オリジナルの記事はこちら。↓
http://www.timeout.com/london/music/features/5966/Oasis-interview.html
決して自らの意見を打ち出すことを恐れない。大半はOASISについて、そして「イギリス崩壊」の原因について、ノエル・ギャラガーが率直に語る。
ツアー初日はどうでした?
ノエル:まあまあ満足いく出来だったよ。まだセットリストは改善の余地があるかな。長すぎるんだ。リアムはそう思ってないみたいだけど。でも良いギグだっ た。途中でちょっと疲れたね、なんせ長いんだ。これまでやった中でも一番の長さだぜ。でもこの前のツアーもセットリストを納得の行くものにするのに4ヶ月 かかったんだ、その間にイギリスでのギグはほとんど終わっちまっててさ。だからセットリストをいじるのは、俺達にとって珍しいことじゃない。カナダは素晴 らしかったね。まだアルバムも発売していない頃だったから、そこまで長いギグは出来ないだろ、だから1時間半くらいしかやらなかったんだが、それでもその 最後の10分を決めるのには悩んだなあ - 何を演奏するかってさ。「あの曲をやって、次にあの曲をやるよな。おい、これを演奏したらこれもやらないわけにはいかねえだろ」。ルービック・キューブみ たいだよな、これをあそこにやって、あれをここに・・・つまり2曲多いんだ。でも今外そうとしてるその2曲も最高に良い曲なんだよ。
ファンが何を聴きたがってるかも考えないといけませんしね。
ノエル:ファンが何を求めてるかなんて本当はどうでもいいんだ、正直言うと。今回のツアーでは「Live Forever」は演奏しないんだけど、まだそれに文句を言ってきたやつはいない。どれが・・・ステージに出てながら、90年代の名曲として有名な曲をや らないなんて、色々言われると思うじゃないか。でもまだ誰も言ってこない、ってことはこれで良いってことさ。
カナダで負った傷はもう大丈夫ですか?
ノエル:ああ、大丈夫大丈夫。鎮痛剤やって楽しめるのは、抑えるべき痛みがない時だけってことがよくわかったよ。処方された上で使うと、マジに最悪だ。延 期した日程がまだいくつかあるだろう。4週間も休んで最低な気分だったけど、昨夜ツアーに戻ることが出来て良かったよ。それもちょうどイギリスでのギグで よかった、どっかの盛り上がらないギグじゃなくてね。最初の40分はあっという間。良い幕開けだよ。風を感じることだってできたぜ、昨日はジェットコース ターに乗ってるみたいな気分だった。The BeatlesとThe La's以外、リバプール出身の全てのバンドが大集合さ。そういえば、今俺達は元The La'sのドラマーと一緒にやってるんだ。でもイギリスツアーでの最初の夜ってのは、手始めみたいなものでベストを尽くせるように祈るしかない、一つの行 事みたいなもんだな。今夜はもっと良くなると思うよ、テクニック面でも。でも昨夜は全く、ほんとぶっ飛んだぜ、こういう夜のために生きてるんだなって感じ でさ、単なるギグの領域を超えてた。俺達の新しいレコード会社の連中がアメリカから何人かやってきてたんだが、連中、アメリカ以外じゃ俺達のことを見たこ とがなかったらしい。だから、最初から最後まで意味が分からない様子だったぜ。「何だこれは?」ってさ。アメリカでは、みんな座ったままでギグを聴くだろ う、ギグを見に来て曲を聴いて入り込んでと、そんな感じ。でもここじゃまるでフットボールの試合みたいなんだ。だから言ってやったよ。「俺達についてるの はファンじゃないんだ、サポーターなんだよ」ってね。
以前、OASISのギグに行くのは、他のOASISファンと一緒にその瞬間を共有したいからだとおっしゃっていました。
ノエル:うん、本当にそう思うね。OASISはアリーナやスタジアムみたいな会場が一番合ってて、6万人のファンが一つの場に集うんだ。それが大事。レ コード、特に最高のレコーディングをするほどの予算が本当になかった初期のレコード、最初の2,3枚はさ。「Live Forever」なんて家で座って聴くよりも、スタジアムで聴いた方がいい。OASISは体験を共有することに重きを置いてきた。Radioheadと か、Blur、Coldplayを目を閉じて思い浮かべた時、家で一人で聴いてるファンの姿が浮かぶだろう、本でも読みながらね。でもOASISはダチと 一緒に楽しんでる時や遊びに行った時なんかに聴く音楽だ。英国教会のミドルクラス向けのくだらねえ音楽大衆紙みたいなのには馬鹿にされるかもしれねえけど な。俺達が作るような音楽はたいてい、なぜかわからねえけど、程度の低い音楽だと思われちまうんだ。
「D'you Know what I Mean?」では、そういう人々を題材に歌ってましたよね。
ノエル:あの曲って結局中身が空っぽなんだよ。あの時期、「Be Here Now」の頃は、常にエクスクラメーションマーク付属のクエスチョンマークが付きまとってた。なんせ、「何だこりゃ!?」の連続だったからな。みんなが忘 れちまってることは、あのアルバムが1997年に発売されたってことだ。メジャー契約してたったの4年だぜ。このアルバムの発売される4年前まで俺は失業 手当で暮らしてたんだぞ、それに当時時代を象徴するアルバムになることが確実視されていた2枚のアルバムを出し、3枚目は絶対にそれを超える作品にしな きゃならなかった、失業者から一気にそんな・・・まあ、誰もやったことがなかっただろうけどさ。そんな時期だったんだ。誰もが「何だこりゃ!?」さ。 「Morning Glory」の人気も俺達は予想していなかった。国内だけじゃなく世界に広がっていくとはね。自分の限界を超えた量の金にドラッグ、そういったものを抱え 込んでいた。ある種の人間にとってはそこまでのレベルの成功ってのは相当精神的にきついもんなんだろう。俺は違うが、エイミー・ワインハウスみたいなタイ プはそういうので潰されちまう。認めようが認めまいが、あれが成功の成れの果ての姿なのさ。あれが「私には耐えられない」と観念した人間の姿なんだ。一方 で、俺達はといえばそのくらいじゃまだまだ足りなかった。「もっとやってやろうぜ!」ってね。そんな日々も長くは続かなかったけどな!本当なら寝なきゃな らないって時ですら「眠りたくなんかない!起きてたほうが楽しいぜ!」。そんな中で音楽作りだ。Guardianの連中、Observerの連中でもいい が、そいつらがどう考えようが気に留めず、こう考えるのさ。「レコードを作ろう、それが俺達の使命だ」。それだけ。人生の意味を考えこんだ時期もあった ね。ああいう1年半単位のサイクルも俺は好きだった。世界を見渡して「かかってこいよ、クソったれどもめ」と思うのがね。
そういう生活をしながら、廃人にならなかったのもすごいです。
ノエル:誰かが言うように・・・受け取り方次第だろ?俺が廃人になってないと思ってくれてるとは、嬉しいね。俺もそうなったとは思いたくないし。でもこう いうやつもいるはずだ。「君は彼のことを知らないんだ」。わかるだろ?俺はこの仕事をいつだって楽しんできた。レコードを作ることもツアーに出ることも大 好きだし、手に入れたものに見合うだけのことをやってきたと思う。他の誰かのおかげだなんて思わない。誰のおかげでもないさ、プレスでもないし、アラン・ マッギーでもない。逆に連中を儲けさせてやったのが俺だ、そうだろ?自分のことは自分が一番よくわかってるし、自分の限界もわきまえてる。こんなことを俺 よりも軽く考えてるやつなんて他にいないぜ。レコードのレビューだって、どんなことが書かれるかお見通しだったし。でも時々自分の音楽があまりに身近すぎ るせいで、ちゃんと判断できなくなってると思うことはある。もしOASISをやってなかったら、一音楽ファンになってたよ、きっと。ギグを見に行ったり さ。たとえば昨夜のギグ。その場に居合わせたことを誇りに思うようなギグだった。ステージに立ってたことじゃない。その場にいたことをさ。ステージなんて 二の次だぜ。ライトが消えると、そこには俺達と観客だけ。Libertinesのようには考えないさ、ただ、すごいことが起こってると実感するんだ。イカ れてると言われればその通りかもしれないけど、俺は馬鹿にはなってない。
U2のように、もっと大掛かりなステージ演出ができたらとおっしゃってたことがありましたが、実行に移さない理由は?
ノエル:俺達は・・・俺達はそういうこととは違う意味でビッグなんだと思う。「Be Here Now」ツアーでは、電話ボックスとかそういうくだらねえ類のものでステージを飾ったりしただろう。やったら面白いだろうなあと思ったってだけであんなこ とやったんだからさ。全てのお手本はU2だった。だから最大級のスーパーギグが行われた「The Joshua Tree」から「Achtung! Baby」頃のツアーを見たとき、彼らと同じくらい、もしくはそれよりもビッグになってた。だから「よし、今やるべきだ」って感じだったね。でもプロのス テージセット・デザイナーを雇う代わりに、俺が全部やったんだ。大勢の野郎どもとテーブルを囲んで大量のコカインをやりながらな。「わかった、でかいテレ フォンボックスを置こう!」。「えっと、ちょっと待てよ」なんて言うやつは誰一人としていなくて「いいねそれ!最高!」。俺がやることなら何でも金になる 時期だった。ケミカル・ブラザーズとたったの50分で作った曲だって、15万枚を売り上げて1位になったくらいだしね。だから誰も俺を止めなかった。でも 今振り返ると、本当に、「頭冷やせよ」、こう言ってくれるやつと一緒に仕事をするべきだったと思ってる。でもどいつもこいつもそろって「その通り!」。俺 は「こうこうこういうことをしたいから、さっさとデザインしな」と言って、完成図を見て「ファッキングレイト!」なんて思ってた。ツアー初日にはすで に、(沈んだ声で)「馬鹿らしい、でも金を費やしたんだからそのまま使うべきだよな」って気分で。でもあのツアーでは、そのテレフォンボックスの中で 「Subterranean Homesick Blues」を聴きつつ過ごしたんだぜ。その中でちょこちょこ歩きながら、ドアが開くまでは真っ暗なんだが、出て行けばそこは人の海、視野一杯にね。そう いうことをやるべきだと思い込んでた。それが世界一ビッグなバンドの姿だと思ってたのさ。今思うと、少しのライトと少しのエフェクト・ペダルで効果的に謎 めいた感じを出すべきだったと思うけど、当時は狂気に浸りきってたんだ。
それを楽しんでいた自分もいたと・・・
ノエル:そりゃそうだろ。65歳になって癌を患ってから「もっとやっておくべきだった」と後悔する人生なんて送る意味ないぜ?俺はもっと人生を謳歌したい んだ。クレイジーな、それはクレイジーな時期だった。俺の人生の中で一番楽しい2年半だった、だって望めば何でも1つじゃなく2つは手に入ったんだから。 世界のどこにいてもね。気まぐれに言ったことでも、誰かがやってくれた。自分の身体が処理できる量より遥かに上を行くだけのドラッグがいつでもどこでも手 に入った。世界一のバンドとしてツアーをして、世界一どうかしたショーをやって。夜も寝ないでそのまま翌日のギグ。あの頃のギグを見たやつに会うと必ずこ う言われるんだ。「ああ、君か、1997年の香港ギグ、見に行ったよ」。俺は「へえ、クソだったろう?」。すると「ああ、ベストではなかったね」。でも俺 達はバンドとしての欠点を、音のボリュームでごまかした。ポール・マッギガンが世界一ビッグなバンドから抜けた理由はそこさ。ボーンヘッドもな。精神的に も、音楽的にも、2人はあの浮かれ具合についていけなくなったんだ。みんなで犯したあらゆる罪を隠そうと、俺達はボリュームを上げた、聴けたもんじゃない くらいに。でも楽しかったことは確かなんだ。馬鹿した時に使うもっともらしい言い訳だよな。最高だろ、俺達は流れに乗る準備が十分ってほどにできあがって た。でも当時のことは誇りに思ってる。たびたび思い出そうと努力するんだ、よく外国のインタビュアーに質問されるんでね。まあ、たいていはこういう考えに 行き着く。60年代といえば何だ?The Beatlesだろうな。70年代は?誰もいな
これまでにOASISと同じくらいビッグなバンドが出てこないことに、驚きは感じない?
ノエル:全然。以前「俺達がイギリス最後で最高のロックンロールバンドだと思う」と言っただろう。あれは音楽に関して言ったわけじゃない。俺達は時代の狭 間に出てきたと言いたかったのさ。インターネットもなく、コンピュータも普及してなかった時代。カメラ付きの携帯もね。そういうどうでもいいようなことが OASISの進化には欠かせなかったんだ。だって、もし俺達を見たいならギグを見に行かなきゃならなかったんだぜ。聴きたかったら、レコードを買わなきゃ ならなかった。俺達を感じたかったら、雑誌を読まなきゃならなかった。今じゃ、ネットで世界中がつながってる。俺達がデビューした頃はCDを焼くこともで きず、ダウンロードもできず、音楽を聴くには列に並んでレコードを買ったりしなきゃならなかった。ある意味イベントさ。最近のバンドの活動方法は変わって きてる。Myspaceやら最近流行りのくだらねえものの類は知ってるよ、大きな大きな利益を生み出すこともね。でも音楽が持つ神秘が奪われたようなもん だぜ。ネットでは、有名人とすぐにつながることができる。アンディ・ウォーホルの言葉通りさ。誤解されてるが彼は「15分で誰でも有名になれる」と言った わけじゃない。正しくは「15分ごとに誰かが有名になる」だ。でも君の同業者の一人が、よくあることだが、彼の言葉を早とちりして、やつが家に帰る頃には 全く違った言葉をメモして世の中に広めたってわけさ。とにかく彼の言葉通りになった。1日ごとに、YoutubeとかMyspaceとかもろもろで、実際 それが起こってるだろう。先を読んでたんだよな。俺が思うに、そういうことを考えてみると、シングルがチャートで1位になった女の子、サンディ・トムがい ただろ、ああいうのは全部インターネットから発生したものなんだ。だから俺はOASISが最後で最高のバンドだといったんだよ、ネット上でじゃなく社会的 なムーヴメントを起こしたんだから。Top Of The Popsから出てきた最後で最高のバンド。ここは重要だぞ。昨夜も話に挙がったんだ。今ここで話すと頭がイカれてると思われかねないけど「英国の崩壊」が 騒がれてるだろ、あれは全部Top Of The Popsの放送が終わったせいだな。ポップ・ミュージックという体験が共有されなくなり、個人のものになった。だから一人で変なものにはまるのさ、お互い ナイフで傷つけあったり。それも1回じゃない、50回も頭を狙って刺し合うんだ。Top Of The Popsが大切なのは、他の連中を見ることができる点にある。どんな洋服を着けてるのかもチェックできる。ひいき目で見てるところもあるかもしれない、で もそれほど俺にとってTOTPは特別なものだった。チャート上位Top40のカウントダウンもね。TOTPを見逃したらそこで終わり、取り返せない。逆に TOTPを最初から見たら一気に入り込んだ。そんな番組がもう今はない。以前はこんなだったんだ。シングルチャートをチェックすると、87週間チャート入 りしながら未だに26位にあるシングルがある。こんなことがあるのかと目を見張る。それとかチャートで11位を保ってる。未だにチャート上位にいるなん て、どうかしてるぜとね。本当に簡単だったんだ。Chart ShowとかSunday、Number One、Top Of The Popsで火曜の夜に気になるミュージシャンがどんな連中なのか目で確かめる。そして土曜の午後にレコードを買いに行くのさ。
番組の中で、自分のだけでなく友達が好きなバンドもチェックできたんですよね。
ノエル:そうさ。いつも必ず驚きが待ってた。それが今はもうない。「誰だこいつら?」っていう楽しみがない。だから俺達はTop Of The Pops、Sundayのカウントダウン、Number Oneの伝統から生まれた最後で最高のバンドなんだよ。
Arctic Monkeysの成功にはインターネットが多大な役割を果たしています。その成功に反して、OASISの初期ほどタブロイド紙には載りませんね。
ノエル:誰これかまわず「俺達みたいになれ」と押しつけることはできないよ。そういう連中じゃないんだ。成功することに対して斜に構えてるんだよな。でも Arctic Monkeysって、時代の産物だよな、ネットから出てきたシャイな若者って感じで。でもそう、もっと応援には答えたほうがいいんじゃないか、ミスター・ ターナー?どうしようもねえやつだ。
サウンドチェックをしてる時や、楽器をいじってる時は楽しそうなんですけどね。注目を浴びると、心のシャッターが閉じてしまうというか。
ノエル:もしそれが意図的な態度だとしても俺は驚かないね。ちょっとうんざりしてるんだろう。それと違って自意識過剰なやつもいるけどな。たとえばリアム がそうだ。ジャーナリストの前にいない時は、至って普通の人間なのに、カメラが回り始めると一転、リアム・ギャラガーになるのさ。「質問してみろ、一言だ けなら答えてやる」 - 王子様気取りだな - それで返ってきた答えはたいていサイケデリックで意味不明なものばかりで「ミステリアスな男だ」と受け取られる。一方俺は、「ファック、俺はカメラの前に 立つ前に生まれてきたんだ」ってな感じで、ビリー・エリオットじゃないが、国を回るのが性に合ってるんだ。オフィス通いとは無縁の生活。「どいつもこいつ もくだらねえ、さっさと仕事しろ」って生活とはね。俺はどんなことに対しても意見がありすぎるってほどにある。持ってるかどうか定かじゃないにしても、い ずれにせよどれも輝ける意見ばかりさ。
トロントで、後ろから突き飛ばされた時の映像がYoutubeに投稿されてるのは見た?
ノエル:まだ見てない。ウけるだろ、そうでもないか(笑う)。俺達の間でよく「ボノならこんな目に会わない」ってフレーズを使うんだけど、あの事件はその 一つだな。かつて世界一のバンドだった頃は毎回のように使ってたぞ。ホテルの部屋から間違えた鍵で閉め出された時とかな(ドアをノックする身振りをす る)。そして受付に向かいながら、(小声で呟く)「ボノなら絶対にない」。「ハロー、この鍵合わないぜ」。スピードボートへギグの会場に向かったはいい が、操縦するやつがどの島に降ろせばいいのか忘れてて、フィリピン諸島とかそこら辺でも回ってんじゃないかって時に、「ボノなら絶対にない」。
ニューアルバムは順調な評価を得ていますが、今でも「グルーヴがベースの」と形容されることは嫌なの?
ノエル:うーん、誰かがもっと良い形容詞を思いつくまでは、使われ続けるんだろうな、オースティン・パワーズみたいに。嫌なのは「グルーヴィ」って言葉だ けじゃないんだ。最初の頃に受けたインタビューのいくつかでも言ったんだけど。本当に「グルーヴィ」が適切なのか?と疑問に思うんだよ。だからといって、 それに代わる言葉はないとも思う。手元には遥かに良い曲がいくつもあるし、それは俺達が思うにバンド限界を超えたような出来ばかりだったが、ある考えを 持ってレコーディングに望んだんだ。キャリアの転換という意味じゃなくて、初めて満足の行くマネージャーを見つけたってことさ。アルバム用に10、11曲 ほど準備してあって、そのうち7曲がレコードの基盤をなすことになるだろうと思っていたが、結局その曲群がアルバムに入ることはなかった。いや、2曲は 入ってるか。実際は3曲かな、「Waiting For The Rapture」、「The Turning」、「Bag It Up」。この3曲はKinksにBeatles、Stonesを融合させたような楽曲だった。プロデューサーが選び出したんだ。俺達が「ほら、プロデュー サー。仕事しろ」とけしかけて、そしたら「意見を言えというんなら言うが、この3曲を選んで、こういう方向で進めたらいいと思うよ」と言われた。その他の 曲はレコーディングの過程でどこからともなく生まれてきた。ある夜「Shock Of The Lightning」を書き、また別の夜に「Falling Down」を書き、ゲムが他のところから昔のデモを見つけてきて・・・どれもスタジオ内で起こった幸運なアクシデントだよ。本当にわくわくするような時間 だった。
http://www.timeout.com/london/music/features/5966/Oasis-interview.html
決して自らの意見を打ち出すことを恐れない。大半はOASISについて、そして「イギリス崩壊」の原因について、ノエル・ギャラガーが率直に語る。
ツアー初日はどうでした?
ノエル:まあまあ満足いく出来だったよ。まだセットリストは改善の余地があるかな。長すぎるんだ。リアムはそう思ってないみたいだけど。でも良いギグだっ た。途中でちょっと疲れたね、なんせ長いんだ。これまでやった中でも一番の長さだぜ。でもこの前のツアーもセットリストを納得の行くものにするのに4ヶ月 かかったんだ、その間にイギリスでのギグはほとんど終わっちまっててさ。だからセットリストをいじるのは、俺達にとって珍しいことじゃない。カナダは素晴 らしかったね。まだアルバムも発売していない頃だったから、そこまで長いギグは出来ないだろ、だから1時間半くらいしかやらなかったんだが、それでもその 最後の10分を決めるのには悩んだなあ - 何を演奏するかってさ。「あの曲をやって、次にあの曲をやるよな。おい、これを演奏したらこれもやらないわけにはいかねえだろ」。ルービック・キューブみ たいだよな、これをあそこにやって、あれをここに・・・つまり2曲多いんだ。でも今外そうとしてるその2曲も最高に良い曲なんだよ。
ファンが何を聴きたがってるかも考えないといけませんしね。
ノエル:ファンが何を求めてるかなんて本当はどうでもいいんだ、正直言うと。今回のツアーでは「Live Forever」は演奏しないんだけど、まだそれに文句を言ってきたやつはいない。どれが・・・ステージに出てながら、90年代の名曲として有名な曲をや らないなんて、色々言われると思うじゃないか。でもまだ誰も言ってこない、ってことはこれで良いってことさ。
カナダで負った傷はもう大丈夫ですか?
ノエル:ああ、大丈夫大丈夫。鎮痛剤やって楽しめるのは、抑えるべき痛みがない時だけってことがよくわかったよ。処方された上で使うと、マジに最悪だ。延 期した日程がまだいくつかあるだろう。4週間も休んで最低な気分だったけど、昨夜ツアーに戻ることが出来て良かったよ。それもちょうどイギリスでのギグで よかった、どっかの盛り上がらないギグじゃなくてね。最初の40分はあっという間。良い幕開けだよ。風を感じることだってできたぜ、昨日はジェットコース ターに乗ってるみたいな気分だった。The BeatlesとThe La's以外、リバプール出身の全てのバンドが大集合さ。そういえば、今俺達は元The La'sのドラマーと一緒にやってるんだ。でもイギリスツアーでの最初の夜ってのは、手始めみたいなものでベストを尽くせるように祈るしかない、一つの行 事みたいなもんだな。今夜はもっと良くなると思うよ、テクニック面でも。でも昨夜は全く、ほんとぶっ飛んだぜ、こういう夜のために生きてるんだなって感じ でさ、単なるギグの領域を超えてた。俺達の新しいレコード会社の連中がアメリカから何人かやってきてたんだが、連中、アメリカ以外じゃ俺達のことを見たこ とがなかったらしい。だから、最初から最後まで意味が分からない様子だったぜ。「何だこれは?」ってさ。アメリカでは、みんな座ったままでギグを聴くだろ う、ギグを見に来て曲を聴いて入り込んでと、そんな感じ。でもここじゃまるでフットボールの試合みたいなんだ。だから言ってやったよ。「俺達についてるの はファンじゃないんだ、サポーターなんだよ」ってね。
以前、OASISのギグに行くのは、他のOASISファンと一緒にその瞬間を共有したいからだとおっしゃっていました。
ノエル:うん、本当にそう思うね。OASISはアリーナやスタジアムみたいな会場が一番合ってて、6万人のファンが一つの場に集うんだ。それが大事。レ コード、特に最高のレコーディングをするほどの予算が本当になかった初期のレコード、最初の2,3枚はさ。「Live Forever」なんて家で座って聴くよりも、スタジアムで聴いた方がいい。OASISは体験を共有することに重きを置いてきた。Radioheadと か、Blur、Coldplayを目を閉じて思い浮かべた時、家で一人で聴いてるファンの姿が浮かぶだろう、本でも読みながらね。でもOASISはダチと 一緒に楽しんでる時や遊びに行った時なんかに聴く音楽だ。英国教会のミドルクラス向けのくだらねえ音楽大衆紙みたいなのには馬鹿にされるかもしれねえけど な。俺達が作るような音楽はたいてい、なぜかわからねえけど、程度の低い音楽だと思われちまうんだ。
「D'you Know what I Mean?」では、そういう人々を題材に歌ってましたよね。
ノエル:あの曲って結局中身が空っぽなんだよ。あの時期、「Be Here Now」の頃は、常にエクスクラメーションマーク付属のクエスチョンマークが付きまとってた。なんせ、「何だこりゃ!?」の連続だったからな。みんなが忘 れちまってることは、あのアルバムが1997年に発売されたってことだ。メジャー契約してたったの4年だぜ。このアルバムの発売される4年前まで俺は失業 手当で暮らしてたんだぞ、それに当時時代を象徴するアルバムになることが確実視されていた2枚のアルバムを出し、3枚目は絶対にそれを超える作品にしな きゃならなかった、失業者から一気にそんな・・・まあ、誰もやったことがなかっただろうけどさ。そんな時期だったんだ。誰もが「何だこりゃ!?」さ。 「Morning Glory」の人気も俺達は予想していなかった。国内だけじゃなく世界に広がっていくとはね。自分の限界を超えた量の金にドラッグ、そういったものを抱え 込んでいた。ある種の人間にとってはそこまでのレベルの成功ってのは相当精神的にきついもんなんだろう。俺は違うが、エイミー・ワインハウスみたいなタイ プはそういうので潰されちまう。認めようが認めまいが、あれが成功の成れの果ての姿なのさ。あれが「私には耐えられない」と観念した人間の姿なんだ。一方 で、俺達はといえばそのくらいじゃまだまだ足りなかった。「もっとやってやろうぜ!」ってね。そんな日々も長くは続かなかったけどな!本当なら寝なきゃな らないって時ですら「眠りたくなんかない!起きてたほうが楽しいぜ!」。そんな中で音楽作りだ。Guardianの連中、Observerの連中でもいい が、そいつらがどう考えようが気に留めず、こう考えるのさ。「レコードを作ろう、それが俺達の使命だ」。それだけ。人生の意味を考えこんだ時期もあった ね。ああいう1年半単位のサイクルも俺は好きだった。世界を見渡して「かかってこいよ、クソったれどもめ」と思うのがね。
そういう生活をしながら、廃人にならなかったのもすごいです。
ノエル:誰かが言うように・・・受け取り方次第だろ?俺が廃人になってないと思ってくれてるとは、嬉しいね。俺もそうなったとは思いたくないし。でもこう いうやつもいるはずだ。「君は彼のことを知らないんだ」。わかるだろ?俺はこの仕事をいつだって楽しんできた。レコードを作ることもツアーに出ることも大 好きだし、手に入れたものに見合うだけのことをやってきたと思う。他の誰かのおかげだなんて思わない。誰のおかげでもないさ、プレスでもないし、アラン・ マッギーでもない。逆に連中を儲けさせてやったのが俺だ、そうだろ?自分のことは自分が一番よくわかってるし、自分の限界もわきまえてる。こんなことを俺 よりも軽く考えてるやつなんて他にいないぜ。レコードのレビューだって、どんなことが書かれるかお見通しだったし。でも時々自分の音楽があまりに身近すぎ るせいで、ちゃんと判断できなくなってると思うことはある。もしOASISをやってなかったら、一音楽ファンになってたよ、きっと。ギグを見に行ったり さ。たとえば昨夜のギグ。その場に居合わせたことを誇りに思うようなギグだった。ステージに立ってたことじゃない。その場にいたことをさ。ステージなんて 二の次だぜ。ライトが消えると、そこには俺達と観客だけ。Libertinesのようには考えないさ、ただ、すごいことが起こってると実感するんだ。イカ れてると言われればその通りかもしれないけど、俺は馬鹿にはなってない。
U2のように、もっと大掛かりなステージ演出ができたらとおっしゃってたことがありましたが、実行に移さない理由は?
ノエル:俺達は・・・俺達はそういうこととは違う意味でビッグなんだと思う。「Be Here Now」ツアーでは、電話ボックスとかそういうくだらねえ類のものでステージを飾ったりしただろう。やったら面白いだろうなあと思ったってだけであんなこ とやったんだからさ。全てのお手本はU2だった。だから最大級のスーパーギグが行われた「The Joshua Tree」から「Achtung! Baby」頃のツアーを見たとき、彼らと同じくらい、もしくはそれよりもビッグになってた。だから「よし、今やるべきだ」って感じだったね。でもプロのス テージセット・デザイナーを雇う代わりに、俺が全部やったんだ。大勢の野郎どもとテーブルを囲んで大量のコカインをやりながらな。「わかった、でかいテレ フォンボックスを置こう!」。「えっと、ちょっと待てよ」なんて言うやつは誰一人としていなくて「いいねそれ!最高!」。俺がやることなら何でも金になる 時期だった。ケミカル・ブラザーズとたったの50分で作った曲だって、15万枚を売り上げて1位になったくらいだしね。だから誰も俺を止めなかった。でも 今振り返ると、本当に、「頭冷やせよ」、こう言ってくれるやつと一緒に仕事をするべきだったと思ってる。でもどいつもこいつもそろって「その通り!」。俺 は「こうこうこういうことをしたいから、さっさとデザインしな」と言って、完成図を見て「ファッキングレイト!」なんて思ってた。ツアー初日にはすで に、(沈んだ声で)「馬鹿らしい、でも金を費やしたんだからそのまま使うべきだよな」って気分で。でもあのツアーでは、そのテレフォンボックスの中で 「Subterranean Homesick Blues」を聴きつつ過ごしたんだぜ。その中でちょこちょこ歩きながら、ドアが開くまでは真っ暗なんだが、出て行けばそこは人の海、視野一杯にね。そう いうことをやるべきだと思い込んでた。それが世界一ビッグなバンドの姿だと思ってたのさ。今思うと、少しのライトと少しのエフェクト・ペダルで効果的に謎 めいた感じを出すべきだったと思うけど、当時は狂気に浸りきってたんだ。
それを楽しんでいた自分もいたと・・・
ノエル:そりゃそうだろ。65歳になって癌を患ってから「もっとやっておくべきだった」と後悔する人生なんて送る意味ないぜ?俺はもっと人生を謳歌したい んだ。クレイジーな、それはクレイジーな時期だった。俺の人生の中で一番楽しい2年半だった、だって望めば何でも1つじゃなく2つは手に入ったんだから。 世界のどこにいてもね。気まぐれに言ったことでも、誰かがやってくれた。自分の身体が処理できる量より遥かに上を行くだけのドラッグがいつでもどこでも手 に入った。世界一のバンドとしてツアーをして、世界一どうかしたショーをやって。夜も寝ないでそのまま翌日のギグ。あの頃のギグを見たやつに会うと必ずこ う言われるんだ。「ああ、君か、1997年の香港ギグ、見に行ったよ」。俺は「へえ、クソだったろう?」。すると「ああ、ベストではなかったね」。でも俺 達はバンドとしての欠点を、音のボリュームでごまかした。ポール・マッギガンが世界一ビッグなバンドから抜けた理由はそこさ。ボーンヘッドもな。精神的に も、音楽的にも、2人はあの浮かれ具合についていけなくなったんだ。みんなで犯したあらゆる罪を隠そうと、俺達はボリュームを上げた、聴けたもんじゃない くらいに。でも楽しかったことは確かなんだ。馬鹿した時に使うもっともらしい言い訳だよな。最高だろ、俺達は流れに乗る準備が十分ってほどにできあがって た。でも当時のことは誇りに思ってる。たびたび思い出そうと努力するんだ、よく外国のインタビュアーに質問されるんでね。まあ、たいていはこういう考えに 行き着く。60年代といえば何だ?The Beatlesだろうな。70年代は?誰もいな
これまでにOASISと同じくらいビッグなバンドが出てこないことに、驚きは感じない?
ノエル:全然。以前「俺達がイギリス最後で最高のロックンロールバンドだと思う」と言っただろう。あれは音楽に関して言ったわけじゃない。俺達は時代の狭 間に出てきたと言いたかったのさ。インターネットもなく、コンピュータも普及してなかった時代。カメラ付きの携帯もね。そういうどうでもいいようなことが OASISの進化には欠かせなかったんだ。だって、もし俺達を見たいならギグを見に行かなきゃならなかったんだぜ。聴きたかったら、レコードを買わなきゃ ならなかった。俺達を感じたかったら、雑誌を読まなきゃならなかった。今じゃ、ネットで世界中がつながってる。俺達がデビューした頃はCDを焼くこともで きず、ダウンロードもできず、音楽を聴くには列に並んでレコードを買ったりしなきゃならなかった。ある意味イベントさ。最近のバンドの活動方法は変わって きてる。Myspaceやら最近流行りのくだらねえものの類は知ってるよ、大きな大きな利益を生み出すこともね。でも音楽が持つ神秘が奪われたようなもん だぜ。ネットでは、有名人とすぐにつながることができる。アンディ・ウォーホルの言葉通りさ。誤解されてるが彼は「15分で誰でも有名になれる」と言った わけじゃない。正しくは「15分ごとに誰かが有名になる」だ。でも君の同業者の一人が、よくあることだが、彼の言葉を早とちりして、やつが家に帰る頃には 全く違った言葉をメモして世の中に広めたってわけさ。とにかく彼の言葉通りになった。1日ごとに、YoutubeとかMyspaceとかもろもろで、実際 それが起こってるだろう。先を読んでたんだよな。俺が思うに、そういうことを考えてみると、シングルがチャートで1位になった女の子、サンディ・トムがい ただろ、ああいうのは全部インターネットから発生したものなんだ。だから俺はOASISが最後で最高のバンドだといったんだよ、ネット上でじゃなく社会的 なムーヴメントを起こしたんだから。Top Of The Popsから出てきた最後で最高のバンド。ここは重要だぞ。昨夜も話に挙がったんだ。今ここで話すと頭がイカれてると思われかねないけど「英国の崩壊」が 騒がれてるだろ、あれは全部Top Of The Popsの放送が終わったせいだな。ポップ・ミュージックという体験が共有されなくなり、個人のものになった。だから一人で変なものにはまるのさ、お互い ナイフで傷つけあったり。それも1回じゃない、50回も頭を狙って刺し合うんだ。Top Of The Popsが大切なのは、他の連中を見ることができる点にある。どんな洋服を着けてるのかもチェックできる。ひいき目で見てるところもあるかもしれない、で もそれほど俺にとってTOTPは特別なものだった。チャート上位Top40のカウントダウンもね。TOTPを見逃したらそこで終わり、取り返せない。逆に TOTPを最初から見たら一気に入り込んだ。そんな番組がもう今はない。以前はこんなだったんだ。シングルチャートをチェックすると、87週間チャート入 りしながら未だに26位にあるシングルがある。こんなことがあるのかと目を見張る。それとかチャートで11位を保ってる。未だにチャート上位にいるなん て、どうかしてるぜとね。本当に簡単だったんだ。Chart ShowとかSunday、Number One、Top Of The Popsで火曜の夜に気になるミュージシャンがどんな連中なのか目で確かめる。そして土曜の午後にレコードを買いに行くのさ。
番組の中で、自分のだけでなく友達が好きなバンドもチェックできたんですよね。
ノエル:そうさ。いつも必ず驚きが待ってた。それが今はもうない。「誰だこいつら?」っていう楽しみがない。だから俺達はTop Of The Pops、Sundayのカウントダウン、Number Oneの伝統から生まれた最後で最高のバンドなんだよ。
Arctic Monkeysの成功にはインターネットが多大な役割を果たしています。その成功に反して、OASISの初期ほどタブロイド紙には載りませんね。
ノエル:誰これかまわず「俺達みたいになれ」と押しつけることはできないよ。そういう連中じゃないんだ。成功することに対して斜に構えてるんだよな。でも Arctic Monkeysって、時代の産物だよな、ネットから出てきたシャイな若者って感じで。でもそう、もっと応援には答えたほうがいいんじゃないか、ミスター・ ターナー?どうしようもねえやつだ。
サウンドチェックをしてる時や、楽器をいじってる時は楽しそうなんですけどね。注目を浴びると、心のシャッターが閉じてしまうというか。
ノエル:もしそれが意図的な態度だとしても俺は驚かないね。ちょっとうんざりしてるんだろう。それと違って自意識過剰なやつもいるけどな。たとえばリアム がそうだ。ジャーナリストの前にいない時は、至って普通の人間なのに、カメラが回り始めると一転、リアム・ギャラガーになるのさ。「質問してみろ、一言だ けなら答えてやる」 - 王子様気取りだな - それで返ってきた答えはたいていサイケデリックで意味不明なものばかりで「ミステリアスな男だ」と受け取られる。一方俺は、「ファック、俺はカメラの前に 立つ前に生まれてきたんだ」ってな感じで、ビリー・エリオットじゃないが、国を回るのが性に合ってるんだ。オフィス通いとは無縁の生活。「どいつもこいつ もくだらねえ、さっさと仕事しろ」って生活とはね。俺はどんなことに対しても意見がありすぎるってほどにある。持ってるかどうか定かじゃないにしても、い ずれにせよどれも輝ける意見ばかりさ。
トロントで、後ろから突き飛ばされた時の映像がYoutubeに投稿されてるのは見た?
ノエル:まだ見てない。ウけるだろ、そうでもないか(笑う)。俺達の間でよく「ボノならこんな目に会わない」ってフレーズを使うんだけど、あの事件はその 一つだな。かつて世界一のバンドだった頃は毎回のように使ってたぞ。ホテルの部屋から間違えた鍵で閉め出された時とかな(ドアをノックする身振りをす る)。そして受付に向かいながら、(小声で呟く)「ボノなら絶対にない」。「ハロー、この鍵合わないぜ」。スピードボートへギグの会場に向かったはいい が、操縦するやつがどの島に降ろせばいいのか忘れてて、フィリピン諸島とかそこら辺でも回ってんじゃないかって時に、「ボノなら絶対にない」。
ニューアルバムは順調な評価を得ていますが、今でも「グルーヴがベースの」と形容されることは嫌なの?
ノエル:うーん、誰かがもっと良い形容詞を思いつくまでは、使われ続けるんだろうな、オースティン・パワーズみたいに。嫌なのは「グルーヴィ」って言葉だ けじゃないんだ。最初の頃に受けたインタビューのいくつかでも言ったんだけど。本当に「グルーヴィ」が適切なのか?と疑問に思うんだよ。だからといって、 それに代わる言葉はないとも思う。手元には遥かに良い曲がいくつもあるし、それは俺達が思うにバンド限界を超えたような出来ばかりだったが、ある考えを 持ってレコーディングに望んだんだ。キャリアの転換という意味じゃなくて、初めて満足の行くマネージャーを見つけたってことさ。アルバム用に10、11曲 ほど準備してあって、そのうち7曲がレコードの基盤をなすことになるだろうと思っていたが、結局その曲群がアルバムに入ることはなかった。いや、2曲は 入ってるか。実際は3曲かな、「Waiting For The Rapture」、「The Turning」、「Bag It Up」。この3曲はKinksにBeatles、Stonesを融合させたような楽曲だった。プロデューサーが選び出したんだ。俺達が「ほら、プロデュー サー。仕事しろ」とけしかけて、そしたら「意見を言えというんなら言うが、この3曲を選んで、こういう方向で進めたらいいと思うよ」と言われた。その他の 曲はレコーディングの過程でどこからともなく生まれてきた。ある夜「Shock Of The Lightning」を書き、また別の夜に「Falling Down」を書き、ゲムが他のところから昔のデモを見つけてきて・・・どれもスタジオ内で起こった幸運なアクシデントだよ。本当にわくわくするような時間 だった。
