だ。あまりやばい状態で客の前に出ることは許されない。

OASISはブリティッシュロックの救世主のように扱われていますが、それは妥当な評価だと思いますか?

リアム:おふくろがワーキングクラスだったから、その子供の俺とノエルもそうなんだろう。左翼が好きそうな階級分け、俺達に一生つきまとうもの。でもそれだからって、投票して社会を変えようと思ったことはない。俺は投票なんて絶対しないぞ。政治家なんて信じちゃいねえからな。

ノエル:マンチェスター・シティをサポートしていることがまず、ワーキングクラスの証だよな。マンチェスター・ユナイテッドは、世界中の色んなクラスのファンを集めてるが、マン・シティは、道端にたむろする正直なマンキュニアンオンリーだ、クラブが2ndディヴィジョンに落ちようとも忠誠心は変わらない。エリック・カントーナは、俺達のチームでプレイするべきだな。実際、この2つのチームは正反対だよな。マン・ユナイテッドは、大企業、ソニーみたいなもんで、マン・シティはクリエイション・レコードみたいなもんだ。

リアム:ノエルはもう新しい曲を10は書いてるんだぜ。もう少し休んだら、スタジオに戻る予定さ。これからのキャリアを考えたり、5年先に思いを巡らすつもりはない。ただ出来るだけ早く前に進むだけだ。疑問を持つ時間なんてない。俺達が正しければ、すぐにOASISはビッグになるさ、U2みたいにな。

ノエル:俺達にはそれだけの力がある。ここまでくるのに3年かけたんだ。死ぬんじゃないかってくらい働いてきた・・・・もう少しスピードを落としたいよ。

プレッシャーを感じる?

リアム:みんなが俺達を待ってる、当然だな、俺達がやってきたことを思えば。アメリカだったらもっと大変だっただろうけど。俺達の家にあふれてるレコードが、OASISを新世代のローリング・ストーンズへと導いてくれた、刺激に満ちたバンドへね。ものすごい数のギグをこなしてきたが、それだって俺達には楽勝だった、ノープロブレムさ。ただあまりにやりすぎて爆発しそうだから、今は休憩が必要だろうな。

あなた達2人は、喧嘩をよくすると有名ですが、そのせいでバンドが解散の危機に陥ることは?

リアム:くだらねえ!兄貴がクズみてえなことをやったら、俺が殴って、俺がバカなことを喋ると、こいつに殴られる。普通だろ?俺達は兄弟なんだ、どこの兄弟も同じようなもんさ。昨日なんて、インゲン豆缶の値段で喧嘩したぜ。

ノエル:俺の方が年上だから、こいつは俺の言うことを聞くべきなんだ。聞き分けがないことを言ったら、2,3発殴るだけさ。バンドじゃ、俺がボスだろ。これは変わりようのない事実。リアムはロックンロールスターだ。ステージに上がり、マイクの前に立てば、こいつがバンドのフロントマンさ。でもビジネス面で言えば、俺が実権を握ってる。

現在、OASISの曲は歌詞もメロディもノエルが書いていますね。これが変わることはないのでしょうか?

リアム:(抑えた声で)・・・・ないな。部屋で曲を書くことはあるけど、それをバンドに見せることはないんだ。ノエルは曲を書くのが上手いだけじゃなくて、人間としても上だし、正しいことを言うし、俺より頭も良い。大好きだよ、誰よりも尊敬してる。だからノエルが曲を書けば、全てOKなんだ。出来上がったらまずは、こいつが歌って、それを俺が部屋の隅からこっそり見てるわけ。そうやって歌い方を学ぶのさ。

ノエル:2,3年前にリアムが、OASISの曲を2つ書いたことがあるんだ。やめろとすぐに言い渡してやったよ。お前はそのためにバンドにいるんじゃないってね。俺は完璧主義者だからな、曲を書くのは俺の仕事だ。そのために1人、静かなところにいる必要がある。そこから抜け出すために、酒とドラッグが必要なのさ。ドラッグの助けなしでは「Supersonic」とか「Shakermaker」は生まれなかった。でも「Slide Away」や「Live Forever」はラブソングだろ、何もしないでもするっと出てきたよ。

ノエル、あなた以外のメンバーは、曲作りに参加しようとしませんね。疲れない?ノエル:ちょっとストレスだけどな、でもどうしようもないだろう。他に選択肢はないんだ、これが一番良いやり方なんだよ。少なくとも、バンドを続けたいっていう意思はあるみたいだしね。アメリカを回ってる時、B面をレコーディングするために2,3時間スタジオで過ごしたんだが、他のクズどもが曲をちっとも演奏できないんで、結局俺が全部やったんだぞ。ドラムにベース、ギター、キーボード。それしか方法がなかったんだから。ボーンヘッドや他のやつがもっとまともだったらどうだろうと想像してみたけどさ、結局重要なのは、俺が書いたメロディなんだよな。

あなたの書く歌詞は、ありきたりだという批判に対してどう返答しましょうか?

ノエル:俺は街や電話で聞いた言葉を使ってシンプルに書くのが好きなんだ。すぐに覚えられて、アルファベットみたいに口から出てくる文章が好きなのさ。それでありきたりって言われることもあるが、俺にとってはどうでもいいね。

メロディが思い浮かばなくなるのではという恐れはないみたいですね?

ノエル:実を言うと、俺はもうすでに書きたいことは(長くため息をついて)・・・・音楽に関しちゃ何も心配してないんだ。いつだってメロディは出てくるからね。むしろ、どうやったらもう少し上手く歌詞を書けるか悩んでるところだよ。言いたいことはもう言ったのに、まだ書き続けなきゃならないんだ。もうちょっと世間が寛容であることを望むよ。じゃないと、俺はもう歌詞を書くことを辞めちまいそうだからな。

イングランドのプレスというものも、あなた達にとっては危険要素なのでは?

ノエル:誰かが、カート・コバーンを殺したのはイングランドのプレスだと言っていたよ。図星だな。クソプレスが1人の人間を死に追い詰め得るというのがよくわかるだろう!特に責任が大きいのは、記者どもじゃなくてカメラだな。

リアム:俺は、みんながバイブルを読んでる時に、毎週水曜の新聞を読んで育ったんだ。そして今、俺がプレスに狙われる側に立ったなんて、ふざけた話だよな。OASISをどう扱おうとしているのかがよくわかるよ。俺達の音楽に関する記事は、嘘や誤りだらけなんだから。

突然大金が舞い込んできたわけですが、危ない方向には進まない?

リアム:まだこれっぽっちも使ってないんだ。俺達が有頂天になろうとしても、ノエルが止めるしな。こいついっつも冷め切ってるからさ、全く・・・・もし使うとしたら、まずはマンチェスターを離れるよ、ノエルみたいに。でもロンドンには行かない。田舎に庭付きの家を建てるんだ。街にいると疲れるんだよな。あそこは仕事をする場所で、幸せに暮らせる場所じゃない。ギグをやって、仕事関係のやつらと会って、クラブで暴れる場所さ。でも日常生活はまた別なんだよ。もっと落ち着いた場所が良い。

正直言って、6ヶ月前こうなることを予想していました?

リアム:俺はいつだってOASISはビッグになると確信してたよ。この曲を聴けば疑いようがないだろ?まるで・・・宇宙並みに無限の可能性が詰まってるよ!驚いたのは、そのスピードさ。2ndアルバム頃にスターになると思ってたんだ、1stじゃなくて。

「Definitely Maybe」は、アルバムチャートで1位になりましたが、これからやりたいことは何?

ノエル:世界に俺達のことを知ってもらいたいんだ。イングランドじゃ満足できねえ・・・・本当に何をしたいかと言われたら、ビートルズみたいにスタジオに閉じこもりたいよ。レコーディングに集中するためにね。その後、ワールドツアーをして、プロモーションをして。天国だろうな。

リアム:なんか、これだけじゃ満足できねえんだよな、あっという間でさ。元の場所には戻りたくねえんだ。俺は歌うために生まれた。ロックンロールのおかげで救われたんだ。バンドがなけりゃ、今頃何してたかわかんねえよ。もしかしたら家で静かに暮らしてたのかもな。

この6ヶ月、OASIS周辺の騒がしさはすさまじいものがありましたね。長期間にわたるギグ、眠れぬ夜、喧嘩にグルーピー。この騒々しさにきりもみにされて潰されるのではないかという不安はありませんか?

リアム:俺達には覚悟ができてたんだ、こういう日々が始まることは承知の上でデビューしたんだよ。俺なんて14の頃からこういう生活だったしな、女の子に囲まれてさ。自分で選んだ道だから、耐え忍ぶとかそんな感じじゃない。とにかく、やりたいと思ったことはちゃんと自分の手でやり遂げるってことだよ。俺は何をやりたかったのかって?自分の感情を外へ爆発させたかったんだ、そのためにバンドをやってる。俺達はたった1枚のアルバムで、世界を虜にした。一発屋で終わらないように、俺もバンドもまだまだ世間をぶっ飛ばしてやるつもりさ。これまでになかったような歴史を作ってやるよ。

OASIS - The Face - August 1994 pt1

次世代のピストルズ、次世代のビートルズ、それとも手っ取り早く来週の新聞の一面となるのか?OASISはハイプの声を跳ね飛ばすだけの実力をもっている。しかしそのハイプとの戦いより先に、ギャラガー兄弟同士の喧嘩を止めるのが先となろう。

まず初めにこの言葉を紹介しておこう。

「まだわからないのか?ロックンロールは終わった!何もかもなくなったんだ」 by John Lydon, Feburary 1980

豪華にセットアップされ、いくつものデジタル機器の並ぶRadio1 FMで、リアムとノエルの二人は、マイクの周りに集まっていた。スタジオ内には、リズムギタリストであるボーンヘッドも一緒だ。グラストンベリーでのギグの宣伝の意味もこめたラジオセッションである。

エンジニア達は、二人の発する熱のこもった「1、2、テスト」という声が挙がるたびに慌ただしく走り回り、音量は適切に調整され、録音機器が動き始める。そして最後の音が消えるや否や、聞いてるこちらが吹き出してしまうような二人のやり取りが部屋中に響く。「お前のせいだ」「いいや、違うね」。

そこへ登場したのが、どうしようもないクラスに派遣された教師のような司会者、ジョー・ワイリー。彼女は番組をどうにか進行させようと話し始めるが、むしろ壁に向かって話したほうが上手くいくのではないかという散々な有様である。

ワイリー:わかった、わかったわ!ちょっとは落ち着いて。(ノエルに向かって)リアムの言ってることが聞こえないじゃない。
ノエル:こいつが言うことなんてどうでもいいだろ。
リアム:よくないさ。俺はスターだ!
ワイリー:この喧嘩は番組をやりこめるためのシナリオなのかしら?
リアム:俺達はやりこめたりなんかしない、ヤるだけだ。
ノエル:全てはNMEのためさ。
ワイリー:リアム、アコースティックセットは嫌なの?
リアム:こうやって椅子に座るのが嫌いなんだよ。
ワイリー:グラストンベリーでは何をする予定?確か初めてなのよね?
リアム:歯ブラシを売る。
ワイリー:最近お母様に怒られたことは?
ノエル:ああ、家に帰ってきたリアムに小言を垂れてたよ。どっかに行っちまえってな。
ワイリー:ところで今夜は何を演奏してくれるの?
.........。

この後も、実にたわいのないやり取りが行われ、シングルとして発売された「Shakermaker」、そして番組のラストには、ノエル作曲の「Sad Song」が演奏された。いつもながら、彼らは危ういところでクールさを失わず、アコースティックギグも、素晴らしいパフォーマンスに仕上がったのだった。

音楽雑誌を愛読している方にとっては、二人の会話はお馴染みのものであろう。その他の方、OASISを初めて知るあなた、上記のような喧嘩はOASISを支えるギャラガー兄弟を知るにしてはあまりにマイルドすぎるものである。これよりもっと強烈な言葉が飛び交った生放送がいくらでもあるのだ。

リアム、22歳のあどけない大きな眼をしたシンガーは、常にトラブルを起こし、体中からひりひりした感情をほとばしらせていた。二人が共にパブへ出かける時は、着く前からすでに暗雲が立ち込めているのだという。

午後になってスコールが強まり、時間はまるで止まったかのようにだらだらと流れていた。ノエルは、Crazy Horseのロンドンでのギグに参加しようと、リアムに持ちかけた。リアムは気に入らない様子だ。

「俺の兄貴は、自分をエリック・クランプトンか何かと勘違いしてるらしい。先の尖った靴なんか履きやがって、次はポニーテールでもするに違いないぜ。OASISの一員なんだからそんなことしなくてもいいのに。ノエルはそんなやつらよりも断然上なんだから。ジョン・レノンの次に尊敬してるぜ」。

このような、リアムのノエルに対する苛立ちは、プレスの関心を呼び覚まし、あっという間に大衆の興味を引き始めた。今子犬のように大きな眼は、グリーンの縁をしたサングラスの奥で細められ、リアムは自分のみぞおちに拳を突き刺していた。うっ積したフラストレーションを表現するように。

「俺の中で何かが燃え始めてる。自分が何者かわかってきた気がするんだ。気にいらねえ部分ももちろんあるさ。悪い面もあれば良い面もある。でもこれまではそれに鎖をかけて閉じ込めて外に出してなかったんだ」。

彼は両手をくっつけ、手錠を掛けられてるような仕草をした。

「でも今の俺は、心のドアを開いて、鍵は捨て、何もかもさらけ出してる。悪い面も邪悪な面も、良い面も美しい面も…ギネスの広告みたいだよ。俺の心は…グラスの中の宇宙だ」。

彼が連続して発する衝撃的な言葉の流れを邪魔するかのように、バーテンダーがやって来て、リアムに足をシートから下ろすよう注意をする。

「俺は政治家でも牧師でもないが、何が正しいかはわかっている」。意に介さずに彼は続ける。

「まず宗教なんて捨てちまえ。一度神を頭の中から追い出してこそ、一人前だ。自分を真に知ることができるか、気が狂うかどっちかさ。昔の画家にゴッホってやつがいるだろ?ガールフレンドに「愛の証を見せて」と言われて耳を切り落としたらしいぜ!イカれてるよな。どうしてただ一言「愛してる」と言えないんだ?つまり俺の言いたいことは、IRAはイカれてる。宗教も愛も同じくイカれてるってことだ。俺はみんなの目を覚ましてやりたいんだ。誰かと恋に落ちたいわけでもないし、どうにもならない人生を送ってるやつに、人生はこんなに素晴らしいだの言いふらす気もない。何がどうなろうとどうでもいいさ。いや、違った。俺の母さんとジョン・レノン…そしてOASISは大事だな」。

ジュリアン・コープが、彼の自伝に書いたように「クールであることにはルールがある」。

OASISの場合、それは「ポップであること」だ。The Beatles、The Pistles、The Smiths、The Stone Roses。彼らの持つロマンチシズム、セックスとドラッグへの逃避、人生への目覚めという脈絡と受け継がれてきた遺伝子をOASISは確実に受け継いでいる。

「ボトル入りのサイダーを友達と飲みながら、ビートルズのアルバムを聴いて、くだらないことを喋りあって、吐いて、知らない女の子と出会って、あわよくばセックス」。ノエルは自信を持って言う。「そういう逃避から生まれたのが音楽だ」。

「Supersonic」から、T-Rexを堂々とパクッた「Cigarettes And Alchole」まで収められた発売間近のデビューアルバムでも、OASISはポップであることを全く恥ずかしがる様子はない。ポップさを探し求めて色んなところからくすねてきたメロディ、気持ちをかき乱すようなバラード、コカインバブル、心打つ一行の詩。全てが3コードからなるOASISの世界なのだ。

影響を受けたバンドへの見え見えのアプローチに対する批判も、ノエルは気に介していない。

「俺達は卑怯なバンドなんだ」。
シャイな笑みとともに、ノエルは答える。
「The Beatles、歴史上最も偉大なバンドは『Hey Jude』という曲を作ったが、あれがすでにパクりだ。俺達のシングル『Supersonic』『Shakermaker』も同じく。だからメロディが似てようが全く気にしない。先人がすでにやってるんだからな」。

同じように大きな期待を背負ってデビューしたものの、節度ある態度を心がけ、プレスに姿を表すのに時間を費やしたRideやBlurと違い、OASISはデビュー前にすでに計画を練っていたらしく、今年に入るや否や完全にバンドとしての形態を整えて登場し、「3分名曲」を立て続けに発売した。

「みんな、OASISは一夜漬けで出来たと思ってるらしい」。

ジントニックを一口飲んでノエルは言う。「俺達は良い音楽を作り出すために18ヶ月、レコードとして出すためにさらに18ヶ月やってきてるんだ。この成功に戸惑うはずがない、それだけの報いを受けるだけのことはしてきてるんだからな。The Beatlesくらいビッグになるつもりがないなら、バンドはただのお遊びだ」

まだデビューアルバムも出してないのに、自ら「ポップの神」を称して大きなことが言えるんだと不思議にお考えのあなたのために、OASISのデビューまでの経緯を知ることでそのギャップを埋めてほしい。

それは3年前、整然としているが退屈なマンチェスター郊外、バーニッジで始まった。フットボールの試合が終わった土曜の夜の退屈しのぎに、ベーシストであるギグジーのバンドにリアムが参加したことから始まった。マンチェスター・シティの試合を見る前にギャラガー兄弟が立ち寄っていたという店の名前にOASISの名前は由来する。

その頃、アメリカでのインスパイラル・カーペッツのギグに、ギター・ローディとして付いて回っていたノエルは、母親から簡単に「ところで、リアムがバンドを始めたのよ」と聞かされる。

その最初のギグに立ち会うために家に帰ったノエルはリアムに「お前のバンドは全くダメだと言ってやった。でもあいつは確かにフロントマンとしての素質を持っていた。だからこう言ったんだ。『俺に曲を書かせれば、俺達はスターになれる。それが嫌なら、一生マンチェスターで腐った人生を送るんだな』」。

バンドはノエルの意見を取り入れ、それから18ヶ月曲を書きため、さまざまな音楽を聴き、OASIS独自の音を作り上げる。この頃はまだ、パブで時々ギグをすることが彼らの最大の夢だったのだ。

チャンスはOASISが仲良くしていたマンチェスターのバンド、Sister Loversを通して訪れる。クリエイションレコーズのアラン・マッギーが興味を示していたバンド、Boyfriendsのサポートに抜擢されたのだ。

OASISは思いもよらないチャンスを逃さずに、ギグの行われるグラスゴーの会場に駆けつけ、プロモーターにいつでもギグができる状態であることを伝えた。当初関係者は、丁寧に「立ち去る」よう要請していたが、彼らに脅しつけられ、渋々ながら4曲演奏する許可を出す。

どういう運命の思し召しなのか、本命のBoyfriendsがギグを始めるより早く現れたマッギーは、場当たり的に作られたセットで演奏するバンドに、1曲目が終わる前にはすでに心をわし掴みにされていた。マッギーは、ノエルが音楽に対する確固とした考えを持っていること、そしてリアムこそがクリエイションが求めていたフロントマンであること、つまり、ジョン・ライドンのパンクスピリット、イアン・ブラウンのセックスアピール、ジョン・レノンの辛辣なウィットを持ち合わせていると見抜いたのだ。

デモが急ピッチで作られた。誰もがそれに魅了された。ソニーとの契約が決まり、世界進出は確実になった。ジョニー・マーは、ノエルに、「Panic」、そして「How Soon Is Now」と書いたギターを、敬意を表す意味で贈ったほどだ。音楽プレスは予兆に敏感に反応し、OASISを立て続けに取り上げ、プロフィールを調べ上げた。新聞は、これは雑誌がいつも掲載する「今週のロックバンド」で終わるようなものではなく、何かもっと大きな波が起ころうとしていると決定づけた。

新しい年が始まるころには、OASISはクリエイションレコードの秘蔵っ子から、音楽ファンの期待の的になっていた。3月からの2ヶ月間で、ロンドンのオックスフォードストリートにある100 Clubから、Marqueeまでギグを行う。4月にはデビューシングルの「Supersonic」が発売され、直後に国内ツアーが始まった。2ndシングル「Shakermaker」中の「I’d Like To Teach The World To Sing」はNew Seekersのパクりだと話題にもなり、Top20を突破。バンドはTop Of The Popsにも当然のように堂々と出演する。

このように振り返ってみると、このバンドのロックンロールの救世主としての評価が、いかに伝説の数々で固め上げられてきたものかがわかる。

女、酒、ドラッグ、ホテルの破壊、フェリーからの追放、OASISと一緒のホテルに滞在していたEast 17は途中で逃げ出し、スイミングプールには手押し車が投げ入れられ、グレンイーグルズではゴルフカートを盗んで乗り回し、レコード会社からの接待接待接待。このような二人の起こすお世辞にも素晴らしいとは言えない、まるでフーリガンが起こすような一連の騒動を誰が忘れることなどできるだろうか。

しかしながら、この不名誉な騒ぎがまた、世間の話題となっているのだ。ロックバンドにとって、予算がかさむステージ衣装を身にまとうことに比べれば、フーリガニズムはたやすいオプションである。ホテルを荒らし、未成年の女の子を連れ回し、お抱え運転手にベントレーを運転させることがクールという考えをもつリスナーは未だに多いのである。セックスにドラッグに暴力沙汰、都会の甘やかされた世間慣れしていない若者にショックを与えるのには十分であった。

抜け目のないことに、OASISはそういう評判が音楽の質を落としかねないことに気づいてもいる。

OASIS - The Face - August 1994 pt2

「確かに俺は喧嘩が好きだが、フーリガンなんかじゃない」と、リアムは話す。「エヴァン・ダンドーでもないし『ヘロインもコカインも大好きだ』とか抜かす自虐的なアーティストとも全然違う。認めるよ。俺はドラッグを鼻から吸い込むのも好きだし、セックスも大好きだ。でもものをぶっ壊すのは好きじゃない。俺の考えでは、椅子は座るためにあるんだからな」。

一方ノエルはフーリガン的要素についてこう話す。「周りのやつらが退屈し始めて、酒を飲み喧嘩し始めて部屋をめちゃくちゃにする。そしたら俺は部屋から出て曲を書く。なぜなら俺には一向に関係のないことだからだ」。さらに「もし今悪魔が現れて、『どちらか一つを選べ。音楽か、それとも、人間関係か』と言われたら、もしその対象が母親でもガールフレンドでも、リアムだったとしても、俺は音楽の方にサインするだろう」と、真顔で付け加えた。

そしてリズムギタリストのボーンヘッドは、ホテルを荒らしまわった張本人である。最近のツアーでも、黒と白のアディダスを着けた仲間たちが、デビューを果たしたボーンヘッドからチップをもらおうと群がっていた。「連中に、これには練習が何年も必要なんだと言ってやったよ。家に椅子を準備して椅子を窓から放り投げたりさ」。

しかしOASISのデビューによる反動はすでに始まっているようだ。ノエルによると、有名になったことで彼らは、南、つまりロンドンに追いやられているという。

「俺達は何年もロンドンでギグをしてきたから誰も気に止めてなかったが、気づいてみたら、マンチェスターに長らく帰ってないんだ」。

ノエルは苦々しい表情をする。「俺達が帰るのを避けているのか、逆に向こうが俺達を嫌っているのか。自称「俺の友人」達は『一文無しの時のお前を覚えてるよ』とほざくが、俺にとっては『俺は忘れたいんだ、とっとと消えろ』ってことさ」。

また同じマンチェスター出身の先人、The SmithsやThe Roses、The Mondaysの一員に加わったことを喜びながらも、ノエルによると、ビートルズやジョン・ライドン、ニール・ヤングとのつながりの方が強いのだという。

「音楽は何もマンチェスターだけにあるわけじゃない。それにあそこは冗談みたいな土地柄だぜ。ガキどもは『神がマンチェスターを創った』というロゴ入りのTシャツを買った後で、そんなわけないことに気づかされるんだ。あそこで流行るものは全てくだらない」。

さらに個人的な興味から言わせてもらうと、このツアーで新しいトレンドが生まれたようだ。

それはリアムいじめだ。ルールは簡単。リアムがステージに現れたら、質問攻め、あるいはボトルを投げる、あるいはマンチェスター・シティをけなしてみよう。リアムが、野次もギグを盛り上げる材料の一つであることを知らないと了解済みの上で、からかうのだ。その時の彼はまるで口をとがらせた子供のようである。

先月のハイネケン・フェスでは、バンドはなんとか1曲目の途中まで演奏をしたものの、リアムが音楽を止めたのだった。「お前らのためのギグなんてするもんか。やらねえぞ。俺達はそんな間抜け野郎じゃない。Blurでもない」と、目の前で野次を飛ばす敵の集団に対して演奏する気はないと告げたのだ。「音楽に集中できねえんなら、俺達の曲を聴くに値しない」。

しかしそこで演奏された曲はぜひ聴くべきものであった。曲だけではない、その曲を響かせるOASIS自体を見るべきだった。そこには、酒やドラッグに酔った、悲しみに暮れたアンセムなど一つもない。そこに堕ちるには、あまりに彼らは活きが良すぎた。

デビューアルバム「Definitely Maybe」は3分の生まれたての曲群が収められているが、彼らのライブでの生々しさの全てを伝えるには成功していないように思える(OASISのライブの盛り上がりは息を呑むものがあり、それをアルバムに封じ込めることができていないのが、彼らの唯一のハンディキャップだ)。まあ、しょうもない小言ではあるが。全ての曲が、社会を相手に回して、大きな顔をしている。時にはノエルの作曲能力がはっきりするアコースティックなナンバーもある。ぜひ、OASISのスタートであるパンク・ポップ・アルバム、さらに洗練されていく前の荒削りな彼らの姿を聴き届けてほしい。

Crazy Horseとノエルが共演した次の日、OASISは我々The Faceのカバーを飾る写真を撮影するため、フォトスタジオに集まっていた(念のために記しておくと、ノエルとCrazy Horseの共演は素晴らしいものだった。デニム姿のグランジ界のゴッドファザーと、若いイギリスのロックミュージシャンが、一つのステージに。結局リアムは参加しなかった)。

彼らは時間より遅れて到着し、さらにそれから長い時間いがみあっていた。ノエルがリアムに対して「バンドにいたいのなら、でかい態度をとるな」と言ったことをきっかけに激しい殴り合いの喧嘩が始まり、リアムが突然立ち去ってしまったのだ。すぐにノエルが後を追いかけた。

もしかしたらみなさんにとって、この二人のお決まりの喧嘩は、もう予想済みで退屈なものかもしれない。どうせやらせだろうというご指摘もあるだろう。しかし実際に二人とも、単に自分自身を抑えることが出来ないのである。「やらせなんかじゃないさ。そう願うことはたびたびあるけどね」とボーンヘッドは言う。「いつもこうなんだ」。

なぜ二人はこうなのだろう。実に興味深い。

こういうお互いに刺激し合うパートナーシップというのは音楽界においてよく見られるものである。

The Kinksのレイとデイヴィス。The Whoのタウンゼンドとダルトレイ、The Velvet Undergroundのリードとカール、The Smithsのモリッシーとマー、Sex Pistlesのライドンvs 世界。

OASISのステージ上での態度はこのような伝統を守り抜いたに過ぎない。彼らの問題は、お互いに上手くコミュニケーションがとれないことなのである。一度引き離されてみれば、その陰陽関係が自分に必要なことを認めるに違いないのだ。いや、これまた素直に認めたがらないかもしれないが。

「俺達はカトリック教のもとで育てられたんだ。だからそういう類のことは口に出さないでくれ」。ノエルは肩をすくめてみせる。「リアムと一番心が通じたと感じた瞬間は、あいつに『俺が歌うのは、お前とジョン・レノンの曲だけだ』と言われて、俺が『俺が書くのは、お前とジョン・レノンのための曲だけだ』と返して握手をした時だが、その10分後にはまた喧嘩だ」。

「リアムはまだガキだ。自分の世界に酔ってるし、バカなことを口にして、俺を怒らせる。天才的なフロントマンであることは確かだよ。あいつはそのためにこの世に生まれてきた、俺の持たない才能を携えてね。でもリアムがいつも俺になりたがってることも確かだ。ギグの後、あいつは、自分目当てに近づいてきたファンにそれはくだらないことばかり話すんだ。俺は『ちょっとは黙っとけ、俺がお前の面倒をみてるんだぞ』って思うのさ。わかるか、リアムは世界にシド・ヴィシャスのように名を刻みたいんだ。最高のソングライターとして名を残したいと思ってる俺とは違うんだ。あいつはそんな俺のことを退屈で女々しいと思ってるだろうし、自分も結局はいつか俺と同じ考えに行き着くということも理解してない」。

「お前は俺になることもできる、今すぐにでもそうなるさ。お前が望みさえすれば、俺もお前になることが出来る。でもそんな時間はまるでないんだ」。

「Supersonic」のB面におさめられた「Take Me Away」の歌詞は、彼ら二人の関係の真実を表してるように思える。

実際は彼らの上にはさらに兄が1人いるのだが、ノエルのあふれそうなほどのレコードコレクションといいソングライティング能力の高さといい、リアムにとっては常に尊敬の念に値する存在なのだろう。

「この曲はリアムに向けて話しかけてるという設定なんだ。今のリアムはうぶでキレやすいが、俺みたいになるのにそう長くはかからないだろう。もっと落ち着きをもって、いくらかドラッグをやって、物事を疑ってかかる必要があるってことだ。今はまだ、自分の周りで何が起こってるのか把握できてないんだよ」。

一方リアムサイドの意見としては、OASISは、リアム・ギャラガーが「ノエル・ギャラガーの弟」以上の存在であることを世間に知らしめる手段であるらしい。

「あいつは俺より5歳年上だ。だから何なんだ?確かに身体は年取ってるかもしれないが、心はどうなんだ、あいつの喋ることはくだらねえ。だから俺に向かって兄弟愛なんて言葉を使うのはやめてくれ。俺は時間を超越した存在だし、ノエルはアホだ。あいつは俺のことを何もわかっちゃいない。自分のことだけさ。あいつが曲を書いて、俺が歌う。あいつはじいさん達とつるむのが好きな可哀想なやつで、俺はそうじゃない。それだけのことだろ。確かに俺はあいつのように曲を書くことはできない、でも俺はリアムだ。マーガレットの息子で、自分の意見だって持ってる。俺だって曲くらい書くけど、ノエルには絶対見せねえ」。

我々が確信を持って言えることは、ギャラガー兄弟の成長は、公に見守られているということだ。

ノエルは、兄として弟を同等に扱おうとし、リアムはリアムであろうとする。つまり学校ではバイオリンを弾き、16で退学、仕事に就くが、働くのは好きではなく、The Stone Rosesを見に行ったことを始まりに、今ではイギリス一期待されるバンドのフロントマンとなった。

総崩れとなった写真撮影から3日、グラストンベリーのかすみがかった午後の日差しが降り注ぐ中、リアム・ギャラガーの全く予想だにせぬ一面が現れた。

太陽を背に、いつもの攻撃的な態度はどこへやら、リラックスして初めてのフェスを満喫する彼の姿がそこにあった。ジーンズにポール・スミスの白いシャツ、紺色のジャンパーを羽織ってサングラスをかけたリアムは、遠足に来た子供のように楽しげだった。

「ウッドストック・フェスもこうだったに違いないな」とリアムは柔らかな声で言った。「参加するバンドはみんな一流だったんだろう。このフェスで本物なのは、俺達とウェラーだけだ….そしてThe Bootleg Beatlesも」。

このリアムのインタビューを行ったのち、我々はThe Stone Rosesのマニから公式にコメントを受け取る。「俺達はOASISが大好きだ。子供みたいな存在だよ」。

過剰なほどのうぬぼれを抱いたロックンロールの申し子は、30分と短いものの素晴らしいギグを打ち上げる。

ステージ上で少々のトラブルはあったものの、収まりきれないほどの観客を動員し、しかもバンドは客の数などどうでもいいようだった。リアムはクールかつセクシーで、たった22歳の若者が栄光をまんまと手にすることができるということを見せつけるかのように堂々と、ステージ上を星型のタンバリンを振りつつ歩き回っていた。

バンドは全てのセットリストを終える。最近のツアーではおなじみの「I Am The Walrus」のカバーも演奏した。

これはジョン・レノンのスピリットを受け継ぐトリビュートというだけではなく、OASISのポップ精神がつめこまれたカプセルの意味も持つ。バンドがオリジナルのぐるぐると渦巻くオーケストラのパートを、装飾のないパワーコード・ポップへと変身させている間、リアムは、ジョン・ライドンのように奇抜でナンセンスな歌詞を吐き捨てるように歌っている。

The Happy Mondaysが自身の音楽の核にジョージ・クライトンの影響をあげるように、OASISの周りには、ジョン・レノンのスピリットが、守護霊のようにただよっていた。

OASISがステージを去る時、ジョン・ピールはノエルに囁いた。「俺はレノンと知り合いだったが、彼も君達のトリビュートを気に入ってるに違いないよ」。

何の警告もなしに降って湧いたように現れるや、人々を棒立ちにさせ全てを再評価する必要に追い込む。そういうバンドが時々現れる。これまでのお行儀の悪さ、フーリガンのような行き過ぎた悪ふざけ、OASISはまさにその類の「バンド」だと言えよう。

彼らの存在は、私達が音楽界においてある歴史的な瞬間に立ち会ってることを感じさせる。

レノンとライドンが同じ時期に存在した時のように。時代を象徴した二人は、音楽的には相容れなかったにも関わらず、今、OASISの中で矛盾を起こすことなく、共に仕事を果たしているのだ。

The Sex Pistolsのもつ、世間をあざ笑うかのようなパワーコード・パンク。The Beatlesの持つ、洗練されたメロディックなポップ。The SmithsやThe Stone Rosesの影響も取り入れながら、OASISの中で全て見事に融合している。

多くのバンドが、自らが受けた先人の影響を生半可にしか消化できずにいる今日。音楽を聴く側も、90年代の象徴として、そんな平凡な輩を受け入れるのに慣れきっていた。しかしOASISが音楽界に撃鉄を加えた今、リスナーに興味を持ち続けてほしいなら、「中途半端な」シングル、「折衷」アルバム以上のものを作る必要があることを、他のバンドも認識すべきだろう。

そして刺激を求めてギター・ポップに背を向けた世代に告げよう。OASISが再び「ポップ」に新たな息吹をあたえたということを。

ライドンが宣言した「ロックンロールの終焉」は今、OASISによって見事に破棄されたのだ。

Noel Gallagher - PEOM - 1994/06/19

現在午後7時15分、私達は遅刻をしてしまった。ブライトンでノエルにインタビューをする約束をとりつけ、予定場所にスクーターで行くことにしたからだ。最悪のアイディアだった。それ自体は楽しいものだったが。だからブライトンのホテルに着くなり、ドアを蹴破る勢いで中に突入した。レセプションにいるホテル客やスタッフが動揺と共に私達を見つめ、その中にノエルもいた。私は彼に向かって歩いていき「遅れて申し訳ありません」。しかしノエルは、全く意に介する様子は見せなかった。「いいんだ、今サウンドチェックから戻ってきたばかりだから」「ではインタビューはどこでやります?」「何だって?」「インタビューですよ」「俺の部屋がいいな」「そうですね」。

私の最初の質問は、OASISの誕生秘話についてだった。

OASISの誕生について教えてください。

ノエル:OASISはリアムと他の3人のメンバーが作ったんだ、バンドをやりたいってことでね。俺はイングランド以外のどこかにいたんだけど、家に帰ったら母さんが「聞いて、リアムがバンドを作ったの」「何をやってるって?」「歌ってるのよ」。で、ある夜にボードウォークでのギグに行ってみた。そしたらあいつらはOASISと名乗って、4曲プレイしてたがどれもひどい出来でさ、終わった後に俺のところに来て「俺達のマネージャーにならない?」「誰がやるか、俺はバンドメンバーになる。これまでの関係者はまとめて追い出して、新しいベースを雇え、トップに立つぞ!」。俺は割り込むのが好きだからな、すぐに曲を書き始めて、1週間に3回律儀に練習することにだけ集中した。レコード契約を結んでからも俺達のやることは何も変わっちゃいない、おかしいだろ、やることなすこと以前と同じなんだ。俺はずっとOASISはイングランドで最高のバンドだと思ってきた。土曜日の夜だってリハーサル室にこもって一晩中練習だ。朝になると誰かが言うんだ、「俺達何してんだ?土曜の夜だぜ、みんな遊びに行ってるってのに」。でも結局それは報われたってことだな。OASISはまるで当然のようにデビューしたが、俺達はこれまで相当練習してきたんだぜ。

マンチェスターの、具体的にどこの出身なんですか?

ノエル:南バニッジのところさ、マンチェスターの中でもしょぼいところで、あるのは1軒のパブに売春宿、賭屋くらいなんだ。

OASISは1993年10月から今現在まで、新人バンドなら誰もがうらやむ地位にいる。道はOASISのために用意され、ギグのチケットは完売し、ほとんど全ての音楽雑誌の表紙を飾り、ティーンエイジャーの最高の夢となった。レコード契約を結んだことで、Top Of The Popsにも出れた。バンドというものはレコード会社と、取り分についてよくよく話し合うものだ。そこで、 どうやって契約を勝ち取ったの?

ノエル:今では伝説になってる話だな、あれはグラスゴーのキング・タットでのギグの時だった。当時の俺達は失業手当暮らしで金なんて無かったから、バンを借りて回っていたんだ。1人15ポンドずつ払って、20人でようやく借りたバンさ。俺達がギグをしに行くと、プロモーターが「誰だ、お前ら」「俺達はOASISだ」「今夜は出番じゃないだろう」「いや、Boyfriendとギグをするんだ」「嘘だな、予定表には書かれてないぞ」「そんなの関係ないさ、紛れもないあいつらの方から俺達にギグを頼んだんだぜ!」「今日俺が許可できるのは2組だけだ、3組は無理なんだよ」。6時間口論して怒鳴って脅しつけた後に、やっと20分のギグを許してもらった、すぐにスタートさ。クラブの中には誰もいなくてね、俺達の仲間15人以外誰もいねえんだ。その時幸運なことに、クリエイションレコードのアラン・マッギーがグラスゴーからロンドンに帰る電車を逃して、Boyfriendのギグで時間をつぶそうと見に来てた。彼らと話して帰ろうとしたその時に、俺達がステージに上がったんだ。ステージの前を通りすぎながら俺達をちらっと見て思ったんだろう、「こいつら面白そうだ」。Boyfriendの1人がマッギーに「マンチェスターの連中だよ、俺達を楽屋から追い出したあげく、酒を全部飲みやがって、このクラブを荒らすと脅すんだ」。それで彼は余計興味をもってね、4曲プレイした後ステージを降りたら、真っ直ぐ俺達のところにきて、「レコード契約はしてるのか?」「いや」「契約したいか?」「どこと?」「クリエイション」。そこで6枚のアルバムを出す契約を申し込まれ、1週間後に電話だ。「バンド名をもう一度確認させてくれ」。みんな狂ったように興奮したよ。ずっと練習ばかりしてたが、自分たちが良いバンドだってことだけは信じてた。レコード会社に接近する術は知らなかったけどな、俺が会社のオフィスに入っていって「これが俺達のデモテープです」と手渡すのなんて想像できねえだろ。

ノエルは自分がプレイヤーでもありマネージャーでもある状態を嫌がっていた。また他のメンバーには担当するパートに責任をもつように言っていた。つまり彼らにはビジネス面をサポートする人物が必要だったのだ。特にレコード契約を結ぶことになった今では。 マネージャーのマーカス・ラッセルとの出会いは?

ノエル:3年前くらいかな、あの時の俺は土曜の夜はハシエンダと決まってて、そこでいつも小さなスキンヘッドの男に出くわして色々話してたんだ。俺がバンドをやってることを言うと「テープをくれないか、兄貴に聴かせたいんだ」。会うたびに「テープは?兄にあげようと思って」。そしてクリエイションと契約を結んですぐの時、町を歩いてたらたまたま会ってね、「バンドの調子はどう?」「ああ、俺達クリエイションと契約結んだんだよ」。その時、俺はHMVのバッグにTHE THEのニューアルバムを入れて持ってたんだ。やつはそれを見ながら「何てことだ、俺の兄貴にテープを渡せばよかったのに」「ちょっと待てよ、失礼だがお前の兄貴って一体誰なんだ」「そりゃ、ジョニーのことさ」。ジョニー・マーだとピンときたね。すぐにそいつにテープを渡して2時間後にはジョニー・マーと電話だ。興奮したなあ。彼が「今テープを聴いてるけど、素晴らしいね」と言ってくれたから、その夜さっそく飲みに行くと、自分のマネージャーも連れてきていた、それがマーカス・ラッセルだったんだ。

THE SMITHSのファンだったんですか?

ノエル:当たり前だろ!俺にギターを弾くことを教えてくれたのはジョニー・マーだ。

バンドをやるきっかけとなったのは?

ノエル:THE JAM、STONE ROSES、THE SMITH、THE BEATLES。それまでもギターでHey Judeなんか弾き散らしてたんだけど、1983年、THE SMITHを見て、「これだ!こういう風にギターが弾きたいんだ」。その後、ジョン・スクワイアが、ポール・ウェラーやジョン・レノンにクロスして、ギターでやっていきたいと思ったんだ。

ダンスミュージックにはまったことは?

ノエル:1991年まではかなり影響されたよ、88年、89年は自分でも信じられないけど、ギターを弾くのをやめて、キーボードやドラムにいれこんだね。でも俺の中ではもう終わった、目新しいものもないしな。全てのコード展開は使い尽くされてサンプルも聴いたものばっかりだ、退屈だね。

OASISは超短期間で成長しましたね。1994年5月にはオールド・トラウトでギグをしていたのに、4ヶ月後にはみんなの注目の的。あまりに早い。

ノエル:それほどビッグにはなりたくないんだ、ウェンブリースタジアムには行きたいが、その後どこに行きつくんだ?あと2年はあそこに行くつもりはない。俺達の頭の中にはいつもこういう考えがあった。マンチェスターからでてきた異端のよそもの、マンチェスター出身だからみんなの嫌われ者ってことさ。そういう考えを2年間押しのけながらやってきたけど、メディアに振り回されたこともあった。Shakermakerは20位以内に入ったけど、発売前はぼろくそに言われたんだぜ。今はもうそういうことにいちいち頭にくることもなくなったけどな。でも悲しくなることはある、俺のやりたかったことは、俺の曲入りでクレジットに名前が刻まれたCD、それだけだったんだ。それが手に入ってみると、満足できなくなって、今度はチャートに入りたいと思った。苦労なく入ってみると今度はTop Of The Topsに出たくなって。これは悲しいことだよ。まだ何枚かしかレコードを出してないのに、もう俺は退屈している。

OASISの持つイメージには満足?OASISの報道のされ方とか。

ノエル:俺達は正統派じゃないからな、メディアは何か別の埋め合わせでも考えるべきだぜ。それがイングランドのメディアのあり方なんだよ、「これがOASIS」とそのまま受け止めることができないんだ、肯定するか否定するかさ。The Happy MondaysとThe Stone Rosesの間のいざこざみたいなのが好きなんだろう。NMEが俺達を嫌い始めのをみて、Melody Makerは逆に俺達を持ち上げた。NMEが俺達を褒めちぎると、今度はMelody Makerが「OASISはクソだ」。NMEから来たやつに3日間インタビューされたことがあったんだけど、俺はその間、そのインタビュアーをけなすようなことは一度もしなかったんだ、なかなか気の良いやつだったからな、でもそいつがインタビューで俺の言葉の引用として書いたことはこうだ、「グラストンべリーはパンダみたいな顔にペイントできる唯一の場所だ、俺達のいるパブでそういうことをやってみろ、喉を刺してやるぜ」。そう言ったのは、俺じゃなくてあいつの方だったんだぜ。俺はただ座ってこう言っただけさ、「さあな、何の話だ?」。2週間後に出来上がった記事を読んで思ったよ、「俺じゃなくて自分で自分のインタビューでもやりやがれ」。でも、全てはゲームにすぎないね、俺ができることは何もない、特にNMEがそういうゴシップネタを探してるときは、だ。例えば、俺がキャムデン・アンダーワールドで、ある夜12人をぶちのめしたという記事が出ただろう。悪いがその時俺はアイルランドにいたんだ。リアムはそういう記事にいつも反応するけどな。

プレスでのリアムのイメージについてはどう思う?

ノエル:リアムは口ばかり先に出て、肝心の意気地はないやつさ。プレスが言うことにいつもいらいらしてるから、俺が「おい、お前ジャーナリスト達にボトルを投げつけたって本当か?喧嘩が好きって言ったのか?」とさらに焚きつけてやったりな。あいつのことなんていちいち気にしてらんねえよ。あいつにボトルが投げつけられようが、俺に当たりさえしなければどうでもいい。俺の興味があることは音楽だけだ。バンドに入ったのはそれだけに集中したかったらさ。会議やインタビューを受けるのは全部俺で、曲を作るのも俺、他のメンバーは、サウンドチェックをする時にそこらへんでたむろってる、ただのマンチェスターの典型的な野郎どもだ。あいつらだけで何が出来る?馬鹿なことしてトラブルを起こすだけだろ。

彼らの面倒をみようという気は?

ノエル:責任は感じるけど、あいつら個人の問題は別だよ。俺が今気になるのは、音楽の勢いに乗る時期が終わろうとしてることさ、プレスが俺達を突つくことに飽きて、もっと深い部分を見てくれるのを待つだけだな。

私達は時間がおし始めたので、あと一つの質問を残してインタビューを切り上げることにした。それは彼らのギグに関してだ。 コンクリート製の四角い部屋、ステージとバーが一緒になったような場所で彼らはギグをした。そこはなんと11時には閉まるのだ!そしてOASISがステージに上がってきたのは11時。私達はそこにいてOASISと時間を共にしたかった。理由は単純、彼らはめちゃくちゃ素晴らしいバンドだから。質の悪いアンプだろうが彼らの音は良い。OASISはとりわけ独自性のあるバンドじゃないかもしれない、だけどそれが何だ?エネルギーのあふれる若者が求めるのはエンターテイメントだ。特にOASIS自身が影響を受けたようなバンドを知るには幼すぎる彼らにとっては。でも彼らこそ最高の聴衆。力に満ち溢れ情熱的、彼らの音楽体験はOASISから始まり、I Am The Walrusのヘビー・バージョンで(ジョンは誇りに思ってることだろう)最高潮に達するのだから。リアムがGooo Goooo G’Joooobsと叫んでいる。暗めのサングラスにカラフルなカグールを着けたリアム。そしてノエルは曲が終わる前にステージから姿を消した。

ギグで最後にI Am The Walrusを演奏する時、曲の途中で退場するのはなぜ?

ノエル:あの曲を曲目リストに入れた当初、どこでキリをつければ良いのかわからなかったんだ。だから最初はうなずく感じで合図してたんだが、あいつらいつだってボーっとしてるだろ、だから合図する代わりにギターを置いて「じゃあまたな」と立ち去り、エンディングは残りのメンバーに任せることにした。あの曲でギグを締め始めた時はまだ、小さくて楽屋もないようなところでプレイしてたんだ。ギターを置いてステージから降りてそのままバーに行くと、みんながこう話すのが聞こえるのさ、「クールなことしやがる、ギターを置いてバーに行ったと思ったら、正面から自分のバンドを眺めてるぜ。まるでバンドをやるより見るほうがましとでも言わんばかりだ」「ただ楽屋がないだけだろ」てね。
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