February 2010

2010年2月前半号

2月14日
■「feelnumb」より。エピソード:ジョニー・デップ、ノエルにギターをプレゼント。

いまや俳優として大活躍のジョニー・デップだが、彼自身の考える頂点はあの時 - OASISの3rdアルバム「Be Here Now」の収録曲「Fade In-Out」で、スライドギターを披露した時だったかもしれない。

セッションの時、彼はノエル・ギャラガーにギターをプレゼントしており、ノエルは今でもコンサートでそのギターを弾くことがある。

「OASIS は俺の友達だ。Fade In-Outの収録の時、ちょうどスタジオにいたもんだから、リードスライドギターを弾かせてくれたんだ。1テイクでOKが出たよ。プレゼントにノエル・ ギャラガーに白のギターをあげた。今でもギグで使ってくれるよ。俺のだってわかるはずさ。Pという文字が入れてあるからね」。

白いギターとは、Rickenbacker 330のことだ。

そして「P」はというと、1993年に組まれたアメリカのオルタナティブロックバンドの名前である。そのメンバーだったジョニー・デップは、ギター兼ベースを担当しており、1995年にはセルフタイトルアルバムも発売されている。

2月10日
■「globeandmail」より。ノエル・ギャラガー、トロントの裁判には参加せず。

行くのか行かないのかはっきりしなかったノエルだが、結局行かないことにしたようだ。

先日お伝えしたように、被害者影響陳述を読み上げたいというノエルの意向を汲んで、当初2月5日に行われる予定だった判決が、3月23日まで延期されたが、ルース・クラインヘンツ検察官が裁判所に対し「ノエル・ギャラガーが来る予定はなくなった」と、報告した。

「不可解だ」と、述べるのは、サリヴァン側のジョン・コリンス弁護士だ。

「また延期になることもありえそうだ。そうじゃないことを祈るね」。

■「mirror」より。ギャラガー兄弟は、ブリット・アワーズを蹴るのか。

もし、ブリット・アワーズの主催者が、これを機にギャラガー兄弟の仲を仲裁できると考えているようなら、その考えは甘いといわざるを得ないだろう。

今年で30周年となるブリット・アワーズは来週に迫り、主催者側はギャラガー兄弟を二人とも授賞式に招待しようと必死だ。1万4千ポンドのテーブルが彼らのために予約されているという。

しかし、二人が登場する確率は非常に低いよう。

今でも口を聞かないという二人。もし、そのわだかまりを解くことができたら、それこそ賞をもらうに値するというものだ。

リアムの方は、「俺は行きたいな。パーッと騒ぎたい。もし授賞したら、OASISの終わりにふさわしいと思うよ」と、話しているものの、彼が行くとなると、ノエルは確実に現れないだろう。

ノエルは友人に、「リアムが行くなら、俺は絶対行かない」と話しているらしく、その場合の「プランB」も用意しているとか。

友人談:

「リ アムとノエルはあれからずっと喋ってないよ。状況は悪いね、ノエルは引っ越そうとしているのに、リアムはその住所すら知らないんだ。二人のもとには、ブ リット・アワーズの主催者側から招待を受けるか確認の電話が毎日入るんだけど、どちらもまだ答えてないんだ。まるでお互い相手が謝罪を切り出すのを待ち受 けてるみたいさ」。

「リアムはぎりぎりまで答えを保留しようとしていて、当日に決めようとしている」。

しかし、そのマイペースな態度が、主催者側にとっては大きな問題となっている。

「TVの生放送だろ。見込みの薄いチャンスに賭けてまで、空いたテーブルを映すことは許されないんだ。それに、彼らが現れなければ、1万4千ポンドのチケットを無駄にすることになる。誰も座っていない大きなテーブルなんて無様なだけだからね」。

しかも、抜け目の無いノエルは、出席しない言い訳を用意しているのだ。

「Kasabianが、ブリット・アワーズと同じ日に行われるWar Childのギグで共演しないかとノエルを誘っているんだ。リアムとアワーズを蹴って、そのギグにスペシャルゲストとして参加しようと、本気で考えてるみたいだよ」。

2月7日
■OASIS オフィシャルサイトより。Big Brother Recordings Limitedが2010年2月7日で、10周年を迎えました。シングル「Go Let It Out」が、このレーベルが発売した最初のシングルであることを記念し、OASISinetが、この時期から貴重な映像を紹介します。

4thアルバム「Standing On The Shoulder Of Giants」の製作過程について語るOASIS。↓



■「mirror」より。ノエル・ギャラガーのレフェリー・ジョーク。

今週のTVのベストシーンは、The Talk Of The Terraceで放送されたノエル・ギャラガーのインタビューだ。

最高の瞬間は、インタビュアーが「ロックスター、あるいは一流の選手だったとしたら、何をする?」という質問をした時に訪れた。

「一流の審判がいいな」と、答えたノエル。

「一流の審判って最高だと思うぜ。ダレン・フレッチャー(マンチェスター・ユナイテッド所属)に向かってこう言うんだ。『おい、こっちに来い』」。

そう言って、手招きをする仕草をする。

「『ほら、こっちに来い、ここだ。よし、あっち行け、ほら行けよ、あっちだ』」。

と、今度は追い払う仕草。

「で、また呼び戻してまた追い払う。これをやつがイライラするまで続けるのさ、そしたらレッドカードを出して退場だ。面白そうだろ?」。

2月5日
■「xfm」より。リアム・ギャラガー:Florence And The Machineは好きじゃない!

リアム・ギャラガーが、Florence And The Machineが好みではないとXFMに明かした。

「いや、あの赤毛が作ってる音楽は好きじゃないな。俺はああいうのには向いてないんだ。あの子自身はきっと良い子だろうさ、でも誰かに足を踏んづけられたみたいな声出すんだぜ」。

また、最近のバンドも気に入らないという。

「イギリス一、世界一のバンドとは程遠い連中ばかりだ。良いバンドも出てきはするけど、それくらい大きな目標を目指すやつらがいない。

そして、OASISの分裂について、V Festivalの喧嘩の前から、ノエルはバンドを離れたがっていたと、リアムは話す。

「み んな好き勝手に言いやがってと思ったよ。デマだらけさ。兄貴が、『バンドメンバーやマネジメントが全くサポートしてくれなかった』と発表した時にはジョー クかと思ったよ。その1週間後には、みんなそろってやつの家でパーティだぜ。嘘を言ってるのは誰かってことさ、俺じゃない」。

「何かが進行してたってことだよ、俺の知らないところでね。ノエルは出たがっていた。でも幸運を祈るよ、これも人生さ。俺はくよくよ悩んだりしない」。

■「xfm」より。リアム・ギャラガー:「OASIS」ってバンド名はくだらねえ。

ゲム・アーチャー、アンディ・ベル、クリス・シャーロックと共に、ニューアルバムの製作に忙しいリアムだが、新しいバンドにOASISというバンド名を受け継ぐ気はないようだ。

「OASISはねえな。くだらねえ名前だろ。違うのにした方がせいせいするよ」。

「今いいなと思ってるものはひとつあるけど、音楽に取り組みながらどうなるか様子を見るよ。もっと良いものが思いつかなかったら、それでいく」。

さらに、リアムは今年中にギグを行う予定であることを明かした。

「今年中にはギグをやるよ、絶対にね。今はレコーディングの途中なんだ、デモを録ってる」。

「4月にはスタジオに入って、このプロデューサーとやっていけるか試してみる。上手くいけば、6,7月にはアルバムが出せるだろうな」。

兄ノエル・ギャラガーが、3月に行われるTeenage Cancer Trustのチャリティコンサートに参加するという発表に続いてのアナウンスメントとなった。

2月5日、XFMで放送されたリアム・ギャラガーのインタビューはこちらで聞くことができます。↓
http://www.xfm.co.uk/news/2010/clint-boon-meets-liam-gallagher

■「globalmail」より。ノエル・ギャラガー、サリヴァンに対する判決に立ち会う意向。

2008年9月、トロントで行われたV Festivalのステージに乱入し、ノエル・ギャラガーに重傷を負わせたダニエル・サリヴァンに対する判決が、延期されたことがわかった。

その理由は、ノエル・ギャラガー本人がvictim impact statement(被害者影響陳述)を読み上げたいと申し出たからである。

リ チャード・シュナイダー判事は、ノエルがトロントのOld City Hallに出廷するまでの猶予をもうけることを認めたが、サリヴァンの弁護士であるジョン・コリンズは、「サリヴァンとその家族はすでに十分に苦しんでお り、早くこの事件から解放されることを切望している」とし、判決の延期に対して異議を唱えている。

「この1年半、サリヴァンは、罪の烙印を背負ってきた。彼自身もその家族も、精神的な苦痛を受けている」。

当初、2月5日朝に行われる予定だった判決は、ノエル・ギャラガーが出廷可能な日まで延期されることになった。

2月4日
「nme」より。Shockwaves NME Awards 2010に投票しましょう!

24部門のうち、OASIS、ノエル・ギャラガー、リアム・ギャラガーは次の9部門でノミネートされています。授賞式はロンドンにて2月24日に行われます。

Best British Band(OASIS)
Best Video(Falling Down)
Best Live Event(OASIS at Heaton Park)
Hero Of The Year(Noel Gallagher)
Villain Of The Year(Noel Gallagher, Liam Gallagher)
Best Dressed(Liam Gallagher)
Worst Dressed(Liam Gallagher)
Worst Band(OASIS)
Best Band Blog(Noel Gallagher)

NMEサイトで投票する。↓
http://www.nme.com/awards

2月2日
OASISオフィシャルサイトより。ノエル・ギャラガー、Teenage Cancer Trustのチャリティコンサートに2夜に渡って参加。

今 年で10年目となるTeenage Cancer Trust。ノエル・ギャラガーは3月25、26日に、ロンドンのRoyal Albert Hallでギグを行う予定だ。Oasisinet Communityでは、2月3日の午前10時~2月5日まで、メンバー限定でチケットの前売りを行う。一般販売は3月5日より開始される。

詳しくは、OASISオフィシャルサイトまで。↓
http://www.oasisinet.com/NewsArticle.aspx?n=789

ノ エルがTeenage Cancer Trustを応援し始めた歴史は長く、初めての出演となった2000年にはThe Whoと共に「Won't Get Fooled Again」を披露し、2002、2003年にはOASISとして、2007年にはゲム、ポール・ウェラーと共に参加した。2007年の様子は、昨年、 「The Dreams We Have As Children」というタイトルでデジタルリリースされ、その収益はチャリティに寄付されている。

ノエルは次のように話す。

「10年前、ロジャー・ダルトリーから電話で初めてTeenage Cancer Trustのコンサートに誘われたんだ。ミュージシャンとして誇りに思える瞬間だった。あれからというものこの素晴らしいチャリティを応援することを俺は名誉なことと思っているんだよ」。

他の参加者として、The Who、The Specials、Them Crooked Vultures、Arctic Monkeysが予定されている。

第3話「マッドチェスターを駆け抜けて」 -Gallagher's History

記事の感想からちょっとした雑談まで、標準OASIS学BBSへお気軽にどうぞ!
http://www3.rocketbbs.com/731/standard.html


ノエルはマンチェスターの退屈な日々から抜け出そうと画策しているところだった。ハッピーマンデイズやストーンローゼズのライブに出かけ、マンチェスター・シティの試合を観るためにスタジアムへ足繁く通った。彼はきっかけが欲しかった。1988年12月、クリスマス前のある日のことだった。ノエルはインスパイラル・カーペッツのオーディションを受けに行った。「ボーカルがクビになり、新しく募集を行うことになったんだ」とグラハムに教えて貰ったのだ。ノエルはオーディションで幾つかの曲を力いっぱい歌った。しかし、「彼のボーカルはパワーが欠けている」という理由で落選してしまった。現在のノエルのボーカルは甘く繊細な魅力に溢れているが、昔はそうではなかった。


翌年、ノエルは仕事中の事故で足を骨折してしまった。重たいパイプが足の上に落ちてしまったのだ。彼は足にギプスをはめ、しばらくは不自由な身体となった。肉体労働が出来なくなってしまったので、職場は配置転換となった。会社は倉庫番の仕事をノエルに割り当てた。そこは滅多に人の来ない、気楽で退屈な場所だった。あまりの退屈さに彼はギターを持ち込み、曲を作り始めた。何しろ時間はたっぷりとあったし、この頃には将来の関心が音楽へ移っていたということもあった。彼は心ゆくまでギターを弾いた。この時期について、後年ノエルは振り返って「俺の人生にとってこの時間は貴重だった」というふうに言っている。名曲『Live Forever』はこの時に作られていた。


そして、骨折から回復すると退屈な仕事を辞めて、インスパイラル・カーペッツのローディとなった。ボーカルでは採用出来ないが、ローディとしてサポートして欲しいとのことだった。ノエルとしても願ってもないことだったので、快諾した。ちなみに、ローディとはツアーサポートを行う役割の人のことだ。楽器のケアやチューニング、セッティングを主に行う。ノエルはこの仕事を通して、ドラムやキーボード等の楽器も一通り取り扱うことが出来るようになった。また、マネージメントやレコード会社とのやり取りについても肌で実感することになったので勉強になった。アルゼンチンや日本など世界中を回ることが出来たのは良い経験だった。音楽業界への包括的な理解に繋がっていった。


インスパイラル・カーペッツは80年代後半から90年代初頭に威力を誇っていたマッドチェスター・ムーブメントの一角を担うバンドのひとつだった。他にはニューオーダーやハッピーマンデイズ、ストーンローゼズやプライマルスクリームが挙げられる。80年代はエクスタシー(MDMA)が蔓延し、ドラッグを用いた音楽イベントが爆発的流行を見せている時代だった。ドラッグ文化と根強く結び付いた音楽シーンはセカンドサマーオブラブと呼ばれていた。60年代に巻き起こったヒッピー文化の再来という意味だ。オーディエンスと主催者の枠を取り払い、知らない者同士で抱き合い感激し音楽を分かち合うという独特のスタイルがイギリスの至るところで出現した。セカンドサマーオブラブの流れは、野外や空き倉庫などで行われたフリーイベントであるレイブに繋がっていく。大抵のオーディエンスはイベント中にドラッグをキメているので、レイブ会場は異様で独特な雰囲気となった。よりいっそうの音楽的分かち合い。オーディエンスとパフォーマーの主体的融合がそこにはあった。そのようにして実現していった新しい音楽の在り方は、すぐさま社会問題に発展していった。エクスタシーによる死者が続出し、警察の取り締まりが入った。暴力や危険が不吉な疫病のように蔓延し、レイブ会場は次々と閉鎖されていった。やがてシーンは衰退していくことになった。


マッドチェスター期のロックバンドはこのような時代的背景の影響を受けていた。サイケデリックとダンスを志向した彼らの音楽は、新しい方向性としてのマンチェスター・ミュージックをロックンロール世界に突きつけた。ノエルがローディとして2年間所属したインスパイラル・カーペッツとは、そのような時代を駆け抜けていったバンドなのである。


インスパイラル・カーペッツのツアーを終えて、ノエルが帰って来ると母親があることを口にした。弟のリアムがマンチェスターのボードウォークで初ライブを行うというのだ。リアムが結成したバンドの名前は「オアシス」というらしかった。スウィート・ジーザスの前座としてその「オアシス」は登場した。1991年8月18日のことだ。観客は顔見知りばかりでざっと40人から50人ぐらいだった。ノエルとガールフレンドのルイーズ、インスパイラルズのメンバー、長兄のポール・ギャラガーも観に行った。身内ばかりでリアムは緊張していたが、初めてにしてはなかなか良いライブだったそうである。「オアシス」は悪くないバンドだった。その夜やった曲はすべてリアムとボーンヘッドが作ったものだ。ノエルは既にこの頃、誰にも披露していない、自信たっぷりの曲がたくさんあった。そして、自分のバンドというものを手にしたいと思っていたところだった。もちろん「オアシス」のメンバーはそのことを知らなかった。


もし、俺が作った曲を弟が歌ったら……。リアムやボーンヘッド、ベースのギグジー、ドラマーのトニー。ノエルはある日彼らを集めて、『Live Forever』を試しに弾いて聴かせた。ノエル・ギャラガーのソングライティングの天才に、メンバーの一同は感銘を受けたようだった。「俺がオアシスに加入する条件」と彼は言った。「それはすべてのリーダーシップを俺に委ねること」というキツいものだった。しかし、誰も異論は挟まなかった。ノエルの披露した曲はどれもこれも素晴らしいものだったのだ。
「こいつはとんでもなくすごいことになるんじゃないか」


まったくその通りだった。

 

2009/06/15 -

Pretty Greenへ。

02/17
ピーター・ケイのコメントについて.....
いいかクソでぶ野郎、生粋の北部人として、俺は人の悪口は陰で言わずに面と向かって言えと教えられて育ったんだ。Live Forever. LG.

*2月16日に行われたBrit Awardsで、マイクと賞を観客席に投げて立ち去ったリアムに対し、ホストのピーター・ケイは「なんてバカなんだろう」とコメントした。

11/12
久しぶりだな、ヒマだったろ、ヒマしてんならPretty Greenのツイッターをフォローしてくれ。LG.

10/22
(質問を読み上げる)
「リアム、こんにちは。僕の名前はべレン、16歳です。Pretty Greenは素晴らしいですね、おめでとう!」

どうも。

「質問です。ファッションに専念するために、音楽をやめる可能性はある?」

ない、絶対にな。俺は音楽が好きなんだ。音楽も作って良い服を着けてってのが俺の理想さ。どんなに良い曲を書いても外見が駄目じゃあな。



08/27
シティが帰ってきた、シェイ・ギヴンは最高だ...

08/25
最後に、昨夜OASISが見せた最高のギグのことを書いた偉ぶったコラムについて一言。寝言を抜かしてるあいつ、兄貴な、暗闇に気をつけろよ。LG.

08/25
次に、昨夜OASISをカバーしてくれたバンドにお礼を言いたい、これまで俺がけなしてきた連中もいるけどな...LG.

08/25
声は出なくても俺はここにいるぞ。まずはVについて、俺もがっかりお前らもがっかりだよな。すまない、今はこれ以上何も言えない。LG.

08/21
ブリドリントン、最高のギグに最高のファン!Live Forever...

08/21
日本向けのサポートとヘルプ。http://twitter.com/prettygreenjp

08/17
今Tシャツを買うと、帽子がタダでついてくる。コードはNME09だ。http://bit.ly/VUKPN

08/17
そう、俺はビートルズの一員なんだ...

08/17
泣くんだベイビー、お母さんを困らせよう*

*The Beatlesのセルフタイトルアルバム、通称「The White Album」の最後に収録されている曲「Cry Baby Cry」の歌詞。

08/17
もし本気で出る気なら、いっそ俺達を殺してからにしてくれ、間抜け野郎。

08/17
あのさ、お前って、酒飲んだらそのままXファクターに出れるぜ。

08/17
20年前俺が見に行った敬愛なるStone Roses、連中は本当にスターだった、なのに時代は変わったよな...LG

08/17
今話題のバカの写真を見てる。ケバブハウスの前で、アソコに毛が生えたばかりのガキみてえなことしてやがる...LG

08/15
ニットウェアの評判が上々で嬉しいよ、まだまだ続くぞ。ジーンズも最高だぜ!!

08/12
Heathy1さんからリアムへ:今パーカが届いたよ、まだ出してはないけど一緒に入ってる写真も良いね、ありがとう。

リアムからHeathy1さんへ:パーカを気に入ってくれて嬉しいよ。その写真はオーダーしてくれた人達の中から先着100名だけに届けてるんだ...

08/07
Pretty Greenのクールなウォールペーパーがダウンロードできるぞ。http://bit.ly/RG99W

08/06
Pretty Greenのニットウェアがオンラインで販売開始。http://bit.ly/knitwear

08/06
clearieさんからリアムへ:リアム、韓国に来た時にノエルと一緒に楽器店に行った?そういう噂を聞いたんだけど、本当?

リアムからclearieさんへ:いや、それは俺じゃなくてゲムだよ...

08/04
reaction_kidさんからリアムへ:リアム、ちょっと質問なんだけど、Brightonの写真を撮ったフォトグラファーを教えてくれる?じゃあな!

リアムからreaction_kidさんへ:BrightonでPretty Greenの写真を撮ったフォトグラファーはLawrence Watsonだ...

08/04
peytonlondonさんからリアムへ:ねえ、リアム!Pretty Greenのアイテムを見てるんだけど、とても良いわね。

リアムからpeytonlondonさんへ:女の子用のパーカを作ってくれって要望が集まってるんだ。みんなが求めてるんなら考えてみなきゃな...

08/03
brucie83さんからリアムへ:レザージャケットもオンラインで買えるようになる?

リアムからbrucie83さんへ:ああ、レザージャケットもコートもデザートブーツも、10月半ばにはオンラインで販売する予定...

08/03
8Dudu8さんからリアムへ:Pretty Greenのポロシャツ、大好きだよ。世界中に配達してくれるのかな?俺はブラジルに住んでるんだけど、あのポロシャツを買いたくてしょうがないんだ。それじゃ!

リアムから8Dudu8さんへ:気に入ってくれてよかった。ああ、何でも世界中に配達してるよ。

07/31
他のアイテムも、高速で進行中...

07/31
69craig69さんからリアムへ:Pretty Greenでジーンズを販売する予定は?ここらで売ってるのって、どれも買う気になれないんだよな!

リアムから69craig69さんへ:今、ジーンズのサンプルを眺めてたところ、もうすぐだぜ!!毎日ミーティングしたり、デザインを考えたりしてる...

07/30
ブラジルといい、他の南米の国々のことを忘れることなんてできないさ...

07/30
ジーンズに関してだけど、ここ3ヶ月形にしようと頑張ってるところなんだ。ちゃんとした、俺が100%満足いくものができたらすぐにでも出すよ。

07/30
Pretty Greenへのコメント、どうもありがとう。みんながPretty Greenの服で出かけてくれるなんて嬉しいよ。

07/30
timlovejoy、どうも。気に入ってくれたら嬉しいな。http://bit.ly/36gpH7

07/29
stevengriceさんからリアムへ:Pretty Greenでレザージャケットを販売する予定はある?

リアムからstevengriceさんへ:ああ、10月半ばくらいにレザージャケットを出す予定だ。

stevengriceからリアムへ:それはいい - 質問に答えてくれてありがとう、嬉しかったよ。

07/28
sheilatakabowさんからリアムへ:今日は私の26歳の誕生日。私、あなた達の大ファンなの!!もしお祝いの言葉を送ってくれたらこの上なく嬉しいわ!!!じゃあね。

リアムからsheilatakabowさんへ:誕生日おめでとう!!

sheilatakabowさんからリアムへ:本当にありがとう!幸せだわ!

07/28
スティーヴ・クラドック(ポール・ウェラーのバンドにも参加してる、Ocean Colour Sceneのメンバーな)が、Pretty Greenを着けてる。http://bit.ly/RYZzx

07/27
100ポンド以上の注文で送料無料だ。www.prettygreen.com

07/26
韓国、お前ら皆最高だったよ、国も人も大好きだ、Live forever LG.

07/25
lustrupiniさんからリアムへ:リアム、もう少しで私の誕生日なの、何か言葉を送ってくれないかしら。何よりのプレゼントだわ(もちろん、Riverでのギグの次にね)。

リアムからlustrupiniさんへ:誕生日おめでとう。

lustrupiniさんからリアムへ:ありがとう!

07/25
それに曲ごとにバックステージに引っ込むのは、バーに行くためだよ、お前らくそったれどもと同じようにな!Live Forever LG.

07/25
男の生理?お前なんて最初のシアトルからずっと生理中だろ!バックステージにはびこってたつまらねえ連中も、みんなお前のゲストだっての、Live Forever LG.

07/25
Roundhouseでの俺の行動に対するあのアホのコメント読んだか?「わざとらしくぶち切れて」だと?ああいうのをロックンロールって言うんだよ、ダーリン、お前だって時々乗り気になるじゃねえか!

07/25
韓国、到着したぞ...

07/25
日本、あんなにたくさんの人達がPretty Greenの服を着けてくれてるなんて、嬉しかったよ、気に入ってくれたらいいな!天気は良くなかったけど、ギグは楽しかったぜ...

07/23
カムデンのRoundhouse、あれは俺なりの感情表現だ、じゃないんならこの12ヶ月俺はずっと不愉快な気分でやってきたってことになるだろ...live forever.

07/23
たった今日本に到着した。あっという間だったな...

07/22
世界中のノエリー・ギャラガーのファンへ。お前のボンボン出して見せろよ*。Live Forever...LG.

*訳注 実際、「Get your Bon Bon's out」がどういう意味なのかは、英語圏のファンにもわからないようだが、ノエルの日記の「上半身裸の女の子達、良い光景だなあ」という部分に当てつけている可能性あり。

07/22
カムデン、良い夜だったな、日本、もう向かってるぜ...

07/21
ウェンブリー・ギグの写真をUp.↓
写真を見る。

07/20
jadelazさんからの質問:オーストラリアには来ないの?お願い!

オーストラリア、それに他の国にも行くことになるかもしれない。Pretty Greenを着て、今年の終わりには。

07/19
ジョシュ・ロクスリーの絵は最高...

07/19
日本と韓国のみんな、今週に会いに行くぞ、楽しみだ!

07/19
スイスのGurten Festivalのバックステージで。http://img440.yfrog.com/i/zz9j.jpg/ 最高のフェス。最高の観客...LG.

07/18
昨夜はポール・ウェラーを見に行った。いつもながら素晴らしいね..

07/17
ベニカシム、ファン最高。ギグも最高。Live Forever...LG.

07/15
コーンウェル、大好きだ!

07/15
ウェンブリー、俺も楽しかった。オーディエンスで、クールなやつらがPretty Greenの服を着けてるのを見れたのも嬉しかったよ...

07/07
コヴェントリのスカイ・ブルー達*へ。最高の夜をありがとう。お前達の合唱すごかったぜ!Live Forever. LG.

*訳注: コヴェントリ・シティFCのユニフォームは、マンチェスター・シティFCのユニフォームと同じ色調、つまりスカイブルーを使用している。

07/05
最高のTシャツ。↓
写真を見る。

07/05
噂で聞いたんだけど、ノエル・ギャラガーがノーラン・シスターズの再結成ツアーでギターを弾いてるらしいぜ...ぶったまげだな..LG.

07/04
ロスキレのみんな、俺の気分を神の領域まで盛り上げるのは並大抵のことじゃないのに、お前達は見事にやってのけた。じゃあまた、Live Forever. LG.

07/03
よおベルギーのみんな、最高だったぜ、また会おう。LG.

07/02
pipm10からリアムへのメッセージ:注文してたPretty GreenのTシャツが届いたー!!!小包もすげえ!!!ほんと最高。

リアムからの返事:どうも。洋服も気に入ってくれて良かった。これからもっと追加していくよ。

Parkesyyからリアムへのメッセージ:ポロシャツはいつ発売されるんだい?俺はポロが大好きだから、もし売り出されるなんてことになった時にはお漏らししちゃうかも!

リアムからの返事:ポロは今月から発売する予定。エジプト綿だぞ、最高...

BryanBlackettからリアムへのメッセージ:デザインのアイディアは自分で出してるの?くだらない質問でごめん。

リアムからの返事:全然くだらなくないぜ。俺が提案したアイディアをみんなで色んな面から解釈して形にして、出来上がったサンプルが俺の気に入ったら、商品化を進めるって感じさ...

06/30
パーカの予約販売開始。

06/28
Pretty Greenは注文できるのか質問してきた南米、中国、ロシアのみんな、答えはyesだ。prettygreen.comで買えるぜ。

06/23
Pretty Greenの注文商品が手元に届き始めたみたいだな、良かった。洋服やパッケージへのコメントもありがとう!LG.

06/21
いつも変わらず美しいダブリン、Live Forever. LG.

06/19
しばらく更新しなくてごめんな、でも俺はパーティ三昧、元気にやってるぜ。ウェールズ、スコットランド、Live Forever. LG.

06/17
Pretty Greenのスカーフを着けたKasabianのトム。http://twitpic.com/7jkyn

06/15
stopcryingyourheartoutのルージーとのインタビュー。http://bit.ly/X4cX4

[2009/06/12]
■「Pretty Green」より。新しいフィルムの完全版が公開されています。↓



「初めてのパーカは、スポーツセンターで働いてた叔母さんからもらったんだ。1着だけ余ってたんだよな、イヴサンローランのやつが。色は黄色で『気に入ったんなら持ってけ』みたいな感じだったんだけど、結局余ったんで、叔母さんが勝手に自分のものにしちまったのさ」。

「ブラックプールにStone Rosesを見に行ったんだけど、そんなの着けてるのは俺一人だったぜ、黄色のコーデュロイ、輝いてた。間違いなく俺が一番クールだった。この世のものと は思えないくらいにね。今はどこにあるかわかんねえけど、パーカにはまったのはその頃からさ。着けると、これから戦いに出るって感じで気持ちが上がる。や ましいあれこれも隠してくれるしな!」。

さらにリアムの最新写真もUp。↓
写真を見る。

2010年1月号

1月30日
「talkoftheterrace」より。ノエル・ギャラガー:今年の春に、ギグをやる。

「Talk Of The Terrace」のインタビューを受けたノエル。この春にギグを行う予定だと話した。公式発表もなされるそうだが、新曲を披露する予定はなくOASIS時代のヒット曲でセットリストを組むという。

youtubeより約8分のインタビューの様子を見ることができます。↓



追記:Teenage Cancer Trustのオフィシャルページに掲載されている今年のラインナップによると、3月25、26日にノエル・ギャラガーが出演する予定です。↓
http://www.teenagecancertrust.org/who-we-are/media-centre/press-releases/teenage-cancer-trust-announces-stellar-line-up-for/

1月29日
「breakingnews」より。Kasabianのサージ:ノエルはメキシコ人みたいだ。

ノエルと良く飲みに行くというKasabianのギタリスト、サージ・ピツィアーノ。ノエルのあまりのテキーラ好きに、「メキシコ人の血が入ってる」と思うそうだ。

「ノエルにはメキシコ人の血が混じってると思うよ。あのテキーラの飲みっぷりを見るとね」。

同じくKasabianのヴォーカル、トム・ミーガンも、ノエルの酒好きは評判どおりだと話す。

「ノエルはテキーラがマジで大好きなんだ。バーからバーへと渡り歩いてさ、すごいぜ」。

トムは、ノエルはもちろん、リアムも一緒に飲むと楽しいと言う。

「リアムはギネスビール10缶空けても余裕なんだけど、1時間も話をすると、まるで宇宙を旅してるみたいな気分になるね。2人とも全く違うタイプだけど、どっちも最高さ」。

1月28日
■イギリスでは2月公開予定のクリエイション・レコーズのドキュメンタリー映画「Upside Down」。アラン・マッギーを始め、ノエル・ギャラガー、アンディ・ベル、ボビー・ギレスピー、ノーマン・ブレイクなどが登場します。↓



■「xfm」より。リアム・ギャラガー:ブリット・アワーズの授賞で、OASISは終わる。

リアム・ギャラガーが、Xfmのインタビューに答え、ブリット・アワーズの「Album Of Thirty Years」を獲得すれば、OASISの最後のけじめになるだろうと話した。

OASISは、Keane、Coldplay、Dire Straits、Sade、Dido、Duffy、Phil Collins、The Verve、Travisらと共に、「Album Of Thirty Years」にノミネートされている。

デイヴ・ベリー司会のXfm's Breakfast Showに出演したリアム。

「これを獲得することが、俺にとってはOASISとしての最後のけじめになるだろう。その時はファンのみんなに感謝するよ。良い終わり方だ」。

「みんな俺達に投票してくれよ。授賞式には行きたいな。パーっと騒ぎたいよ」。

「Outstanding Achievementを授賞した時は、バックステージにいたんだ。前には出れなくてさ。でも今回は前に出て、ちょっとした笑いもとってやるぜ」。

■「nme」より。リアム・ギャラガー:アルバムは7月に出す。

リアム・ギャラガーが、自身が率いる新しいバンドのニューアルバムを7月に出す予定であることを明かした。

Xfmのインタビューに答えたリアムは、アンディ・ベル、ゲム・アーチャーを含めた新バンドには、すでに8曲の新曲があり、すぐにでもスタジオに入る用意があると話した。

「ほとんどの曲は、OASISが終わる前に俺が書き上げてあったものさ。つまり、今作ってるのも何曲かあるってこと」。

「4月にはプロデューサーとスタジオに入るよ。3曲一緒にやってみて、やつが曲を台無しにしたり俺達がヘマしたりなんてことがなければ、本格的にそいつと一緒にアルバムを作る」。

リアムは、新しいバンド(名前は未決定)として活動するのが楽しみだとし、OASISが16年間で7枚のアルバムしか作ることができなかったことを悔やんでいると話した。

「今思えば、OASISはああなって良かったんだと思う......もしかしたらもっと早くに終わるべきだったかもしれないな」。

「7枚しかアルバムを出せなかったのは残念だよ。俺達は18年間、16年か、まあそれくらいやってきた。それなのにたったの7枚だぜ。イアン・ブラウンなんてソロで7枚目のアルバムを出してるんだ。それを考えるとしょぼいよな、本当に」。

「それで自分を責めるつもりはないさ、ただもっと良い、もっとビッグなアルバムを作れたと思うんだ。枚数もね。4,5年も間を空けても何の意味もねえよ」。

「休みをとりたがったのはノエルで、俺達は違う。8月にOASISが終わって、11月にはもうスタジオに入ってたんだ。早く手をつけたくてね」。

さらに、リアムはイギリスのリアリティ番組「I'm A Celebrity Get Me Out Of Here or Total Wipeout」の大ファンで出演もしてみたいと話している。

「ああいうくだらねえことしてみてえな。アルゼンチンで撮影してるんだ。やりたくてしょうがねえよ」

インタビュー動画を見る。↓
http://www.xfm.co.uk/news/2010/dave-berry-meets-liam-gallagher

写真を見る。↓
http://www.xfm.co.uk/artists/xfm-meets-liam-gallagher

■「football365」より。リアム・ギャラガー:アレックス・ヒューガソンはゴミ収集のおっさんみたいだ。

リアム・ギャラガーが、ロベルト・マンチーニ(マンチェスター・シティの監督)のスカーフを誉めそやし、それに対してアレックス・ファーガソン(マンチェスター・ユナイテッドの監督)は「ごみ収集のおっさん」みたいだと話した。

自身のアパレルブランドも持つリアムは、Football365に次のようにコメント。

「あのスカーフはクールだよな。俺も自分用に1つほしいから、買ってこようかな」。

「かっこいいよなマンチーニ。でも、イタリア人ってみんなクールだよ。マンチーニがアレックス・ファーガソンよりもクールってのは確かさ。ファーガソンは一流の監督ではあるけど、見た目はまるでゴミ収集のおっさんみてえだもんな」。

マ ンチーニが、OASISの楽曲「Don't Look Back In Anger」のタイトルを引用したように、2人はお互いに尊敬しあっているようだ。(マンチーニはOASISのファンとして知られており、騒動が勃発する ことが予想されたマンチェスター・ダービーの前日である昨日は、「Don't Look Back In Anger(怒りをもって振り返るな)」と、彼なりのユーモアで、選手やファンらに静粛を呼びかけた)。

マンチェスター・ダービーは、今夜マンチェスター・ユナイテッドのホームであるオールド・トラッフォードにて行われるが、リアムは愛するマンチェスター・シティの応援には行かないようだ。

「あの場所には絶対に足を踏み入れたくねえんだ。これまでもこれからもな。俺は行かない。どっちにしろ歓迎はされないだろうし」。

「家でTV観戦するよ。これまでで一番重要な試合だ。待ちきれねえな、最高に盛り上がるぜきっと。名物のけんか騒ぎも大好きなんだ。あれこそダービーの醍醐味だろ。最近の試合じゃほとんど見かけねえけど、俺は大好きだぜ」。

「カルロス・テベスは本当に良いよな、それとクレイグ・ベラミーも。選手全員最高だよ。今勝たなきゃシティに二度とチャンスは無い。断言するぞ、シティが2-0で勝つ」。

洋服のセンスがないことで有名なテベスでも、Pretty Greenを着ければかっこよくなると思う?

「大変だろうな、でもいつでもかっこ良くいるってのは大した問題じゃねえだろ。Pretty Greenを着ければ誰だってかっこ良くなれるさ、あいつの服にもまあまあなものはあるし、見るたびに良くなってるよ」。

1月27日
「Q」より。Kasabianのトム:「ノエルがいなきゃOASISじゃない」

Kasabianのトム・ミーガンが、Q Magazineのインタビューで次のように話している。

「リ アムは一人でやった方がいいと思うな。ノエルがいなきゃOASISとは呼べないんだ。二人ともそれに関しちゃ同じ意見だろう。OASISが終わった場に居 合わせたかって?いや、それはない。その時、俺はドイツで最悪なフェスティバルに参加してて、『OASISが終わった』っていうテキストメールをもらった んだ。みんなと同じくショックを受けたよ」。

「それで、リアムとノエル両方に『本当に残念だ。心から幸運を祈るよ』と、送ったわけ。悲しいけど、それでもこれから素晴らしい音楽が生まれてくるさ」。

1月22日
■「liverpooleho」より。Twisted Wheel:OASISにハグしたい。

The EnemyのUKツアー、OASISのヨーロッパツアー、ポール・ウェラーのUKツアーをサポートしたTwisted Wheel。今、彼らは自らの力で輝こうとしている。

昨年発売されたデビューアルバムが、各方面で高評価を得ているが、やはり大きな励ましとなるのだろうか。インタビューで、ヴォーカル兼ギターのジョニー・ブラウンは次のように話している。

「全 部を読むのは大変なんだ。ネットでいくつか読んでツアーに行くから長いこと読んでないんだ。そういうレビューよりは、ポール・ウェラーやOASISが 『Twisted Wheelは良いね』と言ってくれることの方が嬉しいな。彼らは伝説だろ。今んとこは順調にいってるね」。

「自分で自分をつねってみなきゃさ。時々今の状況を考えて突然混乱することがあるよ、どうにもならないね」。

「OASISにはいつもインスピレーションをもらってるんだ。昔から、彼らに会う日を思い描いてきた。それが気が付くと一緒にツアーだろ。信じられないよ。でも冷静でいなきゃならない。たとえOASISのメンバー全員に熱いハグをしたいとしても」。

確かに、彼らはヒーロー達をサポートすることを楽しんでいるようだ。

「みんなに俺達のことを知ってもらう絶好の機会だよ。Radio1で録音ライブをするわけじゃない。生でやるんだ。ライブで映えるバンドだという評価をもらいたいじゃないか。サポートはその良い機会。ライブは大好きだよ、本当に」。

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1月21日
「gigwise」より。ノエル・ギャラガー、パトリック・ヴィエラとご対面。

昨日20日、マンチェスター・シティの大ファンであるノエル・ギャラガーが、滞在中のホテルで、今年1月8日よりマン・シティに移籍したパトリック・ヴィエラと顔を合わせているところをカメラがキャッチした。

マンチェスターにあるラディソン・ホテルをチェックアウトしようとしたノエルは、受付にいるパトリック・ヴィエラに気付く。10分ほど会話をし、ハグを交わして2人は別れた。

ノ エルは、19日、マンチェスターで行われたイングランド・リーグカップ準決勝第1戦を見に来ており、試合は、マンチェスター・シティーFCのカルロス・テ ベスが古巣のマンチェスター・ユナイテッドFCから2点を奪う活躍を見せ、チームに2-1の逆転勝利をもたらしている。

http://www.gigwise.com/photos/54243/1/Noel-Gallagher-Meets-Patrick-Vieira-Following-Manchester-Derby-Win---PHOTOS

1月19日
■「digitalspy」より。Travisのフラン:ギャラガー兄弟はまた一緒になる。

Travisのフラン・ヒーリーが、自身のオフィシャルサイトで、ギャラガー兄弟の間の誤解は解け、OASISは再結成すると予想している。

「OASISのウェンブリー・ギグで、リアムと会ったんだ。僕の口にキスをしてきて『お前のことが大好きだ』と言ってさ、やってくれるよなリアム」。

「ノエルはというと、僕は何年も連絡をとってないんだ。2人はきっとまた一緒にやってくれると思う。OASISは必ず再結成する。ソロプロジェクトは、その前の腹ごなしだよ」。

■「star」より。Vampire Weekend、OASISを振り返る。

Vampire Weekendが、OASISの分裂について話している。パリのRock en Seineで、OASISの前にギグをした彼ら。

「本当に落ち着かなかったよ。OASISのクルーが、照明や機材を片付けていくのをみるのは。泣き出す観客もいてね」。

彼らはOASISのことを懐かしく振り返る。

「僕達みんなOASISの初期のアルバムは好きなんだ。それ以降は聴かなくなったけどね。彼らがこのままいなくなってしまうのは寂しいよ」。

OASISは、ブリットポップの顔、もしくはメンバーのバトマングリの言葉で言えば、「イギリスのバカさ加減の象徴!」だったのだ。

■「zimbo」より。17日朝、リアム・ギャラガーとニコル・アップルトン。↓
http://www.zimbio.com/pictures/hHNfNStuj0x/Liam+Gallagher+wife+Nicole+Appleton/VSmam-lf6Ew

1月15日
「sun」より。デーモン・アルバーン:「OASISは、学校のいじめっ子みたいだった」。

1月19日よりUKにて劇場公開されるBlurのドキュメンタリー「No Distance Left To Run」。

そ の中で、一つの謎が解明されている。Blurのシングル「Country House」とOASISのシングル「Roll With It」が、同日に発売され、熾烈なチャート争いが巻き起こった1995年。結局、Blurが1位となったのだが、シングル発売日をOASISのそれにぶつ けるというアイディアを出したのはデーモンだったという。

「ノエルは僕のことをおちょくってばかりいて、当時はそれが本当に、本当に苦痛だったんだ。OASISは、学校で我慢しなきゃならないいじめっ子連中みたいだった」。

1月7日
「sun」より。白銀の世界でジョギングをするリアム・ギャラガー。↓
http://4.bp.blogspot.com/_IeVEawIpC_k/S0XKBDO0vaI/AAAAAAAAJqQ/mJ6SE2-Oi-8/s1600-h/Liam+Gallagher+Snowball+oasis+2010.jpg

Paul Gallagher - Myspace - December 2009

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The Beatlesが、脅威の実験作「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」を発売し、ジミ・ヘンドリックスが、ロンドンのAstoria TheatreでFender Stratocasterに初めて火を放ち、エルヴィス・プレスリーが、L.A.で21歳のプリシラ・ボーリューと結婚し、チェ・ゲバラが、ボリビアで内乱を煽動したとして処刑され、グラスゴー・セルティックが、初めてイギリスのフットボールチームとしてリスボンでミランを2-1で叩き潰し......そして、ノエル・トーマス・ギャラガーが、マンチェスターのロングサイトにあるサンディクロフト通りの2番地で生を受けた。

その年、1967年は、過去40数年の輝かしい歴史と比べれば、絶頂の瞬間ではなかったかもしれない。しかし、ノエル・ギャラガーの作曲に関する天賦の才は、彼が単なる一市民を超える存在になることを約束していた。

これは書き留めておくべきだろう。ノエルは、マンチェスターの質素な家に住むギャラガー家にとって初めての子供ではなかった。長男という名の称号は、その上の兄、ポール・アンソニー・ギャラガーが得ていたのである。

ノエルとリアムのような有名で成功した弟を2人持つということは、90年代半ばから終わり、つまりOASISが音楽界の至宝だった時代においては、障害物だったと言えぬこともない。Joy Division、The Smiths、Happy Mondays、The Stone Rosesといったマンチェスターの偉人達の姿を追うように、OASISは他のどの都市のライバル達よりも多くレコードを売り続けた。

ポールは、あっという間に弟達がタブロイドのネタとなっていく様子を目の当たりにした。パロディじみた兄弟喧嘩を繰り返す「ノエルとリアム」が、描かれた。MTVが、「セレブリティ・デスマッチ」(有名人同士が、リングの上で激しく無意味な過激なバトルを繰り広げるクレイアニメ)向けに、タチ悪く酔っぱらったマンキュニアンの無骨者に仕立て上げた粘土人形を作りたいと申し出たら、有名人の地位が手に負えない状況になってきた時なのだ。

実際、コントロール不能だった。1996年、ネブワースで25万人のファンを前に、OASISが人気の頂点に達した時、ポール・ギャラガーは、次のように書いている。

「プレスの過剰報道が熾烈さだけならまだしも見当違いがいよいよはなはだしくなった。私は、言うべきことは言い、それからはもう放っておくことにした」。

当時、イギリスのプレスは、ノエルとリアムの生い立ちや母親との関係を些末なことまで発掘しようと躍起になっていた。プレスの作り上げた劇の中で、母親ペギーは、映画「ザ・クレイズ 冷血の絆」の中の母親バイオレットのように威厳あふれる女性に、長男であるポールは不当にもギャラガー家の厄介者として登場し、そして兄弟と疎遠な父親トミーは自ら暴力を振るう人間嫌いな男を演じてみせた。この13年で、ギャラガー兄弟と父親の関係に何か進展はあったのだろうか?

「何も変わってない。俺達の間に関係なんてない。これまでもこれからもだ」。

3人兄弟の中で、たぶん驚くべきことだろうが、ギターを最初に手にしたのはポールだった。が、すぐにたなざらしとなり、8歳のノエルが練習をし始め自分の部屋に持ち込んでしまう。ひきりなしに聞こえてくる弟が弾くギターの音からどうにか逃れようとしていたポール。

「俺はノエルと部屋を共有したことはないけど、リアムはしていたよ」。

ほかの事はともかく、OASISファンはポール・ギャラガーに感謝するべきだろう。後に「Live Forever」や「Wonderwall」を作り上げる男に楽器に触れるきっかけを与えたのは、まぎれもなく彼なのだから。

すぐに「ノエルには勝てない」と気付いたポールは、楽器を弾くことをあきらめ、「やるべきことをわかってる連中に楽器は任せることにした」。ノエルとリアムが成功する姿を見て、自分もとは思わなかったのかと尋ねると、ポールはあっさり退いた。「いや、あの『バス』に乗ろうとは思わなかったね」。

一方のノエルは、その「バス」から決して降りようとはせずギターの練習を続けて演奏と作曲のスキルを身につけ、その勢いは、リアムがしていたバイオリンの習い事が陰に隠れてしまうほどだった。働いていたガス会社で、足の上にガス本管が落ちて怪我をしたことをきっかけに倉庫番に回ったノエルは、仕事場にアコースティックギターを持ち込み、ポールが次の仕事を見つけてくるまでには、立派なギタリストに成長していた。

労働者達にナットやボルトを渡す作業をしている頃だった。ノエル・ギャラガーは、後にOASISのデビューアルバムに収録されることになる4曲を作り上げる。ノエルの初期の曲群の素晴らしさに、ポールは気付いていたのだろうか。

「もちろんさ。良い曲ってのは聴いたとたんにわかるよ。曲の力を強めるのは他の人がやる仕事さ...そしたらこうなった!」。

その頃にはすでにたくさんの名曲を書き上げていたノエルだが、まだその才能は世の人の知るところではなかった。彼は、80年代半ばに一時Fantasy Chicken and The Amateursという5人組バンドで、ポール・バーズリーと演奏し、21歳になった1988年には、Inspiral Carpetsのフロントマンのオーディションに参加したりしていた。

The Charlatansのヴォーカル、ティム・バージェスやノエルを抜いて、合格したのはトム・ヒングリーだ。ノエルは代わりにローディ、楽器の技術者としての仕事をオファーされる。これは、重大なミスといっていいですよね?

「もしノエルがInspiral Carpetsのヴォーカルになっていたら、OASISはきっと生まれなかっただろうさ。願いことは慎重にしたほうがいいね」。

ノエルがInspiral Carpetsのツアーメンバーから抜ける頃には、弟リアムは、エレクトロミュージックやヒップホップから抜け出してギターミュージックに興味を持ち始めており、The Stone Rosesの熱狂的な支持者となっていた。

「Spike Islandで、リアムはThe Stone Rosesを見たんだ。イアン・ブラウンは彼からしてみれば、特別なところはない普通の男に見えた。それで、自分なら同じこと、いや、それ以上のことができると信じるようになったんだ」。

ポールはというと、80年代をマンチェスター市警察で働き、1989年から1990年にかけてマッドチェスターの快楽主義にはまっていく仲間達を横目に、酒と煙草にふけっていた。

「Manchester International 2とかBlackpool Empress Ballroom、それにSpike IslandでもSton Rosesを見たよ。輝ける日々だったね」。

ポール・アーサー、トニー・マッキャロル、ポール・マッギガンと一緒に組んでいたヴォーカルのクリス・ハットンが抜けて空白が出来たバンドThe Rainに、リアムが自分の居場所を見つけるのに時間は要さなかった。

「リアムがThe Rainを作ったんじゃない。もうすでに出来ていたんだよ。リアムが入ってバンド名をOASISに変えたんだ。そしてノエルが入り、それから...この後はよく知ってるだろう」。

1991年8月、OASIS - まだノエルはメンバーになっていない - は、マンチェスターのBoardwalkで初めてのギグをする。弟の音楽キャリアをサポートするよう頼まれていたポールは、まさにその場に居合わせた。

「1991年から、俺はOASISのUKギグはほとんど見てるよ」。

ほんの50名の観客のうちの1人だったポールは、歴史的なパフォーマンスを目にすることになった。リアムが初期に作曲した「Take Me」や「Alice」、「Reminisce」といった楽曲に、才能を感じたのだろうか。

「リアムに?いや。今は目覚めたみたいだけどね。いつもフロントマンになりたがってて、作曲は他の誰かに任せていたよ。今じゃ両立させてるようだけど」。

3年もしないうちに、ノエルがOASISに加入し、作曲を担うようになったその結果、UKで最速の売り上げをみせたデビューアルバム「Definitely Maybe」のリリースへと結びついたのだ。ちょうど、他のマンチェスター出身バンドが憂き目を見ていた頃だ。The Stone Rosesは、元マネージャー、レコード会社の両者それぞれと法廷争いを繰り広げており、「Yes Please」の製作中だったHappy Mondaysは、まさに前作「Pills 'n' Thrills and Bellyaches」のタイトルを地で行ってしまっていた。そんな中、OASISは果敢に頂点を目指し、The Stone RosesやHappy Mondaysがかつての輝きを取り戻すことは二度と無かった。

「OASISの成功は、The Stone Rosesの崩落とは関係ない。『Definitely Maybe』からの始まり。あれは運命だった。彼らを止めるものは何も無かったんだ」。

OASISの運命は、喧嘩沙汰や功績と共にイギリスの音楽界とタブロイド紙を15年に渡って支配した。その中でも最もプレスが騒いだ事件と言えば、OASIS VS Blurの「ブリットポップの戦い」だろう。1995年8月、両バンドが同じ日にシングルを発売しようとしたところから火がついたこの戦いに、その動向がニュースの速報として流れるほどの話題となった。このチャート争いが、NMEとデーモン・アルバーンによって仕組まれたものだと、ポールは気付いていただろうか?

「あの頃は....音楽業界は、北部 VS 南部という構造を必要としていたんだ。俺は今でもBlurのファンじゃない。音楽的に何の魅力も感じないから」。

The Stone Rosesは内部崩壊するのと相反するようにOASISは急上昇を続け、イアン・ブラウンの言葉を借りれば、OASISは「(ジョージ・)ベストだった」。イアン・ブラウンは、その後ソロとして成功しているが、元Stone Rosesの他のメンバー達が泣かず飛ばずというのは驚くべきことではないだろうか。

「レニなら何かリリースしててもおかしくないのにね」。

ギャラガー兄弟が、Stone Rosesの影響を受けていることは紛れもない事実であり、ノエルはSpike Islandでの体験を彼自身の「青写真」だと表現している。また、Stone Rosesに関しても「ドアを蹴り開けて、俺達に刻印を押した」と話す。彼もリアムも、Ston Roses解散後のイアン・ブラウンやジョン・スクワイアと仕事をするに至っている。OASISが終わった今、二人は再び彼らと一緒に仕事をすることはあるのだろうか。

「ノエルはするかもしれないな。リアム?わからないよ」。

「(What's The Story) Morning Glory?」が世界中で1000万枚を売り上げると、バンドの原動力は変化し始め、トニー・マッキャロルがその生贄となり、新しいドラマーとしてアラン・ホワイトが加入した。バンドの趨勢にあまりに近い場所で生き、「Definitely Maybe」のアートワークを90年代を象徴するとして崇めるポールは、今でもオリジナルメンバー達と交流しているのだろうか。

「いや。ボーンヘッドとはここ2,3年は会ってないよ。それと、ギグジー?OASISを辞めた後は何の音沙汰もないね。それにトニーか。ないな、全く」。

バーニッジにかの有名な「Shakermaker」という中古レコード店をかまえていたピーター・シフターはどうしているのだろう?

「まだやってると思うけど、わからないな。彼はマンチェスター・ユナイテッドファンなんだ、後から知ったんだけど...」。

2009年8月、OASIS「分裂」の報道が世界を駆け巡った。このような歴史を経てきた彼らを前に、ポールが考えるOASISの遺産とは何なのだろうか。

「ギグだよ、1994年ウィンザーのOld Trout、1995年ダブリンのThe Point、2005年ニューヨークのMadison Square Gardens、2005年マンチェスターのCity Of Manchester Stadium。レコードでいったら?全部さ。メンバー?全員だね。OASISはOASISだ。人々はそれぞれ自分の『OASIS』が胸にある。振り返ってこう思うんだ。素晴らしいバンド、最後で最高のバンドだとね」。

OASISのように長い歴史を経てきたバンドが終焉を告げると、レコード会社はたいてい「失われた音源」としてボツになったセッションやレア音源を怒涛のように発売するものだ。OASISファンはついに悪名高いリチャード・フィアレスプロデュースの「Don't Believe The Truth」を耳にすることができるかも?

「日の目を見なかったセッションについてみんなそれぞれ意見があるだろう。Death In Vegas? いいかい、俺も好きなバンドだけど、そんなに良かったらボツにはしないよ」。

15年トップの地位を守り、「Dig Out Your Soul」が最高作の呼び声が高い今が、本当にOASISの終わりなのだろうか?

「他人のために生きるな、自分のために生きろ。そう考えれば、そうだね、みんな自分の時間が必要だったんだと思う。これで永遠に終わりかどうか?それは誰にもわからないよ。人生は長いしね」。

リアム・ギャラガー、ゲム・アーチャー、アンディ・ベル、クリス・シャーロック、ジェイ・ダーリントンは、今のところはまだ「OASIS」だが、リアムは唯一のオリジナルメンバーとして完全に冷却期間を置き、新しいアイデンティティを見つける必要があるのではないだろうか?

「バンド名はリアムの好きなように呼ばせるべきだね。これからもOASISで行きたいならそうすればいい。OASISを始めたのは、彼なんだから。もしそうなれば、OASISは分裂したとは言わないのかもしれない。ノエルがやめたのさ。わからないけどね。いつか全てが明らかになるだろう。俺もそうだけど、みんなただ待つしかないのさ」。

インタビューによると、リアムはOASIS後初となるアルバムをこの夏には発売する予定で、収録曲の半分はすでにデモ録りが終わっているという。新しいバンド名についてポールは何も知らないようだが、新しい曲作りに取り組んでいることは断言できるという。

「いくつかのデモは聴いたんだ」。

ノエルは、OASIS時代に自分の曲を貯めていたのだろうか?

「ノエルが持ち曲を大量にためてるのは確実だね」。

ギャラガー兄弟それぞれのアルバムが期待できるなら、2010年はOASISファンにとって良い年となりそうだ。数年前ならまだしも、今のギャラガー兄弟はお互いの存在無しにやっていくだけの財産はあるのか。

「どっちもみんなを驚かせてくれると思うよ」。

リアムは、自分のアパレルブランドを立ち上げ、ファッション業界も賑わせている。ポールは、リアムがバンド以外の方面で自分の力を試すことを予想していたのだろうか?

「リアムは洋服と音楽が大好きなんだ。Pretty Greenはリアムにうってつけだよ。別のはけ口ってところかな」。

リアムとノエルの動向は15年間ずっと追いかけられてきたが、長男ポールへの興味は90年代を過ぎてからは先細りとなっていった。ブリットポップの騒ぎが落ち着いたら、マンチェスターに戻ろうと決めていたのだろうか。

「いや、今でもロンドンに住んでるよ、心はアイルランドだけどね」。

終わらない夏休みの思い出といった雰囲気がたゆたうアイルランドのメイヨー州で、ポールが伯父のパディとのんびり過ごす時間が多いのも理解できる話だ。

「俺にとっては別格の場所なんだ。あの土地も人々も大好きなんだよ」。

マンチェスター出身のギターバンドは、アイルランド音楽の血脈をひいている。Herman's HermansやThe Buzzcocks、The Fall、The Smiths、そしてOASISといったバンドが成功する要因は、ケルトのルーツが彼らの労働観や成功への熱意に影響しているからだと思う?

「今いる場所から抜け出したいと渇望していると言いたいんだろう。それはアイルランドだけでなくイギリスのバンドにもあるはずなんだ。でも違う、歴史的に全くね。今いる場所で満足なら、抜け出そうなんて考えすら出てこないだろ」。

ワーキングクラスにとって「抜け出す必要性」が、彼らを音楽とフットボールへと駆り立てる。リアムとノエルが、マンチェスター・シティファンだということは、OASISを愛するこの国において周知の事実だ。それは、1996年4月、彼らの姿を見にマン・シティのホームメインロードに8万人ものファンが集結したという事実に集約されるだろう。

ポールの収入はというと、二人の弟とは違って平行線で、彼は週120ポンドの仕事と試合に勝つマン・シティの姿に満足感を得ていた。海を越えた地にルーツを持ちながら、イギリスのフットボールチームを応援する彼だが、現在はどこに絆を感じているのだろう。

「もちろんアイルランドさ。自分をイングランド人だと考えたことは一度もないよ」。

アイルランドのルーツにより、グラスゴーのOld Firmに愛着を持つフットボールファンも多いが、ポールも紛れもなくその一人だという。

「シティ、セルティック、そしてアイルランドが俺の愛するチームだ」。

彼のフットボール好きはこれでは終わらない。

「ハンブルクのサンクト・パウリ。ハンブルクは良い町だよ、サンクト・パウリはあまり成功できてないけどね。良いチームだと思う」。

フットボールファンのほとんどは、特定のチームを応援するようになる。自分でも理解できるようになるより前にフットボールチームが決まっているところなど、あたかも宗教のようだ。マン・シティやセルティックへの愛情をみると、ポールもその口だろうか。

「レンジャーズと違って、セルティックはいつも自信たっぷりに試合をするんだ。それにあの緑と白のユニフォーム、最高の応援曲、最高のプレイ。他とは比べられないよ。シティ?子供の頃から住んでいたからさ」。

多くの熱狂的なシティファンと同じように、ポールもまた敗北の屈辱を長年にわたって飲み込んできた。Abu Dhabi United Groupがバックにつき、財政面に素晴らしく余裕ができた今なら、プレミアリーグへの昇格も夢ではないかもしれない。

「さっきも言っただろう、願いことをする時は慎重に。シティはどこよりも波乱万丈なチームなんだ。最高の次はあっという間に最悪。40年間チームを応援してきて言うんだけど、たぶん、本当にたぶんだけど、今度こそ何かやってくれるかもしれない」。

その「何か」が、「優勝」だとしたら?熱心なマンチェスター・ユナイテッドファンであるマニが「マン・シティがEuropean Cupで優勝したら、The Stone Rosesは再結成する」と嘯いたことは有名な話だ。ジョン・スクワイアは、ピックを持つために絵筆を投げ捨て昔の仲間に電話をかけて回るのだろうか?

「チャンピオンリーグのタイトル、これこそオーナーが欲しがっているものさ。最初の1つを手に入れて、他のトロフィを欲しがらないやつなんていないだろ?2014年あたり、マニはベースを準備して待っていた方がいいな」。

いまや世界一裕福なチームとなったマンチェスター・シティなら、この5年でチャンピオンリーグで優勝してもおかしくはない。しかし、セルティックはどうだろう。そのファンは、あと40年栄光を夢見るだけなのか。

「スコットランドのフットボールが資金不足ってのは見てわかるね。それぞれが属するリーグの資金内でやっていかなきゃならない。セルティックは金のあるところでプレイする必要があると思うよ。イングランドリーグだろうがアトランティックリーグだろうが、決めるのは上の人達なんだ。ファンやトロフィの数でいえば、セルティックは巨大なチームだろう。でもこのままScotish Premier Leagueに属し続けるなら今後はどうなるかわからない。考えたくもないな。セルティックは抜けるべきだよ。簡単なことさ」。

スコットランドのチームの財政難は、誇り高きフットボール国家に深刻な弊害をもたらしており、「タータンの軍隊」と呼ばれるスコットランドフットボールのサポーター達は、この12年、主要な決勝戦に参戦する機会に恵まれていない。スコットランドがEuropean ChampiondshipやWorld Cupの決勝戦の常連となるために、スコットランドに必要なことは何なのだろう。

「アイルランドは、トーナメントにすら出場してないんだ。アイルランドのチームがみんな1つにならなきゃいけない。サポーターも選手もだ。みんな目指してるところは同じなんだから」。

フットボール純粋主義者のポールなら、最近物議をかもした決勝ゴールでアイルランドがWorld Cup出場資格を失ったことを心底嘆いているに違いない。2010年南アフリカW杯欧州予選プレーオフ。フランスVSアイルランドで、フランスのティエリ・アンリが決勝ゴールをアシストしたのだが、その際、ボールが左手に当たっているのが確認されたのだ。FIFAはどのように対応すべきだったと思う?

「アンリはWorld Cup出場停止にするべきだよ。フランスは出場権利を放棄して、UEFAのプラティニ会長とFIFAのブラッター会長もやめるべきだ。シード方式のプレイオフ?(元フランス代表のミシェル・プラティニ欧州サッカー連盟の会長の手引きによって、今回のプレーオフは、強国に有利になるように、くじ引きではなく、世界ランキングの高い国と弱い国が当たるシード方式を採用したという陰謀説が囁かれている)。大国の経済に有利になるように仕組まれてたのさ。めちゃくちゃだよ、FIFAも自覚してるはずだ。でも何も起きないってのは、フランスが大国でビッグビジネスに関わってるからさ。FIFAはアイルランドをスポーツの国だと認識してない。アイルランドは、FIFAが運営する全ての試合を欠場すればよかったんだ。俺達は冷たい世界に生きてるとつくづく思うよ。民主主義じゃない、独裁主義さ。このアンフェアさには今でも怒りがおさまらない」。

フットボール観戦以外にも、今はDJとして忙しくしているポール。ギャラガー家の父親トミーはDJをしており、ポールは彼を手伝ってアイルランドのクラブやパブをよく回ったという。どうして今になってその生活に戻ったの?

「音楽が好きだからだよ。これまでもそうだったようにね。80年代の終わりからDJを始めて、17年の期間を経て復活だ。最近は昔の音楽にはまってるよ。50年代、60年代、ノーザンソウル、モータウン。好きなものなら何でもかける」。

OASISはイギリスで最高のギグを見せることが多かったが、ポールはどこでのプレイが一番楽しいのだろう。

「どこでも大好きさ。ベルギーのヘントというところで2年ほどやって、最近ローマに戻ったんだ。彼らは最高だよ。ローマだけで30はOASISのトリビュートバンドがあるなんて知らなかったから。どうかしてるよな」。

今でもスコットランドのファン達を基準にしているのだろうか。

「いや。それはないよ。今はUKの外にいることが多い。でも今年は違うかもね」。

ポールのDJショーは軌道に乗っており、この金曜日には、マンチェスターにあるアラン・マッギー経営のGreasy Lips Clubでプレイする予定になっている。地元のバンドThe Vortexのサポートだ。冒頭では、ボーンヘッドがギターを弾き、アラン・マッギーによるDJもあり、OASIS色を帯びた一夜になるだろう。

「The Vortexの名前は聞いたことがなかったんだよ」。

ポールの中で、他のバンドはどのように格付けされているのだろう。The Jam、The Specials、The Who、The Small Faces、Teenage Fanclub、The Stone Roses、Super Furry Animalsの仲間入りを果たした新人バンドはいる?

「最近好きになるバンドはないな、色んな理由があってね。ひとつ挙げるとすれば、バーンズリー出身のExit Calmだね。なかなかいいよ」。

DJとして名前が売れ始めたなら、これからバンドをマネジメントすることもありえるのだろうか。

「いや、この状況をとことん楽しむだけさ。昔はWirelessと契約してたんだ。Chrysalis Recordsの傘下でいくつかのバンドのマネージャーをしていた。最近は自分が自分のマネージャーさ。自分を信じてるんだ」。

7000万枚のレコードを売り上げた二人の弟を持った経験から得た音楽業界に関する深い造詣を交えて、ポール・ギャラガーは話す。それなのに彼は、タブロイド紙によって不当な蔑みを長年にわたって受けてきた。

「ジャーナリストが何を言おうと何を書こうと気にしたことはないよ。結局、俺のことを知るわけがないんだから」。

これまでの彼のショーを見たところ、ベストセラーの執筆者、バンドのマネージャーという顔だけではなく、生来の人気DJの一面も持っていることがわかる。他にどのような才能を隠し持っているのだろうか?

「今はTemplehouse Festivalを主催のために色々やってるよ。2010年9月9日から12日にかけて、バリーモート、スライゴ、アイルランドでやる予定。初めての試みだからどういうことができるか楽しみなんだ。もちろん今もレコードを回すのは好きだし、ヨーロッパや海を越えて色んな場所に行くのも大好きだ。他にもいくつかプロジェクトが進行中だしね」。

OASISのない生活を悲しむファンが、世界中に大勢いる現在。1994年以来初めて、私達は大好きな喧嘩兄弟のいない状況に立たされている。ポール・ギャラガーは当然さらに内部の状況を知っているだろうし、ギャラガー兄弟にはいくつかのチャプターが残されているだろう。ノエルとリアムが手を携えずそれぞれの力で作り上げるアルバムを待つ私達を前に、ポールは静かに言った。

「この時代で。この世界において。OASISのようなバンドは二度と出てこないと思うよ」。
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