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http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/music/article5851553.ece

OASISは如何にして感性を取り戻したか。

ニューシングル「Falling Down」のリリースを目前にし、ジャック・ストロー、ジェイド・グッディ、挫折、ドラッグ、Coldplay、U2について語ったノエル・ギャラガーの姿、そしてリアム・ギャラガーの言葉をお送りする。

ヴェニスに程近いトレビゾのコンサート会場のバックステージである。リアム・ギャラガーは、兄ノエル・ギャラガーとのインタビューを控えた私に対し、無造作に言い放った。

「ちゃんと酔いを醒ましておいた方がいいぜ」。

警告だ。

「じゃないとあいつ『さっさと眠ってこい』ってうるさいんだから」。

リアムにだけは注意されたくなかったが、最後の言葉はあながち間違いではない。OASISが取り上げられた新聞や雑誌の記事を、読者が嬉々として読み漁る のは、ノエル・ギャラガーが、テープレコーダーを前にしても臆することなく鋭い舌鋒を披露するからだ。彼はメディアに格好のネタを与えてくれる。昨年、グラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーとなったJay-Zを巡る論争のように、その舌の滑らかさが仇になることもあるのだが。さて、我々が対面 した時、ノエルは、末期癌と判明したジェイド・グッディの話題で持ちきりのイギリスメディアに息巻いていたところだった。

「今日TVを見てたら、彼女の家の周りをプレスが取り囲んでるんだ。今この瞬間も世界規模で経済危機が進んでるってのに、『ジャック・ストロー* 訳注1、ちょっとこれを見ていただけますか?マックス・クリフォード* 訳注2が、 国の情勢を活気付けることに成功したようです』とでも言うのか。いいか、俺は前から反ジェイド・グッディ派なんだ、彼女とは話したことがないが、どうにも 見てられない。あんなの、俺に言わせれば、5分のニュースで1回流せば済む話だぜ、今のイギリスはなんて恥さらしな国になったんだ。いっそダウニング街 10番地を閉鎖して、マックス・クリフォードに国政を執らせればいい」。

ノエルの口から発せられるのは、そういった芸能ネタばかりではない。OASISが大荒れの時代を乗り越えたことによって、彼自身がどのように変わったのか、これが話題になることの方が多い。
2007年、Teenage Cancer Trustのため、ロンドンのAlbert Hallにて、後ろに弦楽器楽団、傍らにポール・ウェラーというセミ・アコースティックライブを行ったノエルは、そのライブCDの発売へと話を移した。彼 はようやく、その功績に見合うだけの評価を受けるようになったのだ。貴重なOASISの楽曲や、「All You Need Is Love」、「There Is a Light That Never Goes Out」などのカバーも含んだCDは、来週発売のSunday Timesと一緒に無料配布される。

「This Is Your Life* 訳注3みたいだったよ」。

ノエルは、そう振り返った。

「まさにあんな感じさ。観客席はみんな熱狂的なOASISファンで埋め尽くされていて、俺が演奏するB面やアルバムの曲を全部知ってるんだもんな。番組で は、昔からの友人が現れて『彼が無名の頃から知っています』と言うじゃないか。あのギグもそう、『This is our life(これが俺達の人生)』。あの夜、会場にはマジックが宿っていた」。

今は幸せに満たされている彼だから、OASISの初期が乱気流がごときものだったこと、中盤に差し掛かった時には、失意、酒と薬物への耽溺、無気力感とい う泥海にはまりこんでいたことも、否定しなかった。結婚、レコード会社、身体、バンド、全てが壊れてついに、ノエルは昏迷状態から意識を取り戻す。
そして2009年、過去の挫折から蘇り、41歳で2児の父親であるノエルは、驚くほどに意気揚々とした様子だ。瞬くようなエネルギーだけではなく、安堵感 が彼を包んでいる。ついに、なぜ、そしてどのように、OASISの歴史が紡がれ、そして未来を織り成してきたのかを語る時期が来たようだ。中心人物である ノエルだからこそ、生々しく語ることができる。

「バンドにいると、奇跡のような瞬間に立ち会う時がある」と、彼は言った。

「消えて初めてその只中にいたことに気付くんだ。奇跡が訪れるのは、オーディエンスと同じ年齢、同じ環境にいる頃に限られる。つまり相手もビンボー、俺も ビンボーって時だ。2年経って、俺は金持ちになる。同じ年頃だけど、もう普通とは違う。ギグをすれば、オーディエンスにとって俺は、プライベートジェット に乗り、スーパーモデルとつるみ、ドラッグの詰まったでかいバッグを持ち歩くスーパースターでしかないんだ」。

ノエルは、甘ったるい後悔に浸りはしない。嵐のようなパーティ三昧も否定はしない。

「アディダスを着けてたガキが、毛皮のジャケットを着けて常にサングラスを2つかけてるような男になる。いいか、言っておくが、最高だったよ。あの時期は 文句なしに最高だった。大金詰まれてもあの頃に戻ろうとは思わないけどな、冗談じゃない、でも、あんな熱狂の時代をこの身で体験できたと思うと良かったと 思う。ファーコートに、クロコダイル革製の靴、ドラッグに女。世界一の仕事。その何たるかを定義づけたのが俺達なのさ」。

「失われた時代」。1997年、因縁の3rdアルバム「Be Here Now」が発売された時に幕を開け、2005年、ゲム・アーチャー、アンディ・ベルと共に、円熟した閃光を放つ術を覚えた「Don't Believe The Truth」の発売で、やっと幕引きとなったこの時代。
それについても、ノエルは話すのをためらわなかった。彼はその時期を恥はしないし、どんなにひどい有様だったかをうやむやにするつもりもない。

「あの輝ける瞬間、つまり1996年のネブワースの2日目が終わった時だね、そこからStanding on the Shoulder of Giantsの製作途中でボーンヘッドとギグジーがバンドを抜けるまでの期間、俺は、仕事のために仕事をしてたようなもんだった。他にやることもなかった からな。ネブワースの後、俺達が取るべきだった行動は、全てのことをとりあえず置いて、落ち着くまで、2年間時間をとることだった。でもドラッグやらのせ いで、周囲の気を引くことに夢中になりすぎて、そしてバンドに固執しすぎていた」。

「Standing on the Shoulder Of Giants」は、彼曰く、OASISの最低迷期だという。

「ドラッグをやめるのと引き換えに、別のに移ったんだ。コカインをやめた。でもコカインを、そして他のどんなドラッグも断つ代わりに、エルヴィスめいた行 動に出た。『医者から処方されたものなら大丈夫だろう』。そう、コカインを大量に持ち歩く代わりに、今度は大量の薬剤を持ち歩くようになったんだ」。

先月のNMEアワードで、Best British BandとしてOASISが発表された時、会場のある区画からブーイングの声が挙がった。OASISが楽しんですらいる独特の立ち位置。彼らが初期にやっ てのけた成功の代償。バンドの真髄を再びその手で確認し、世界でも有数のライブ映えのするバンドとして成し遂げてきたことのスケールがどれほどのものか。 それら全てがこのブーイングに集約されていた。

OASISに背を向けた元ファンが、バンドに対して向ける軽蔑のこもった攻撃は、これ見よがしだ。かつて自身が心底バンドを愛していたという事実自体を消 してしまいたいあまり、初期のヒット作に執着し、現在の彼らを脊髄反射のようにはねつけているように思える。彼らの考え方によれば、OASISの音楽は基 本的に伝統にばかりしがみついたもので - といっても「Falling Down」のB面として収録される22分間のリミックスはこの見方に反するわけだが - その対極に位置するのが、Blurのように頭脳派が作る洗練なサウンドということらしい(そう、この古めかしい議論は、腐ってもなお骨にしがみつく肉のよ うにしつこく付きまとっている)。

ノエルが幾度否定しようとも、この2元対立項は壊すことができずにいる。しかし、この捉え方に彼のバンドが(図々しくも)助けられたことも事実だ。彼らは 一つの時代を確立した。2ndアルバム「(What’s the Story) Morning Glory?」は2000万枚以上を売り上げ、難局を潜り抜け、再び頂点へ返り咲いた。世間が簡単に受け入れられるような物語ではない。

さらに極端な例になると、このような見解すら出てくる。「OASISなんてずれてる。頭のおめでたいやつ向けの音楽だ」。驚くことではないが、どちらの意見にも、ノエルは良い顔をしない。

「結局はブライアン・イーノの下に行き着いたやつとか」と、彼は話す。

具体的に名前は挙げなかったものの、U2とColdplayを指していることは明らかだ。

「大御所、権力に追従したやつ。そういう連中は、体感することができなくなったから、考える方に向かったのさ。リスナーが好意を持って聴いてくれる人ばか りなら、そりゃ良いだろう、滅多にいねえけどな。でもな、突き詰めていけば、良い音楽の魅力ってのは、下手に考える必要がないところにあるんだ。ただ衝撃 を食らうだけ、バン!以上。『ふむ、そうだな、ブライアン・イーノは知ってるだろ、スタジオに入る前に全員の星占いをやったらしいぞ』* 訳注4なんて情報いらねえんだよ。んなこと誰が気にするんだ?スピーカーから出てくる音。俺が気になるのはそれだけさ」。

こうなったら、ノエルの独壇場だ。

「音楽を聴いた瞬間に何も感じないなら、愛も、憎しみも、友情も、悲しみも、人生それに死も、その音楽は何も運んじゃこない。そんなの俺にとっては何の意 味もない音楽だね。どんな音楽を聴いても感想は『へえ、すげえ』だけであるべきなんだ。最高の褒め言葉だろ。Sex Pistolsみたいにさ、どの曲も即興なのにAnarchy in the UKの歌詞を聴いたらぎょっとする。今聴き直しても『これを17歳が書いた』と思うとぞっとするだろう」。

最盛期の頃のOASISの楽曲は、どれも人との関係について書かれていた。

現在ツアー中の彼らだが - そのうちの中国ツアーは、中国政府の要請でキャンセルとなった - 昨年の秋には緩みがあったギグが、徐々に引き締まっている感触がある。「Dig Out Your Soul」からの新曲が、初期の楽曲と上手く組み合わさってきた。

OASISのギグを見に行ってみるとわかる。10代、20代前半のファン達で満員となった会場は、古い新しいを問わず、全曲そらで合唱する。評論家から は、彼らの歌詞を批判するのが常となっている。時代遅れ、手垢にまみれた韻の踏み方、文法上意味不明などなどと並べ立ててみせる。

「その記者は、Champgne Supernovaの歌詞についてくどくど喋っていた」と、ノエルは思い出しつつ話した。

「俺に向かって確かにこう言ったんだ、『この曲が名曲の一歩手前で届かないのは、このどうしようもない歌詞のせいです』。俺が『何が言いたいんだ?』と言 うと、『そうですね。ホールに向かってゆっくり/砲丸よりも早く。どういう意味なんです?』『知らねえよ。でも6万人のファンが合唱するってのに、みんな 意味もわからず歌ってると思うか?一人一人に違う意味があるのさ』と言ってやったよ」。

年月を重ねた今になっても、お高くとまったポーカーフェイスの高学歴といった人間に対する不信感は、ノエルの中から拭い去られていない。バンドが成功した のも、OASISの曲がみんなの頭ではなく心に届いたからと強調することを怠らない。新しいファン層を獲得し続ける理由も、そこにある。ノエル曰く、戦略 ではなく、力のモーメントなのだと。

「俺が最初から壮大な計画を練っていたと思うんなら、それは間違いだ。世間はそういうのを見抜くからね。Duffyを取り巻く環境と同じだよ。彼女には頑 張ってほしい、良い娘だしね、でも計画的に作り上げられたものだと感覚でわかるだろう。プレスから『黒いミツバチの巣のような髪型をしたエイミー・ワイン ハウス。今度はそのブロンド版の登場だ』と取り上げられる。そこが音楽界の問題なんだよ。どいつもこいつもキャッチフレーズをつけられる。俺達は馬鹿しな がらも音楽だけを核にすえて出てきた久しぶりのバンドだった。Rough Tradeからインディ・ミュージックを取り返して、みんなに解放したバンドだ。みんなSun紙を読みつつ『このプッツン来てるアホどもを見ろよ、今度は 何をたくらんでるんだ』と、期待してたのさ」。

「俺達の曲はどれも、聴いてみればわかるだろうが、渇望の曲なんだ。他の誰かになりたい、ここではないどこかに行きたい。書いた当時はそういう内容ってこ とに気付いてなかったけど、Live Foreverを書いて3年経つと、いつのまにかそういう曲になっていた。心のどこかで思ってたんだろう、俺の居場所はマンチェスターじゃない、今の自分 で終わりたくないとね」。

曲のおかげで有名になったというのに、その曲を書いた本人には自覚がなかったということだ。

「初期2枚のアルバムの曲は、君達が俺の名前を知る前に書かれたものなんだよ。パートの仕事をやっていた頃に、自分で弾くために書いた。その後何が起こるのか予想もしてなかったのさ」。

「俺達を持ち上げるにしろこき下ろすにしろ、みんな騒ぎすぎだ」と、ノエルは話す。

「俺が何の考えもなしにここまでやってきたことには、誰も触れようとしなかったんだよな。わかっていたのは、事態を客観的に見ていた俺だけ。レノン、マッ カートニー以来のソングライターだと言われた時だって、家に帰って『俺ってそうなんだ』とは思わなかった。ただ『俺は俺』と、再確認したにすぎないんだ よ。敬愛する時代から影響を受けて音楽を作るだけ。自分のことを素晴らしいとは思わないさ。俺はただ、自分自身を保つことが上手いだけなんだ」。

インタビュー、そしてギグも終わった。ギグの熱を酒と共に冷まそうと、私達はOASIS一向と共にボートを借りて水路を通りベニスへ入ることにした。曲が りくねった水路から望むドジェの宮殿を通り過ぎようとする頃にもまだ、屋上にあるバーではラガーを片手に賑やかに打ち上げが続けられている。すると、エレ ベーターのドアが開き、リアムが現れた。完全に酔っぱらっている様子の彼は、大きな声で周囲の注目を一身に集めていた。弟の接近に気付いたノエルは、静か に立ち去った。

リアムは、私の方へよろめきやってきた。

「俺はジョン・レノンだ。俺がな」。

「いいや、違いますよ」と、私。

あなたは、リアム・ギャラガー以外の何者でもない。そしてそれで、十分なのだ。

「な、外に出ようぜ」。

何が始まるのかと思ったら、リアムはレノンの影を脱ぎ捨てまさにリアム本人の姿で私の前に立ち、気付くと私は、OASISのシンガーと一緒に煙草を立て続けに吸っていた。リアムが私の胸に向かってジャブを入れながら言う。

「あいつとじゃなくて、俺と話せばよかったんだ。あいつ喋って喋って喋りまくったんだろ?」。

ええ、まあ。ノエルの弁は止まることを知らなかった。これからもずっとそうでありますように。そう私は強く願っている。

* 訳注1:ゴードン内閣の法務大臣。
* 訳注2:評判の良くない芸能人の広報を引き受けることで有名。ジェイド・グッディの広報担当である。
* 訳注3:有名人や時には一般人の家族や友人、同僚らの出演協力を得て、スタジオで再現するTV番組。何も知らされずにスタジオに呼ばれた本人の反応が見所。
* 訳注4:Coldplayのこと