次世代のピストルズ、次世代のビートルズ、それとも手っ取り早く来週の新聞の一面となるのか?OASISはハイプの声を跳ね飛ばすだけの実力をもっている。しかしそのハイプとの戦いより先に、ギャラガー兄弟同士の喧嘩を止めるのが先となろう。

まず初めにこの言葉を紹介しておこう。

「まだわからないのか?ロックンロールは終わった!何もかもなくなったんだ」 by John Lydon, Feburary 1980

豪華にセットアップされ、いくつものデジタル機器の並ぶRadio1 FMで、リアムとノエルの二人は、マイクの周りに集まっていた。スタジオ内には、リズムギタリストであるボーンヘッドも一緒だ。グラストンベリーでのギグの宣伝の意味もこめたラジオセッションである。

エンジニア達は、二人の発する熱のこもった「1、2、テスト」という声が挙がるたびに慌ただしく走り回り、音量は適切に調整され、録音機器が動き始める。そして最後の音が消えるや否や、聞いてるこちらが吹き出してしまうような二人のやり取りが部屋中に響く。「お前のせいだ」「いいや、違うね」。

そこへ登場したのが、どうしようもないクラスに派遣された教師のような司会者、ジョー・ワイリー。彼女は番組をどうにか進行させようと話し始めるが、むしろ壁に向かって話したほうが上手くいくのではないかという散々な有様である。

ワイリー:わかった、わかったわ!ちょっとは落ち着いて。(ノエルに向かって)リアムの言ってることが聞こえないじゃない。
ノエル:こいつが言うことなんてどうでもいいだろ。
リアム:よくないさ。俺はスターだ!
ワイリー:この喧嘩は番組をやりこめるためのシナリオなのかしら?
リアム:俺達はやりこめたりなんかしない、ヤるだけだ。
ノエル:全てはNMEのためさ。
ワイリー:リアム、アコースティックセットは嫌なの?
リアム:こうやって椅子に座るのが嫌いなんだよ。
ワイリー:グラストンベリーでは何をする予定?確か初めてなのよね?
リアム:歯ブラシを売る。
ワイリー:最近お母様に怒られたことは?
ノエル:ああ、家に帰ってきたリアムに小言を垂れてたよ。どっかに行っちまえってな。
ワイリー:ところで今夜は何を演奏してくれるの?
.........。

この後も、実にたわいのないやり取りが行われ、シングルとして発売された「Shakermaker」、そして番組のラストには、ノエル作曲の「Sad Song」が演奏された。いつもながら、彼らは危ういところでクールさを失わず、アコースティックギグも、素晴らしいパフォーマンスに仕上がったのだった。

音楽雑誌を愛読している方にとっては、二人の会話はお馴染みのものであろう。その他の方、OASISを初めて知るあなた、上記のような喧嘩はOASISを支えるギャラガー兄弟を知るにしてはあまりにマイルドすぎるものである。これよりもっと強烈な言葉が飛び交った生放送がいくらでもあるのだ。

リアム、22歳のあどけない大きな眼をしたシンガーは、常にトラブルを起こし、体中からひりひりした感情をほとばしらせていた。二人が共にパブへ出かける時は、着く前からすでに暗雲が立ち込めているのだという。

午後になってスコールが強まり、時間はまるで止まったかのようにだらだらと流れていた。ノエルは、Crazy Horseのロンドンでのギグに参加しようと、リアムに持ちかけた。リアムは気に入らない様子だ。

「俺の兄貴は、自分をエリック・クランプトンか何かと勘違いしてるらしい。先の尖った靴なんか履きやがって、次はポニーテールでもするに違いないぜ。OASISの一員なんだからそんなことしなくてもいいのに。ノエルはそんなやつらよりも断然上なんだから。ジョン・レノンの次に尊敬してるぜ」。

このような、リアムのノエルに対する苛立ちは、プレスの関心を呼び覚まし、あっという間に大衆の興味を引き始めた。今子犬のように大きな眼は、グリーンの縁をしたサングラスの奥で細められ、リアムは自分のみぞおちに拳を突き刺していた。うっ積したフラストレーションを表現するように。

「俺の中で何かが燃え始めてる。自分が何者かわかってきた気がするんだ。気にいらねえ部分ももちろんあるさ。悪い面もあれば良い面もある。でもこれまではそれに鎖をかけて閉じ込めて外に出してなかったんだ」。

彼は両手をくっつけ、手錠を掛けられてるような仕草をした。

「でも今の俺は、心のドアを開いて、鍵は捨て、何もかもさらけ出してる。悪い面も邪悪な面も、良い面も美しい面も…ギネスの広告みたいだよ。俺の心は…グラスの中の宇宙だ」。

彼が連続して発する衝撃的な言葉の流れを邪魔するかのように、バーテンダーがやって来て、リアムに足をシートから下ろすよう注意をする。

「俺は政治家でも牧師でもないが、何が正しいかはわかっている」。意に介さずに彼は続ける。

「まず宗教なんて捨てちまえ。一度神を頭の中から追い出してこそ、一人前だ。自分を真に知ることができるか、気が狂うかどっちかさ。昔の画家にゴッホってやつがいるだろ?ガールフレンドに「愛の証を見せて」と言われて耳を切り落としたらしいぜ!イカれてるよな。どうしてただ一言「愛してる」と言えないんだ?つまり俺の言いたいことは、IRAはイカれてる。宗教も愛も同じくイカれてるってことだ。俺はみんなの目を覚ましてやりたいんだ。誰かと恋に落ちたいわけでもないし、どうにもならない人生を送ってるやつに、人生はこんなに素晴らしいだの言いふらす気もない。何がどうなろうとどうでもいいさ。いや、違った。俺の母さんとジョン・レノン…そしてOASISは大事だな」。

ジュリアン・コープが、彼の自伝に書いたように「クールであることにはルールがある」。

OASISの場合、それは「ポップであること」だ。The Beatles、The Pistles、The Smiths、The Stone Roses。彼らの持つロマンチシズム、セックスとドラッグへの逃避、人生への目覚めという脈絡と受け継がれてきた遺伝子をOASISは確実に受け継いでいる。

「ボトル入りのサイダーを友達と飲みながら、ビートルズのアルバムを聴いて、くだらないことを喋りあって、吐いて、知らない女の子と出会って、あわよくばセックス」。ノエルは自信を持って言う。「そういう逃避から生まれたのが音楽だ」。

「Supersonic」から、T-Rexを堂々とパクッた「Cigarettes And Alchole」まで収められた発売間近のデビューアルバムでも、OASISはポップであることを全く恥ずかしがる様子はない。ポップさを探し求めて色んなところからくすねてきたメロディ、気持ちをかき乱すようなバラード、コカインバブル、心打つ一行の詩。全てが3コードからなるOASISの世界なのだ。

影響を受けたバンドへの見え見えのアプローチに対する批判も、ノエルは気に介していない。

「俺達は卑怯なバンドなんだ」。
シャイな笑みとともに、ノエルは答える。
「The Beatles、歴史上最も偉大なバンドは『Hey Jude』という曲を作ったが、あれがすでにパクりだ。俺達のシングル『Supersonic』『Shakermaker』も同じく。だからメロディが似てようが全く気にしない。先人がすでにやってるんだからな」。

同じように大きな期待を背負ってデビューしたものの、節度ある態度を心がけ、プレスに姿を表すのに時間を費やしたRideやBlurと違い、OASISはデビュー前にすでに計画を練っていたらしく、今年に入るや否や完全にバンドとしての形態を整えて登場し、「3分名曲」を立て続けに発売した。

「みんな、OASISは一夜漬けで出来たと思ってるらしい」。

ジントニックを一口飲んでノエルは言う。「俺達は良い音楽を作り出すために18ヶ月、レコードとして出すためにさらに18ヶ月やってきてるんだ。この成功に戸惑うはずがない、それだけの報いを受けるだけのことはしてきてるんだからな。The Beatlesくらいビッグになるつもりがないなら、バンドはただのお遊びだ」

まだデビューアルバムも出してないのに、自ら「ポップの神」を称して大きなことが言えるんだと不思議にお考えのあなたのために、OASISのデビューまでの経緯を知ることでそのギャップを埋めてほしい。

それは3年前、整然としているが退屈なマンチェスター郊外、バーニッジで始まった。フットボールの試合が終わった土曜の夜の退屈しのぎに、ベーシストであるギグジーのバンドにリアムが参加したことから始まった。マンチェスター・シティの試合を見る前にギャラガー兄弟が立ち寄っていたという店の名前にOASISの名前は由来する。

その頃、アメリカでのインスパイラル・カーペッツのギグに、ギター・ローディとして付いて回っていたノエルは、母親から簡単に「ところで、リアムがバンドを始めたのよ」と聞かされる。

その最初のギグに立ち会うために家に帰ったノエルはリアムに「お前のバンドは全くダメだと言ってやった。でもあいつは確かにフロントマンとしての素質を持っていた。だからこう言ったんだ。『俺に曲を書かせれば、俺達はスターになれる。それが嫌なら、一生マンチェスターで腐った人生を送るんだな』」。

バンドはノエルの意見を取り入れ、それから18ヶ月曲を書きため、さまざまな音楽を聴き、OASIS独自の音を作り上げる。この頃はまだ、パブで時々ギグをすることが彼らの最大の夢だったのだ。

チャンスはOASISが仲良くしていたマンチェスターのバンド、Sister Loversを通して訪れる。クリエイションレコーズのアラン・マッギーが興味を示していたバンド、Boyfriendsのサポートに抜擢されたのだ。

OASISは思いもよらないチャンスを逃さずに、ギグの行われるグラスゴーの会場に駆けつけ、プロモーターにいつでもギグができる状態であることを伝えた。当初関係者は、丁寧に「立ち去る」よう要請していたが、彼らに脅しつけられ、渋々ながら4曲演奏する許可を出す。

どういう運命の思し召しなのか、本命のBoyfriendsがギグを始めるより早く現れたマッギーは、場当たり的に作られたセットで演奏するバンドに、1曲目が終わる前にはすでに心をわし掴みにされていた。マッギーは、ノエルが音楽に対する確固とした考えを持っていること、そしてリアムこそがクリエイションが求めていたフロントマンであること、つまり、ジョン・ライドンのパンクスピリット、イアン・ブラウンのセックスアピール、ジョン・レノンの辛辣なウィットを持ち合わせていると見抜いたのだ。

デモが急ピッチで作られた。誰もがそれに魅了された。ソニーとの契約が決まり、世界進出は確実になった。ジョニー・マーは、ノエルに、「Panic」、そして「How Soon Is Now」と書いたギターを、敬意を表す意味で贈ったほどだ。音楽プレスは予兆に敏感に反応し、OASISを立て続けに取り上げ、プロフィールを調べ上げた。新聞は、これは雑誌がいつも掲載する「今週のロックバンド」で終わるようなものではなく、何かもっと大きな波が起ころうとしていると決定づけた。

新しい年が始まるころには、OASISはクリエイションレコードの秘蔵っ子から、音楽ファンの期待の的になっていた。3月からの2ヶ月間で、ロンドンのオックスフォードストリートにある100 Clubから、Marqueeまでギグを行う。4月にはデビューシングルの「Supersonic」が発売され、直後に国内ツアーが始まった。2ndシングル「Shakermaker」中の「I’d Like To Teach The World To Sing」はNew Seekersのパクりだと話題にもなり、Top20を突破。バンドはTop Of The Popsにも当然のように堂々と出演する。

このように振り返ってみると、このバンドのロックンロールの救世主としての評価が、いかに伝説の数々で固め上げられてきたものかがわかる。

女、酒、ドラッグ、ホテルの破壊、フェリーからの追放、OASISと一緒のホテルに滞在していたEast 17は途中で逃げ出し、スイミングプールには手押し車が投げ入れられ、グレンイーグルズではゴルフカートを盗んで乗り回し、レコード会社からの接待接待接待。このような二人の起こすお世辞にも素晴らしいとは言えない、まるでフーリガンが起こすような一連の騒動を誰が忘れることなどできるだろうか。

しかしながら、この不名誉な騒ぎがまた、世間の話題となっているのだ。ロックバンドにとって、予算がかさむステージ衣装を身にまとうことに比べれば、フーリガニズムはたやすいオプションである。ホテルを荒らし、未成年の女の子を連れ回し、お抱え運転手にベントレーを運転させることがクールという考えをもつリスナーは未だに多いのである。セックスにドラッグに暴力沙汰、都会の甘やかされた世間慣れしていない若者にショックを与えるのには十分であった。

抜け目のないことに、OASISはそういう評判が音楽の質を落としかねないことに気づいてもいる。